【ニュースレター ➍ 民事訴訟法務】
基礎知識
働き方改革と労働
ニュースレター第4回民事訴訟法務は、現代の大きな問題の一つと言っていい労働問題に焦点を当てます。
2018年(平成30年)の各種調査によると、全給与所得者数5,026.4万人の中で、働いても人間らしい生活が出来ない労働者、いわゆるワーキングプア(働く貧困層)と呼ばれる年収200万円以下の労働者が1,098万人と全給与所得者数に占める割合が21.8%に上り、非正規雇用は労働者全体の37.8%、全世帯でみた所得では200万以下の世帯は19.8%、大変苦しいと答えた世帯は24.4%、やや苦しいと答えた世帯は33.3%と苦しいと答えた世帯は全体の57.7%と半数以上が今の生活は苦しいと答えています。(国税庁「平成30年分 民間給与実態統計調査」、独立行政法人労働政策研究・研修機構「雇用形態別雇用者数 2018年」、厚生労働省「平成30年国民生活基礎調査」より)
また、30代、40代の貯蓄率は、貯蓄ゼロが23.1%、1万円~50万円が24.6%であり、100万円以下までで全体の60.5%との統計もあります。(SMBCコンシューマーファイナンス「30代、40代の金銭感覚についての意識調査2019」より)
つまり、現代社会の実情は、全労働者の5人に1人がワーキングプアで、約4割が非正規雇用であり、現在自分の生活が苦しいと答えた世帯は約6割、貯蓄100万円以下が30代・40代では全体の60.5%に上る実体である事が浮き彫りになりました。
収入は一部の富裕層を除き、働くことによって得られますが、この時代、収入を増やし、人間らしい生活をするためには、まず最低限働いた分の賃金は得られる労働でなければならない事は言うまでもないです。
主な労働関係法では、労働基準法や労働者派遣法があります。労働問題で多いのは労働基準法の違法行為や労働者派遣法の原則自由化による労働者の不安定雇用を原因とする問題が挙げられるでしょう。
深刻な労働力不足対策として行われる政府の働き方改革。より自由な生活を手に出来るはずが、法令の規定に反する会社が存在する事で、益々労働者にとっては過酷な日々になっていく様そうです。法令による規制や労働基準監督署の権限も実際には中々思うようにその効果を発揮出来ていないのが実情ではないでしょうか。
今回のニュースレターではそんな中で、労働問題についての基礎知識を確認し、労働問題を検討する上で最低限知っておきた事項を掲載していきます。
この問題も最後は法律的解決しかありません。あなたには最後の手段が残っています。
●主な労働問題の類型
○解雇事案(通常解雇、試用期間中の解雇)
○未払い退職金請求事案
○内定取り消し事案
○懲戒処分・降格処分事案
○配転命令事案
○労災保険申請事案
○雇止め事案
○セクハラ・パワハラ・モラハラ事案
○未払い残業代請求事案
●主な関係法令
○民法
○労働基準法
○労働基準法施行規則
○労働契約法
○労働安全衛生法
○労働者派遣法
○最低賃金法
○労働審判法
○労働審判規則
○民事調停法
○民事訴訟法
○民事保全法
○民事執行法
●主な使用者の労働者に対する取決め
○労働契約
○就業規則
○賃金規程
●主な労働基準法等の関連用語
○使用者 → 会社等の事
○労働者 → 従業員の事
○労働時間 → 労働者が労働している時間の事(雇用契約書や就業規則の記載とは無関係。「労働者が使用者の指揮命令下におかれている」と言えるかどうかの客観的基準により判断されます)
○所定労働時間 → 使用者と労働者が労働契約を締結した労働時間の事
○実労働時間 → 労働者が現実に労働した時間の事(労働基準法上の労働時間の事。労働契約で定められた労働時間=所定労働時間とは異なる。)
○法定労働時間 → 1日8時間または週40時間以内の労働の事
