ニュースレター2020 ❺ 民事訴訟法務
  
 
 
 危険を感じた時の安全戦略!
 
 民事保全法 債権に対する仮差押え事件とは!!
 
 
 
 今回のニュースレター2020の第5回では、民事保全法の債権に対する仮押えについて取上げます。
 
 法律上の保全手続きとしては、不動産の仮押えに次いで多い種類になります。
 
 しかし、民事保全法上の種類の中で多い手続きとはいっても、名称は聞いて事がある程度で、その内容は一般的に知られている手続きではないのではないでしょうか。それに、この民事保全法や民事執行法上の手続きはイメージが付きにくい内容という事もあるからだと思います。法理論というよりは法制度上の純粋な手続きになり、前提知識と適切な状況判断、そして正確な法律手続きが求められ、簡単ではなく労力や時間も掛かるからです。正直言って、一般の方がこの手続きを使いこなし、自身の目的を達成できるかは疑問です。
 
 第5回のニュースレターでは、民事保全法上の債権に対する保全手続きを紹介し、このような手続きがあるという知識を持って頂き、いざという時の備えのために見て下さい。そして、実際に必要な時には、法律実務の取扱分野の中で、民事訴訟法務を専門分野又は取扱分野としている法務事務所の司法書士にご相談して頂く事をお薦めします。
 
 できるだけイメージが付き易いように、解説の内容を取捨選択して、その要説を事例に基づいて解説していきますので、宜しくお願いします。
 
 
 
 
 【事例】
 
 A氏は、Bに対し、2019年(令和元年)10月1日に金100万円を2020年(令和2年)3月末日までに弁済するとの書面による約束に基づき貸渡した。ところが、Bからは期限が到来しても弁済が無く、A氏が督促状を郵送しても金100万円を支払わないままなので、どうしたらよいか困っていた。A氏は、Bには銀行預金があるはずで、その預金から弁済できるはずだと考えていた。
 
 A氏は、どうすればよいか思案に暮れていた。裁判所に相談しようか? 警察に言っても捜査の対象になるのか? 法律事務所はこれまで縁が無く、敷居が高い印象もあって思うに任せない状況に陥っていた。
 
 数日後、A氏は、手立てを尽くさないとお金が戻ってこないと思い、裁判所に電話を掛けてみた。電話に出た裁判所の受付は「そのような法律相談は裁判所では行っていません。ご自身で弁護士や司法書士の先生にご相談して下さい。」とつれない回答であった。A氏は、今回の件が犯罪になるのかも判断が付かず、警察に相談したも取合ってくれるか疑問であり、また大袈裟になる可能性もある事を懸念し逡巡せざるを得ない気持であった。
 
 1週間程経って、A氏は、弁護士や司法書士に相談する他ないと考えた。情報収集のためネットで検索していると、色々な弁護士の法律事務所や司法書士の法務事務所がヒットした。そのホームページには各々色々な事が掲載されていて、どれが本当の事かも判らない印象だった。その中で、法律事務所は、主に高額な法律事件を業務範囲としていて、司法書士は、広く暮らしの中一般の法律問題を射程範囲としているようである事が何となく解った。恐らく、法律事務所、法務事務所の各々の事務所で、その取扱う法律事件の内容に対し、その報酬も変わってくるのだろうとA氏は感じた。
 
 自身の問題は、自身にとっては大金であるが、一般的にそのように評価される法律事案であるかは疑問を感じた。そんな中、司法書士 W法務事務所のホームページを見付けた。そのホームページには、専門分野として民事訴訟法務と掲載されていた。そのHPの上段のメニュー「ご挨拶」をクリックしてみると、司法書士 W法務事務所の代表者である司法書士Wの挨拶が掲載されていた。そして、司法書士WのプロフィールやW法務事務所の専門分野、所属司法書士会について明らかにされていた。
 
