【ニュースレター ➊ 民事訴訟法務】
建物明渡請求事件とは
賃借料滞納による賃貸借契約解除に基づく事件処理
ニュースレター第1回民事訴訟法務は、建物明渡請求事案を取上げます。
この建物明渡請求事案は、司法書士の取扱う訴訟法務の中では債務整理・過払い請求事件に次いでポピュラーな民事事件ではないでしょうか。
そこで建物明渡請求事件とは何かを解説し、今回はその中で特に依頼が多い賃借料滞納事案に対する事件処理に焦点を当ててご紹介していきます。
賃借料滞納による賃貸借契約解除に基づく建物明渡請求事件とはどのような事件なのか、賃貸人は何をすればよいのか、賃借人に退去して貰うためにはどうすればよいのか、どの程度期間が掛かるのか、紛争当事者の心構えは、といった事について明らかにしていきます。
不動産の賃貸人の方は、ご自身の管理するアパート等で賃借料滞納の賃借人がいる場合、法律的にはどのような手続きで事件が処理されるかについて一つの参考にして頂ければと思います。
●建物明渡請求事案の類型
建物明渡請求事案には、賃貸借契約終了の場合、賃貸アパート等で貸主の事情からそのアパートの建替えをしたい場合、賃借人のアパートの用法遵守義務違反による場合、無償で貸した賃借人が亡くなり、その親族が占有している場合、マンションの管理費滞納問題による場合、賃借料の滞納が有る場合等、様々な事情がありますが、各々の解決策は一律ではなくケースバイケースです。
今回のテーマである賃借人の賃借料滞納問題では、賃貸人やその管理会社は、この賃借人に賃借料を督促しますが、支払いが無い状態が3カ月程度続くと、賃貸人や管理会社は経済的損失が多くなり、この事態を続ける事が困難な状況になります。またこの状態が続く賃借人は、経済的悪化が更に進み、賃貸人は賃料の回収が困難になる等損失が拡大します。
一般的に、法務事務所に相談に来る段階は、この時期を超え、賃料滞納時期から半年程度経ってからになる事も少なくないと思われます。
人の住居はとても重要であり、生活していく上で欠く事が出来ない問題です。知られている通り、借地借家法の適用の有る建物では、賃貸人より賃借人の方がより保護されているのもその制度趣旨から言って当然の事です。
この問題は法律上、当事者、特に賃借人にとって厳しい状況になる事が常であり、賃貸人としてもこの状況を続ける事が困難な中、事案の解決に臨まなければならない過酷な事件類型になります。
このような状況で賃借料を支払わない賃借人に対し賃貸人は、部屋を明け渡して貰うためには具体的にどうしたらよいか。それが「建物明渡請求事件」の本質的な内容です。
自力救済が禁止されている法治国家の我が国では、合理的な理由があると判断されなければ、いくら自身で正しいいと思ってもその主張は認められません。特に、借地借家法の適用の有る建物での賃貸人と賃借人の関係は、事件の性質上、特に慎重に判断されています。つまり一般的に、賃貸人の主張が思うように通りずらいという事です。
建物明渡請求事件での建物賃貸借契約の主な終了事由は次の通りです。
●賃貸人の事情による契約終了
○賃貸借期間満了→更新拒絶通知又は解約通知 正当事由の存在と立退き料支払いによる終了
○建物の建替え→法定更新後の解約通知 正当事由の存在と立退料の支払いによる終了
●賃借人の事情による契約終了
○賃借料滞納→解除通知 信頼関係破壊の存在による終了
○用法遵守義務違反→解除通知 信頼関係破壊の存在による終了
●賃貸人及び賃借人の事情以外による契約の終了
○自然災害による全壊相当→ 賃貸人の賃貸する債務が不能の場合は当然に賃貸借契約は終了
○自然災害による一部損壊→ 賃貸人の修繕等賠償又は賃借人の負担による修繕で契約は存続
占有者の占有形態(法律用語では「占有権原」といいます。)の類型は次の通りです。
●無権限型 → 自身の所有権が無いのに居座り不法占有する形
●使用借権型→ 親族や友人に無償で部屋を貸したが退去しない形
●賃借権型 → 占有権原が有るが、賃貸人の事情で賃借人に部屋の退去を求める形、又賃貸借契約を締結して部屋を貸したが、賃借料滞納等で契約を解除された事により、部屋に居住する権利を喪失した形
●所有権型 → 分譲マンション等で長期の管理費滞納等が有り、管理組合からの競売申立てにより、退去しなければならなくなった形
一般的にこの類型のどれかに属しますが、この中で多い建物明渡請求事案はやはり賃借権型ではないでしょうか。
ここで、建物明渡請求事案で踏まえておかなければならない特徴があります。
●賃貸人にとっても賃借人にとっても事件の性質上、熾烈な紛争である事。
