【ニュースレター2020 ❾ 民事訴訟法務】
賃貸人の究極の選択!
建物明渡し(タテアケ)の断行 民事保全法
建物明渡断行仮処分事件とは!! <前編>
今回のニュースレター2020第9回全編では、民事保全法上の建物明渡断行仮処分について取上げます。
通常、建物の明渡し事件は、民事保全法上の仮処分を申立てて、その後、訴訟を提起し、勝訴判決確定後、民事執行法上の建物明渡執行(強制執行)を行うという順序になります。しかし、今回のこの建物明渡断行仮処分は、この手続きを経ないで、暫定的ではありますが、債務者である賃借人を建物から退去させ、賃貸人のために強制的に建物明渡しを実現する極めて画期的な方法です。
この断行仮処分を含む建物明渡し、いわゆるタテアケ事件は、司法書士の法務事務所では個人経済再建法務(任意整理や過払い請求事件、個人破産事件、個人民事再生事件)に次いでポピュラーな事件対応です。
民事保全法や民事執行法については、一般的に知られている手続ではなく、専門実務書等で調べてもイメージが付きにくく、よく解らない法制度ではないでしょうか。
しかし、この民事保全法や民事執行法は法律実務ではとても大事な法律的手続きです。特に、今回は賃貸アパートのオーナーの方や不動産仲介業者の皆さんに参考になる内容になっています。
民事保全法や民事執行法は、直ぐには理解が難しい手続きになっています。今回は、このような手続きもあるという事を一つの知識として頂き、その概要を理解して下さい。
このニュースレターでは、訴訟を提起せず、事実上の強制執行が実現できる民事保全法上の建物明渡断行仮処分について、解り易いように内容を取捨選択し、事例に基づいてその要説を概説していきます。是非、ご覧下さい。
【事例】
A氏は、Bに対し、A所有の建物を2016年(平成28年)10月1日に賃貸した。ところが、Bの部屋には、2020年(令和2年)の6月頃から人相の悪い人間の出入りが目立ち始め、夜遅くまで話し声や物音が聞こえると同じアパートの賃借人からクレームが届き始めた。A氏が様子を伺っていると、どうも賭博をしている可能性があるようである。Bにそれとなく聞いてみたが、とぼけるばかりで話にならない。他の賃借人の手前、夜の話し声や物音は迷惑行為であるし、このまま放置していると自身のアパートの評判も悪くなると感じていて、どうしたらよいか困っていた。
アパートのオーナー経営者であるA氏は、定年を迎える前に余裕を持って会社を退職し、自分のその後の人生のために前から考えていた賃貸アパート経営を5年前から始めたそれなりに経験のある経営者である。そして、このBとの建物賃貸借契約は、賃貸借期間2年で、現在法定更新になっている。
9月のある日、A氏は、どうすればよいか思案に暮れていた。もう3カ月も経過しており、賃料は支払期限までに納めて貰っているが、隣や下の住人からのクレームが続いており、更に、心配な事は部屋の内装に改修工事を施している疑いがある事である。
3カ月程前に、隣の住人や下の住人から工事をしているような騒音が数日続き、休日は部屋にいられないという内容の苦情があったからだ。何でも大きなエアコンや空気清浄器を部屋に運んでいたようである。
お世話になっている不動産仲介業者に相談しようか?・・・しかし、法律的問題に発展した場合、途中でこの問題から離脱する事になり、それまでの交渉内容があるが故に、後で返って複雑になりやしないか・・・。それに、不動産仲介業者が仲介に入った場合、賃貸人も賃借人も双方とも仲介業者の顧客であり、どちらかに肩入れした場合、他方は不利益を被る事になる。不動産仲介業者は不動産の仲介が仕事であり、賃借人間のトラブルや部屋の使用状況についての問題はサービスで仲介してくれるだけで、部屋が空いた場合は、新たな賃借人を見付けて仲介手数料で利益を得る事が目的である事が多いため、中立的立場で公正にこの問題に当たってくれるか、そもそもこのような問題に不動産仲介業者が介入する事自体法律的には問題ではないか等A氏は疑問を感じていた。裁判所に相談してみようか? 警察に言っても、実際に捜査の対象になるのか? 法律事務所はこれまで特に縁が無く、敷居が高い印象もあってA氏は思うに任せない状況に陥っていた。
数日後、A氏は、手立てを尽くさないと他の賃借人が部屋を出て行ったり、周りの住民等からの悪い評判でアパート経営に支障を来たす恐れがあり損害が拡大する事を懸念し、裁判所に電話を掛けてみた。電話に出た裁判所の受付は「そのような法律相談は裁判所では行っていません。ご自身で弁護士や司法書士の先生にご相談して下さい。」と一蹴されてしまった。A氏は、今回の件で警察に相談しても取合ってくれるか疑問であり、また大袈裟になると賃貸アパート経営に対する信頼を損ねる事を心配し躊躇せざるを得なかった。
