【第1部】不動産売買における登記申請事件
第7回 不動産売買の登記申請事件における適法性 (PART 1)
(2020年5月5日(火)公開)
皆さんは登記の申請の適法性とは何かを本当にご存知ですか?
不動産登記の申請は、法律手続きであり、単なる機械的な伝票の左から右への操作ではありません。売買契約書を見て、登記申請情報のフォームに置き換えて、必要な添付書面を付けて、登記申請の依頼者(紹介者)のご機嫌を伺って申請、と思っている方がいたら非常に深刻な状況です。このセミナーを受講している方々はそんな事は無いかと思いますが、今回はもう一度この「登記申請事件の適法性」の問題について再確認して頂ければと思います。
「登記申請事件の適法性」を論じるには、その前提として「実体法上の適法性・有効性」の法律判断ができなければなりません。「実体法」とは、皆さんの日常生活を規定している法律のことです。具体的には基本六法の中の「民法」の事を言います。その他に、「基本法」に対する「特別法」というものがありますが、ここでは登記申請事件の適法性を論じる上で、基本となる知っておかなければならない民法について解説します。因みに、登記手続や訴訟手続きといった法制度の運用の仕方を定めた法律を「実体法」に対し「手続法」といいます。手続法の代表的な法律は皆さんご存知の登記法です。その他に訴訟法等もあります。
手続法は私たちの生活が前提となっていますので、法律判断の順序としては第一番目に「実体法」を、そして第二番目に「手続法」と検討していく事になります。
それで、
まず、「適法性」とは何でしょうか?
この実体法上の「適法性」の問題は、法律手続きにとってとても重要な事です。何故なら、売買契約の当事者(登記申請の当事者)、つまり売主、買主、担保権者にとっては自身の権利が法律上の対抗力を持って取得できるかどうかの問題だからです。この手続きは、基本的に司法書士、司法書士事務所(以下、単に「法務事務所」といいます。)だけができる業務であり、お金を貰って他人の登記申請を代わって、または代理してする事はもとより、例えお金を貰わなくても登記申請の当事者に代わって、または代理して登記申請実務をする事は法律上禁止されています(非司法書士等の取締り)。そして、この決まりに違反した者は1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられるのです。
因みに、法務事務所のリーガルスタッフの方は単独で法律判断を行ってはならない、つまり司法書士のする業務を行ってはならず、登記申請事件の処理に当たっては必ず司法書士に報告や連絡、相談を行い司法書士の判断を得なければ業務をする事はできず、この決まりに反した場合は、やはりこの罰則が適用される事になります。
基本的にこの司法書士や法務事務所に限り認められる法律手続きである登記申請は、特別に専門知識と事件処理能力が認められた者が行う事により、不動産取引きの当事者の権利を法律実務家が間違いなく守れるようにし、不動産取引きが社会全体として安全に、そして迅速に行える事を担保するための制度なのです。
「適法性」ですが、
「適法性」とは、法的要請に適っていることです。
それでは“法的要請”とはなんでしょうか? それは、“法律”というものを理解しなければ解らないことですね。
法律、ここでは日常関係性の強い実体法(民法等)を中心にお話しますが、それは、私たちの生活関係で、法律上、必要十分にして最小限の一番大事な基本的な部分(=本質)を予め規定して置き、問題があった時、誰でも比較的容易に解決が出来るようにしておくための装置です。よく“法治国家”と言ったりしますが、この装置によって私達はある程度安心して日常を過ごす事ができます。つまり、力の強い人や声の大きい人の言う事に従わざるを得ないといった事を避ける事ができるという事です。
