ニュースレター ❸ 民事訴訟法務

 

 交通事故損害賠償請求事件とは

  

 類型と物損事故に対する事件処理

 

 今回のニュースレター第3回民事訴訟法務は、交通事故損害賠償請求事件の類型とその中で特に身近な物損事故に対する事件処理について焦点を当てます。

 

 前回のニュースレターでも掲載しましたが、交通事故の発生件数が右肩下がりで減少している中、交通事故損害賠償請求訴訟が急増しています。

 

 その背景には、保険制度の充実や各種紛争解決制度が挙げられましたが、まず、交通事故の各類型から考察していきましょう。

 

●交通事故類型

 ○人身事故

 ○物損事故

 

●自動車事故に対する保険の種類 

 ○強制加入保険 → 自動車損害賠償責任保険 ・・・ 人身事故損害保険

 ○任意加入保険 → 標準的な任意保険の種別 ・・・ 対人賠償責任保険

                           対物賠償責任保険

                           人身傷害補償保険

                           自損事故保険

                           無保険者傷害保険

                           搭乗者傷害保険

                           車両保険 等

            主な特約保険 ・・・・・・・ 弁護士費用補償特約

 ○社会保険  → 労災保険

          健康保険

 

●紛争解決手続きの種類

 ○示談交渉

 ○ADR(民間・行政型ADR、ADR=裁判外紛争解決手続き)

           ・・・ 日弁連交通事故相談センター
                                               
               交通事故紛争処理センター
                                                        
               各弁護士会の民事紛争解決センター
 
 ○調停(司法型ADR) ・・・ 交通調停事件(人身事故)
                                              
               一般民事調停事件(物損事故)
 
 ○訴訟 ・・・・・・・・・ 各簡易裁判所(訴額140万円以内)
 
               各地方裁判所

 

●人身事故による損害賠償の種類

 

 ○積極損害 ・・・・・ 治療関係費

             添付費用(入通院付添費等治療費)

             将来介護費

             入院雑費(日用品雑貨費等入院期間中の費用)

             通院交通費

             学生等の学習費、保育費、通学費等

             装具・器具等購入費

             家屋・自動車等改造費

             葬儀関係費

             損害賠償請求費

             後見関係費

             その他(被害者親族の精神的病の治療費等)

             訴訟代理人費用(司法書士、弁護士の訴訟費用)

             遅延損害金

 ○消極損害 ・・・・・ 休業損害

             後遺症害逸失利益

             死亡逸失利益

 ○精神的損害 ・・・・ 死亡慰謝料

             傷害慰謝料

 ○損益損害 ・・・・・ 損益相殺対象   → 自賠責損害賠償額

                        各種社会保険給付額

                        労災保険給付金

                        厚生年金給付金

                        国民年金給付金

                        健康保険給付金

             損益相殺非対象 →  自損事故保険金

                        搭乗者傷害保険金

                        生命保険金

                        傷害保険金

                        労災保険特別支給金

                        見舞金及び香典

 ○素因減額

  (被害者の特異な精神上、身体上の性質的影響を損害賠償額から減額する額)

 ○過失相殺

 

●物損事故による損害賠償の種類

 

 ○不法行為責任 ・・・ 一般不法行為に基づく損害賠償

             使用者責任に基づく損害賠償

             監督者責任に基づく損害賠償

             共同不法行為責任に基づく損害賠償

 ○物的損害 ・・・・・ 修理費

             買替差額費

             登録手続関係費

             評価損失

             代車使用料

             休車損失

             雑費

             営業損害額等

             集荷その他の損害額

             物損に関する損害額

             ペットに関する損害額

 

●立証責任 ・・・・・ 人身事故 → 加害者側

            物損事故 → 被害者側

 

●消滅時効 ・・・・・ 加害者に対する請求   → 損害及び加害者を知った時

                          から3年間

            自賠責保険に対する請求 → 損害日から3年間

 

●時効の中断 ・・・・ 裁判上の請求(調停申立て、訴訟提起)

            加害者または保険会社の債務の承認
   

 これらの基礎的な制度や意義を踏まえ、自動車事故損害賠償請求事件の手続きについて、今回は特に身近な物損事故に対する事件処理を検討していきます。

 

 

 

<交通事故を原因とする損害賠償請求事件>

 

 自動車同士の交差点での出会い頭での衝突における被害者からの交通事故損害賠償請求事件の事件処理手続きの流れです。

  

