【第1部】不動産売買における登記申請事件
 
 
  
   第17回 不動産売買の登記申請事件における
 
           複数法務事務所による連件申請の危険
 
          - 登記系法務事務所の選定と契約当事者の損害 -
 
 
(2021年5月3日(月) 公開)
 
 
 
 
皆さんは不動産売買に関する登記申請の方法についてご存知ですか?
 

 

 
●登記申請は各々の登記の目的により複数の申請になる
 
 
 不動産売買契約が有効に成立するとその不動産の持ち主は、売主から買主へ移り
ます。「有効に成立する」とはどのような場合でしょうか。不動産売買契約には条件や特約が付いていたりするのが一般的です。特に有名なのが「売買代金の残代金が売主に支払われたら売主から買主に売買目的不動産の所有権が移る」という「条件」付き売買契約です。何故このような条件が付いているかは既にこのセミナーで講義していますので再度確認したい方やこの回からセミナーに参加された方は、このセミナーの第3回を中心にご覧になって下さい。
 
 更に、不動産売買契約の前提として買主は融資を受ける事が一般的です。そして金融機関はその融資、つまり住宅ローンを担保するため、その住宅ローンの目的不動産に抵当権を設定する事になります。金融機関も住宅ローンの完済ができないときは損失が出てしまいますので、その抵当権の付いている不動産を売却してお金に換えるわけです。つまり、金融機関と住宅ローンの借主は住宅ローン契約(金銭消費貸借契約)とその住宅ローン契約に伴う抵当権設定契約の2つの契約をします。
 
 不動産売買契約は、一般的に住宅ローン契約が前提となりますので、住宅ローン契約とその住宅ローン契約に基づく抵当権の設定契約は法律上関係しています。しかし、不動産売買契約自体は、住宅ローン契約やその抵当権の設定契約とは法律上直接関係はありません。法律的には、住宅ローン契約やそれに伴う抵当権設定契約が無くても売買契約を原因とする所有権移転登記はできます。それに、売買契約上で住宅ローンの契約が有効に成立したら、不動産の所有権が売主から買主へ移転するといった条件のついた不動産売買契約は一般的にはありません。
 
 また、売主が目的不動産を購入したときに同じように金融機関と住宅ローン契約をしている場合、この目的不動産にはその住宅ローンを担保するため抵当権が設定されているはずです。そして売主が現在契約する売買目的不動産の住宅ローンを完済していなければ、まだその時に設定した抵当権の登記があるはずです。一般的に、個人間の不動産の売買契約では、目的不動産を購入した当時の売主の住宅ローン契約に伴う抵当権が設定されていて、今回の不動産売買契約で支払われる売買代金で、売主は住宅ローンを完成し、売主が目的不動産を購入した当時の抵当権設定登記を抹消する事が多いです。
 
 そして更に売主が対象不動産を購入したときに住んでいた住所から現在転居して別の住所になっている場合は、売主の登記記録上の住所を現在の住所に書き換える必要があります。登記申請の本人確認は住所及び氏名で行いますので、登記記録上の住所と今回の売主の住所が違っている場合、登記記録上の所有権者と今回の登記申請人の売主とが同じ人間か判明しないからです(登記記録上の所有権者と申請人の同一性)
 
 つまり、一つの不動産の売買契約で必要になる登記申請は多くの場合、実体法上の事実関係に基づき、
 
 
 ①住宅ローン契約に伴う抵当権設定契約に基づく抵当権の設定登記
 
 ②不動産の所有権の移転、つまり売主から買主への名義の変更の登記
 
 ③過去に付いていた売主の抵当権が、今回の不動産売買契約で買主から支払われる不動産売買代金により完済された事を原因とする抵当権の抹消の登記
 
 ④売主の住所や氏名の変更の登記
 
 
 の4つになります。勿論、売主が目的不動産を購入した当時キャッシュで売買代金を支払っていたり、引っ越しも結婚等もしていない場合は③や④の登記は必要ない事は言うでもありません。
 
 
 