 そして、そのページに
 
 
オンライン無料法律相談はこちらから
 
「受付時間 24時間」
 
 
という案内が掲載されていた。受付時間は24時間であり、土日祝日関係なくいつでも利用できそうであった。その案内をクリックすると、
 
 
「【オンライン無料法律相談 問合せフォーム】 -ファーストコンタクト-」
 
 
というページに移った。このフォームに氏名やメールアドレス、相談内容等を入力して送信すれば回答が返信されるシステムのようである。
 
 A氏は、この現状を打開する必要もあり、無料であったため、ダメ元で事実関係を記載して、その
 
 
 「オンライン無料法律相談 問合せフォーム】」
 
 
で送信した。
 
 
「知人にお金を100万円貸しました。昨年10月1日に貸付け、今年の3月末日を期限にしていましたが、期限が過ぎてもその知人はお金を返してくれません。勿論督促状を送りましたが、返信が無く現在に至っています。私は、現在、都合によりお金が必要であり、いくらかでも返済して欲しいと思っています。ご回答宜しくお願い致します。」
 
 
 2日程経って、W法務事務所の司法書士Wよりメールで返信があった。その返信には、簡単な挨拶と司法書士Wがこの事案に対する法律判断のために必要な事項が箇条書きで書かれていた。
 
 
「お問合せ有難う御座います。司法書士 W法務事務所の司法書士Wです。
 この度は、知人に貸したが、そのお金を返して貰えないとの事ですが、法律関係を更に知りたいので、次の事項にご回答頂き、返信をお願いします。その内容を拝見して、ご回答をさせて頂きます。宜しくお願いします。」
 
 
 A氏は、司法書士 W法務事務所のホームページに沿って問合せはしたものの、本当に返信が来るか半信半疑であったが、返信が届いたので安心した。自身の現状を少しでも改善したいと考え、司法書士Wから返信された必要事項に対し、1つ1つ箇条書きで回答をして、返信した。
 
 数日後、司法書士Wから返信が届いた。それは基本的な貸金返還請求事件に対する対処の仕方であった。司法書士Wは、この事案についての具体的な書面や状況の確認についての情報が限られているので、限界があるものの一般的であると断りながら、できるだけ回答を行った。内容は、貸金の請求方法やこの事案の今後の見通し、リスク等が簡潔に記載されていた。
 
 A氏は、大体の自身の状況は解ったが、実際に貸金を返して貰うためには、自分一人では知識が不足している事や日常の仕事があり、難しさを感じていた。そしてA氏は、現在お金が必要になる状況が起こり、この100万円の一部でもいいので返して欲しいという事情があった。
 
 そこでA氏は、まず自身の貸金を確実に返して貰うためにはどうしたらよいかを質問し、加えて、仮に仕事の依頼をするとしたら、自分の事案はどの程度の費用が掛かるか知りたかったので、見積りの概算も併せてお願いをする返信をした。
 
 数日後、司法書士Wから民事保全法の債権に対する仮差押えという方法があると回答があった。A氏は、この日までに思案した結果、ここは司法書士Wに仕事の依頼をしょうと考えていた。併せて返信された全体としての大まかな費用の概算には、あくまでも現在の事案概要により割出したもので正式な費用概算ではないが、相談内容の範囲では大きな差は無いであろうとの注釈が付いていた。A氏は、この費用概算を見て、司法書士Wへ更に具体的な相談をしたいとの意向を示し、正式な法律相談の日程について、都合の良い日を幾つか挙げ、予約を申込んだ。
 
 程なく司法書士Wから初回2時間の予約を受付けた旨の返信が届いた。その返信には、予約当日にこの事案の契約書その他揃えられる必要と思われる書類、あればなんでも構わないので債務者Bとの関係が判る資料を持参して欲しい旨記載され、また司法書士 W法務事務所のホームページの「取扱分野」ページの中の「報酬(費用)」ページ及び「よくあるご質問」ページを開き、内容を一読して欲しい旨書添えてあった。相談場所は、A氏の自宅最寄り駅付近のカフェになった。
 
 予約の当日、司法書士Wは、駅前の広場に在るカフェに到着した。カフェは、2フロアーで、ガラス張りの店内に入り、約束の2階のテラス席に座った。広場に隣接する緑の芝生が綺麗に整備された公園がテラスからよく見え、晴れ渡った空が気持ちの良い空気を運んできた。今日は土曜日だが、店内には思った程人はいなかった。司法書士Wは、相談の案件の資料や事情聴取ノートを出し準備をした。コーヒーを飲み、落着いた頃、A氏が階段を上がり2階にやってきた。
 