1週間程思いあぐねて、A氏は、弁護士に相談する他ないと考えた。情報収集のためネットで検索していると、色々な弁護士の法律事務所がヒットした。各々の法律事務所のホームページには取扱分野が掲載されていて、同じ法律事務所でも専門的に取扱っている事件とそうでない事件とが何となく解った。そして、そのホームページには各々色々な事が掲載されていたが、決め手になるようなホームページは残念ながら発見できなかった。
このようなトラブルの解決は、経験が無い自分には中々厄介なものだと思い知らされていた。頭を悩ませながら天井を見上げたとき、書棚のファイルBOXが目に入った。A氏は、この事業を始める際、経営の研究のためによくセミナーに参加しており、何かの参考になるとその時の資料で使えそうな物をファイリングしていたのだ。
そして、その中の交流セミナーで貰った名刺の事を思い出した。事業の開業準備に参考になると交換した名刺は全て名刺フォルダーーにファイリングしている。A氏は、その名刺フォルダーを手に取り、百数十枚の名刺を一つひとつ見ていった。
A氏は、その中に、名刺交換をした先生がいた事を思い出した。どの名刺だったか、A氏は、注意深く探し、見付けた。その名刺には司法書士と記載してあった。弁護士と思っていたが、司法書士とはどのような資格者なのかA氏には判らなかった。名刺の裏には交流セミナーで交換した日付が記入してあった。
しかし、一応名刺交換もして、挨拶は終わっているので、初対面ではないとA氏は思った。A氏は、まず司法書士がどのような仕事をしている資格者なのかについて、下調べをネットを利用して行った。何でも、不動産登記法や民事訴訟法を使い、法律問題の解決を仕事としているようであった。弁護士との違いが今一つ理解できなかったが、民事訴訟の問題は、少額の日常的トラブルを対象としているようである事は判った。
その司法書士は、当時、個人経済再建事件を手掛けていると言っていたと記憶していたが、A氏は、今回の問題にも対処して貰えるか心配はあるものの、とにかくこの先生に話をしてみようと思った。
そこで、翌日A氏は、その名刺に記載の法務事務所へ電話をした。受付に出た女性は、事件の相談ではない事を確認すると、次にその司法書士はこの事務所にはいないと答えた。しかし、A氏は、確かにその司法書士と会って名刺まで交換している。そこで、受付の女性が、事務所の人間に確認したところ、数年前に退職している事が判った。A氏は、司法書士の連絡先を訪ねたが、その事務所では分からないと言われ、話は終わった。
A氏は、これでまた振出しに戻ったかと思ったが、その司法書士の氏名は、判ってるのだから、ネットで検索を掛けてみれば何か判るかもしれないと考え、机のパソコンで「氏名、司法書士」というキーワードで検索した。そうすると、何と最初のページにその司法書士が経営しているらしき法務事務所がヒットした。運はまだ尽きていないと希望を持った。
A氏は、検索結果でヒットしたそのホームページにアクセスした。そのホームページには司法法書士 W法務事務所という名称が掲載されており、専門分野に民事訴訟法務とあった。ホームページ上部のメニューの【ご挨拶】をクリックすると、この事務所の代表の挨拶やプロフィール、所属司法書士会等が明らかにされていた。
確かにあの時の先生に間違いない、とA氏は思った。やっと見付けた、とまずはホッとした。【取扱分野】メニューを開くと、司法書士 W法務事務所の専門分野や取扱分野が掲載されており、民事訴訟分野では建物明渡請求事件も専門として取扱っているようだった。そのホームページには、【ニュースレター】というページもあり、この法務事務所が取扱っている各種の事件の種類や要説の説明がなされていた。その中に、建物明渡請求事件についてのページもあり、A氏は、興味深く閲覧していった。
色々な内容のページがアップされていて、とても短時間では閲覧できないが、自身の問題は、いわゆる賃貸アパートの用法遵守義務違反に対する法律的事案である事が何となく理解できた。気が付くと深夜になっており、今日はこれで休む事にしようと寝室に入った。
翌日、司法書士 W法務事務所の司法書士W宛に連絡を取ろうとホームページにアクセスした。トップページには、
依頼者のご要望を第一に考えます
- 法律問題のパートナー -

司法書士 W法務事務所
W LAW OFFICE
トップページの下方には、
CONTACT
お問合せ
お問合せは