●交通事故の発生

 ○天気の良い日中、見通しの良い国道において、相談者A氏の車両が対面信号が青で交差点に進入中、右折車両の相手方Bと衝突した。

●司法書士W法務事務所へ来訪し、司法書士Wに交通事故発生の相談

 ○輸入品のセレクトショップを個人経営するA氏は、自身に怪我は無かったが車両の前方がこの交通事故により破損した。Bと交渉したが過失割合で6:4を主張され、Bは自身の過失はこの事故の6割しか責任が無いとの一点張りである。時間が経過するばかりで埒が明かないので何とかして欲しいとの相談であった。

 ○A氏の希望は、自身の事故車両の修理費用として30万円及び代車使用料として60万円の合計90万円の損害が生じており、Aの加入してる損害保険会社の担当者を通してBと交渉したが、示談成立の見込みが無いとの事であった。

 ○司法書士Wは、A氏とBとの過失割合を何体何と考えているか尋ねると、A氏は自分は対面信号青の交差点を直進してきて衝突したのだから、こちら側には過失は無いと答えた。

 ○司法書士Wは、自身の経験上、お互い走行中の車が事故を起こした場合、過失割合が0:10となる事は殆ど無く、本件の場合1:9になる事が見込まれる旨説明した。

 ○Bは、こちらも走行していた事、また前方不注意だったとして、A対Bの過失割合は1:9となる事を理解した。

●司法書士Wによる本件事故による事情聴取は次の通りである。

 ○事故態様

 ○事故車両の所有者の確認

 ○交通事故証明書の有無

 ○相談者(被害者)A氏及び加害者B氏の任意保険加入の有無

 ○相談者(被害者)A氏の弁護士費用補償特約の加入の有無

 ○加害者Bの属性

 ○相談者(被害者)A氏の車検証の確認(個人用)

 ○相談者(被害者)A氏の自身の損害保険会社への連絡の有無

 ○損害保険会社の事故調査報告書、事故車両の破損状況を撮影した写真、事故車両の修理代30万円の領収書、セレクトショップ経営上必要な30日間の代車使用料60万円(2万円/日)の領収書等の確認

 ○相談者(被害者)A氏の損害保険会社と担当者名、所属部署、連絡先電話番号等の聴取

●司法書士Wは、必要書類等の有無を確認後、相談者(被害者)A氏からの本交通事故損害賠償請求事案(以下「本件事件」という。)を受任した。

●司法書士Wは依頼者A氏から本件事件を受任した旨、A氏の損害保険会社の担当者X及びBに対し配達証明付内容証明郵便で受任通知を送付した。
 

●司法書士Wは、事情聴取に基づき実況見分を行った。

 ○事故車両の確認をし、損害の程度から時速30から40キロメートル程度の衝突であったと推測した。

 ○事故車両の時価から本件事件の事故車両は修理可能と判断した。

 ○評価損については現段階では詳細に詰めず、考慮しない事とした。

 ○代車使用料については、A氏はこの車両しか所有しておらず、また代車車種も本件事件の事故車両と同型であったので、必要性及び相当性も満たされると判断した 

●司法書士Wは、再度依頼者A氏と会い、この後の対応について協議した。

 ○司法書士Wの見立てでは、依頼者A氏の主張には合理性があり、本件事件の交通事故の存在も警察による交通事故証明書で明らかであるので、訴訟を提起する価値が有る事を伝えた。

 ○A氏は、司法書士Wに訴訟になった場合、どの程度の期間が掛かるか尋ねた。司法書士Wは、1カ月から1カ月半に1回程度の期日が入るので、大体半年から1年程度は要する旨答えた。A氏は事故車両の修理代や代車使用料のために1年も掛かるのは生産的ではないと言い、訴訟が長引く事、セレクトショップの経営に1日も早く専念したい旨、気持ちを話し、交渉で収束して欲しいとの事であった。

 ○司法書士Wは、依頼者からの方針に沿って、任意交渉での解決を目指す事にした。

●司法書士Wは、Bに対し、Aの事故車両の修理代及び代車使用料、損害額の遅延損害金等の催告書を支払期限2週間後として配達証明付内容証明郵便で郵送した。

●1週間程経て、Bから司法書士W宛に次の様な内容の返事が電話であった。

 ○Bは、自身が加入している損害保険会社に全て任せているとして、話に応じなかった。

 ○司法書士Wは、Bから損害保険会社とその担当者、連絡先の電話番号を聞き取った。

●司法書士Wは、早速、Bの損害保険会社の担当者Y宛に受任通知を配達証明付内容証明郵便で発送した。

●司法書士Wは、数日後、受任通知が到着した頃を見計らってBの損害保険会社の担当者Y宛てに架電した。

 ○簡単な挨拶を交わした後、Yとしては、Bの車両の前方不注意による交通事故である旨を認めた上で、B対Aの過失割合を7対3にして欲しい旨主張が有った。B自身にも車の破損のための修理代が発生しており、20万円の支払いが生じているとの事であった。