 司法書士WはA氏に会釈をし、少し緊張気味のA氏に合図を送った。事前のメールで、A氏の予約当日の服装を確認していたので直ぐにA氏と判ったのだ。司法書士WはA氏と簡単な挨拶を交わし、テラス席に座った。そして、司法書士Wは自身が司法書士である事の証明として、東京司法書士会の身分証明書を提示した。初めて見る司法書士の身分証明書を時間を掛け確認すると、A氏は初回相談料を支払い、司法書士Wは領収書をA氏に渡した。司法書士Wは、当事務所負担である事を告げ、A氏にコーヒーでいいですかと尋ね、A氏が頷くとコーヒーを注文した。
 
 些細な雑談をしているとコーヒーができ、司法書士Wは早速初回2時間の法律相談を開始した。A氏の事案については、事前にオンライン無料法律相談でそのあらましは解っていたので、司法書士Wは事前に聴取する要点を絞り、A氏との初回面談の中では、その事実関係についてより詳しい聴取りをしていった。
 
 ます、司法書士Wは、A氏との初回の法律相談に当たって必要書類となる
 
 
「面談時事情聴取シート」
 
 
の記入をお願いすると共に、その間にBとの金銭消費貸借契約書に目を通した。そして、更に債務者Bの性格や親族関係、保証人の有無、仕事等A氏と債務者Bとの関係について聴き、何故Bにお金を貸したのか等の経緯を聴いた。債務者BはA氏よりお金を借りた事実を認めているようであるが、実際に訴訟になった際は、そのBの様子から否認に転ずる可能性を否定できない状況である事。その他の事実関係としては債務者Bは、他にも借金が有る可能性がある事。また、事実関係としては債務者Bは、銀行に預金が有る可能性が高いという情報は確かであるか、またBの勤めている会社の経営が芳しくなく、失業の危険が有る事、Bには所有している不動産は無い事等を丹念に聴取していった。
 
 その後、司法書士Wは、本件事案についての法律的対処の方法や見通し、注意点について説明し、A氏からの事案処理に対する質問や心配事等について丁寧に答えた。
 
 司法書士Wは、この貸金返還請求事案の見通しについて勝訴できる(正当な権利主張である事)という心証を得た。そして、特に困難な事情も存在しない事から通常通りの事件処理で対応可能との判断ができるとA氏に伝えた。但し、法律事件は、当初予想もつかない事実関係が出てきたり、訴訟になった場合、その判断は裁判所がする事、有利な証拠が有っても必ずしも勝訴できる保証は無い事、保全事件ではその担保(保全保証金)を失う危険性が有る事等リスクの説明も併せてした。
 
 A氏は、司法書士Wに本事案の法律的解決のため、手を貸して貰えないかと聞いた。
 
 本事案に対する法律的問題の処理においては、解決可能性が有ると考えた司法書士Wは、快くA氏に事前に聴取した本件事案に対する全体の事件処理を想定した2種類の費用概算を提示した。そして、司法書士Wは、この事案を事件化する事に賛成し、司法書士として2つの法律上の業務がある旨を説明した。
 
 1つは「本人訴訟支援法務」、もう1つは「訴訟代理法務」である。
 
 「本人訴訟支援法務」とは、一般的な法律相談の他、依頼者の意思決定の基、依頼者に代わり、依頼者からの事情聴取をしながら裁判所等に提出する訴状や答弁書等の書類の作成を中心に、司法書士が依頼者の裁判手続き等を支援する法律上の業務である事。そして、司法書士の「本人訴訟支援務」は、裁判所等に提出する書類作成に関して、取扱う事件に制限は無い事
 
 「訴訟代理法務」とは一般的な法律相談の他、簡易裁判所管轄で、訴額140万円以内の事件において、司法書士が依頼者の訴訟代理人として、依頼者と協議をしながら、司法書士自身が主体的に裁判手続きをする民事上における法律上の業務である事。
 
 一般的に、「訴訟代理法務」に比べ「本人訴訟支援法務」の方が、裁判手続きに掛かる費用が低額で済み、法律問題の解決を図れるという特長がある事。本人訴訟支援法務」の事件対象は、比較的複雑でない生活関係、家族関係(身分関係)、仕事関係、迷惑行為等の不法行為関係といった日常的に生じる法律的事件に有効である事。 
 