○手待ち時間 → 具体的業務に従事していなくても、使用者からの指示が有れば直ちに作業に従事しなければならない時間の事(一般的に労働時間に当たります)
○仮眠時間 → 宿直を伴う業務における仮眠時間の事(労働者が労働からの解放について保障されていない場合は労働時間になります)
○深夜 → 22時から5時までの時間帯の事
○法定休日 → 労働者が得る仕事から解放される1暦日(連続した24時間)の事
○法定外休日 → 使用者が任意に休日と定めている休日の事(日曜、祝日、年末年始等)
○時間外労働 → 1日8時間または週40時間を超えた労働の事(このニュースレターでは特に「法定時間外労働」といいます。)
○最低賃金 → 最低賃金法により定めっている賃金額の下限(最低額)の事(最低賃金額は毎年10月頃改定(値上げ)される。)
○賃金 → 1カ月以内で1カ月単位で支給される労働の対価の事(賞与が含まない)
○固定給 → 一定時間労働に対する一定額の賃金の事。業績や成果によって給料額が変動する賃金の事
○出来高払い制(歩合給)→ 業績や成果によって給料額が変動する賃金の事。賃金の額が労働時間ではなく労働者が製造した物の量、価格、契約件数、売上額等に応じて一定比率で決まる賃金制度の事
○法内残業 → 所定労働時間外労働を超え、法定労働時間の上限に収まっている労働時間の割増賃金の事
○残業代 → 割増賃金の事(法定時間外労働割増賃金、深夜労働割増賃金、法定休日労働割増賃金)
○固定残業代制度→ 毎月定額の金額を割増賃金として支給する制度。基本給に残業代を含む場合、基本給部分と残業代部分が明確に区分されており、労働基準法上客観的に検証できなければ無効となります。
○年俸制 → 年間の賃金総額や支給方法について、予め使用者と労働者が合意しておく制度の事(年俸制であっても残業代は発生します。)
○みなし労働制 → 実際の労働時間の長さとは関係なく、一定の時間労働したものとみなす制度(深夜労働割増賃金や法定休日労働割増賃金は発生します)
○割増賃金 → 通常より高く計算した賃金の事(割増率は、時間外労働1.25%、深夜労働1.25、法定休日労働1.35%)
○月平均所定労働時間 → 1年間の所定労働時間の合計を12で割った「1カ月当たりの所定労働時間の平均値」の事
○時間単価 → 残業代(割増賃金)の計算の基礎単位となる「1時間当たりの賃金額」の事(時間単価=月給÷月平均所定労働時間。時間外労働割増賃金=時間単価×所定労働時間外労働。法定休日労働割増賃金=時間単価×法定休日労働時間×1.35)
▼固定給部分
時間単価=固定給÷月平均所定労働時間。所定時間外労働割増賃金=時間単価×所定労働時間×1.25。
▼歩合給部分(法定休日労働)
時間単価=固定給÷当月総労働時間。法定休日労働割増賃金=時間単価×法定休日労働時間×0.35
※割増賃金率で、所定労働時間外では0.25、法定休日労働では0.35としたのは既に「歩合給」の中に1.0の部分は含まれて支給済みだからという事になります。
○除外賃金 → 残業代(割増賃金)の計算の基礎から除外する賃金の事(残業代の計算の基礎には原則「基本給」の他、全ての「手当」も算入する。通勤のための定期代、従業員によって支給額が異なる住宅手当、結婚手当、私傷病手当等一律に支給される手当等その手当の名目として実際に支給する合理的な支給額)
○付加金 → 使用者が残業代等の支払いを怠った場合、労働者からの請求により支払義務を負う労働基準法上の一種の制裁金の事(賃金の支払いには適用は無い。)。
●労働者の権利実現方法
○労使交渉(任意交渉、組合による団体交渉)
○労働基準監督署からの是正勧告
○労働審判
○民事訴訟
●残業代(割増賃金)の消滅