 
●不動産売買契約関係の関係者は複数存在する
 
 
 ここまではいいでしょうか? さて、問題はここからです。今、不動産売買契約で売主から買主が不動産を購入する場合、関係者は、売主買主売主側仲介業者買主側仲介業者銀行法務事務所になります。そして、一般的にこの中の誰かが「調整役」を果たすわけですが、この調整役は本来誰でも構わないわけです。法律上予め決まっているわけではありません。勿論、仲介業者の担当者は「不動産」仲介が仕事なので、不動産売買契約の範囲でイニシアチブを取ります。銀行は住宅ローンのお客さんのために住宅ローン契約と抵当権設定契約のイニシアチブを取ります。そして、法務事務所は売主、買主、金融機関のために適法は登記申請事件のイニシアチブを取ります。
 
 しかし、この「不動産売買契約関係」のフィクサーは初めから決まっているわけではありません。ただ、関係する当事者が多い事に加えて、各々の関与内容が異なり、更に各々専門性が必要となるので、売主、買主がいちいちその窓口に足を運んでいたのでは契約は相当程度期間が掛かり成約率も低下するでしょう。不動産業界にはそれ相応のスピード感というものがあります。れではどうしたらよいのでしょうか? それは「誰かが調整役」をしなければならない事になります。しかし、この「調整役」は何かの会議を開いて合議で決めるというものではなく、事実上、その不動産の売買契約の始まり方や流れで自然に決まっていきます。
 
 
「調整役」は予め決まっていない
 
 
▼不動産仲介業者や金融機関
 
 例えば、不動産仲介業者の担当者は、将来の売主や買主から不動産売買の希望があった時、相談を受付けるだけではなく、その不動産売買契約を成約しなければ報酬には繋がりません。住宅ローンの金融機関も将来の不動産の買主から相談があっただけでは、実際の融資には繋がりません。住宅ローンは目的ローンなのです。本人の意思の尊重や契約自由の原則から、市場経済の競争社会の中では、不動産仲介業者も金融機関も契約当事者が承諾すれば契約は成立するのです。因みに、不動産仲介業者は売主に納得のいく目的不動産の売買代金の確保を目指し、買主には希望に合った目的不動産の仲介をする事によって、売主には目的不動産の売却利益を、買主にはその後の豊かな生活の希望の実現を、そして、金融機関は住宅ローンによってマイホームを手にする事を成就させる事がその各々の存在意義になります。しかし、直接の事業上(営利上)の目的は、不動産仲介業者も金融機関も、この不動産売買契約の成約が目的になるのです
 
 
▼登記系法務事務所
 
 不動産売買では、この他に登記系法務事務所の存在もあります。登記系法務事務所は、不動産売買契約の将来の当事者に対しては、不動産仲介業者や金融機関とは少し異なった関わり方をします。登記系法務事務所、つまり司法書士や法務事務所スタッフは、売主や買主、金融機関の直接の売買契約締結や住宅ローン契約等の成立自体を目的とするのではなく、その当事者となりうる売主、買主、そしてその関係当事者の金融機関の権利擁護が最終目的になるのです。勿論、売買契約等に基づく登記申請事件は、主軸となるその不動産売買契約自体が成立しなければ申請できません。従って、登記申請事件の報酬は発生はしない事になります。しかし、司法書士の使命は不動産売買契約の成立そのものが最終目的ではなく、不動産売買契約等が法律上適法に成立したいるかの過程にあるのです。すなわち、司法書士は、売主や買主、金融機関が法律上、不測の損害を被らないように(法律的不利益を受けないように)、売主、買主、金融機関のために各々の権利を擁護する事で使命を果たすのです。仮に、不動産売買契約や抵当権設定契約が成立して、登記申請事件を処理しても、実体法上のその契約の適法性に問題があった場合、契約の成立や登記申請完了を目指しても、公正な不動産取引きを通して当事者の権利擁護する法律専門実務家としての司法書士の使命を果たした事にはなりません。例えその関係者の意に反しても。従って、売主や買主、金融機関の各々の契約を客観的に判断し、営利上の判断が伴わない中立、公正、独立の地位で、依頼者の立場に立って(依頼者との関係性は利益相反にならないという事。)関与する司法書士は、金融機関にとっても、また多くの場合初めての経験となる売主、買主にとっても、頼もしい存在になるのではないでしょうか。
 
