ニュースレター 2021 ❸ 民事訴訟法務
  
 
  
民事訴訟法務
 
<ポイント解説>
 
賃貸アパート経営者
 
のための
 
建物明渡請求事件
 
 
 
 
 
 
 今回のニュースレター2021第3回民事訴訟法務は、<ポント解説>賃貸アパート経営者のための建物明渡請求事件について取上げます。
 
 賃貸アパートでの法律的紛争は、賃貸人と賃借人との貸借関係の紛争です。その事情は、多くの場合、賃借人の契約違反と賃貸人の建物の資産運用上の事情になると考えられますが、借地借家法(しゃくちしゃっかほう、しゃくちしゃくやほう)の適用のある建物賃貸借契約では、基本法である民法上の法律的解決ではなく、民法の特別法である借地借家法上の法律的解決が求められます。
 
 借地借家法の適用のある賃貸借契約における法律的解決策は、ニュースレター2019第1回の民事訴訟法務にて、その1例をアップ(掲載)していますので、そちらをご覧頂くと共に、今回のニュースレター2021第3回の民事訴訟法務では、法律的手続の流れではなく、より法律的角度から、賃貸借契約の終了原因やその要件、問題解決に当たって検討しなければならない重要事項についてその要説を概説します。
 
 法律問題として建物明渡請求事件を考察する上で、各々の事案によってケースバイケースで法律問題に対処して行く事は当然ですが、行当りばったりでしか対処できないものではなく、その種類や類型を整理して、各々に対し決まった解決策を発見して行く事が重要になります。
 
 賃貸アパートの経営者の皆さん、更にその賃借人の方々にとって、自身にどのような権利があるのか、利己的ではない適切な解決策とは何か、各々の当事者にとって、その権利が十分に守られるような、つまり円満に解決がなされるための前提知識としてご覧になってい頂ければと思います。
 
 更に、居住用を目的とする建物賃貸借契約での賃貸人の法律上だけでない(職業)倫理上の責任についても併せて問題提起をしていきます。
 
 今回の建物賃貸借契約は、全て借地借家法の適用のある建物賃貸借契約を対象として概説します。また、ポイント解説なので、法律上の色々な規定やその論点については取捨選択して、できるだけこのニュースレターの射程範囲を中心に進めていきますのでご了承下さい。
 
 
 
 
借地借家法とは
 
 
 借地借家法とは、建物の所有を目的とする地上権及び土地の賃借権並びに建物の賃貸借に関する特別の定めをする事ににより、借地権者及び建物賃借権者の保護を図り、地上権設定者及び土地賃貸人並びに建物賃貸人と借地権者及び建物賃借権者との実質的平等、すなわち公平性を担保する事を目的とする法律(1992年(平成4年)8月1日施行)です。これにより、借地権者及び建物賃借人の保護が趣旨である建物保護二関スル法律(1909年(明治42年)5月1日法律第40号、建物保護法、借地法(1921年(大正10年)4月8日法律第49号)・借家法(しゃくやほう、しゃっかほう)(1991年(大正10年)4月8日法律第50号)は廃止されました。
 
 つまり、借地権設定者より借地権者、建物賃貸人より建物賃借人の方が、社会生活上弱い立場に置かれる事が多い事に鑑み、基本法である民法の特別法である借地借家法を制定する事により、契約当事者にとって社会的公平性を実現しようとする法律という事になります。
 
 このニュースレターでは、借地借家法の中で、建物賃貸借契約を射程範囲にしています。
 
 
 
●借地借家法の適用のある建物賃貸借
 
 借地借家法の適用のある建物賃貸借の建物は、居住用、事業用を問わず原則適用されます。
 
 
 
 
建物賃貸借契約による建物賃貸人と建物賃借人の法律的紛争
 
 
 そもそも何故、建物明渡請求という法律上の問題が生じるのでしょうか? それは、色々な種類の原因があるかと思いますが、共通して言える事は賃貸人と賃借人との自主的な話合いができない事に起因している事が多いのではないでしょうか。
 
 また、例え話合いができたとしても、お互いの事情や条件が折合わない場合で、中々解決が図れない場合もあるでしょう。
 
 賃貸人、賃借人双方が話合いをでき、事情を踏まえ条件につてい合意できれば、法律的な手続きではなく、当事者間で法律上の問題も譲歩で解決できるはずです。
 
 それでは、建物明渡請求事件に至る建物賃貸借契約上の原因について、種類や類型を検討します。
 
 
 