●基本的に退去には合理的な理由が必要であり、その根幹をなすキーワードは「正当事由」と「立退料」、「信頼関係破壊の法理」である事。
●事案の解決には相当程度の期間を要する事。
更に、注意しておかなければならない事は次の通りです。
●不動産仲介業者への立退き交渉の依頼は避ける事
不動産仲介業者の担当者の方はその業務上、賃貸人と賃借人を双方を顧客として仕事をします。つまり、この建物明渡事案では利益相反になり、通常の交渉は出来ないと考えられます。仲介業者の担当者がこの問題に関与する場合、その先に仲介業者にとって利益となる事情が存在する事が殆どです。例えば、アパートの建替えでは既存の建物の取壊しや建設に利害があり、建設後は新たな顧客の獲得で利益を得ます。そのため、必ずしも賃貸人の代理人として交渉をするというよりは、その仲介業者の利益のために、時にはその利益を優先させる交渉になってしまう蓋然性が高いです。また仲介業者が法的紛争に関与する事が法令に違反する可能性が高いです。その交渉で報酬を得ない場合でも、実際に法的紛争に発展した時は最後まで関われず、司法書士や弁護士に引継ぎますが、その場合、仲介業者の担当者が行った交渉が事実上基礎なってしまう事が賃貸人にとって利益となるかは不確実です。
仲介業者の担当者の方々は、法律上、完全な事件処理は出来ないので、依頼は避けた方が賢明と言えるでしょう。
これらの事は、事案解決のためには常に頭に入れた置かなければならない問題です。
今回のこのニュースレターでは、ある事案をもとに賃借権型で、賃借料滞納事案について検討していきます。
<賃借料滞納による建物賃貸借契約解除に基づく建物明渡請求事件>
<プロローグ>
アパート経営をしている賃貸人Aは、賃借人Bに対し、建物賃貸借契約を締結し、契約期間2年で部屋を賃貸した。
ところが、3カ月前から賃貸料が支払われておらず、この間Bに対し1度賃借料の督促通知を郵送したが、これに対する返事がないまま現在に至っている。
Bの保証人Cに連絡するも、賃貸借契約締結時にBがら頼まれ仕方なく保証人になったが、更新後まで関知していないの一点張りの状況である。
この賃貸借契約の更新契約は締結されておらず、3年目に入ったが、Bとは連絡は取れていない。
●契約期間と更新
借地借家法の適用の有る建物の契約では、借地借家法に基づいて事実関係が判断されます。
契約期間が2年と定められている場合は、当該契約を継続させるためには2つの方法が有ります。ひとつは、改めて賃貸人と賃借人とで更新契約を締結する契約更新。もう一つは法律上当然に更新する法定更新です。
契約更新と法定更新の場合とで、一番の違いは契約更新では通常従前の契約期間がそのまま適用されますが、法定更新は期間の定めのない契約になるというものです。
この違いがどのような問題と関係しているかというと、契約の終了です。一般的に契約には永遠に継続されるものは無く、契約を締結されれば、有る期間を経て契約は終了を迎えます。契約をしたからには、契約当事者はその契約に強く拘束されます。契約条項に無い理由で一方的に契約を終了させる事は基本的には出来ません。
本件の場合、改めて更新契約を締結していませんので法定更新になっている事が判ります。
借地借家法上法定更新になっている賃貸借契約を終了させるためには、賃借人に対し、解約通知(解約の申入れ)を発し、解約の通知の日から6カ月経過後に当該賃貸借契約は終了します。
更に、この解約通知には借地借家法上「正当事由」がなければなりません。
この要件は、賃貸人、賃借人双方に契約違反等過失が無い場合について建物賃貸借契約を終了させる場合です。
本件では賃借人が、賃借料を滞納した場合なので、借地借家法上の問題ではなく、一般法である民法上または建物借地借家契約上の債務不履行の問題になります。
通常、建物賃貸借契約書には賃借人が2カ月又は3カ月賃借料を滞納した場合は、賃貸人は催告なしに賃貸借契約を解除出来る旨の条項が入っています。この条項はいわゆる無催告解除条項です。
私的自治の原則で、お互いの事はお互いが合意すれば基本的にその合意の通り法律関係が決まり、その結果、合意した当事者はお互いその合意内容に拘束されます。
しかし、借地借家法の適用の有る建物にはその制度趣旨に照らし、賃借人の保護が優先されますので、賃借人が当該賃貸借契約に違反した事自体をもって当然に契約が終了したり、賃貸人は賃借人に対し解除通知を出したからといって、直ちに当該契約の解除は出来ないという判断に裁判所は立っています。
