【第1部】不動産売買における登記申請事件
 
 
 
  第13回 不動産売買の登記申請事件における実体法と添付情報
 
- 不動産登記法務における調査権限 本人確認 意思確認 -
 
(2020年12月14日(月) 公開)
 
 
 
 
皆さんは登記の申請で何を一番重視しますか?
 
 
 
 
 登記の申請をするには、まず登記申請情報を作成しなければなりませんので、登記申請情報作成支援ソフト(業務支援ソフト)を使って登記申請情報の各項目を入力していきますか? 又は登記申請情報を作成するためには売主や買主の住所や氏名が分からないと作れないので、最初に登記識別情報や印鑑登録証明書、住民票の写しの取付けを始めますか? 仲介業者や売主、買主の方々と電話やメール、FAXで状況を確認しながら添付情報や目的不動産の登記事項証明書を取得して登記申請情報は作成出来ましたが、これで登記申請はでるでしょうか? もしこのセミナーの受講者で「ハイ!」と答えた方がいましたら、このセミナーがまだ解っていない証拠です。
 
 それでは何のために登記申請情報を作成するんでしょうか? そして「添付情報」は何のために登記申請情報に添付するのでしょうか? この意味を理解していないと法務事務所の仕事は出来ません。何故なら上述の登記申請情報の作成は添付情報の取付けも含め素人でもできるからです。
 
 たまに法務事務所のリーガルスタッフの中に見掛けるのは「登記申請情報の作成」に命を懸けている人です。そんなに頑張らなくても大丈夫です。そもそも登記記録の書換えなら誰でも出来るようようになっているのです。
 
 案件を受任したら添付情報を基に登記申請情報を作成するという態度は法務事務所のリーガルスタッフとしてはレベルが低いといわざるを得ません。もしあなたがそうであった場合、法務事務所のリーガルスタッフという事を理解して自覚しなければならないのです。つまり意識をもっと高く持って下さい。登記申請情報作成は単なる事務処理です。大切なのはその登記申請で登記所に訴える事実の存否なのです。
 
 添付情報が「証拠」だという事は前回のセミナーで講義しましたが、「証拠」は証拠に過ぎません。これもよく聞く話ですが、「委任状」さえ取付けておけば自身の行為は免責されると限り無く固く考えているリーガルスタッフがいる事です。それも根拠も無く。更に、事実関係の証明は登記申請情報の添付情報で足りると何処迄も固く信じているリーガルスタッフも多くいます。つまり、登記手続き上の話と実際の事実関係の存否の話を混同してしまっているという事です。
 
 このような曲解を招くのは、一つの原因があります。それは「事実」と「証拠」との関係を正しく理解していないからです。「証拠」はあくまでも「事実の存在」を証明するための道具です。なので「事実の存在が無い」のに「証拠(らしいもの)」があっても役に立ちません。それは何の価値も無く単なる紙屑に過ぎません。ところが皆さんの中には「誰か関係者の実印を押印した書面」があれば、その書面で事実の存在を証明できると思い込んでいるのです。今話した通りそもそも「事実が存在しない」のに「事実がある」という証明は不可能です。大切なのは「事実」であって、
「証拠」ではありません。「証拠」は「事実」が存在して初めてその証明のために
「証拠」が必要になり、その「証拠」の価値が高まるのです。
 
 登記申請でいうと売主の登記委任状やその登記委任状に押印した実印の印鑑登録証明書を取付けても、本当にその委任状が売主によって署名押印されたものなのか、更にその実印は本当に売主自身が押印したものなのか、もっといえばその押印された印鑑は押印当時の実印に間違いないのか・・・等々。登記申請委任状と印鑑登録証明書だけでは不明点ばかりです。
 
 また、高齢の父親に代わって父親の手続きの代理の委任状を持参したご子息についても、先程の例で言えば、「父親の手続き代理の委任を受けた父親の実印押印の印鑑登録証明書付代理委任状」があるので、即このご子息を売主である父親の代理人とみなして不動産売買契約に基づく登記申請を受任しても構わないと判断してよいわけではないという事です。これも何故なら、代理人はその代理を委任した人が意思能力が無いと代理人に対する本人とはなれません。従って「父親の委任状を持参して父親の代理人である」と称するこのご子息は、本当に父親の代理人であるか判らないのです。よくあるケースは「父親の実印押印の印鑑登録証明書付委任状」があるので、これに基づいて受任しても自分は免責されると考えているリーガルスタッフです。この「父親作成とされる委任状」だけでは殆ど事実関係は判断出来ず、もし父親が既に死亡していた場合等は完全に法務事務所の責任が問われる事になるでしょう。
 
 ここで一つ疑問が湧くと思います。それでは法務事務所は何処まで事実を確認しなけばならないのか? と。例えば登記官が審査する登記申請情報には予め決められた添付情報さえ添付していれば登記は申請情報の通り実行されるので、法定されている添付情報さえ付いていれば十分ではないのか? という事です。しかしそれは違います。登記官は形式的審査権を行使して司法書士や法事務所が作成した登記申請情報を審査します。登記官の仕事はこれで十分です。これに対して、司法書士や法務事務所には形式的審査という考え方はありません。司法書士や法務事務所にあるのは、不動産登記法による不動産登記の代理申請委任契約に基づく登記申請上の「実質的審査権限」ともいうべき代理登記申請者の事実確認調査権限及びこれと表裏一体をなす事実確認調査義務です。
 