オンライン無料法律相談の
お問合せフォーム (24時間受付)
と掲載されており、トップページ上部のメニューには、【お問合せフォーム】メニューがあった。このメニューをクリックすると
【 オンライン無料法律相談 お問合せフォーム 】 (24時間受付)
- ファーストコンタクト -
A氏は、この現状を打開する必要もあり、また無料であったため、事実関係を記載して、そのオンライン無料法律相談フォームで送信した。そうすると、司法書士 W法務事務所の司法書士Wから着信が入った。自動返信メールのようであった。
「初めてお問合せします。以前〇年□月△日◎▽☆◇で開催された交流セミナーで名刺交換をさせて頂いたAというものです。名刺記載の事務所へお電話しましたところ既に退職されているとの事で、お名前を元にパソコンで検索しましたら、先生の事務所が見付かりましたので、ご相談したくお問合せフォームにて送信させて頂いた次第です。宜しくお願いします。実は、私の経営している賃貸アパートでいわゆる用法遵守義務違反と思われる賃借人がおり、夜中に賭博行為を行っている様子なのです。隣や下の賃借人からは、騒音でクレームも何度もきています。証拠が無いので、問い詰める事もできず、顔を合わせた時にそれとなく聞いてみましたが、とぼけて何も話しません。いよいよ怪しくなったと感じ、また、私の賃貸アパートに悪い評判でも起きましたら、経営に支障を来たし、新しい賃借人を見付けるのも難しいくなるので困っています。ご多忙中と存じますが、法律的にどのように対処したら良いかをご教示下さい。宜しくお願い致します。」
「司法書士 渡辺法務事務所宛にお問合せ有難う御座います。
お問合せ内容を精査し、後日ご回答致します。
しばらくお待ち下さい。
尚、このメールは自動配信メールの為、このメールに返信されても受付は出来ません事をご注意下さい。」
司法書士Wは、ベルトのスマホフォルスターの事務所用スマートホンに着信が入ったのを気が付いた。司法書士Wは、依頼者と受任事件の最後の報告でカフェで会っていた。何とか貸金の返還もでき、依頼者は安心した様子だった。司法書士Wは、返還された貸金と成功報酬とを精算し、弁済金を依頼者に渡した。依頼者は、司法書士Wにお礼を言い、知人がトラブルに遭って困っているので、相談に乗って欲しいと聞かれた。
「ご紹介という事もあり、喜んでご相談に応じます。」と司法書士Wが答えた。そして続けた。
「法律事案は、事案の当事者から事情を聴く事がとても大事です。それに、事案の内容も判らずに会っても、その場で法律判断や方針が付かず、生産的ではないので、返って時間が掛かり、その方にお手間になってしまいます。例によって、司法書士 W法務事務所のホームページにアクセスして頂き、まずはオンライン無料法律相談のお問合せフォームからファーストコンタクトをお願いします。」と言うと、その依頼者は、
「有難う御座います。早速、知人のXに先生の事を話し、問合せフォームで事案のあらましを送らせます。」と応えた。
依頼者は、最後に一礼をして、カフェを後にした。今回の事件は、司法書士Wが、貸金の債務者に配達記録証明付内容証明郵便受任通知で催告した段階で、債務者から示談の申出があったため、大きな事件処理に発展せず、比較的短い期間で事件を完了させる事ができ、加えて報酬も比較的少なくて済んだため依頼者にとっても良かったと思っていた。
司法書士Wは、依頼者の後ろ姿を見送ると、本件事件完了と記入し、本件事件ファイルを鞄に入れた。そして、さっき入った着信を見た。オンライン無料相談の問合せフォームからの送信だった。この問合せを見る前に、既に着信のあった相談継続中の別件のフォームを確認した。そこには、
「有難う御座いました。問合せフォームでのこちら側からの本件事案についての相談を先生にさせて頂いて、その通り対応しましたところ、先方から返事があり、現在交渉中です。この交渉では、こちら側の車の修理代について言い分を理解して貰っているようで、和解も視野に入っているところです。つきましては、折角、ご相談させて頂いて恐縮ですが、一旦様子を見させて頂こうとと考えています。」という内容だった。そこで、司法書士Wは、
「良かったですね。今回の事案は、あなたの過失が圧倒的に少ない事故だと思います。交通事故事案は、相手への請求金額を踏まえ、最終的に自身の物損事故による保険の利用を避け、あなた自身の出費をできるだけ最小限に抑える事が大事です。私の見たところ、過失割合からいって、相手側への請求金額で、Yさんの自動車は修理ができると考えます。従って、今回は物損事故で、Yさんの対物賠償責任保険は利用しなくて済むと思います。今回のオンライン無料法律相談がお役に立って嬉しく思います。何か情勢が変わったり、今後別件で問題に遭った場合は、また是非このオンライン無料法律相談でお問合せ下さい。今回の事案が無事解決される事を願っています。」と回答し、一つ事案が片付いた事にホッとした。