 更に本件事件の場合、民事執行法に基づく強制執行事件は法律上「本人訴訟支援事件」になる事を付加え、「訴訟代理事件」より、基本的に報酬は低く抑えられる事が多い旨を伝えた。
 
 A氏は、少し考えて、この事件は「訴訟代理法務」を希望した。司法書士費用(報酬)は法律問題の解決や訴訟手続きをする以上、必要になる事、更にBからの100万円の返金がされれば、その金額からも司法書士の費用は支払う事ができる事、少しでも返金があればA氏の現状は助かる事、何もしなければ100万円は返して貰えない事がその理由であった。 
 
 司法書士Wは快く応じ、できるだけの事はすると応え、この事件を受任した。依頼者A氏と司法書士Wとの委任契約書等に双方が署名押印をした。A氏は本件事件の着手金を支払い、この法律事件は正式に委任契約が成立し、効力が生じた。
 
 尚、民事保全手続きについては、司法書士Wが状況を調査の上、申立て可能かを追ってA氏に連絡する事とし、後日民事保全手続きを申立てるか否かを決定する事になった。
 
 そして、今後の連絡方法は、メールを基本とする事を確認した。
 
 今回の事件について、司法書士Wがまず着目したのはB所有の不動産が無い事である。しかし、Bには銀行に預金がある事。借主Bの借金が他にも有る可能性が将来障害になると危惧した事。それから債務者Bの失業の可能性がある事。このまま放置するとA氏に損害が発生する危険があるとの心証を得たので、民事保全法上の債権に対する仮差押えを検討する事とした。
 
 まず、司法書士WがBに対し受任通知兼催告書を一般書留郵便の内容文書について証明力がある配達証明書付内容証明郵便で発送し、Bの反応を見る(この方法は仮差押え前の催告となるため、債務者Bが機転が利く人物であればリスクが伴いますので注意が必要です。)。返信や支払う様子が無いようであれば、債務者Bの銀行預金債権に対し仮差押えをした後、Bに対し更に督促状にて督促し、Bが任意に弁済しないのであれば訴訟提起をして勝訴判決を得、強制執行をするとの戦略を立案し、A氏に伝えた。A氏は満足そうに同意した。但し、通常の手続きだと債務者Bの預金額がどの程度あるか現段階では不明であるため、預金債権に対する仮差押えが空振りする可能性も併せてA氏に伝えた。A氏は納得して了解した。
 
 
 ※事件にもよりますが、一般的に当事者間で解決がつかない場合でも、司法書士等の法律専門実務家が、本件の法律手続に関与し事件化した旨の配達証明書付内容証明郵便受任通知を発送した場合、それだけで相手方と和解(示談)が成立する事も多いと思います。司法書士等の法律専門実務家は、単なる話合いだけでなく、裁判所を背景にした法律上の手続きを想定していますので、相手方にとっても自身の立場を不明確な状態にしておく事により、事態が悪化し想定外の損害賠償を負う恐れを案じる事や、対立的な態度で事件を複雑化する事により、将来どのような事態になるかに不安を感じるため避けたいと考えるからです。
 
 
 ※また、債務者の銀行預金債権等に仮差押えをした段階で、債権者との和解が成立する事も少なくないと思います。債務者としては、自身の預金債権に法律的手続きである仮差押えが入ること自体、脅威であり、また不本意だからです。その意味で、民事保全法上の手続きは、事実上、債務者に対する心理的圧迫を生じさせる意義もあるのです。
 
 
 ちなみに、民事保全法上の仮差押え事件では、できるだけ債務者に打撃が少ない方法を選択しなければなりません。この事件では、債務者Bには所有不動産が無かったため債権に対する仮差押えを検討します。つまり、債務者に所有の不動産が有れば、まず不動産に対する仮差押えを検討すべきだからです。
 
 
 それでは、司法書士WがA氏の貸金返還請求事件(以下「本件事件」という。)について、どのように債務者Bの責任財産(銀行の預金債権)を保全し、債権者Aの債務者Bに対する貸金返還請求権(被保全債権)の存在を確実なものにして、A氏に損害を生じさせないようにするか、その要説を解説していきます。
 