従って、この契約を終了させるにはまず、相当期間を定めて催告書(配達証明付内容証明郵便)を出し、次いでその相当期間が経過した後、解除通知を出す手順になるのです。実務上は催告書の中に2週間程度の期間を指定して、その期間迄に賃借料の支払いが無ければ改めて催告する事なく、本件賃貸借契約を解除し、遅延損害金を含めた未払賃借料の請求をする旨及び本件建物の明渡しをするべく訴訟を提起する事を記載し、催告書に解除通知を兼ねた解除予告通知を発する事が多いです。
この後は、賃借人の態様により賃貸人は賃借人との任意交渉になるか、訴訟を選択するかに分かれます。
尚、借地借家法の適用の有る建物における明渡し事案では、前述した様に「正当事由」、「立退料」、「信頼関係破壊の法理」が問題となりますが、この事案のように賃借料の滞納の場合にも、「信頼関係の破壊の法理」の適用が有ります。すなわち、建物賃貸借契約の約定解除権発生の要件として、賃貸人と賃借人との間の信頼関係が破壊されているものと評価出来る事情(評価根拠事実)が必要であるというものです(最判昭51.12.17)。
賃借料滞納事案では、賃貸人としては訴訟はもとより賃借人との任意交渉で部屋を明渡して貰える可能性が他の事案よりも高いと言っていいでしょう。賃借人としては訴訟になっても自身の言い分が通る可能性が殆ど無い事は自覚しているはずなので、例え訴訟になったとしても判決で訴訟が終了するというよりは和解で訴訟が終了する形が殆どです。
この類型で問題なのは、多くの場合賃借人に資力が無い事、賃貸人からのアプローチに賃借人が対応しない事による賃借料滞納期間の長期化が挙げられます。
そこで立ちはだかるのは賃借人の資力の問題です。いわゆる無資力の抗弁という問題です。
賃貸人としては、出来るだけ早期にこの問題を解決して、賃料収入を得たいと考えるのが普通だと思います。訴訟であると半年から1年位は掛かるので、本件事件の場合、出来れば任意交渉で解決したいところでしょう。
賃借人との任意交渉で和解出来れば和解書を取交し、期限迄に退去して貰えばいいです。
問題なのは任意交渉をする前提が、お互い話が出来る状況になければならないということです。今回の事案ではお互いの交渉が難しい状況を想定しています。そこで、訴訟の場合の手続きの流れを検討したいと思います。
この場合は、賃貸人本人が訴訟をする場合と訴訟代理人に依頼し、訴訟代理人が訴訟を追行する場合が有りますが、このニュースレターでは訴訟代理人の司法書士が訴訟をする場合を想定します。賃貸人本人が訴訟する場合も、基本的に流れは同じなので参考になるかと思います。
尚、賃貸人本人が訴訟を追行する場合でも、訴状や準備書面等の作成を支援する司法書士による「本人訴訟支援」という方法が有ります。当事務所でも受付けていますので不明点等が有りましたらお問合せフォームでお問合せ下さい。
<賃借料滞納事案の事件処理>
●賃借人の賃借料滞納が始まる。
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●賃借料滞納期間が3カ月になった。この間、賃貸人は賃借人に対し、任意交渉を試みるも功を奏さない状況となっている。
保証人にも本件に対し関与しようとはしない態度で、時間だけが経過した。
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●賃料滞納から半年後、埒が明かない状況に陥り、賃貸人A氏はホームページで見た建明け事件を取扱っているという司法書士Wに相談するためその法務事務所を訪れた。
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●お互いの自己紹介の後、限られた時間の中、A氏は早速相談を始めた。司法書士Wはこの間の賃貸借の事実関係と建物賃貸借契約書等の必要書類に目を通した。
A氏の希望は、第一に賃料滞納から半年も経っているのでBの早急な明渡しを望んだ。
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●司法書士Wは賃貸人A氏に対し事件解決の見通しを伝え、賃貸人は司法書士に事件(以下「本件事件」という。)の依頼をした。司法書士Wは本件事件の事実関係、賃借人Bや保証人Cの住所や連絡先等と契約書類を確認し、処理が可能な事件である事を見定め、固定資産評価証明書等で訴額を算定し、本件事案を受任した。
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●司法書士Wは、賃借人Bと保証人Cに本件受任通知を含む解除予告通知を配達証明付内容証明郵便で郵送した。内容は、期間迄に賃借料を支払わなければ、改めて通知することなく解除し、明渡しのための訴訟を提起するというものである。
