【 ニュースレター ❻ 民事訴訟法務

 

  民事執行法改正

   

 債務者財産開示制度強化へ!

  

 ●債務者財産開示制度強化の背景

 

 民事執行法が2019年(令和元年)5月10日に改正(令和元年5月17日法律第2号)され、同年5月17日に公布されましたが(施行日は公布の日から1年を超えない範囲内で政令で定める日から施行。ただし、登記所から債務者の不動産に関する情報を取得する手続きは公布の日から2年を超えない範囲内で政令で定めるから運用開始。)、その中で注目をされているのが債務者財産開示制度の強化です。

 

 債務者財産開示制度は、強制執行手続きを担保するため2003年(平成15年)の改正により創設されたものですが、今回この制度がより実効性のある制度へと改善されました。

 

 当初、折角訴訟で勝訴して債務名義を取得しても、この債務名義を活かして権利を行使しようとすると、この次に債務者の財産の執行可能性の問題が立ちはだかり、例えば債務者の預貯金の口座が不明であったり、勤務先が付きとめられなかったりした場合、強制執行を断念せざるを得ない状況に陥ります。また仮に口座を探索出来た場合で、強制執行をした時でも残高が無く空振りに終わってしまう事もあります。

 

 このため、金銭債権の債権者が訴訟により勝訴して確定判決を得たとしても、必ずしも債権を満足出来るとは限らない状況になっていました。この流れを実用的にするために創設されたのが債務者財産開示制度です。

 

 現実に強制執行をする際は、まず執行の対象となる債務者の財産の特定が必要になります。そして、執行可能な債務者の財産の探索をする方法として民事執行法の中で、債務者自身の裁判所での陳述の方法が規定されたのです。

 

 もともとこの制度により強制執行の実用性は高められるはずでしたが、債務者自身の裁判所への不出頭や虚偽陳述の場合の罰則が30万円以下の過料(行政罰)と弱い事、更にこの債務者財産開示手続きの申立権者が確定判決等を有する債権者に限定されている事で実際の事件処理では年間1,000件前後とあまり利用されない制度になっていのが改正の背景に挙げられています。

  

●債務者財産開示制度強化点

 

 ○債務者以外の第三者からの情報取得手続きを新設

 ▼金融機関から預貯金債権や上場株式、国債等に関する情報を取得

 ▼登記所から土地及び建物に関する情報を取得

 ▼市町村、日本年金機構等から給与債権(勤務先)に関する情報を取得

  ※給与債権に関する情報の取得手続きは、養育費等の債権や生命または身体の侵害による損害賠償請求権を有する債権者のみが申立て可能

 

 ○申立権者の範囲拡大 

 旧法 → 仮執行宣言付判決、支払い督促、執行証書以外の執行力のある債務名義を有する者

 

  新法 → 執行力を有する債務名義を有する者

  

 ○債務者への罰則強化 

 旧法 → 30万円以下の過料(行政上の禁制罰)

 

 新法 → 6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金(刑事罰)

 

 ※申立の要件は、強制執行または担保権の実行における配当等の手続きにおいて、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得る事が出来なかったとき。または、知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られない事の疎明があったときになります。

 

●民事訴訟手続きの信頼性向上へ

 

 この民事執行法の改正は、訴訟実務においては相当程度強力なもので、従来、正当な権利の実現が十分実現出来なかった実体、つまり「民事訴訟手続きの機能不全」が解消される可能性が挙げられます。

 

 この事により、訴訟を背景とした法律専門実務家が関わる法律問題において、敢えて訴訟を選択しなくても事件解決が可能となる大きな効果も期待出来るでしょう。

 

 ただし、第三者からの情報取得手続きについては、最高裁判所規則への委任事項も少なくないので、公正な立場での規定や運用がされるかを関心を持って見て行かなければなりません。

 

 また、今回の改正は債権者にとても強力な選択肢を付与するもので、重大な人権侵害が起こる危険性があります。債務者が必要以上の負担を強いられないよう細心の注意も求められます。一般に債務者の現在の生活が困窮する形での債権者の権利行使は、法の趣旨に照らし本来の正当性から逸脱するものとなってしまいます。また特に議論の俎上に上げられている養育費の請求問題では、事の性質上、長期間に亘るため、取決めた当時と比べ債務者の生活が変化している場合も想定されるので、債権者と債務者とのバランス(権利均衡)の観点から、取決めた合意を後日見直す事が出来る法律も併せて規定する必要が有るのではないかと考えます。

 

 いずれにしても、合理性を持った慎重な対応が求められます。

 

 

●この他の改正点概略

 

 ○不動産競売における暴力団員の買受防止の方策 

  不動産競売事件は年約2万3,000件(平成28年)の中、裁判所の判断により暴力団員、元暴力団員、法人で役員のうちに暴力団員等がいるもの等が買受人になる事を制限

  暴力団員等でない者が、暴力団員等の指示に基づき買受の申出をする事も制限
 

 ○国内の子の引渡しの強制執行に関する規律の明確化

  国際的な子の返還の強制執行に関する規律の見直し(ハーグ条約実施法の見直し) 

  執行裁判所が執行機関となり、執行官に子の引渡しの実施を命ずる旨を決定

  執行官が執行場所に赴き、債務者による子の監護を解いて、債権者に引渡し

 

 ○民事執行のその他の見直し

 ▼差押禁止債権をめぐる規律の見直し

  差押禁止動産の範囲変更の制度の存在を、裁判所書記官が債務者に対し教示

  給与等が差し押さえられた場面において、債務者が差押禁止債権の範囲変更の申立てのための準備期間を1週間から4週間に変更(この準備期間中は取立ては出来ない)

 ▼債権執行事件の終了をめぐる規律の見直し

  債権執行事件において、債権者が取立ての届出等をせずに長期間(2年以上)にわたって漫然と事件を放置し続けている場面において、執行裁判所の決定により事件を終了させるための仕組みを導入

 
 ※「民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の一部を改正する法律の概要」(法務省民事局)

 

(2019年12月16日(月)リリース)