 売主や買主の皆さんは、不動産売買契約を締結する前に、できれば不動産売却や購入を考えた時に、不動産登記法務を専門分野の一つにしている法務事務所の司法書士にまずはご相談して頂く事が賢明であり、その後の不動産の売買についての相談は勿論、司法書士自身が不動産売買契約等の法律的調整役にないりますので、様々な仲介業者や金融機関の事も含め支援する事が期待できるでしょう。また、不動産仲介業者や金融機関のご担当者にとっても、司法書士との日頃の関係を持つ事により、法律上問題の無い、そして何より売主、買主、金融機関にとって安心した不動産取引きが可能になります。この事は、市場経済の競争社会の中、その事業者の社会的信頼を高める事に寄与する事でしょう。因みに、司法書士は違法、不当な不動産取引きには関与しませんので、相談者に対する指摘や助言の内容は、真摯に不動産事業を行う事業者に限りる事は言うまでもありません。
 
 
不動産仲介業者や金融機関と登記系法務事務所とは
 
不動産売買契約や住宅ローン契約に対しては
 
そもそも関わり合い方が違う
 
 
 
 
●不動産売買契約の調整役は予め決まっているものではない
 
 
 さて、不動産仲介業者や金融機関、登記系法務事務所の司法書士の各々の不動産売買契約に対する関わり合い方はこの辺にして、実際の不動産売買契約の調整役は、多くの場合仲介業者の担当者が担うケースが一般的です。その理由は、仲介業者はまず最初に売主や買主という契約当事者に接する事が多い事、購入対象となる不動産を押さえている事により、この仲介業者の担当者が売主や買主の事情や希望を聴き、事実上、銀行や法務事務所を勧める事になるからです。しかし、これは行き掛り上そのような状況になっている言わば事実上のものでしかありません。つまりこの「調整役」は誰がやっても支障は無いという事になります。
 
 例えば仲介業者の方々は宅地建物取引業法上決まった仕事ができる事になっていますが、この中に「住宅ローン」の仲介業や「登記申請事件」の仲介業は含まれていません。従って、仲介業者の営業担当者の方が銀行へ買主を紹介したり、売主、買主のために登記申請事案を委任する法務事務所を紹介する事は当然ではなく、事実上、その仲介担当者が個人的に懇意にしていたり、特に売主買主にとって利点がある銀行や法務事務所を契約当事者である売主、買主に提案しているに過ぎないのです。場合によっては仲介業者と法務事務所、また銀行と法務事務所が事実上の独占的提携関係になっている場合もあるかと思います
 
 
不動産売買契約関係の「調整役」は
 
誰がやっても支障は無い
 
 
 
 
●不動産売買契約関係では、「法律上の当事者」と「法律上の関係者」が存在する
 
 
 このように「不動産売買契約関係」では、「法律上の当事者」「法律上の関係者」の2種類の関係者が存在しています。仲介業者は「目的不動産」の売買契約を売主や買主に代わって手続きを進める「仲介(媒介)契約」を売主や買主と締結していますが、この「不動産売買契約関係」の直接の契約当事者ではありません。この「不動産売買契約」の当事者はあくまでも売主であり買主です。そして「住宅ローン契約」やそれに伴う「抵当権設定契約」の当事者は銀行であり抵当権設定者の買主なのです。
 
 因みに、不動産仲介業者も不動産売買契約の仲介をする際は、法律上、仲介契約(媒介契約)を締結しますが、これは売買契約当事者としての関与ではなく、あくまでも不動産売買契約当事者の代わりにこの売買契約が円滑に進むよう関与するサービス業としての関与であり、その範囲での職責はありますが、不動産売買契約の法律上の当事者という事ではありません。何故なら、売買契約書にも住宅ローン契約書にも署名押印はしないからです。ここは実際の不動産取引きでは誤解され易い事なので注意が必要です。現に、不動産仲介業者の担当者の中には、売主や買主以上に積極的にこの不動産売買契約の成約に介入し、ほぼ意思決定までをしてしまう人もいるようです。不動産市場の競争社会では、仲介担当者の方のご苦労も想像できますが、やはり行き過ぎは違法になる可能性がありますので注意が必要です。
 
 このような「不動産売買契約関係」でその要になるのが法務事務所です。法務事務所は立・自由な立場で自律的に売主や買主、金融機関のために事実関係の調査権限とその表裏一体をなす調査義務を持って、単に契約書面関係だけでなく実際に売主、買主、銀行等の金融機関の担当者と会い、当該契約内容が真実であるかを売主、買主、そして金融機関のために法律判断します(「登記法務規範論」)。その法律実務の職責は法令と高い倫理で支えられており、時には勇気も必要となりますが、それは一般の市場経済社会での営利活動とは一線を画するものになります。この法務セミナーの受講者にはいないと思いますが、一般には誤解されている方もいらっしゃるようで、法務事務所は単なる不動産仲介業者の下請け的「登記手続代行業者」ではないんです。そもそも登記記録の書換えだけなら契約当事者自身ですれば済む話です。
 