※本件では賃借人Bの他に保証人Cにも解除予告通知を発送しています。保証人Cは賃借人Bの連帯保証人になっていおり、この関係はどちらに先に催促しても、また双方同時に催促しても法律上問題無い関係であるため、司法書士Wは、今後の展開を踏まえBとCに同時に解除予告通知を発送したものでです。
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●司法書士Wは、受任通知兼解除予告通知が到達した頃に賃借人Bと保証人Cに対し何度か架電した。
Bの携帯はいつも留守電になっており、直接話は出来なかったので、メッセージを残した。
Cに対しては話が出来た。いきなり司法書士から催告書が届いた事で驚いている様子であった。司法書士Wは、連帯保証人であるCの立場を法律的に丁寧に説明した。CはとにかくBと連絡を取り、何らかの対処をする旨、回答した。
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●想定した通り、賃借人Bの期限迄の賃借料の支払いは無かった。
※一般的に賃借料滞納事件では、それ迄の滞納分の一括弁済のケースはあまりないでしょう。何故なら賃借人の資力が無い事が推認される事件だからです。
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●司法書士Wは、準備してあった訴状をもとにB氏とC氏に対し管轄簡易裁判所に訴訟を提起した。
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●訴状が到達した頃に今度はBから司法書士W宛に入電があった。
司法書士Wは、Bに対し現在の置かれている状況を丁寧に説明し、このままでは賃料とその遅延損害金で債務が膨張し、自身の生活も立ち行かなくなる事、保証人であるCに多大な迷惑が掛かる事、早く対処して、やり直した方が良い事を説明した。
Bは、訴訟をした経験が無い事、自身に転居等の資金が無い事を話した。
司法書士Wは、このまま時間だけが流れる状況は看過出来ず、早急な対応をBに求めた。
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●1カ月半後に第1回目の口頭弁論期日が開かれ、被告Cは出席し請求棄却の答弁書を提出した。被告(賃借人)Bは欠席し、答弁書のみ提出がされた。その答弁書には請求棄却も求め、請求原因に対する認否は追って準備書面にて行うとの内容であった。
裁判官から原告並びにCへの訴状陳述の承諾、被告Bの陳述擬制がされ、第2回目の口頭弁論期日を1カ月後に指定して今回の期日は閉廷した。
※訴訟対応や答弁書、準備書面の作成は一般に知識や経験がなければ難しく、本件では被告(賃借人)は訴訟代理人に依頼し、訴訟を追行するという想定にしています。しかし、通常このような事件では被告(賃借人)に訴訟代理人が付くケースは少ないと思われるので、答弁書は提出されず、本人も出廷しない場合は、口頭弁論期日の第1回目に欠席裁判となり原告勝訴で結審することも少なく無いでしょう。その場合は、判決確定後に強制執行の手続きとなります。
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●司法書士Wは、保証人Cに架電し、その後の状況を聞いた。
保証人Cは、Bとの話し合いで、転居する資金が無い事を聞き、転居費用の一部として資金を自分が貸してもいい旨をBに伝えた事が判った。
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●第1回目の期日終了時点から第2回目の口頭弁論期日迄に原告(賃貸人)の訴訟代理人Wは被告(賃借人)の訴訟代理人と交渉した。被告訴訟代理人は信頼関係不破壊の抗弁で争うとの姿勢であった。その上で、被告訴訟代理人は賃借人が退去する場合でも、退去費用や次のアパートの敷金、礼金が無く、転居しようにも転居出来ない旨話した。保証人Cはこの事態を打開するためにBの転居費用の一部を貸付ける意向である事を伝えた。
原告(賃貸人)訴訟代理人Wは明渡しに期間を置けない旨の賃貸人の意向に沿った話しをし、出来るだけ早期の退去を求めた。その中で、公営住宅を探す事や生活保護も検討出来る事、その他地域の福祉の窓口に相談する事等を提案した。