●建物明渡請求事件に至る建物賃貸借契約上の発生原因
 
 建物賃貸借契約における建物明渡請求事件の原因には、その建物を占有している人の種類(占有権原)によって次の4つの態様に分かれます。
 
 この態様の中では、賃貸借占有型が最も多い原因となるでしょう。
 
 
 〇無権原占有者型
 
 元賃借人とは関係の無い人間が不法占有をする場合です。
 
 この種類は、例えば競売により落札した物件に反社会的集団の構成員が占拠している場合等が挙げられます。無権原占有であるので法律的には最も簡明な対処で解決を目指す事ができます。この場合は、そもそも当事者間の話し合いを観念できませんので、一般的には裁判手続きで早期に解決を図るべき事案になるでしょう。
 
 
 〇使用貸借占有型
 
 所有者が死亡し、相続人が建物を相続したが、所有者(被相続人)の内妻が居住を続ける場合や賃主が親戚や友人に無償で建物を貸したが退去しない場合です。
 
 この種類は、一般に見ず知らずの人間との間に生じる契約態様ではなく、建物使用貸主と建物使用借主との間に親族関係、男女関係、会社社長と会社等の特別な人間関係が存在する場合が多く、例えば相続の発生、交際の解消、会社の株主等と社長との関係の悪化に端を発し、使用貸借をめぐる紛争に発展する割合が相対的に高い態様になります。この種類は法律上の解決とは別に人間関係についての対処が問題となる種類なので、時間と労力が掛かる種類になるのではないでしょうか。
 
 
 〇賃貸借占有型
 
 期間満了に基づき明渡しを求め、正当事由が争われる場合や賃借料不払いにより建物賃貸借契約を解除して明渡しを求め、信頼関係破壊の有無が争われる場合、更に用法遵守義務違反、無断転貸借等の建物賃貸借契約違反を理由に明渡しを求め、同様に信頼関係破壊の有無が争われる場合です。
 
 この種類は、建物明渡請求事件に発展する割合が最も高い態様になります。しかし、元々建物賃貸借という契約関係があるので、建物賃貸人と建物賃借人との特別な人間関係が存在しない種類になるため、契約関係の解消を原因として、純粋に法律上の対処で、時間と労力は他の種類の態様よりは要しないものとなります。
 
 
 〇所有権占有型
 
 区分所有建物(分譲マンション等)において管理費滞納や著しい迷惑行為があったとき、競売申立により退去明渡し求める場合です。
 
 この種類は、法的分類としては建物明渡請求事件ではありませんが、法律上の手続きによって強制的に居住者の退去を実現するという目的では建物明渡請求事件と共通性があります。最も多いと言われているのが管理費の滞納を原因とする類型です。建物区分所有法に基づきマンションの管理組合が競売を申立てる制度もあります。 
 
 
 
●建物賃貸借契約の終了原因
 
 
 〇無権原占有型
 
 占有者には建物の占有権原がありませんので、そもそも不法占有となります。
 
 
 〇使用貸借占有型
 
 使用借主の死亡により建物使用貸借契約は終了します。また、契約で返還時期を定めた場合、契約で定めた目的に従い使用及び収益を終わった時に返還をしなければなりません。更に、契約で終了時期を定めなかったときは、使用貸主はいつでも建物の明渡しを請求できます。
 
 
 〇賃貸借占有型
 
 賃貸人が建物の建替え等で建物賃貸借契約の解約の申入れによる終了、賃借人が賃料不払い用法遵守義務の違反無断転貸等契約違反による解除による終了で建物明渡の請求をする場合です。
 
 但し、賃貸人側の事情として、賃貸人からの解約の申入れにより建物賃貸借契約を終了させる場合、借地借家法上の正当事由が必要になります。つまり、賃貸人にとって建物が必要な事由を客観的に立証できなければなりません。この際、法律実務上では「立退料」が大きな要素になります。一般に、建物賃貸借契約で、建物賃借人の権利が相当程度優先され、建物の明渡しが困難となる事案は、この事例が最も多くなるでしょう。
 
 また、賃借料不払い用法遵守義務違反無断転貸等の賃借人側の事情による建物賃貸借契約の終了を主張する場合、賃借人の賃貸人に対する信頼関係不破壊の抗弁が主張される事が多いので、賃貸人は、契約違反行為の主張に対する賃借人の信頼関係不破壊の抗弁に対し、信頼関係は破壊されている旨の反論反証が必要にないります。但し、この場合、建物賃貸人側からの建物賃借人との間の信頼関係が破壊されている事(破綻している事。すなわち当初の関係が元には絶対に戻らない事。)の証明までは必要ありません。
 
