【第1部】不動産売買における登記申請事件
第6回 不動産売買における司法書士の本質的な仕事と登記申請実務
(2020年3月10日(火)公開)
皆さんは不動産売買での司法書士の登記申請実務についてご存知ですか?
不動産売買の決済の場では売主、買主、売主仲介業者、買主仲介業者、金融機関やその代理店の担当者、そして司法書士が一堂に会するのは今迄のセミナーの中でお話してきました。そこでは仲介業者の方が中心になって不動産の売買代金の残代金の支払いが行われ、それと同時に司法書士が売主から買主へ不動産の名義を変える為の登記書類を売主、買主から、そして法令上は必要ありませんが、実務上登記申請情報に添付するため、売主仲介業者から目的不動産の固定資産評価証明書を取付けます。
法務事務所のリーガルスタッフの中には、この登記申請情報に添付する書面の取付けに最も関心があり、この書面が取付けられれば法務事務所の仕事は殆ど終わったと思っている人がいます。確かに登記所に登記申請情報を提出するには添付書面が無ければなりません。だから登記申請の依頼が有った段階から売買契約書の写し、売買の目的となっている不動産の登記事項証明書を取得し、また事前に確認が必要なため売主の印鑑証明書の写しや権利証の有無とその写し、買主から住民票の写しを集める事を始めます。
何のためにこれらの書類を集めるんですか?
“登記申請情報に添付する必要があるから”、“登記所に申請する為”と回答するリーガルスタッフがもしあなただとしたら法務事務所のリーガルスタッフとしては非常に深刻な状態でる事を自覚しなければなりません。というのも法務事務所や司法書士、そのスタッフが何の為に存在しているかが全く理解されていない証拠だからです。
司法書士は法律専門実務家です。つまり法律的見地からどうしてもこれらの書類が必要なんです。その昔、司法書士は裁判所に登記の申請をしていました。時代の変遷と共に法制度も移り変り、現在では法務省の法務局が裁判所の代わりに登記の申請を受付けています。しかし司法書士の仕事は昔も今も変わりません。そうです、司法書士も弁護士と同じように人権を守る為に存在しているんです。弁護士は裁判所で、司法書士は法務局という名の登記所で、一方は裁判官に、もう一方は登記官に依頼者の人権が侵害されないよう日々仕事をしているんです。
では何故司法書士は裁判所に登記の申請をしていたのでしょう。それは一般市民の権利に重要な変化がある法律上の関係に依頼者に代わって直接関与する仕事だからです。弁護士の仕事も司法書士の仕事も依頼者の権利が無くなったり得たり変わったりする事実関係に法律を適用して真実の存在を明らかにし、正義を証明していく仕事という同じ仕事をしています。それでは事実を証明する為にはどうすればよいのでしょうか。一つひとつの事実は目には見えません。証明する方法は一つしか無いんです。それが“証拠”です。この証拠さえ有れば事実を証明出来ます。そしてその証拠に基づいて証明する方法が弁護士は訴訟法であり、司法書士は登記法なんです。弁護士が使う訴訟法も司法書士が使う登記法も法律の建付けは変わりません。何故なら人権に直接関わる仕事に違いが無いのは当然だからです。つまりある事実やその事実関係の存否は法律上の事実によって証明しなければならないという事です。因みに民事法上、他人の人権の存否について直接関与し、その使命を果たす専門資格者はこの国では司法書士と弁護士しかいません。
弁護士の仕事で例えると、訴訟をするには“訴状”を作成しなければなりません。そしてその訴状には“証拠”を添付します。弁護士は裁判官に依頼者の主張(目的となる権利)を認めるよう要求します。そして裁判官は法律を適用して、審理の結果、その依頼者の主張について判決をします。
司法書士は登記をするには“登記申請情報”を作成しなければなりません。そしてその登記申請情報には“添付書面(=証拠)”を付けます。司法書士は登記官に依頼者の主張(登記記録変更請求権)を認めるよう要求します。そして登記官は法律を適用して、審査の結果、その依頼者の主張について決定します。
登記申請事件での添付書面はこのような意味で法律上必要な書面である事を認識しなければなりません。
このような自覚が有れば、
“委任状さえ有れば大丈夫”
と言った考え方には到底成り得ませんね。
尚、弁護士と司法書士は仕事で果たす法律上の役割が同じと言いましたが、決定的に違う事が有ります。それは法律全般を扱う事になっている弁護士の中心的仕事は訴訟代理人と言われるように、法律的紛争の中で一方当事者の権利を擁護し、その当事者の権利を守るのに対し、司法書士の仕事は登記申請事件の場合、寿であると言われるように依頼する当事者双方を代理して契約関係当事者の権利を守っているという事です。決済が終わった後で司法書士は“本日はおめでとう御座います。”と、そして“有難う御座いました。”と笑顔で依頼者から感謝されるのはなにより嬉しい事です。
今回の第6回セミナーはここ迄とします。このセミナーにご参加頂き有難う御座いました。