どのように規定するかと言えば、簡単に言って、人間の意思は目に見えませんので、それが起こった事象(これを法律用語で「事実」といいます。)を基に一つひとつ予め決めておくのです。そして、その存在する一つひとつの事象を想定される法律(条文)に当てはめて仮定すべき法律関係を認定します(これを法律用語で「法律構成」といいます。)。そして、この法律関係を認定するための判断を「法律判断」といいます。この法律構成された各々の法律関係から導かれる法律上の事象(これを法律用語で「法律効果」といいます。)を組合わせる事によって全体の法律上の1つの事象が存在しているかを最終的に判断するのです(これを法律用語で「法的判断」といいます。)。
一般に、ある人がある人と売買契約をする場合、法律判断は段階を踏んで確認していきます。まず、「契約」自体の法律判断ですが、第一に契約当事者同士に人違いが無いか(お互い契約をする相手は合っているか)、第二に目的となる対象(或いは給付)に双方で不一致は無いか(お互い契約の目的は同じものであるか)、第三に契約当事者同士で意思の合致はあるか(契約当事者の一方の申込みと他方の承諾は有るか)といった事実の有無を確認します(契約の成立要件)。これが法律判断のうち、最も重要な契約の“成立性”の問題です。
つまり、契約当事者である者ではない者が、契約内容に干渉し又は契約行為をしようとする事がたまに有りますが、リーガルスタッフとしては親族だから、友人だから、知人だから、不動産仲介会社だからといった理由で介入してこようとする人達には「NO」を言わなくてはなりません。
次に、“売買”取引自体の法律判断として、第一に契約の目的物の引渡し約束、第二に代金の支払い約束の二つの事実の有無を判断します(売買の法律要件)。これが法律判断のうち、売買の“適法性”の問題です。
これに関連して「法律行為」という用語が法律関係ではよく出てきますが、これは法律効果の発生を意欲する意思表示を構成要素とする法律要件の事です。例えば、売買の場合、売買契約の当事者が、思った通りに契約上導き出される事象(売買目的物の移転とその代金の支払い)を現出させようとする法律上の要素となる行為の事です。簡単に言って、日常の中で、法律関係を発生させようとするときの意思表示を含む行為と言ってもいいでしょう。
いいですか? 契約が“成立”していなければ、それは“契約が不成立”であって、“契約が無効”ではないですよ。
更に、不動産取引きでは、よく「買主が売買代金を支払った後、不動産の所有権が移転する」といった内容のいわゆる所有権移転条項が規定されています。この場合、買主が不動産の売買代金を支払う事を条件に売主の所有権が買主に移転するとする内容なので、法律上の「条件」が付いた契約と判断でき、この「条件」が充足(法律用語には「成就」といいます。)しているかの判断が、売買契約の効力発生の有無の事実が通常の売買契約の適法性の判断の事実認定の他に一つ加わります。
蛇足ですが、法務事務所には登記申請事件処理のための「業務支援ソフト」というものが有ります。皆さんの法務事務所でも利用しているところが多いと思いますが、その中で登記原因証明情報の自動作成機能を使う場合、この所有権移転条項の文言を「特約」として作成する業務支援ソフトが少なくないようです。しかし、厳密に言えば、この所有権移転条項の法的判断は「条件」になりますので、この業務支援ソフトの法律用語の使い方は誤りです。
ちなみに、「特約」とは、法律行為の効果を修正する機能が有る行為の事です。例えば、司法書士に仕事を依頼するときの法律行為は委任契約です。委任契約は原則無償契約ですが、司法書士はプロですので、報酬を貰わないで仕事をする事はできません(司法書士が無報酬で仕事をするという事は、そこに何らかの利害が存在していると疑われる外形を表示し、また司法書士の中立・公正・独立の自由・自立の立場に影響を及ぼしかねない状況を作出する源泉となるからです。)。この有償の委任契約の事を例えば「有償の特約付き委任契約」と言います。
「条件」は、法律行為に附款する事実であり、「特約」とは、法律行為の効果を修正する合意であると言う事ができるでしょう。