お代わりしたコーヒーも飲み終えたところで、司法書士Wは、さっきのオンライン無料相談の問合せフォームを読む事にした。
2日程経って、A氏のE-MAILの受信トレイに司法書士 W法務事務所の司法書士Wよりメールの返信があった。その返信には、簡単な挨拶と共にA氏について、以前の交流セミナーで名刺交換をしている事を覚えている事、相談の概要はオンライン無料法律相談フォームにて、問題の概要は解った事、A氏の困難な状況について司法書士Wも気持ちを共有し、早期の問題の解決が図れればとの記載がされていた。そして、司法書士Wがこの事案に対する法律判断のために必要な事項が箇条書きで記載されていた。
「お問合せ有難う御座います。司法書士 W法務事務所の司法書士Wです。
ご無沙汰しております。以前の交流セミナーにてご一緒し、名刺交換をした事は覚えております。この度は、経営されています賃貸アパートでの事案との事で、大変な状況で同情申し上げます。一日も早い解決ができますようご相談を伺います。法律問題は、その事案の本人から直接話を伺う事が大事です。ついては、当職がこの問題の解決のために必要な事項について、次の通りご質問しますので、ご回答下さい。その内容を拝見して、ご回答をさせて頂きます。宜しくお願いします。・・・」
司法書士 W法務事務所のホームページに沿って問合せはしたものの、返信が届いたので安心した。A氏は、自身の現状を少しでも改善したいと考え、司法書士Wから返信された必要事項に対し、1つ1つ箇条書きで回答をして、返信した。
数日後、司法書士Wから返信が届いた。それは基本的な賃貸借契約の用法遵守義務違反による解除に基づく建物明渡請求事件の対応を中心とする法律的対処方法であった。司法書士Wは、この事案についての具体的な書面や状況の確認についての情報が限られているため、限界があるものの一般的であると断りながら、できるだけ回答を行った。
内容は、借地借家法の適用のある建物賃貸借契約では、基本的に賃借人の権利が賃貸人の権利より保護される事、そのため、このような事案では慎重な対応が必要になる事、今回の事案では、建物賃貸借契約上の用法遵守義務違反による債務不履行が生じている可能性がある事、そして、このような事案では、賃借人から他の事由による賃貸人との信頼関係の不破壊の抗弁が主張されるケースが多い事、訴訟になった場合、これらを総合的に判断して判決がなされる事、建物明渡請求事案の場合、事は居住問題であり、その事案の性質上、問題が先鋭化し易い事、それに伴い時間が掛かる可能性がある事、賃貸人としては、賃借人の事情をも考慮して、穏当な対応をした方が結局問題解決に要する期間が短くて済む可能性が高い事等について簡潔に記載されていた。
A氏は、大体の自身の状況は解ったが、実際に建物を明渡して貰うためには、自分一人では知識が不足している事や日常の仕事があり、難しさを感じていた。そしてA氏は、賃貸アパート経営に関し、近隣に悪い評判が立つ事を危惧していた。できるだけ早く新たな賃借人にこの建物を賃貸したいという思いもあった。
そこでA氏は、まずこの問題について、確実に部屋を明渡して貰い、かつできるだけ早く明渡して貰うためには一番良い方法はどうしたら良いかを質問し、加えて、仮に仕事の依頼をするとしたら、自分の事案はどの程度の費用が掛かるか知りたかったので、見積りの概算も併せて依頼をする返信をした。
数日後、司法書士Wから民事保全法上の建物明渡断行の仮処分という方法があると回答があった。そして、注意点として、この民事保全法上の建物明渡断行の仮処分は、本来、訴訟を提起し、原告(本件事件の場合は賃貸人であるA氏)が勝訴判決を得て、建物明渡の強制執行で対処するのが原則であるが、本案訴訟を提起する前に、暫定的に占有者である元賃借人を建物から強制的に退去させる手続きとなるため、必要的に債務者を呼出し、債権者と共に裁判官が審尋をしなければならない事、仮処分命令の発令判断は他の仮処分事件よりも慎重な審査がなされる事、また、本案訴訟で原告が敗訴した場合に備え、高額な保全保証金が必要になる場合がある事が記載されていた。建物明渡断行の仮処分については、他の仮処分事件と異なり、申立てられる事件数は少ないが、これは裁判所が建物断行の仮処分を消極的に運用しているものではなく、申立件数自体が他の仮処分事件と比べて少ないだけで、仮処分命令の発令に際しての判断は、他の仮処分事件と同様に事件により臨機応変になされていると考えられる旨も追記されていた。