※訴訟になった場合、原告被告の主張は裁判所の法廷に場所を移しますが、口頭弁論期日は1カ月から1カ月半に1回程度で入ります。期日と期日の間は、何もしないのではなく、訴訟代理人同士の交渉の期間となる事が多いです。特に民事訴訟の場合、この期間を有効に活用する事が訴訟を円滑かつ早急に終わらせるために大事な期間になります。
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●賃貸人Aに被告(賃借人)訴訟代理人との交渉内容を報告し、今後の方針を協議した。
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●賃貸人Aは早期の退去を優先させて欲しいとの事で、そのためにはある程度の出費は止むを得ないとの話しがあった。仮に本件事件の訴訟で勝訴判決を得て、債務名義に基づき差押さえをし、強制執行しても滞納賃料の回収は難しい状況との判断があったためである。
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●第2回口頭弁論期日で訴訟代理人間の交渉を踏まえ裁判官から、和解勧告がなされ、第2回期日は和解期日になった。
原告(賃貸人)訴訟代理人Wから早期の明渡しを念頭に、和解した明渡期日までに明渡しを完了する事及び滞納賃料の分割返済を条件に、遅延損害金を免除し、保証人CからBに対し転居費用の貸付けを行い、更に敷金・礼金等転居代の一部に充当するため敷金全額の返還をすることで被告(賃借人)訴訟代理人と和解が成立した。
第2回目の口頭弁論期日で、和解条項をもとに和解が成立し、和解調書が作成された。
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●期限迄に賃借人は部屋から退去した。
簡単ではありますが、このような流れで建物明渡請求事件が終了します。これは典型的な例ですが、イメージは掴めたのではないでしょうか。
実際の賃料滞納による建物賃貸借契約解除に基づく建物明渡請求事件は訴訟になる事は少なく、任意交渉で解決する事が多いです。
なぜなら、賃貸人にとっては訴訟より和解の方が明渡しまでの期間を短縮出来る事、賃借人は賃料滞納状態を認識している中、現在の生活費の支出で精一杯であるため、転居しようにも転居出来ないケースが多い類型だからです。従って、事実上は賃貸人に有利な事案ではありますが、適正手続面で相当程度の期間が掛かる事、賃料滞納を承知で、訴訟で争い時間稼ぎに入る賃借人もいる可能性がある事、無資力の抗弁で和解が複雑化する事等が挙げられ、賃貸人としては出来るだけ穏便に明渡しが叶うよう冷静な対応が求められます。
因みに、第2回目の口頭弁論期日で訴訟が終了するケースは多くないと思います。比較的簡単な事件では半年程度で明渡まで完了しますが、賃貸人と賃借人との対立が激しく、抽象的要件の証明に期間を要するような複雑な事件では口頭弁論期日で原告、被告双方の訴訟代理人が色々な角度から双方の言い分を主張しあい、判決または和解まで半年から1年位掛かる事も想定しなければなりません。ただし、賃貸人にとっては、最終的には判決で終了するより訴訟を和解で終了する事の方が立退き迄の期間が短縮出来るので、和解を試みる事がいいでしょう。
又、今回のケースで第2回目の口頭弁論期日に和解が成立しましたが、この和解条項は建物明渡しと滞納賃料の支払いの両方について債務名義(裁判上の和解)になります。従って、万が一この和解条項に背いて期限迄の退去がなされない場合は、賃貸人訴訟代理人としては、この債務名義に基づいて建物明渡しと滞納賃料の請求について強制執行を行う事となるでしょう。
次からは、仮に和解条項の通り賃借人が部屋を自主的に退去しない場合の流れを検討します。ここから先は、民事訴訟法ではなく民事執行法の手続きです。
●賃貸人Aと賃貸人代理人Wは和解条項に従い賃借人Bが自主的に退去すると思っていたところ、期限になっても部屋を占有している事が判った。
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●賃貸人代理人Wは賃貸人と協議の上、建物明渡しの強制執行の手続きを執る事とした。
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●債権者(賃貸人)代理人Wは強制執行の手続きとして、執行裁判所の執行官に滞納賃料の請求を含む建物明渡しの強制執行と共に動産執行の申立書を提出した。