○消滅時効 → 本来の支払日から2年間を経過すると「時効」により消滅する事
○催告 → 催告により時効の進行が停止する事(催告後6カ月以内に裁判や労働審判の申立て等の手続きを執らなければ再び時効は進行する。催告は使用者に直接請求する事をいい、1回のみ有効となる。)
●訴訟の前提
○証拠の有無 → 訴訟には証拠が必要(裁判所は証拠に基づいて労働者に残業代(割増賃金)の請求権が有るか判断するので証拠が重要となる。)
○証拠保全手続き → 使用者側に有る証拠の保全の事
●訴訟と労働審判
○労働審判は、労働審判法に基づき、審判官(裁判官)1名と労働関係専門有識者の労働審判員2名(1名は労働組合出身者、1名は経営者出身者)の3名で組織される労働審判委員会が労働者側、使用者側双方から事情を聴取し、提出された証拠を基に原則3回以内の期日で紛争を解決する制度。基本的に合意による紛争解決(調停)を目指しますが、調停が不調に終わった場合、労働審判委員会は労働審判をする(紛争を解決するための判断)。
労働審判に不服が有る場合は異議申立てが出来、異議申立てが有った場合は、訴訟に移行します。管轄は労働審判の異議申立て後の訴訟も地方裁判所。
○訴訟は、残業代の多寡により簡易裁判所または地方裁判所に訴えを提起する手続き。労働審判をせずに直接訴訟を提起する事も出来る。労働審判は調停を目指す関係上、和解が出来る可能性が有る場合有効ですが、そもそも対立が激しい場合は最初から訴訟の方が時間の節約等になり有効です。
●労働基準監督署
全国321署(2017年4月現在)が設置される厚生労働省の労働基準行政を第一線で担う国の期間です。
いわゆるGメン等と呼ばれる労働基準監督官があらゆる職場に立入って労働基準法や労働安全衛生法といった法令の違反がないか調査し、違反を発見した場合は是正するよう指導します。更に、労働基準監督官は使用者の違法行為が労働基準法違反等の犯罪に当たると判断した場合は、特別司法警察員として犯罪捜査を行う権限が有ります。特に悪質な事案に対しては、労働基準監督官は裁判官の許可を得た上で、使用者を逮捕する事も出来ます。この様な制度により、労働者を守る体制が整えられています。
残業代(割増賃金)の不払いは労働基準法違反の行為であり、懲役刑または罰金刑を科せられる可能性のある犯罪行為です。
労働基準監督署に残業代不払いを申告すれば、労働基準監督署が使用者に対し是正勧告が行われます。この事により使用者が残業代を支払う事が期待出来ます。
しかし、使用者が労働基準監督署の是正勧告を無視すれば、結局、労働者は自ら訴訟等をしなければなりません。
注意が必要な事は、労働基準監督署への申告行為に消滅時効の中断効果はありません。
いかがでしたでしょうか。
出来れば労使交渉といった任意交渉で労働問題の解決を目指すべきであり、当方もその方法がベストだと考えています。
しかし、労働者側から会社への残業代の請求は、就業中に中々出来るものでは有りません。勤続年数が長い程、消滅時効との関係でその残業代を請求する権利が無くなっている現実も有ります。本来、支払ってもらえる残業代が合法的に消滅している現状は矛盾を感じます。
この労働問題では使用者側と労働者側との対立が激しくなる傾向は否めません。
労働者にとって大事な事は、労働時間の証明のための「証拠」を保管しておく事です。裁判所は「真実の究明」をするところでは有りません。「証拠に基づいて事実の存否を判断」するところです。
今回の債権法改正(2020年4月1日施行)で消滅時効が民法上5年になります。民法の特別法である労働基準法上は2年のままなので、労働者を守る法律である労働基準法の制度趣旨から言って、残業代消滅時効の5年以上の延長を望みたいところです。
(2019年12月14日(土)リリース)