A氏は、この日までに思案した結果、ここは司法書士Wに仕事の依頼をしようと考えていた。併せて返信された全体としての大まかな割合での費用概算には、あくまでも現在の事案概要により割出したもので正式な費用概算ではないが、相談内容の範囲では大きな差は無いであろうとの注釈が付いていた。A氏は、この費用概算を見て、司法書士Wへ更に具体的な相談をしたいとの意向を示し、正式な法律相談の日程について、都合の良い日を幾つか挙げ、予約を申込んだ。
翌日、司法書士Wから初回2時間の予約を受付けた旨の返信が届いた。その返信には、予約当日にこの事案の契約書その他揃えられる必要と思われる書類、あればなんでも構わないので賃借人Bとの関係が判る資料を持参して欲しい旨記載され、また司法書士 W法務事務所のホームページの「取扱分野」ページの中の「報酬(費用)」ページ及び「よくあるご質問」ページを開き、内容を一読して欲しい旨書添えてあった。相談場所は、A氏の賃貸アパート最寄り駅付近のカフェになった。
予約相談の当日、司法書士Wは、約束の相談場所であるカフェに到着した。大通りに面した路面店のカフェに入り、2階の外がよく見える窓際の席に座った。お洒落な店内のガラス越しには人通りの激しい大きな交差点がよく見えた。今日は平日の午後だが、店内には思ったより人は多かった。その過去(むかし)と違い、働き方も変化して、現在(いま)は平日も休日も変わりのない人出の街角であった。
司法書士Wは、事情聴取ノートや相談の案件の資料を出し準備をした。コーヒーを飲み、落着いた頃、A氏が入口のドアを開けやって来た。
司法書士WはA氏に会釈をし、少し緊張気味のA氏に合図を送った。事前のメールで、A氏の予約当日の服装を確認していたので直ぐにA氏と判ったのだ。司法書士WはA氏と簡単な挨拶を交わし、椅子に座った。そして、司法書士Wはまず名刺を出し、続いて自身が司法書士である事の証明として、所属司法書士会の身分証明書を提示した。初めて見る司法書士の身分証明書を時間を掛け確認すると、A氏は初回相談料を支払い、司法書士Wは領収書をA氏に渡した。司法書士Wは、当事務所負担である事を告げ、A氏にコーヒーでいいですかと尋ね、A氏が頷くとコーヒーを注文した。
些細な雑談をしているとウエイトレスがコーヒーを運んで来た。司法書士Wは早速初回2時間の法律相談を開始した。A氏の事案については、事前のオンライン無料法律相談でそのあらましは解っていたので、事前に聴取する要点を絞り、A氏との初回面談の中では、その事実関係についてより詳しい聴取りをしていった。
ます、司法書士Wは、A氏との初回の法律相談に当たって必要書類となる
「面談時事情聴取シート」
の記入をお願いすると共に、その間に賃借人Bとの建物賃貸借契約書に目を通した。そして、更に賃借人Bの性格や親族関係、保証人の有無、仕事等A氏と賃借人Bとの関係について聴き、これまでの経緯を整理していった。賃借人Bは、その態度から実際に訴訟になった場合、部屋の用法遵守義務違反の事実を認めるが不明である事、仮に認めた場合でも部屋の内装は簡単に修繕可能で、全て弁償する等の抗弁を提出し、賃貸人との信頼関係は破壊されない旨の主張をする可能性はないか等を丹念に聴取していった。
その後、司法書士Wは、本件事案についての法律的対処の方法や見通し、注意点について説明し、A氏からの事案処理に対する質問や心配事等について丁寧に答えた。
所定の2時間の法律相談も終盤に差掛り、司法書士Wは、一応、法律的主張や相手方の反論、抗弁について考えられる内容、本件事案に必要な証拠類、具体的な法律的手続き、訴訟になった場合のリスクや今後の見通し、最後に、本件事案の事実関係に対する見解について説明し、更に建物明渡断行の仮処分事件特有の注意点についても付加えた。
司法書士Wは心象として、この建物明渡請求事案の見通しについて民事保全法上の建物明渡断行仮処分が適切であるとの印象を得た。しかし、この断行執行は、法律上のハードルが高く、保全保証金も他の仮処分事件に比べ高額であり、更に借地借家法の適用のある建物についての処理は難しく、慎重な対応が必要であると感じていた。司法書士Wは、A氏の希望を実現するこの事案に合った法律上の方法はあり、一般的に難しい事案であるがやってみる価値はある旨をA氏に伝えた。但し、法律事件は、当初予想もつかない事実関係が出てきたり、最終的な判断は裁判所がする事、有利な証拠があっても必ずしも仮処分決定が出される保証は無い事、特に借地借家法の適用がある建物の明渡しには相当ハードルが高い事、保全事件ではその担保(保全保証金)を失う危険性が有る事等リスクの説明もした。