 
「法律上の当事者」と「事実上の関係者」は異なる 
 
 
 
 
●登記の種類と登記申請方法
 
 
 ここからがこのセミナーの重要な事です。実体法上の関係は調査権限に基づき法務事務所が行い、更に必要となるのはその実体法上の関係に基づく登記の申請です。ここで、登記申請の申請方法についてお話します。これまでお話してきました通り一般的に登記の申請情報の種類は
 
 
 ①売主の住所等の変更登記
 
 ②売主が設定した抵当権の抹消登記
 
 ③売主から買主に名義を変更する名義変更の登記(所有権の移転の登記)
 
 ④買主が設定した抵当権の設定の登記
 
 
 ですが、この登記申請方法は①から④まで各々別々の申請情報で申請しま。何故なら登記申請の目的が異なるからです。そしてこの①から④までの登記申請は同じ法務事務所でなくても構いません。何故ならこれも各々登記申請の目的が異なるので申請情報が別々に行っても支障が無いからです。このような登記の目的が異なる(一部に同じ目的の登記が含まれる場合もあります。)複数の登記申請情報を合理的順序に調製して、同じ登記所に同時に申請する方法を「連件申請」といいます。
 
 そして登記の申請順序も原則は登記の目的が異なれば別々の登記申請なので、どの登記申請から申請してもよい事になっています。但し、例外として登記記録上論理的に前の登記申請が前提となる登記申請の場合は、その前の登記申請の後に登記を申請しなければなりません。具体的には、抵当権の設定の登記です。これは買主の不動産に抵当権を設定するので、この抵当権の設定登記を申請する前提として売主から買主に名義を変更する必要があります。依然として売主名義の不動産に買主が設定した抵当権の設定登記を申請しても却下されてしまいます。また、売主名義から買主名義に不動産の名義を変える前提として売主が目的不動産を購入した当時の住所と現在の住所が異なっていた場合(氏名の変更の場合も同様です。)は、まず登記記録上の売主の住所を現在の住所に書換える住所の変更の登記を申請した後に売主から買主へ所有権移転登記、つまり不動産の名義の変更登記を申請しなければなりません。この売主の住所の変更の登記を申請しないで、売主から買主への不動産の名義の変更登記を申請した場合もその登記申請は却下されてしまいます。
 
 これに対して、不動産の売買取引における時系列上では、売主の抵当権は買主から目的不動産の売買代金を受取った後に、その売買代金で住宅ローンを完済して売主の設定した抵当権を抹消しますが、登記申請順序では、その抹消登記の申請は売主か買主への名義変更の登記の前に行います。これは登記記録上、このように登記申請しても登記官は登記記録上齟齬が生じないので申請通りその登記申請を受理するからです。加えて言えば、感情的には買主にとって売主とはいえ第三者の抵当権が自身の不動産に一瞬たりとも付いている事は気持ち良い事ではありません。そのため不動産業界ではこの登記申請順序の原則を利用して先に売主の担保権を抹消して、真っ新な状態で買主に不動産を取得して頂こうという計らいです。
 
 
登記の申請方法には
 
連件申請
 
という種類の申請形態がある
 
 
 
 
●連件申請の危険
 
 
 このように登記の申請は、登記の目的や登記申請者が原則自由に決められますが、それは登記の申請方法の話で実際の契約関係では必ずしもこの原則は当てはまりません。また繰返しますが、契約当事者は重い責任を負っています。この契約関係が全て整わなければ損害が発生してしまう可能性もあります。売主、買主、そして金融機関の担当者は責任を取らなければない状況もあります。
 