 
 
 
 <民事保全法のポイント>
 
 
●民事保全法の意義
 
 訴訟での原告の請求権や法律関係の実現を確かなものにする事(保全する事)を目的とするため、また、債権者の現在の危険を暫定的に回避するための制度です。
 
  
●民事保全の方法
 
 〇仮差押え→金銭債権の支払いを保全するための手続
 〇仮処分 →金銭債権以外の債権を保全するための手続き
 
 
●民事保全の種類
 
 〇仮差押え→①不動産に対する仮差押え
       ②動産に対する仮差押え
       ③債権その他財産権に対する仮差押え
 
 金銭債権の実現(将来の強制執行)を保全するため、債務者の責任財産につき、その処分を制限するための制度です。
 
 
 〇仮処分 →①係争物に関する仮処分
        (a)占有移転禁止の仮処分
        (b)建物収去土地明渡しを保全するための建物処分禁止の仮処分
        (c)不動産の登記請求権を保全するための処分禁止の仮処分
        等
 
 非金銭債権の実現を保全するため、現状維持を命じ、処分を禁止するための制度です。仮差押えと同様、将来の強制執行の保全を目的としています。
 
 
       ②仮の地位を定める仮処分
        (a)抵当権実行禁止の仮処分
        (b)金員仮払いの仮処分
        等
 
  訴訟の法律関係につき、判決が確定するまで,仮の状態を定める事を命じ、原告の危険を暫定的に回避し、原告を守るための制度です。強制執行の保全とは関係の無い、現状保全的措置です。
 
 
●民事保全手続きの構造
 
 保全命令に関する手続きと保全執行に関する手続きの二段階構造になっています。
 
 民事保全の命令、すなわち保全命令は、保全命令裁判所に保全されるべき権利(これを「被保全権利」又は被保全債権といいます)の存在を一応認定した上で保全命令を発令する手続きです。
 
 民事保全の執行、すなわち保全執行は、保全執行裁判所が保全命令を執行する手続きです。
 
 保全命令手続きと保全執行続きとの関係は、判決手続き(民事訴訟法)と強制執行手続き(民事執行法)の関係に対応しています。強制執行は主に確定した勝訴判決(以下「債務名義」(さいむめいぎ)といいます。)によって執行さますが、その意味で保全命令は「保全名義」とも呼ばれる事があります。
 
 なお、「保全命令裁判所」や「保全執行裁判所」という裁判所が特別に存在するわけではなく、手続き上の区別として各々の名称を用語として使用しているだけで、民事保全手続きの管轄裁判所については、保全命令事件は、訴訟(本案)の管轄裁判所又は仮に差押えるべき物若しくは係争物の所在地を管轄する地方裁判所であり、保全執行事件は、裁判所が行う保全執行に関しては、執行処分を行うべき裁判所をもって保全執行裁判所とし、執行官の執行処分に関しては、その執行官の所属する地方裁判所が保全執行裁判所となります。具体的にどの管轄の裁判所又は執行官が執行処分を行うべきがについては、各々の保全執行ごとに規定されています。
 
 この保全執行の執行機関は、民事執行法上の執行機関と同じです。多くの保全執行では、裁判所が執行機関となります。執行官が執行機関となる場合は、動産の仮差押えや占有移転禁止の仮処分、建物明渡断行仮処分等の実力を用いる執行処分となります。
 
 本件事件では、債権に対する仮差押え事件なので、保全命令発令裁判所が保全執行裁判所となり、第三債務者(銀行)及び債務者(B)への債権仮差押決定正本の送達は保全執行裁判所の担当書記官が行い執行します。
 
 
●民事保全手続きへの要請
 
 ①緊急性
  保全命令は、口頭弁論を経ないで決定で発令することができ(オール決定主義)、証拠は疎明で足ります。また、保全執行手続きでは、原則として執行文の付与は不要です。
 ②暫定性
  権利又は法律関係を最終的に確定し、実現する手続きではないです。但し、いわゆる断行の仮処分のように単なる暫定的措置とは言えない保全手続きもあります。
 ③付随性
  民事保全は、訴訟(本案)及びそこで確定した権利関係を実現する強制執行の手続きの存在を予定しています。
 ④密行性
  債権者の手続きを相手方に察知されると、財産の譲渡や隠匿等の妨害手段を講じられる危険性があります。これを防止し、債務者に内密に手続きを進める必要性の事です。
 
