【第1部】不動産売買における登記申請事件
第5回 不動産売買の決済における司法書士の本人確認の意味
(2020年2月8日(土) 公開)
皆さんは不動産決済の場所での司法書士の本人確認はどうしてするか本当に知っていますか?
決済の場所では売主、買主、仲介業者、金融機関やその代理店の担当者、そして司法書士が一堂に会します。ここでは登記書類の確認、売買契約の不動産の代金の残代金を支払い、又、対象不動産についての最後の注意点等質疑応答がされ、売主宛に残代金の着金がされたら売主から買主宛に対象不動産の鍵の引渡しがされる等を淡々と、しかもスピーディに行われます。しかし、ちょっと待って下さい。もしこれだけで完了したら大きな問題になる可能性が有ります。それは売主、買主が本当に本人かどうかという問題です。
皆さんの中には、
「仲介業者はちゃんと本人確認を済ませている」
「一応、司法書士が本人確認をするが、それはセレモニーで決済に来る売主、買主は本人に決まっている」
といった方も実は多いのではないでしょうか? 確かに決済場所に来る売主、買主は本人の可能性が高いです。いいですか? ここが重要なんです。「本人の可能性が高い」んです・・・つまり「本人であるとは言い切れない」んですよ。決済当日、この段階迄来たらもう可能性の問題は排除しなければなりません。何故なら高額の金銭をこの売買契約最終日に動かすんですから。少し前にも地面師による大きな詐欺事件が有りました。彼らは普通の人間が思いもよらない方法で巧妙に決済出席者を騙します。仲介業者や不動産販売会社、不動産建設会社の社員を物の見事に騙してお金を取って行きました。そして気が付いた時には手遅れになってしまう事が殆どです。ですから余程注意して掛からないといけないのです。
ではどうすれば地面師の詐欺から売主、買主を守れるのでしょうか? それは「本人確認」しか有りません。本人確認を徹底する事で基本的には詐欺被害は防げます。しかし、皆さんの中に本人確認の重要性は解っていても、その徹底には躊躇する人も少なくないんです。売主、買主はとても大事なお客さんであり、その当事者性を聴く事は感情的に気が引けるからです。仲介業者等の社員の皆さんの中には十分に本人確認を行わない方もいます。ましてや、法務事務所のリーガルスタッフが本人確認をする事に躊躇や抵抗感を感じていたのでは仕方が有りません。このセミナーでもお話していますが法務事務所は今日の様な取引社会の中での最後の砦なんです。
本人確認の方法ですが、身分証明書の提示を受けて確認します。写真入りの物が良いので運転免許証が一般的ですね。司法書士はこの運転免許証をただ眺めているのではないんですヨ。ここで本人確認の方法について簡単に説明しましょう。
運転免許証の提示を受けたら中身の記載事項の確認には入りません。まずする事は、その運転免許証が本物かどうかを外形的に確認します。本物であると確認出来たら次に記載内容に矛盾が無いかをみます。例えばこの業界で有名なところでは以前に運転免許証の有効期限の月日が本人の生年月日と同じだったとうい事例が有りました。勿論これは“偽造”された運転免許証です。他にも記載内容に矛盾が有るかを見ます。更に慎重に行うのであれば不意に本人で無ければ判らない事を訊くんです。例えば干支です。詳しい確認方法は取引の安全性の見地からここでは省略しますが、このようにして本人であるか否かを確認します。前にもこのセミナーでお話ししましたが、決済の場所で改まってこの様な事をするのは司法書士だから出来るんです。売主様、買主様も司法書士がどの様な立場でこの決済に出席しているかを認識しているから答えて貰えるんです。仲介業者等の不動産会社の社員の方も法令上本人確認はしなければなりませんが、司法書士に対する一般社会の信頼は高いので、是非決済の場所での司法書士の本人確認に協力して、この売買契約が全体として滞りなく無事終了するように努めて頂ければと思います。
また、本人確認の際、運転免許証を見せて貰いますが、
皆さんの中にそれはコピーを取る為に見せて貰うと誤解している方
が居ます。これもこのセミナーでお話ししていますが、売買契約書や運転免許証のコピー、その他の事情聴取事項、登記書類は全て実際の事実関係の証拠でしかないんです。そして証拠は事実を証明するために使います。つまり、
事実が無いのに証拠は観念出来ない
のです。運転免許証を見せて貰うのはあくまでも「本人確認」の為です。従って、決済の場でよく仲介業者の方が運転免許証のコピーを持参して司法書士に見せますが意味が有りません。運転免許証自体が本物か否かはその原本を見なければ判らないからです。
更に、応用で売主が会社の場合、本人確認はどのような方法でするんでしょうか?