 そして最後のイベントが不動産売買契約の決済(通称「不動産売買代金残代金の決済」)であり、その後、登記の申請になります。ここでトラップに陥りやすいのが登記申請方法なんです。最後の最後の登記申請が複数の法務事務所が担当する事で、その内容の安全性が担保されにくい状態になるからです。法務事務所は、依頼者から不動産登記の依頼があった事件のみ関与します。逆に言うと、依頼が無かった登記申請事件は関与しませんし、関与しようがありません。法務事務所は受任した法律関係を実体法上からと手続法上から、その真正を法律的に調査確認しますが、依頼が無かった登記申請事件は、契約書も確認していませんし、当事者にも会っていませんので、事実関係の確認とその存否の有無も確認しようがないのです。そもそも関係の無い司法書士に、売主や買主、金融機関の担当者は会いません。更に、法務事務所は個々に登記申請事件の取扱い方も経営の方針も非常に個性が有り、実際上、大きく異なります。問題はそのような法務事務所間で協力して一連の不動産売買契約関係に基づく登記申請事件が完全に行えるかという事です。大概の場合、登記申請情報の作成内容自体は同じなので、その範囲で協力し合いますが、それは法律で定まっているものではなく、あくまでも「協力」の範囲内で、一方の法務事務所が他方の法務事務所に「指示」をしたり「命令」したりする事は出来ませんそうです、その関係は事実上の「紳士協定」なんです。
 
 例えば、不動産売買契約関係では、大きく分けて、不動産売買契約住宅ローン契約(抵当権設定契約)がありますが、前件の登記申請事件を受任した法務事務所は後件の登記申請事件を受任した法務事務所とは、基本的に関わり合いは無く、前件の法務事務所は不動産売買契約に基づき登記申請事件を処理し、後件の法務事務所は抵当権設定契約に基づいて登記申請事件を処理します。つまり、前件法務事務所は、後件の住宅ローン契約とそれに伴う抵当権設定契約が適法にされる事を前提に不動産の売買契約が適法に成立している事を確認したら、目的不動産の所有権移転登記を申請し、後件法務事務所は前件の所有権移転登記が適法に実行される事を前提に事実関係を確認し、抵当権設定登記の申請を行います。重要な事は、前件の法務事務所と後件の法務事務所には、基本的に法律関係はありませんので、各々関係契約が成立している事を前提に各々登記事件を処理する事になるのです。
 
 ここで問題になる事は、まず後件の登記申請事件です。何故なら、仮に前件の登記申請事件が却下された場合、後件の登記申請情報が適法でも却下されてしまうからです。登記申請が却下されないためには、実体法上の法律関係が適法に成立している事、そして登記申請情報が適法に作成されている事が条件になります。しかし、その確認方法や手続上の仕組みは、各々の法務事務所によって大きく異なりますので、後件の法務事務所は前件の登記申請事件に対して責任が持てないのです。前件の登記申請事件の処理方法に対して、後件の法務事務所が注文を付ける事は法律上も困難です。何故なら、法務事務所の司法書士には、独立性があり、法律には拘束されますが、第三者には拘束されませんし、拘束されてはならないからです。それは例え同じ法律専門実務である司法書士が相手でも同じ事です。だから、司法書士は独立した自由な立場で仕事をし、依頼者に対しその責任を負い、使命を果たす事ができる構造になっているのです
 
 次に、前件の登記申請事件です。前件登記申請事件が適法に申請された場合において、後件登記申請事件が実体法上及び手続法上の問題から却下された場合、前件登記申請事件も取下げざるを得ない状況に置かれるという事です。何故なら、通常、一般の登記申請順序では、登記申請事件の場合、前件登記申請事件と後件登記申請事件とは、実体法上も手続法上も無関係であり、後件登記申請事件が却下された場合でも、前件登記申請事件に影響はされません。
 
 しかし、それは不動産登記法上の理解で、特に今回の住宅ローン契約(抵当権設定契約)と不動産売買契約という一連の契約関係による連件申請では、実体法上個別の契約ではありますが、事実上、密接不可分の関係であり、住宅ローン契約(抵当権設定契約)が適法に成立していなければ、目的不動産の売買代金の原資が不存在となり、買主は目的不動産の所有権を取得する前提が無いため、前件の目的不動産の所有権移転登記は、金融機関との関係で困難な場合は、取下げざるを得ない状況になる危険性があるのです。
 
 そして、特に責任が重いのは銀行等の金融機関であり、その融資の担当者でしょう。住宅ローンの契約や抵当権の設定契約上、目的不動産に契約で定められている期日に間違いなく抵当権が設定されなければ銀行等の金融機関や買主に損害が発生してします可能性があり、損害が発生しなくても住宅ローン契約やその抵当権設定契約の内容と異なり契約自体が無効になりかねないです。
 