 
●民事保全命令の発令要件
 
 〇保全命令の申立ての趣旨の存在の主張
 〇保全すべき権利(被保全債権)の存在の疎明
 〇保全の必要性の存在の疎明
 
 
 本件事件の場合は、民事保全の方法は仮差押えで、種類は仮差押えの中の「債権に対する仮差押え」を採用します。
 
 
 
 <債権に対する仮差押えの手続きの目標>
 
 (第1段階)
 
 イメージとしては、第1段階として債権に対する仮差押えは、まず「保全命令発令要件充足」後、「債権仮差押命令申立書」を起案し、保全命令裁判所に「債権に対する仮差押えを申立て」をし、「裁判官面接」を経て「保全保証金を供託」して、保全命令の発令をして貰い、保全執行裁判所が第三債務者に対し「債権仮差押命令正本」を送達する事により執行するという流れで行います。
 
 
 (第2段目)
 
 その後第2段階は、債務者に対し「債権仮差押命令正本」が送達され、第三債務者から「陳述書」の送付が到着、仮差押債権の存否等の状況が判明する事になります
 
 
 
 <債権に対する仮差押え手続きの骨格>
 
●保全命令発令要件の充足
●「債権仮差押命令申立書」起案
●債権に対する仮差押えを申立て
●裁判官面接
●保全保証金を供託
●債権仮差押命令発令
●第三債務者に対し債権仮差押命令正本を送達
●債権仮差押え効力発生(保全完了)
●債務者に対し債権仮差押命令正本を送達
●第三債務者からの陳述書到着
●債権仮差押え手続き完了
 
 
 つまり、簡単に言うと債務者の第三債務者に対する債権を仮差押えて、債務者がその債権の行使をしても第三債務者が債務者に対し弁済する事を禁止するように裁判所から「債権仮差押命令正本」を第三債務者に送達して貰う事が目標になります。
 
 
 
 
●法律関係
 
      100万円返せ!
債権者A     →     債務者B
                ↓
                銀行(第三債務者)
                銀行に対する預金債権 債権額(預金額)不明
 
 
 
●貸金返還請求事件戦略事実
 
 ▼債権者Aが債務者Bに対し金銭消費貸借契約に基づき100万円を貸渡した。
 ▼弁済期日の合意の事実と弁済期日の到来の事実の存在。
 ▼期限を過ぎても弁済しない。
 ▼債務者Bは他にも借金が有るようだ。
 ▼債務者Bの勤務している会社は人員整理を予定しており、失業の危険が有る。
 ▼債務者Bには銀行に預金が存在する可能性がある。
 ▼本件事件の金銭消費貸借契約書、領収書等の証拠類は存在する。
 ▼債権者Aからの事情聴取、事実関係と書面から貸金返還請求権の存在が認定でき、訴訟提起も可能な状況である。
 ▼債務者BはA氏からの貸金の存在と返済義務の必要性を認めか不明である。
 ▼債務者Bの危険を回避するため、銀行にある預金債権に対する仮差押えを採用する必要が有る。
 ▼最終的に、強制執行にて貸金の返還ができる可能性が高い。
 
 
●貸金返還請求戦略策定
 
 ①債務者Bの銀行預金債権を仮差押え
 ②債務者Bに催告
 ③債務者Bが弁済しないのであれば訴訟提起
 ④勝訴判決確定
 ⑤勝訴判決での判決正本確定証明書付(債務名義)を取得
 ⑥債務者Bに催告
 ⑦債務者Bが弁済しないのであれば債務者Bの銀行預金債権に強制執行
 ⑧債権者Aの貸金の返還を達成
 
 
 