 この「登記申請事件における司法書士の事実確認調査権限及び事実確認調査義務」は、不動産登記法による代理登記申請の委任契約に基づく善管注意義務といっていいでしょう。すなわち、司法書士の委任契約の目的であり客観的対象は「売買契約自体」ではなく「代理登記申請」なので、契約当事者に対する本人確認、目的不動産の確認、登記申請意思確認になります。この中で、中核を占めるのが本人確認と登記申請意思確認です。つまり、対象となっている不動産売買契約が適法に成立しているかという事が核心です。そして、目的不動産の確認は、一般的に不動産売買契約書及び登記事項証明書によって行う形式的審査になります。不動産売買契約の有効性については、その売買契約の適法性の判断の中で、善管注意義務の一環として必要により付随的・関連的に注意がなされます。その他の事実上の付随的判断の対象としては、不動産売買契約の関係者が妥当か否かも不動産売買契約に基づく不動産売買代金残代金決済時等に判断が加わるでしょう。司法書士は、この事実確認調査権限及び事実確認調査義務の中で、不合理や不適合といった事実の存在が推認される場合は、善管注意義務により代理登記申請事件を一旦停止して、更に調査を行う事になります。
 
 繰返しになりますが、依頼者と司法書士の委任契約の目的であり客観的な対象は「売買契約自体」ではなく「代理登記申請」という事です。司法書士の善管注意義務の源泉は売買契約(民法=実体法)ではなく、代理登記申請(不動産登記法=手続法)という事です。そして、法律上、事実確認調査権限及び事実確認調査義務の直接の対象とする必要がない売買契約自体(実体法)については、代理登記申請の次元以前に、そもそもその売買契約当事者やその直接の関係者によって既に当事者責任や善管注意義務、忠実義務が果たされ、終局の不動産売買代金残代金決済の局面を除き、全て完了しているからです。
 
 地面師等の成済ましは、契約の適法性の判断と大きく関わります。何故なら、本人性は契約の適法性の判断の主要部分だからです。契約の有効性は、その契約が適法に成立した後の問題であり、不動産売買契約自体の根幹をなす行為は契約の適法性の判断になるからです。そして、適法性の判断の際、後日問題が生じないように、必要により付随的・関連的に有効性に関わる判断も併せて行います。司法書士は、不動産登記法務の専門家です。そして、公正な不動産取引きに立会う法律専門実務家です。不動産売買契約に対し、中立、公正、独立を基盤に、他の不動産売買契約の関係者とは違う自立した自由な地位で法律判断を行い、依頼者の権利を守るのです(「登記法務規範論」)。これは、他の関係者では困難であり、法律専門実務家としての使命を帯びた司法書士にしかできません。
 
 皆さんは、登記所と法務事務所の関係、登記官と司法書士との関係についてご存知ですか? 登記所はいつも補正で文句をいってくるので対立関係にあると思っている人も少なくないと思います。そのように考えるリーガルスタッフがいるのも仕方がありませんが、登記所と法務事務所は登記制度の信頼を維持するために互いに補完し合っている関係なんです。登記所の中と外で、その立場はという登記法上の形式的審査権限と登記法上の実質的審査権限で異なり、又登記記録の正確な更新とその更新を支える事実関係の調査確認とで立場は違いますが、いってみれば「同格」といっていいでしょう。ちょうど裁判所と法律事務所、裁判官と弁護士といった関係です。リーガルスタッフの皆さんは裁判所の書記官や事務官とのカウンターパートである法律事務所の事務職員と同じように登記所である事務官のカウンターパートのリーガルスタッフ(補助者)という事になります。
 
 強いて言えば、裁判官は一部の裁判官を除き弁護士と同じ国家試験、つまり司法試験に合格した人が任官されていますが、登記官は司法書士と同じ国家試験、つまり司法書士試験の合格者ではないという事です。登記申請もインターネットを活用した申請方式が今後一般化して行くでしょうし、登記制度も開かれて行かなければならない事は必然の流れです。登記官の地位の客観性からも登記制度に関わる法律家としての国家試験である司法書士試験の合格者が登記官に任官されるべきではないかとういう問題意識は必要であると思います。そして、司法書士試験の合格者で、登記官に成りたい人や司法書士を経験し人が登記官に任官されたり、登記官だった人が司法書士の仕事をしたりといった事が出来るようになれば更に登記制度も一般国民に身近な手続きになって行くでしょう。
 
 法務事務所は登記申請事件の事実関係の存在について調査確認する権限、義務があります。よく「本人確認、登記申請意思確認」といわれますが、このフレーズはこの権限、義務を端的に表しているものです。だから売主や買主に直接会って本人かどうか、目的不動産の売買契約をする意思が本当にあるのか、そしてその登記申請意思があるのか、更に、この過程で疑問に思った事実は、その関係者に遠慮無く調査確認していくのです・・・売主、買主のために、そして登記制度の信頼性を確保するために、勇気を持って。
 
 
 
証拠は事実を証明するための証拠であり
 
 
そもそも事実が無いのに証拠を観念できない
 
 
 
 いいでしょうか? 一般市民、売主、買主という消費者は法律の事は解りません。「代理関係」とか「不動産売買契約関係」、まして「不動産売買契約の適法性、有効性」等の判断を求めるのは過酷というべきです。だから我々法務事務所が在るんです。もしあなたが、リーガルスタッフの仕事が登記記録の書換えの単なる「登
記手続代行業者」であると考えていたら、その存在意義を改めて認識し直して下さい。そして本当の意味で、自分が納得した登記申請事件の最後に売主様、買主様等から感謝される仕事が出来るように依頼者は望んでいます
 
 

 

 今回のセミナーはここ迄とします。皆さん、今年1年このセミナーに参加頂き有難う御座いました。そして来年も宜しくお願いします。