 実際の不動産売買契約や住宅ローン契約に伴う抵当権設定契約に基づく不動産の所有権移転登記や抵当権設定登記の連件登記申請事件では、前件と後件の登記系法務事務所が異なった場合、後件法務事務所は前件法務事務所に対し、最低限不動産の所有権移転登記申請事件の添付書面の中で特に重要な登記原因証明情報や権利証(登記識別情報)、印鑑証明書、住民票の写しの確認をし、更に慎重な登記系法務事務所では登記申請情報の内容について確認をするため協力を求め、前件登記系法務事務所もその協力に応じるところが多いです。
 
 しかし、これも、後件登記系法務事務所の依頼者に対する手続法上の善管注意努力義務の範囲でのお願いであり、前件登記系法務事務所の協力を前提とする事に変わりはありません。前件登記申請事件と後件登記申請事件とでは、基本的に法律上の関係は無いので、前件法務事務所は後件法務事務所に対し、前件法務事務所の手続法上の善管注意努力義務の範囲で協力するのであり、必ずしも後件法務事務所の法律判断に従う義務までは生じないため当然の事です。その代り、各登記系法務事務所は、受任した登記申請事件はその法務事務所の責任で処理され、他の法務事務所の責任には転化できません。現に、過去の判例では、前件登記申請事件と後件登記申請事件との関係では、前件の登記系法務事務所の不動産売買契約に基づく所有権移転登記申請事件については、後件登記系法務事務所の司法書士に対する過失責任は認定されず、法的責任を認めていない損害賠償事件があります。
 
 稀にある特殊の事実関係にある連件登記申請事件で、前件契約が不成立であったため、被害を受けたとして後件の契約関係者が後件登記系法務事務所の司法書士を訴えた損害賠償請求事件がありますが、裁判所は、その契約の特殊性から前件契約に対する後件登記系法務事務所の注意義務の存在は認めたものの、前件登記申請事件に対する後件登記系法務事務所の責任を認める条件を適格に捉え、後件登記系法務事務所の司法書士に相当程度の過失は無いとの事実認定の基、原告側が敗訴した事件もあります。この訴訟の事実関係は、一種特殊性があり、今回取上げた一般的な連携申請では、後件登記系法務事務所の責任までは存在しないという判例はあるものの、真っ向から後件法務事務所の責任を認めた判例は無いのではないでしょうか。
 
 更に言及するならば、裁判所の裁判官は登記申請事件を受任した事が無い裁判官が殆どであると考えられますから、実際の不動産取引き、それに伴う登記申請事件の取扱いからいって、日常の不動産取引きのスピード感との関係で、他の登記系法務事務所の登記申請事件まで取扱っている登記系法務事務所は実際には殆ど無く、訴訟の中で、登記実務を理解していない事実認定がなされた審理もあるかもしれません。法律上、登記申請事件では善管注意義務や忠実義務は必要ですが、受任していない登記申請事件に対し、その受任法務事務所がするのと同等程度の注意義務を払っていては、市場経済社会での不動産取引きの中で、不動産の流通事情との関係で、不動産登記制度上の趣旨である不動産取引きの円滑性という目的から、とても現実的ではないでしょう。この問題もやはり、裁判官に司法書士を起用する事が適切ではないかと考えてしまう典型例になるのではないでしょうか。
 
 
連件申請では
 
前件登記申請事件担当と後件登記申請事件担当の
 
登記系法務事務所が存在する
 
そして
 
前件登記申請事件担当事務所と後件登記申請事件担当事務所とは
 
各々手続法上の善管注意努力義務まではあるとしても
 
特段の場合を除き
 
基本的に法律上の責任は無い
 
 
 
 
●一連の契約関係に基づく登記の連件申請は単独法務事務所へ
 
 
 最初の話に戻りますが、この「不動産売買契約関係」では仲介業者の担当者が銀行等の金融機関に買主を紹介したり、法務事務所に売主や買主を紹介する事が多いですが、仲介業者の職域には、「住宅ローン契約(抵当権設定契約)」や「登記申請事件」の仲介業は含まれていません。そして、売主や買主、銀行等の金融機関は契約の当事者であり法律上の関係者ではありません。仲介業者の担当者はこの不動産売買契約に直接関与できる資格や権利が無いのに対して、銀行等の金融機関は自身の事情を言える資格や権利があります。何故なら一つ間違えば損害を被る契約当事者なのです。なので、仲介業者の推薦する法務事務所ではなく、銀行等の金融機関が信頼出来る法務事務所を金融機関自身が遠慮無く指定する事が懸命といえるでしょう。加えて、売主、買主も会った事も無い仲介業者の担当者等が紹介する法務事務所ではなく、売主、買主自身の選択で登記系法務事務所を選定する事が賢明であると言えます。そしてこの「不動産売買契約関係」の連件登記申請事件を一つの法務事務所に依頼する事が、これまでお話してきました通り、より安全な方法になるという事です。
 