 ○司法書士Wは、今回の本件事故の場合、A氏は対面信号青の交差点を直進していただけなので、走行中の過失が有ったとしてもB対Aの過失割合は9:1であると伝えた。

 ○しかし、Bの損害保険の担当者Yは、それでは話にならないと言い、話が長くなった事を理由に電話を切った。

●その後数日経って、再度司法書士WからBの損害保険会社担当者Yに対し架電した。

 ○Yに対し、事故の状況と一般的な過失割合についてA対Bは1:9になる旨、丁寧に説明した。

 ○しかし、Yは、同意せず話は物別れに終わった。

●催告書の期限が経過したので、司法書士WはA氏と今後の協議をした。

 ○A氏に対し、A対Bの過失割合が3:7でYは同意した旨伝えたが、これ以上の交渉は無理のようである事を司法書士Wは自身の心証として話した。

 ○A氏は、このまま時間が経過するのでは止むを得ないと思い、訴訟をする事を決意した。

 ○司法書士Wは、早速訴状を作成し、管轄簡易裁判所へ訴訟を提起した。

●訴状は裁判所に受理され、第1回口頭弁論期日が開かれた。

 ○法廷には、Bは欠席し、前日届いたBの答弁書には請求の趣旨に対し棄却を求める旨の答弁のみが記載された形式的なもので、請求の原因に対する認否や被告の主張、事実関係、関連事項といった事は追って提出する旨記載されていた。

 ○Bの主張は陳述擬制され、裁判官は第2回目の口頭弁論期日を指定して閉廷した。

●司法書士Wは、第1回口頭弁論期日後数日経ってBに架電した。

 ○Bは、訴訟になった事を踏まえ、A:Bの過失割合を2:8に出来ないか提案があった。

 ○また、Bは、裁判は今回が初めてで、事件を依頼出来る司法書士や弁護士も知らない事、Yから弁護士を紹介する事も出来るが、Bは今回の事故で裁判までは想定していなかった事を伝えた。

 ○司法書士Wは、A対Bの過失割合は訴状の通り1:9であると考えている旨伝え、改めて架電すると伝え話を終えた。

●司法書士Wは、A氏と会い現状を報告した。

 ○司法書士Wは、Bとの交渉の内容をA氏に伝え、司法書士Wの今後の裁判の見通しを話した。
 
 ○Bからは、訴訟になったことを踏まえ、A対Bの過失割合を2:8にして欲しいとの提案が有った旨話した。また、B自身も裁判までは考えていないと伝えた。

 ○更に、このまま裁判が進むと、初めに話した通り1カ月から1カ月半に1回程度の期日になる事、期日が数回過ぎる頃には原告、被告双方の主張は出尽くす見込みである事、その際は裁判官から和解の勧告が出される可能性が有る事を説明した。

 ○A氏は、出来るだけ早い収束を希望している事に変わりは無かった。事態打開のためにはどうしたらよいか、A氏は司法書士Wに尋ねた。

 ○司法書士Wは、Bの主張と司法書士W自身の今後の裁判の見通しを基に、裁判官からの和解の際、どの程度の和解案が出されるかを考えた。そこで、司法書士はこの段階で、A氏に過失割合は幾つまで譲歩出来るか尋ねると、A対Bの過失割合はYの言う2:8までならこの際受容れるとの妥協がなされた。

 ○司法書士Wは、本件事故の内容やA氏の事情(意思)も考慮して、この過失割合なら妥当性が有ると判断した。司法書士Wは、裁判を終結させる事でAの承諾を得た。

●第2回口頭弁論期日

 ○裁判官は和解を勧告し、第2回口頭弁論期日は和解期日になり、和解調書が作成された。

●その後、Bの損害保険会社から支払い期日までに損害賠償金が指定の口座に振込まれた。

●A氏は過失割合に基づく過失相殺によるBの損害保険会社の対物賠償責任保険からの支払いとその金額では不足する分の車両修理代や代車費用をA氏の損害保険会社の車両保険で補填し、弁護士費用補償特約で司法書士の着手金や訴訟費用等を賄え、自身の出費は無く、無事セレクトショップの経営に専念出来る毎日を送っている。