 <債権に対する仮差押事件の流れ>
 
 
●事情聴取
 ※依頼者A氏からの事情聴取を行う。
●保全性
 ※債務者Bには銀行預金が有る。債権者Aの債務者Bに対する債権の保全性はある。
●保全命令発令要件の中の被保全債権の存在の確認
 ※本件事件では「金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求権」である。金銭消費貸借契約書7あ領収書も存在したいるので証拠関係は整っている。
●保全命令発令要件の中の保全の必要性の存在を確認
 ※債務者Bは他の借金が有り、また失業の危機も有り、今、預金債権を仮差押えしないと債権者Aに損賠が生じる危険がある。
●債権に対する仮差押命令発令の要件充足
 ※①保全命令の申立ての趣旨の存在
  ②被保全権利(被保全債権)の存在
  ③保全の必要性の存在
●仮差押え債権の確認
 ※銀行預金債権の存在
●保全保証金算定
 ※ここが一つのポイントです。保全手続きは未だ訴訟での勝訴判決が確定していない段階で行います。つまり、債務者Bの預金債権を無断で仮差押えてしまう行為です。債務者Bとしては自身の預金が引出せなくなるので、生活や仕事に支障を来たし財産権の大きな侵害になります。そこで、そうした債務者Bのために法は債権者Aに、もしAの主張している事が裁判所で認められなかった場合、Bに対する損害を賠償させる仕組みを作りました。それが「担保、いわゆる保全保証金」です(このニュースレターでは、単に「担保」と言わず、「保全保証金」という用語を他の担保の概念と区別するために使用しています。)。原則、債権者は保全手続きをする条件として予め保全保証金を立てなければなりません。本件事件の場合もこの保全保証金が必要になります。保全保証金の額は、各々の事件によって異なりますが、一般的に保全債権の額の約20%程度になる事が多いでしょう。
●本案訴訟の勝訴見通し精査
 ※ここがもう一つのポイントです。保全手続き自体に債権者の目的はありません。最終の戦略目標は貸金の返還です。そのため、実際に訴訟で勝訴しなけらば保全手続きを採用した意味が無い事はもとより、保全保証金も失う事になり損失は大きいです。
●民事保全手続きの申立て決定
●「債権仮差押命令申立書」起案
 ※疎明方法記載例
  ▼金銭消費貸借契約書
  ▼債務者印鑑証明書
  ▼期限の利益喪失通知及び同配達証明書
  ▼債権明細書
  ▼不動産登記全部事項証明書
  ▼報告書
 ※添付書類記載例
  ▼甲号証写し
  ▼陳述催告の申立書
  ▼委任状
 ※添付書類
  ▼当事者目録
  ▼請求権目録
  ▼仮差押債権目録
  ▼再三債務者に対する陳述催告の申立書
●債権仮差押命令申立て
 ※保全命令事件の管轄裁判所は、「実際に訴訟を提起する管轄裁判所」又は「仮に差押えるべき物若しくは係争物の所在地を管轄する地方裁判所」になります。
●裁判官面接(※実施しない裁判所有り)
 ※発令方法の決定、担保や条件等を確定
●保全保証金供託
 ※供託書(法務局)での供託手続き
 ※事前に次の書類を準備しておきます。
  ▼供託委任状(供託用)
  ▼供託委任状(取戻用)
 ※訴訟で勝訴後、保全保証金を取戻しますが、便宜上、供託用の委任状と同時に取戻用の委任状も作成しておきます。
●供託所で供託後、「供託書正本」を受取り
●保全命令裁判所での保全保証金受入れ手続き
 ※予納郵券額及び目録を併せて提出する。
  提出書類
  ▼供託書正本
  ▼予納郵券
  ▼目録類
   ▽保全命令決定用
    ・当事者目録
    ・請求債権目録
    ・仮差押債権目録
   ▽保全執行用
    ・当事者目録
    ・請求債権目録
    ・仮差押債権目録 
●債権仮差押命令発令
 ※保全保証金の受入れ手続きが完了後発令されます。
●債権仮差押決定正本が第三債務者に送達され、第三債務者への送達により債権仮差押えの効力が生じます。
●第三債務者への送達完了後、すなわち債権仮差押えの効力発生後に債務者への仮押決定正本が送達されます。
●発令から2週間程で第三債務者から陳述書が到着し、仮差押債権の存否等の状況が判明します。
●民事保全法の債権仮差押え手続き完了
 
 
 
 
 
 以上により、債務者Bの責任財産である銀行預金債権に対する保全債権者Aのための仮差押えがなされ、無事保全債権者Aの保全債務者Bに対する貸金返還請求権(被保全債権)のための強制執行の保全がなされました。
 