登記申請実務上、登記官がこのような法律用語の誤りを訂正しないで登記を実行するのは、登記原因証明情報の中の法律用語やその他の文言の使用の仕方について法律上の規定がない事、また登記原因証明情報を一覧して、この法律行為がどのようなものであるかが解釈できる事から、「特約」という文言を「条件」に読み替えて解釈しているためだと解されます。
しかし、皆さんは法務事務所のリーガルスタッフですので、少なくともこの所有権移転条項の登記原因証明情報での用語の使い方は間違いだ、という認識は持って業務支援ソフトを利用する事が必要です。
話を元に戻して、この2つまたは3つの事実に基づく法律判断が出来れば、“売買契約が適法に成立しているか?”と言った問題を実体法上、つまり民法上法律判断する事が出来ます。
さて、次は実体法上の「有効性」の判断です。
実体法上の法律判断は、この後、契約の有効性の法律判断に移ります。当事者の行為が法律上の適法性や社会的妥当性を満たしているか、及び未成年者や認知症等の精神障碍者ではないか、更に当事者の意思表示に錯誤や詐欺行為はないか、といった問題です。実体法上の問題は、ここまで確認しなければなりません(契約の有効要件)。
例えば、もし、当事者の一方が認知症により意思能力が無かった場合で、当該売買契約が無効であった時、当該売買契約は初めから無かった事になるので、折角適法に成立した売買契約も、法的判断によって全体として売買契約自体の存在が無かったと判断される事になるのです。
つまり、この売買契約が適法に成立しているか、と言った問題の後、この契約は有効か? と言った“契約の有効性”が問題となります。そうです、一般的に法的紛争となる訴訟の場面ですね。売買契約は適法に成立しているだけでは、実は十分では有りません。“売買契約が有効に成立”する事でこの不動産取引は無事完結する事になるんです。
このように、法的判断によって、適法に成立した法律関係、この場合は不動産の売買契約も、後から法的に無効になる事があるという事が法理論上もお解りになったかと思います。法律関係は、必ずこのように客観的に第三者が判断できるようになっています。具体的には、この事実は損害賠償請求訴訟で明らかになります。従って、不動産の売買契約の売主、買主については、その意思確認が非常に重要になるのです。当事者以外の関係者への必要以上の遠慮が、契約当事者やその他の関係者に多大な迷惑が掛かる事を法務事務所のリーガルスタッフは認識しなければなりません。
この他に「代理権」の問題もありますが、このセミナーは法律学のセミナーではなく、法律実務の話なので一応ここまでで必要最低限の条件は満たしているかと思います。更に詳しい事を知りたい方は、ご自身で専門書を購入され、読破してみて下さい・・・相当難解であると思いますが。
いかがでしたか? 登記申請事件の対応を行う上で、このように実体法上の判断が必ず必要になります。何故なら、司法書士や法務事務所は、誰かの「下請け」で「登記申請代行業」をしているわけではないからです。登記申請事件の依頼者やその紹介者が「右向け」と言ったら右を向き、「左向け」と言ったら左を向く、といった一つの機関としての「機械的事務作業」をしているわけではなく、例えば周りにいる全員が「白だ」と言っても、自分が黒だと思えば「黒だ」と言う自律的な「法律専門の実務」をしているからなのです(「登記法務規範論」)。
そして、この登記申請事件の各判断は、けっして直感や、経験、更には個人の思想や主義、主張の問題では無い事がご理解頂けたのではないでしょうか。
司法書士の本人確認や意思確認、そして法務事務所の登記申請実務の一つひとつの重要性をこの機会に再確認して下さい。
第7回の法務実務セミナーは、実体法上(民法上)の法律判断の対象である、契約の成立性、売買の適法性、条件が付いた法律行為の効力発生性、更に契約の有効性について触れました。次回PART 2は、いよいよ不動産登記法務の実務上の登記申請事件の適法性について解説します。
今回のセミナーはここまでとします。今回もこのセミナーに参加頂き有難う御座いました。