【第1部】不動産売買における登記申請事件
 
 
  第8回 不動産売買の登記申請事件における適法性 (PART2)

(2020年6月9日(火) 公開)

 
  
 前回に引き続き、今回のセミナーのテーマは、「登記申請事件における適法性」についてのお話しです。
 
 前回は、不動産売買契約の成立性、適法性、効力発生性、有効性について掲載しました。不動産登記法は手続法であり、その前提となる実体法上(民法上)の法律関係が有効に成立している事が大前提になります。その上で、法律専門実務家である司法書士は不動産登記法に基づき登記を実際に申請する事ができるのです。その意味では、このような手続法は「実務法」という事ができます。
 
 尚、実体法上の有効性の判断は、売買契約時の判断対象となりますが、この実体法上の有効性の問題は、生じるとすれば実務上、後日問題が発生する事が多い事(有効性の問題があるとすれば、それは司法書士が注意義務を尽くし、登記申請及び登記の実行が完了した後に現出する問題が多いという事)、売主、買主、金融機関等は実体法上の法律関係の当事者であり、更にその契約上の当事者は登記申請事件の当事者である事(つまり実体法上の当事者と手続法上の当事者が一致しており、実体法上の法律的問題は、手続法上の次元以前に、決済の局面を除き、法律上、その義務は尽くされ、完了しているという事)、実体法上の有効性に一定の疑義がある場合、司法書士は登記申請事件の処理を停止し、必要に応じ実体関係について調査(司法書士の手続法から導かれる委任契約上の善管注意義務としての調査権限及び調査義務)する事、司法書士による法律判断は原則として書面上及び当事者本人への直接の確認である事(つまり手続法上の確認方法は、本人への本人確認、登記申請意思確認、目的物確認を除き、原則として形式的審査であるという事)、実体法上の契約関係は依頼者と司法書士との委任契約の直接の対象では無く、依頼者と司法書士との委任契約の対象は登記申請事件である事、登記申請事件は既に確定した法律関係に基づき処理する手続きであり、その意味で登記制度自体から由来する性質を持った法律上の申請手続きである事等により、実際の実務では、司法書士や法務事務所のスタッフが十分に注意義務を尽くした事を前提に、実体法上の法律判断に対しては適法性(又は効力発生性)までをその射程として、手続法上(実務法上)、登記申請事件の適法性の判断をしていく事とします。
 
 そこで、登記申請事件における適法性の問題ですが、様々な理論を踏まえ、法務実務セミナーなりに組み立てると、第一に実体法上の判断、すなわち不動産売買契約が適法に成立しているか? 適法に成立しているとすれば、その法律関係の中に登記申請が必要となる理由(これを法律用語で「原因」又は「登記原因」といいます。)はあるか? 第二に、実体法と手続法(実務法)を連携させる判断、すなわちその登記が必要となる権利の変化(これを法律用語で「物権変動」といいます。)は何か? つまり、登記記録をどのような理由で書換えるのか? そしてその物権変動に対応する不動産登記法の登記の種類は何か? 最後に第三として、手続法上(実務法上)の判断、すなわち適法な登記申請をするために手続法上(実務法上)必要となる事項を決定し、登記申請情報を作成するための法律判断をするという方法により、この三段階の法律判断をする事で全体として登記申請の適法性を担保できる事になります。
 
 登記申請事件を処理するためには、まず実体法上の判断が必要になりますが、この判断は登記申請を前提とする判断です。我が国の不動産登記制度は、物権の発生、変更、消滅という物権変動そのものを登記の対象としています。従って、私達の生活関係の中で、何が登記の対象になる物権変動であるかを判断できなければ、そもそも登記申請をする事ができないわけです。そこで、何が登記申請が必要となる法律関係か? ですが、それは、登記の対象となる権利について物権変動を生じさせる法律関係を見付け出す事と同義という事になります。見付け出す方法は、登記申請の対象となる事実関係の中で登記申請に必要な法律関係を探し出し、その法律関係から生じる物権変動の登記原因を特定して行います。
 
 次に、実体法上見付け出した登記原因に着目し、不動産登記法上(手続法上)の登記の種類を決定します。登記の種類は、実体法上の物権変動に対応し、設定、保存、移転等合計6つありますので、ここを誤らないようにしなければなりまん。登記原因の判断及び登記の種類の判断を誤ると、登記原因証明情報上の内容と実体法上(不動産売買契約上)の法律関係が相違するとされ、オンライン申請における申請手続きの運用上、相違内容が確認された場合、登記官は当該登記申請情報を却下の対象とする可能性があります。
 