一頻り(ひとしきり)考えた末、A氏は、司法書士Wに本件事案の法律的解決のため、手を貸して貰えないかと聞いた。
本件事案に対する法律的問題の処理においては、解決可能性が有る(正当な権利主張であるという事)と考えた司法書士Wは、快くA氏に事前に聴取した本件事案に対する全体の事件処理を想定した2種類の大まかな割合的費用概算を提示した。そして、司法書士Wは、この事案を事件化する事に賛成し、司法書士として2つの法律上の業務がある旨を説明した。
1つは「本人訴訟支援法務」、もう1つは「訴訟代理法務」である。
「本人訴訟支援法務」とは、一般的な法律相談の他、依頼者の意思決定の基、依頼者に代わり、依頼者から事情聴取をしながら裁判所等に提出する訴状や答弁書等の書類作成を中心に、法律専門実務家である司法書士が、いかに依頼者の権利が正当に判断されなければならないかをその書類作成に基づき、裁判手続き等を通じて支援する法律上の業務である事。そして、司法書士の「本人訴訟支援法務」は、裁判所等に提出する書類作成に関しては、取扱う事件に制限は無い事。
「訴訟代理法務」とは、一般的な法律相談の他、簡易裁判所管轄で、訴額140万円以内の事件において、司法書士が依頼者の訴訟代理人として、依頼者と協議をしながら、司法書士自身が主体的に裁判手続きをする民事上における法律上の業務である事。
一般的に、「訴訟代理法務」に比べ「本人訴訟支援法務」の方が、裁判手続きに掛かる費用が低額で済み、法律問題の解決を図る事ができる事。「本人訴訟支援法務」の事件対象は、比較的複雑でない生活関係、家族関係(身分関係)、仕事関係、事故関係、迷惑行為等の不法行為関係といった日常的に生じる法律事件に有効である事。
A氏は、少し考えて、この事件は「訴訟代理法務」を希望した。司法書士費用(報酬)は法律問題の解決や訴訟手続きをする以上、必要になる事、新たな賃借人を見付ければ、その売上の中から報酬は賄える事、近隣の賃貸アパートに対する悪評が心配であった事、少しでも早くこの問題を解決しなければならない事、何もしなければこのまま不本意な事態が続いてしまう事がその理由であった。
司法書士Wは快く了解し、できるだけの事はすると応え、この事件を受任した。依頼者A氏と司法書士Wとの委任契約書等に双方が署名押印をした。A氏は本件事件の着手金を支払い、司法書士Wは領収書を渡し、この法律事件は正式に委任契約が成立し、効力が生じた。
そして、今後の連絡方法は、メールを基本とする事を確認した。
今回の事件ついて、司法書士Wがまず着目したのは、賃貸借契約上の用法遵守義務違反の事実である。この疎明方法を確かなものにする事、保全保証金が高額になる事が予想されるため、A氏にその現金の用意をして貰わなければならない事である。A氏にしてみれば、このままBに賃貸し続けるとアパート経営事態に支障が出てくる事は必至であり、この事件は民事保全法上の通常の仮処分、本案訴訟、強制執行という時間を掛けられない事件である事が特徴であると思慮した。そのため、建物明渡断行の仮処分を立案し、A氏に伝えた。A氏は納得して了解した。
それでは、司法書士WがA氏の建物明渡断行の仮処分(以下「本件事件」といいます。)を使い、どのようにして早急にBの退去を実現し、A氏の賃貸アパートの経営に対する危険を排斥して、A氏の賃貸アパートの安全な経営を保全したかについてその要説を概説していきます。
<民事保全法のポイント>
●民事保全法の意義
訴訟での原告の請求権や法律関係の実現を確かなものにする事(保全する事)を目的とする制度です。
●民事保全法の存在理由
民事執行法上の強制執行を補完し又は原告の権利を暫定的に守るためにするものです。
●民事保全の方法
〇仮差押え→金銭債権の支払いを保全するための手続
〇仮処分 →金銭債権以外の債権を保全するための手続き
●民事保全の方法
〇仮差押え→①不動産に対する仮差押え
②動産に対する仮差押え
③債権その他財産権に対する仮差押え
金銭債権の実現(将来の強制執行)を保全するため、債務者の責任財産につき、その処分を制限するための制度です。
〇仮処分 →①係争物に関する仮処分
(a)占有移転禁止の仮処分
(b)建物収去土地明渡しを保全するための建物処分禁止の仮処分
(c)不動産の登記請求権を保全するための処分禁止の仮処分
等