 
 
 
 ※この【事例】は架空のものであり、実際の事件とは異なります。
 
 
 
 
 
 いかがでしたでしょうか。
 
 
 
 今回の事件は基本的な事件を題材にしましたが、実際も個人間のお金の貸し借りではそんなに複雑なケースは多くなく、今回のニュースレターは参考になるのではないでしょうか。
 
 
 一番注意が必要な事は、今回のケースでも「金銭消費貸借契約書」「領収書」が存在した事です。訴訟になった場合、必ず「証拠」が求められます。逆に言うと「証拠」さえ有れば保全手続きも訴訟手続きも更に強制執行も容易になるのです。
 
 
 尚、今回のニューレターの趣旨により、債権仮差押命令申立書の起案内容や添付書類、保全保証金の供託に関する法律関係については省略しました。
 
 
 複雑な法律上の手続きは司法書士に任せ、皆さんは契約書、明細書、領収書等の証拠を書面で作成して、保管しておく事を強くお勧めします。
 
 
 事案の相談や依頼は、民事訴訟法務を専門分野又は取扱分野にしている法務事務所の司法書士にご相談下さい。
 
 
 
 この知識を活かして頂き、皆さんの法律的解決の一助となれば幸いです。
 
 
 
 
 
 
最後は法律的解決しかありません  あなたには最後の手段が残っています
 
 
 
 
 
 
 
「民事訴訟法務」とは
 
 「民事訴訟法務」とは、訴訟費用が比較的低額で、自身の権利の主張に有用な「本人訴訟支援」を原則に、依頼者の権利の実現を目的とした法律支援実務です。司法書士の「本人訴訟支援法務」「訴訟代理法務」と異なり、裁判所等に提出する書類作成関係に関しては、取扱う事件に制限はありません。また、簡易裁判所管轄で、訴額が140万円以内であれば、「訴訟代理人」としての受任も可能です。
 
  
「本人訴訟支援法務」とは
 
 「本人訴訟支援法務」とは、一般的な法律相談の他、依頼者の意思決定の基、依頼者に代わり、依頼者からの事情聴取をしながら裁判所等に提出する訴状や答弁書等の書類の作成を中心に、司法書士が依頼者の裁判手続き等を支援する法律上の業務です。司法書士の「本人訴訟支援法務」は、裁判所等に提出する書類作成に関しては、取扱う事件に制限はありません
 
 「訴訟代理法務」とは、一般的な法律相談の他、簡易裁判所管轄で、訴額140万円以内の事件において、司法書士が依頼者の訴訟代理人として、依頼者と協議をしながら、司法書士自身が主体的に裁判手続きをする民事上における法律上の業務です。
 
 一般的に、「訴訟代理法務」に比べ「本人訴訟支援法務」の方が、裁判手続きに掛かる費用が低額で済み、法律問題の解決を図る事ができます。「本人訴訟支援法務」の事件対象は、比較的複雑でない生活関係、家族関係(身分関係)、仕事関係、迷惑行為等の不法行為関係といった日常的に生じる法律事件に有効です。 
 
 
「認定司法書士」とは
 
 訴訟代理資格を修得するための特別の研修を修了し、その認定試験に合格した簡裁訴訟代理等関係業務法務大臣認定司法書士の事をいいます。民事における法律事件に関する訴訟代理の専門性は保証されます。
 
 
「簡裁訴訟代理等関係業務」とは
 
 簡裁訴訟代理等関係業務とは、簡易裁判所において取扱う事ができる民事事件(訴訟の目的の価格が140万円以内の事件)についての訴訟代理業務等であり、主な業務は次の通りです。
 
 民事訴訟手続き
 ②民事訴訟法上の和解の手続き
 ③民事訴訟法上の支払い督促手続き
 ④民事訴訟法上の訴え提起前における証拠保全手続き
 ⑤民事保全法上の手続き
 ⑥民事調停法上の手続き
 ⑦民事執行法上の少額訴訟債権執行手続き
 ⑧民事に関する紛争の相談、仲裁手続き、裁判外の和解手続き
 
 
 
(2020年10月2日(金) リリース)