 最後に、登記の種類が決定できたら、不動産登記法(手続法=実務法)に基づき、登記申請情報に必要な事項の決定の判断をし、具体的に登記申請情報を作成していく事になります。
  
 従って、ある程度の経験の有るリーガルスタッフの中に、自身の知識や経験で独断的に登記申請事務の判断を決めつける人がいますが、
 
 
 
 自身の主義主張や経験則は執務上の一つの指針となる事は有りますが、登記申請事件の適法性の判断方法ではないという事をよく認識して下さい
 
 
 まして、法務事務所の仕事は依頼者の大事な所有権等の権利を対象とする仕事で、責任は重いのです。
 
 
 さて、このセミナーは法律学ではなく法律実務がテーマですので、適法な登記申請情報原案を作成した後、いよいよ決済立会いの場面での話になります。今回の場面は登記申請を書面で行う場面を想定して下さい。
 
 決済の場面では、決済後、司法書士が登記所へ行って登記申請書を提出する事になりますが、仲介業者の担当者から決済は売主の着金確認をすれば、後は皆忙しいから決済は解散して、早く司法書士の先生は登記所に行って欲しい、と言われる事がよく有ります。
 
 決済の場所では売主、買主、仲介業者、場合によっては金融機関等が一堂に会し、最後の手続きをしますが、ご存じの通り、買主から売主へ売買代金の振込等に時間が掛かります。この売主への売買代金残代金の支払い確認を不動産業界用語で「着金確認」といったりします。この着金確認に掛かる時間は、一般的に早い時は30分程度、遅い時は1時間30分以上掛かります。特に、月末、期末、年末、年度末は一般金融機関での口座決済は時間が掛かります。この時間に売主や売主仲介業者の担当者から買主に不動産の最後の説明や書類の署名押印、買主から売主への質疑応答がされますが、その説明等が終ってもまだ着金確認が終らないときも有ります。
 
 当方が聞いた話では、この時間は何もする事が無いので、時間潰しに手品を見せたりする人もいるそうです。そのようにして、やっと着金確認が終り、忙しい仲介担当者は会社に帰り、締めの手続きや他の売買案件の仲介手続きをするため、決済場所を早く解散したい欲求に駆られる方も少なくないです。そこで、「後の事はいいので、これで決済を解散してもいいですか?」、「売主の方も売買代金の残代金が確認出来ればそれで良いと言っていらっしゃるので、これでこの決済の場所は解散して、司法書士の先生は早く登記所へ向かって下さい」と言われる経験をよくします。
 
 しかし、これが問題なんです。
 
 
 「後の事はいいです」
 
 
とはどのような判断でしているのでしょうか? この後も仕事が詰まっているので早くこの決済を終わりにしたい、といった事実上の気持ちも解りますが、先程からお話しています通り、この不動産取引は法律上の取引きなんです(スーパーで買い物をする程度のショッピングではないという事です。)。従って、常に契約当事者である売主、買主、金融機関の権利関係の事を考えなくてはなりません。
 
 一般的に不動産売買では金融機関から融資を受けている売主や買主が多いです。問題は、その金融機関の担保権なんです。いいですか? 金融機関は買主に融資をする際、必ず登記記録上第1順位の抵当権の設定を行います。ところが、売主の担保権がこの売買代金の残代金の支払いで完済出来なかった場合、売主が対象不動産を購入する時に融資をした金融機関は絶対にその設定されている担保権の権利証を渡しません。そうすると、この不動産売買契約に基づく売主から買主への所有権移転登記のみが先行する事になり、買主に融資をした金融機関は絶対に容認出来ない状況になってしまうんです。担保権の抹消登記と設定登記は後で申請する事にして、取り敢えず売主と買主が可哀そうだから先に名義を変えてあげればいいというわけにはいきません。そうです。金融機関は担保権設定登記の権利者であり、買主は義務者です。つまり、不動産売買契約に基づく所有権移転登記の申請上の当事者と同じで、両方とも抵当権設定契約に基づく抵当権設定登記申請上の当事者なのです。
 
 そうなると、
 
 
 「単に一連の登記申請の提出を延期すればいいじゃないか」
 
 
と思う人もいるかと思いますが、そうはいかないんです。まず金融機関の担保権設定契約書は契約締結(成立)期日が厳格に決められており、その殆どが売買契約が適法に成立し効力が発生した日になります。そして、その売買契約が適法に成立し効力が発生した日に売主から買主に所有権が移転しますが、その所有権の移転と同時に担保権が設定されるようになっているんです。これは金融機関からすれば当然の事ですね。買主に所有権が移転した瞬間に担保権を設定して、その登記まで完了しないと、その買主は購入不動産の所有権登記名義人として別の金融機関から融資を受けて、その金融機関のために担保権を設定して、登記まで完了してしまう不測の事態に陥る危険性が有るからです。
 