ちょっと難しくなりますね。この場合、決済の場所に来た人の本人確認とその本人が本当にその会社の代表取締役社長であるかの2点を確認しなければ本人確認した事になりません。それでは会社の代表取締役社長ではなくその会社の担当社員が決済の場所に来たらどうしますか? この場合は、決済の場所に来た人の本人確認とその人が本当に会社の社員であり、会社の命を受けて決済の場所に来たのかを確認して初めて本人確認(意思確認)をした事になります。つまり司法書士が提示や提出を受ける書類が増えるんです。
決済の場所には会社の社員が来る事が多いですが、その場合の本人確認書類は次の通りです。①決済の場所に来た人の運転免許証(本人確認)、②その人の名刺(身分確認)、③会社が発行した会社実印押印の印鑑登録証明書付業務権限代行証明書(権限の有無と会社の意思確認)になります。決済の場所に来た人が売主や買主である会社の社員かどうかは公的な書面は有りません。この場合、その社員本人が持っているであろう書類で確認するしかないんです。この場合は名刺になります。他人の名刺を持ち歩くことは無いので。法令上は本人確認の仕方は司法書士に任されていますので明確な方法、つまり過失無く誰が見ても解るような方法で行う必要が有りますが、会社の社員の場合は最低限決済に来た人の本人確認の為の運転免許証及び業務権限代行証明書は必要でしょう。
ここで会社が買主の場合は業務権限代行証明書に会社実印の押印は必要ないのではないか?
といった疑問はもう有りませんね。もしこの疑問を持った方はまだこのセミナーの内容がよく解っていない方です。いいですか。登記の添付書面としては買主の実印の押印は必要ありません。今、問題にしているのは実際に真実の関係であるか否かという実体法上の事実関係を取上げています。登記の申請が通るか否かといった事務処理上の話ではありません。
そしてここでまた問題が出てきます。法務事務所のある程度のベテランのスタッフの中に
「仲介業者等の社員の方はいつもお付合いさせて頂いている会社だから必要書類を増やしたくない」
「長い付合いなのにあの社長に社員の本人確認用の書類をお願いする事は気が引ける」
といった問題です。そもそもここで登場する会社とは不動産関係の会社、つまりよくお客さんを紹介してくれる会社が大多数です。本人確認、本人確認と煩わしい事が実際の仕事に支障を来すと考えるんです。
しかし、今までお話して来ましたように「気が引ける」といった感情的な事よりこの売買契約に支障が出ない様にする事の方が重要です。人間関係でこれからも続く関係を破綻させないようにしなければなりません。法務事務所のリーガルスタッフの皆さんは自立した自由な立場で登記申請の手続きを公正に進めて下さい。それが法務事務所の役割である事をよく認識して。そして、それが売主、買主のためである事を。
そして最後に
事務所の申請情報を作成した人と実際に決済に行く人が違う場合
で申請情報を作成した人は売主又は買主である会社の代表取締役社長や社員の事は前から知っていたとします。例えば事務所のリーガルスタッフが申請情報を作成し、司法書士が決済に行くといった場面です。この場合、事務所のリーガルスタッフは売買契約当事者の会社の代表取締役社長を昔から面識が有るので決済ではその会社の代表取締役社長やその社員の本人確認はしなくてよいという事にはなりません。何故なら実際に決済に行く司法書士はその会社の代表取締役社長や社員とは面識はないのですから。つまり本当に決済に来た人が本人かは判らないという事です。この辺も誤解されている方が多く居ますので間違わないで下さい。
ご理解頂けましたでしょうか? 決済の場所での本当の事。
今回の第5回法務実務セミナーはここ迄としましょう。このセミナーに参加頂
き有難う御座いました。