 

 

 これは、一つのイメージです。

 

 実際は、A訴訟代理人司法書士WはBやBの損害賠償保険会社担当者Yに対し、何度か話合いの機会を作り、任意交渉で示談までもっていく流れになる事も少なく無いです。

 
 訴訟になった場合も、本件事件のような場合、客観的な状況ではAに利が有り、仮に被告であるBに訴訟代理人が付いたとしても当初のBの主張になるかは疑問です。従って、Aの主張に無理は無く、本来であれば任意交渉段階でお互い示談が成立しても不思議ではないと考えます。
 

 また、訴訟の場合、Aには必要最低限の証拠が有り、事実関係の立証にはそんなに手間は掛からないでしょう。訴訟での利点は、口頭弁論期日に和解が成立した場合、その内容は和解調書として作成されます。仮にBが任意保険に未加入の場合、将来Bが和解内容を履行しない時、和解調書は裁判での確定判決と同一の効力があり、債務名義となるので、Bに対し強制執行も出来るところにあります。

 
 更に、本件事件では、AはBの保険会社からの対物賠償責任保険からの支払いの不足額をAの損害賠償保険会社の車両保険から補填していますが、その補填額が比較的低額であれば、Aの車両保険を使用せず、自身の出費で賄う事も考えられます。その場合はAの損害保険の保険等級は下がりませんので、今後の保険料に変わりは無く最低の保険料で、将来の大事故に備える事が可能になります。保険会社にもよりますが、弁護士費用補償特約のみの使用の場合、保険等級や保険料に影響されない場合が多いです。
 

 損害保険会社は示談交渉代行サービスも提供していますが、このサービスは損害保険会社の事故担当者が対応します。保険料の等級を考慮して、最終的に車両修理等の自己負担まで想定している場合は、その自己負担額が最少になる事が好ましいので、訴訟まで視野に入れた交渉が効果的です。その意味でも損害保険会社の示談交渉代行サービスを利用するか、司法書士等の法務事務所に代理を依頼するかは重要な判断になります。

 

 いかがでしょたでしょうか。

 

 自動車交通事故損害賠償請求事件の大まかな流れは掴めたのではないでしょうか。実際は、もっと複雑ですし、作成する書類も多数有りますが、本件事件の場合では、被害者は損害保険や弁護士費用補償特約の活用で、実際には関係書類の作成や示談交渉に掛かる労力、訴訟を含め事件処理に出費は有りませんでした。

 

 ちなみに、損害保険会社の中に事故の際の示談代行サービスを行っているところが有りますが、損害保険会社はあくまで任意交渉の範囲内での交渉に止まり、訴訟は行う事が出来ません。本件事件では、相手方のBやBの損害保険会社担当者Yは、司法書士から受任通知の配達証明付内容証明郵便の送付や訴状を見る前までA対Bの過失割合を4:6や3:7として譲りませんでした。この段階で交渉を終え、示談になるとAは訴訟を経た損害賠償額より低い額しか請求する事が出来ず、必ずしも有効とまでは言い切れません。

 

 司法書士や弁護士は、訴訟を前提とした交渉が可能なため、依頼者に有利な解決が出来る利点が有る事は間違いないでしょう。特に、加害者が独善的な態度に終始した場合で、示談が容易に成立せず、また損害額が被害者の想定より高額となる場合等は、初めから司法書士や弁護士に依頼する事が懸命であると考えます。何故なら、司法書士や弁護士は事件解決の専門家であり、損害保険会社の担当者の入った後に事件を受任した場合、それまでの交渉過程を引継ぐ事になり、本来の司法書士や弁護士としての自由な交渉に制約が掛かる事は依頼者にとってもマイナスになりかねず、注意が必要だからです。

 

 通常、事故当事者は仕事や毎日の生活があり、事故そのものには中々関われない事も多いかと思います。しかし、大切な愛車や移動手段としての車は必要です。弁護士費用補償特約も多くの場合、限度額は300万円であり、物損事故では訴訟費用は基本的にその範囲で必要十分にカバー出来ると考えられます。

 
 弁護士費用補償特約使用時でも、依頼したい司法書士(訴額140万円以内)や弁護士は被害者が自由に選べます。
 
 

 事故に遭われた場合、身近な暮らしの中の法律家である司法書士の法務事務所へご相談されるのも有効です。

 

(2019年12月13日(金)リリース)