 従って、その決済の日に登記申請が出来ないと、金融機関と買主との関係では損害賠償や融資撤回の問題が発生します。これは、買主や法務事務所にとって、さらにそもそも仲介業者の皆さんにとっては一大事です。金融機関に対し事情説明や原因究明、改善提案等大きな問題になりかねません。場合によっては契約から全てやり直しになってしまいます。
 
 
 お解りですか?
 
 
 決済は、単に売買代金の残代金の支払いや鍵の引渡しといったセレモニーではなく、最後の最後で契約事項が間違いなく達成出来るか、といった実体法上(法律上)の法律的判断をする場所なんです。
 
 
 そして、この決済場所には法律の専門実務家である司法書士がいます。司法書士はこのような法律上の取引きに当事者の登記申請事件代理人として公正・中立・独立の立場で関与し、売主、買主、金融機関の法律上の権利を守るために、売主、買主、金融機関の当事者から委任を受けてその使命を果たします(「登記法務規範論」)。この決済が、疑義無く、完了し、無事登記申請手続きができるよう当事者のために適宜司法書士の指示に従って頂ければと思います。
 
 
 もう一度確認しますが、適法な登記申請をするためには、決済の場所では、買主に対する金融機関からの融資の実行はされたか(入金確認=金融機関、買主のため)、そして、売買代金の残代金が支払われたか(着金確認=売主、買主のため)、最後に、金融機関の残債務は間違いなく完済されたか(完済確認=売主、買主、金融機関のため)、を確実に確認しなければなりません(但し確認方法は、臨機応変に行えばよいです。しかしだからといって決済場所を特段の必要もないのに離れ、解散する事は避けなければなりません。)。
 
 不動産登記法が何故存在するか。それは、第一義的にはその契約当事者の権利を守るためです。不測の事態になっては、買主や金融機関、更に売主の目的とした内容は実現出来ません。それは、契約関係自体に疑義が存在すれば、安全及び円滑に不動産取引きを実現するという登記制度の本来の目的を果たせないからです。
 
 そして、
 
 
 契約が適法に成立しているか、更に、登記申請が適法に行えるか、といった判断は法律判断になるんだ、という事をよく理解して下さい。
 
 
 従って、
 
 
 個人的な主義主張や感情、経験則での判断は避けるようにしなければなりません。
 
 
 契約当事者の大事な権利を守るために。
 
 
 
 今回は多くの法律的な用語や概念が含まれており、難しく感じた方もいらっしゃったかもしれません。「契約の成立性」や「売買の適法性」、「売買契約の効力発生性」、「売買契約の有効性」、そして「登記申請事件の適法性」と何の事だか実感が湧かない方も多かったと思います。
 
 司法書士会に登録し、法務事務所に就職したスタッフの皆さんは、その法務事務所での研修の内容に今回の話が有ったかは判りません。また宅建業者や金融機関で活躍されている担当者のみなさんは勤務する会社での研修会でどのような勉強をされたか、また宅地建物取引士の方々につていは受験勉強に今回のような実務上の内容は有りませんが、特に法務事務所のリーガルスタッフの皆さんは、今回お話しした程度の事は、少なくとも知っておくべき事なのです。宅建業者の皆さんや金融機関の皆さんも不動産売買やその融資と不動産登記法務という関係について、皆さんの顧客との関係をより良くするため、今回の話を通じて改めて認識を新たにして頂ければと考える次第です。
 
 このセミナーの趣旨により講義の中では、敢えて一つひとつの法律用語や法律概念の詳細には触れませんでした。もし、関心のある方は、この機会に実務書を購入して勉強をしてみて下さい。
 
 
 
 難しい事は今はさておき、
 
  
 
 登記申請事件には必ず法律判断が必要なんだ
 
 
 
 そして、決済とは契約当事者の権利を守る大事な場で、
 
 
 
 その判断は必ず法律的に行われなければならないんだ
 
 
 
 といった事を認識して頂ければ今回のセミナーでは十分です。
 
 
 
 今回の第8回法務実務セミナーはここまでとしましょう。2つのパートに分けた前回そして今回と皆さんお疲れ様でした。今回もこのセミナーに参加頂き有難う御座いました。