非金銭債権の実現を保全するため、現状維持を命じ、処分を禁止するための制度です。仮差押えと同様、将来の強制執行の保全を目的としています。
②仮の地位を定める仮処分
(a)建物明渡断行仮処分
(b)社員の地位を保全するための処分禁止の仮処分
(c)抵当権実行禁止の仮処分
(d)金員仮払いの仮処分
等
訴訟の法律関係につき、判決が確定するまで、仮の状態を定める事を命じ、原告の危険を回避し、原告の権利を守るための制度です。強制執行の保全とは関係の無い、現状保全的措置です。
●民事保全手続きの構造
保全命令に関する手続きと保全執行に関する手続きの二段階構造になっています。
民事保全の命令、すなわち保全命令は、保全命令裁判所に保全されるべき権利(これを「被保全権利」又は被保全債権といいます)の存在を一応認定した上で保全命令を発令する手続きです。
民事保全の執行、すなわち保全執行は、保全執行裁判所が保全命令を執行する手続きです。
保全命令手続きと保全執行で続きとの関係は、判決手続きと強制執行手続きの関係に対応しています。強制執行は主に確定した勝訴判決(これを「債務名義」といいます。)によって執行さますが、その意味で保全命令は「保全名義」とも呼ばれる事があります。
なお、「保全命令裁判所」や「保全執行裁判所」という裁判所が特別に存在するわけではなく、手続き上の区別として各々の名称を用語として使用しているだけで、民事保全手続きの管轄裁判所については、保全命令事件は、訴訟(本案)の管轄裁判所又は仮に差押えるべき物若しくは係争物の所在地を管轄する地方裁判所であり、保全執行事件は、裁判所が行う保全執行に関しては、執行処分を行うべき裁判所をもって保全裁判所とし、執行官の執行処分に関してはその執行官の所属する地方裁判所が保全執行裁判所となります。具体的にどの管轄の裁判所又は執行官が執行処分を行うべきがについては、各々の保全執行ごとに規定されています。
この保全執行の執行機関は、民事執行法上の執行機関と同じです。多くの保全執行では、裁判所が執行機関となります。執行官が執行機関となる場合は、動産の仮差押えや占有移転禁止の仮処分等の実力を用いる執行処分となります。
本件事件では、建物明渡断行の仮処分事件なので、保全命令発令裁判所が保全命令を発令後、保全執行裁判所の執行官に建物明渡断行執行の申立てをし、執行官が執行します。
●民事保全手続きへの要請
①緊急性
保全命令は、口頭弁論を経ないで発令することができ(オール決定主義)、証拠は疎明で足ります。また、保全執行手続きでは、原則として執行文の付与は不要です。
※「疎明」とは、一応確からしいとの推測を裁判官に抱かせる内容の事実を言います。ちなみに、「証明」は、合理的な疑いを差し挟まない程度に真実らしいと裁判官に確信を抱かせる事実を言います。「疎明」は「証明」より立証方法が緩和されています。主に、「疎明」は民事保全法上の事実で、「証明」は民事訴訟法上の事実です。
②暫定性
権利又は法律関係を最終的に確定し、実現する手続きではないです。但し、いわゆる断行の仮処分のように単なる暫定的措置とは言えない保全手続きもあります。
③付随性
民事保全は、訴訟(本案)及びそこで確定した権利関係を実現する強制執行の手続きの存在を予定しています。
④密行性
債権者の手続きを相手方に察知されると、財産の譲渡や隠匿等の妨害手段を講じられる危険性があります。これを防止し、債務者が内密に手続きを進める必要性の事です。
●民事保全命令の発令要件
〇保全命令の申立ての趣旨の存在の主張
〇保全すべき権利(被保全債権)の存在の疎明
〇保全の必要性の存在の疎明
本件事件の場合は、民事保全の方法は仮処分で、種類は仮の地位を定める仮処分の中の「建物明渡断行の仮処分」を採用します。
●保全の必要性(仮の地位を定める仮処分命令の必要性)
仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について、債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため、これを必要とするときに発する事ができます。
●「建物明渡断行の仮処分」の有用性
既に前述していますが、我が国の訴訟体系ではいきなり自身の権利(請求権)を実現する事はできない事になっています。それは、請求する権利が本当に存在するか証明されていないからです。そのため、まず訴訟で自身の権利(請求権)の証明をし、裁判所に認めて貰わなければなりません。その後、その認められた権利(請求権)を基に民事執行法上の強制執行で公権力を背景に行使します。