※強制執行の手続きは執行裁判所の執行官に強制執行申立書を提出するとことから始まります。債務名義は和解調書です。明渡しの和解をする際、通常滞納分の賃料債権についても金銭債権として債務名義を取得出来るよう和解条項を作成します。本件の場合、立退きを条件に遅延損害金の免除の和解をしていますが、立退きという条件が果たされていないので、賃貸人は賃借人に対し相変わらず滞納分の賃借料と遅延損害金債権を持っている事になります。
建物の明渡執行は強制執行期日(これは「断行期日」という。)に建物内の動産を全て撤去してしまわないと完了しません。
明渡しの強制執行では、まず明渡催告日に執行官と執行補助者、場合によっては債権者執行代理人(依頼されている司法書士W)も立会い現場の部屋へ行き、ドアに施錠されていれば開錠し、中へ入ります。そして執行官は部屋にどのような動産が有るか、それは無価値なのか有価値なのか、大きさはどの程度なのか、といった調査をすると伴に動産目録を作成します。部屋に賃借人がいれば動産の取扱いについて話をしますが、この事案ではいないことを想定しています。
建物明渡しの強制執行の場合、その部屋の中に残置物が有る事を想定し、その残置物に対する対処の仕方も併せて検討しておかなければならなりません。この場合に備えて明渡強制執行申立書には動産執行の申立ても同時に出来るようになっています。この動産執行により、賃借人の生活上必要と思われるもの(差押禁止動産)等以外は強制執行の際動産執行で差押えを行います。その際、即日売却で債権者がその場でその動産を買受ける事もあり、その場合は買受け動産はその場に置いておける利点もあります。
尚、差押禁止動産や無価値の動産といった動産執行の対象とならない動産、いわゆる目的外動産については、債権者が倉庫等を用意し、そこに一定期間保管後、債務者が引取りに来ないもので経済的価値のある動産は売却(建物明渡強制執行の日から1週間未満の日を残置物の売却期日として指定し、残置物を売却する)、無価値の動産は廃棄処分になります。又、一般的ではありますが、本件のような事件では、債務書の部屋に高価な動産が残置されている事は殆ど稀であり、残置物の殆ど全ては目的外動産になります。
また、当然の事ながら開錠費用、鍵交換費用、倉庫費用、人件費、廃棄費用、等は債権者である賃貸人の負担となります。後日、賃借人に求償したとしても回収出来ない事が少なくないでしょう。
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●明渡催告日、執行官と執行補助者、そして債権者(賃貸人)執行代理人は、合鍵で部屋に入り、占有者の特定、部屋の中の動産類を確認し、執行期日の公示書と催告書を掲示し、作業を終えた。
※場合にもよりますが、明渡催告日から20日程度で明渡の強制執行の日を迎えます。
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●明渡しの強制執行当日は、執行官、執行補助者、債権者執行代理人等が部屋に入り、中の動産を搬出して倉庫に移して、建物明渡強制執行の目的である債務者たる賃借人その他の占有者による建物の占有を解いて、債権者たる賃貸人による占有に移転させることで終了した。
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●建物明渡強制執行完了後、債務者への債権の取立てのため、賃貸人は民事執行法上の財産開示手続きをし、未払い賃借料と遅延損害金について、債権執行の申立てをした。
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●司法書士Wは、債権執行手続きに関する書面の作成を引続き依頼され、賃貸人Aはひとまず司法書士Wにお礼を言い、新たな賃借人を募集をするため足取り軽く法務事務所を後にした。
冒頭で記載しましたが賃料不払い事案では、賃借人は資力に乏しい事が推認出来ます。賃料の滞納が始まってから2カ月程度で今後の方針を立て、賃借人と話合いをしたり督促通知を送付する等、今後賃料の支払いが可能かどうか見極める事が重要です。
また賃貸人は、本件のような事案も想定し、賃借人が転居し易いよう常日頃、公営住宅の申込み方法や生活保護等の提案の用意が出来ていれば交渉も円滑に進むでしょう。
賃料滞納が3カ月に至った段階で、今後の賃料の支払いが困難であると判断した場合は、仲介業者等に交渉を依頼せず、司法書士等の法律専門実務家に相談してみる事が懸命です。
出来れば、普段から相談出来るお近くの民事訴訟事件を取扱っている司法書士事務所を見付けておき、顧問契約を結んでおくと、日常の法律問題の相談や本件事案のような手続きの対応にもスムースに進捗するのではないでしょうか。