 
 
 
●不動産仲介業者の重い責任
 
 
 一般的に仲介業者の担当者は、ファーストドラフト(不動産売買契約書原案)を作成しますので、この最後の連件登記申請事件に対しては極めて関連性が強い責任を負っています。最後の連件登記申請事件に直接関与する不動産売買契約書の条項も仲介業者の担当者が規程している場合もあります。その意味でこの不動産取引が完了しない場合、法的責任が生じます。仲介業者の担当者の皆さんには、売主、買主に対して、登記系法務事務所の選定や紹介に関与する際は、必ず登記系法務事務所の選定時の注意点、売主及び買主が受ける不利益等について、不動産の重要事項説明の中で責任を持って、解り易いように説明し、売主、買主に理解をして頂き、納得して頂く事が法律上も求められます。
 
 登記の連件申請では、万が一登記の却下があった場合、その被害は売主、買主、金融機関に及びます。登記系法務事務所も司法書士も売買契約書が完成された段階で関与する場合、売主指定条項(売買契約書の中で、所有権移転登記申請の代理法務事務所を売主が指定できる条項の事。)が規定されているときは、当然のことながら買主が所有権移転登記申請事件の代理法務事務所を指定できる権利を放棄した事、その承諾を買主がしている事を前提として、登記申請事件を受任し、各々の法務事務所によって連件申請を行ます。
 
 法務事務所も司法書士も、売買契約書の署名押印時に、仲介業者の担当者から売買契約に基づく目的不動産の所有権移転登記申請事件の代理法務事務所の選定は、基本的に買主ができる事、売主がこの所有権移転登記申請事件を委任する法務事務所を指定する事ができる旨の条項が規定されている事、買主はこの売主指定条項の入った不動産売買契約書に署名押印する事が自身の権利を放棄する事になる事、この事によって買主に損害が生じた場合は買主は売主に損賠賠償請求をしないがその内容になっているという事を不動産売買契約の重要事項説明の中で仲介業者の担当者から既にされていると認定します。
 
 因みにこの売主指定条項は、一連の不動産売買契約関係において、目的不動産の所有権移転登記申請の代理法務事務所と抵当権設定登記申請の代理法務事務所が異なる事を意味します。何故なら、所有権移転登記申請の代理法務事務所の指定は売主により、抵当権設定登記申請の代理法務事務所は主に住宅ローンを貸付ける金融機関が指定するからです。本来の買主の権利を行使すれば、買主は住宅ローン契約の相手方である金融機関の指定する法務事務所を選定する事により、連件登記申請事件を単独の法務事務所にする事ができます
 
 従って、一生に一度有るか無いかの不動産売買契約の当事者となる売主や買主のために的確な不動産売買の仲介をして頂く事が非常に大切です。
 
 
 
 
連件申請事件では
 
単独法務事務所に依頼する事が賢明であり最も安全
 
 
 
 
 仲介業者の皆さんにとっては、普段懇意にされている法務事務所が仕事がやり易いでしょうが、このような登記申請についての現実があります事はご理解頂けたのではないでしょうか。また売主や買主にとっても仲介業者の担当者の方の銀行や法務事務所に対する「懇意」より、「金利」や「安全」の方を重視する事は言うまでもありません。そして、宅地建物取引業法では売主、買主に公正な手続きを保証しなければならない職責を負っています。そのような事から自身の営業上の責任と契約当事者の利益とを踏まえ、是非一番良い方法を選択して頂ければと思う次第です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ご理解頂けましたでしょうか。
 
 
 登記申請方法という普段あまり考えてもいない事について講義してみました。合理的理由がない限り、移転登記はココ、設定登記はココというような機械的な決め方は適切ではありません。是非参考にして頂ければ幸いです。
 
 
 
 
 今回のセミナーはここまでとします。今回もこのセミナーに参加頂き有難う御座いました。