また、訴訟で争っている間に、相手の事情が変わる事もありますので、法は自身の権利(請求権)を主張している側に、相手の事情が変わっても訴訟をしている間は支障を来たさない制度を作りました。それが民事保全法です。従って、この民事保全法上の手続き、例えば仮差押え事件や仮処分事件は権利(請求権)を主張している側のためのあくまでも暫定的な処分であり、権利(請求権)を主張している側、権利(請求権)を主張されている側にとって実際の各々の地位に変動は起こらないはずです。
しかし、それでは訴訟係属中の期間に権利を主張している側の地位に危機が発生し、不足の損害が生じる危険を排除しきれません。そこで、法は例外的に、訴訟で勝訴した状態を暫定的に作り出す制度を作ったのです。それが本件事件の建物明渡断行仮処分です。この仮処分は、満足的仮処分と言われるように、権利(請求権)を主張する側の地位を訴訟無しで暫定的に実現してしまう極めて画期的な保全処分になります。
司法書士Wは、まず、民事保全法上の建物明渡断行の仮処分について、仮処分発令の要件を確認した。
民事保全法の中でも、特に難度の高いと言われている断行執行の仮処分は、司法書士Wにとっても初めての事件対応であった。
深夜、裁判官にどのような主張をどのような疎明資料で行えば、理解され、納得されるだろうか・・・司法書士Wは、建物明渡断行の仮処分の申立書の起案を机の前で、考えていた。
司法書士Wの脳裏に危機感が迫った。
訴訟で敗訴した場合は依頼者の予納した高額な保全保証金は全て没収となる・・・。
※この【事例】は架空のものであり、実際の事件とは異なります。
いかがでしたでしょうか?
今回は、建物明渡断行の仮処分事件の事例前編を掲載しました。
相談者であるアパート経営者の抱える問題と、それを解決すべく対応する司法書士Wとの相談から事件受任までの流れを一つの事例を基に掲載しました。
通常もこのような流れで進行する事も多いと思いますし、一つの当事務所のスタイルに沿ったストーリーになっていますので、是非、御参考として下さい。
次回は、いよいよA氏の依頼を受けた司法書士Wが、実際に民事保全法上の建物明渡断行の仮処分を得て、本案訴訟前に占有者であり元賃借人Bを退去させるまでの<後編>になります。
ご期待下さい。
今回のニュースレターが、皆さんの法律問題の相談に際し、法律的解決の一助となれば幸いです。
事案のご相談やご依頼は、民事訴訟法務を専門分野又は取扱分野としている法務事務所の司法書士ご相談下さい。
最後は法律的解決しかありません あなたには最後の手段が残っています
※「民事訴訟法務」とは
「民事訴訟法務」とは、訴訟費用が比較的低額で、自身の権利の主張に有用な「本人訴訟支援」を原則に、依頼者の権利の実現を目的とした法律支援実務です。司法書士の「本人訴訟支援法務」は「訴訟代理法務」と異なり、裁判所等に提出する書類作成関係に関しては、取扱う事件に制限はありません。また、簡易裁判所管轄で、訴額が140万円以内であれば、「訴訟代理人」としての受任も可能です。
※「本人訴訟支援法務」と「訴訟代理法務」とは
「本人訴訟支援法務」とは、一般的な法律相談の他、依頼者の意思決定の基、依頼者に代わり、依頼者から事情聴取をしながら裁判所等に提出する訴状や答弁書等の書類作成を中心に、法律専門実務家である司法書士が、いかに依頼者の権利が正当に判断されなければならないかをその書類作成に基づき、裁判手続き等を通じて支援する法律上の業務です。そして、司法書士の「本人訴訟支援法務」は、裁判所等に提出する書類作成に関しては、取扱う事件に制限はありません。
「訴訟代理法務」とは、一般的な法律相談の他、簡易裁判所管轄で、訴額140万円以内の事件において、司法書士が依頼者の訴訟代理人として、依頼者と協議をしながら、司法書士自身が主体的に裁判手続きをする民事上における法律上の業務です。
一般的に、「訴訟代理法務」に比べ「本人訴訟支援法務」の方が、裁判手続きに掛かる費用が低額で済み、法律問題の解決を図る事ができます。「本人訴訟支援法務」の事件対象は、比較的複雑でない生活関係、家族関係(身分関係)、仕事関係、事故関係、迷惑行為等の不法行為関係といった日常的に生じる法律事件に有効です。
※「認定司法書士」とは
「認定司法書士」とは、訴訟代理資格を修得するための特別の研修を修了し、その認定試験に合格した簡裁訴訟代理等関係業務法務大臣認定司法書士の事を言います。民事における法律事件に関する訴訟代理の専門性は保証されます。
※「簡裁訴訟代理等関係業務」とは
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