 
 〇所有権占有型
 
 管理費滞納を原因として、マンション管理組合が建物の明渡しを請求する場合は、建物区分所有法上の決議や裁判手続きにより管理費滞納者の所有権を剥奪する事になります。
 
 この種類は、明渡手続に繋がる要件が建物区分所有法で規定されており、競売により取得した買主が支払う売買代金からマンション管理組合は支払いを受ける事ができるので、その意味では法律上の対処問題は他の種類の態様より簡明になる可能性が有ります。 
 
 
 
 
建物賃貸借契約の問題の解決
 
 
 
●建物明渡請求事件の解決方法
 
 建物明渡請求事件が発生した場合、建物賃貸人と建物賃借人との話合いが既にできない状況に陥っている可能性が大きいです。今回のニュースレターでは、最も多いと考えられる賃料不払い事例を取上げます。建物賃貸人は、建物賃借人の占有状態が続けば、その期間損害が発生し続ける事態になり、逆に建物賃借人は経済的困窮状態にあり、自身の住居を明渡せない事態になっている事でしょう。両者共とても厳しい状況です。このような状況の中で建物賃貸人は建物明渡しを建物賃借人に対し請求していく事になります。
 
 ここで、踏まえておかなければならない点は、この法律問題はあまり時間を掛けられないという事です。上述したように、建物賃貸借契約の占有種類その終了原因を見てきました。その中で法律的手続きで解決が図れない事はありませんが、実際上、法律的手続きは時間を要し、実はこの建物明渡請求事案では法律上の手続きは優先順位は必ずしも高くないという事です。
 
 そこで、結論的に言うと裁判手続きを視野に入れながら、一番優先する方法は和解になります。建物賃貸人にとっては、契約違反が存在する中で、何故和解を優先しなければならないのかという不合理な気持ちもあるかと思います。しかし、まともに民事保全法上の仮処分、本案訴訟での民事訴訟、最後に強制執行という戦略を立てて実行した場合、期間は最低でも1年は掛かるでしょう。
 
 この賃料不払いによる建物賃貸借契約関係では、特別な人間関係も少なく、経済的利益を優先させる事が建物賃貸人にとって最善であり、また、この事が建物賃借人にとっても悪くはない解決方法を導く結果を作り出す事に繋がり、最後に和解が成立し、建物賃借人が自発的に建物を明渡しくれる事を誘引します。
 
 
 
建物明渡請求事件では
 
裁判手続きより
 
和解が優先する 
 
 
 
 
借地借家法の適用のあるアパート経営者のための
 建物明渡請求上の必要事項
 
 
 それでは、建物明渡請求事件で、賃貸人、賃借人が各々前提知識として法律上必要な事項を挙げます。
   
 
▼無権原占有型
 
 この種類は、主に不法占有者が競売物件を占拠している場合が多いと考えられます。
 
 そもそも建物賃貸借契約自体が存在していない事、占拠者も自身に占有する法律的権原が無い事を自覚している事等で、話合いは困難である事が想定されるため、裁判手続きを前提に建物明渡しを求めていく事が必要になるでしょう。
 
 
▼使用貸借占有型
 
 この種類の類型は、次の通りです。
 
 
 〇貸主と借主に友人等の特別な人間関係があり、適法に建物の使用貸借契約は成立したが、その後、借主が死亡し、貸主が建物の明渡しを求めたが、その内妻が居住し続けている類型。
 
 〇貸主と借主が親戚等の特別な人間関係があり、適法に建物の使用貸借契約は成立したが、その後、貸主が死亡し、その相続人が借主に建物の明渡しを求めたが、退去しない類型。
 
 この類型の法律的解決策は、次の通りです。
 
 使用貸借占有型の法律的解決策は簡明です。それは占有者に適法な占有権原がないので、貸主としては占有者に建物明渡しを求める事は法律的に可能です。
 
 しかし、この類型はいずれも当初、貸主との適法な建物使用貸借契約が成立しており、加えて貸主との特別な人間関係が存在している類型になります。その意味で、単に経済的損害だけを重点に置き、占有者に強制的に建物の明渡しを求める事が過去の経緯から困難な状況になる場合が多い類型です。
 
 従って、まずは話合いが先行する事になります。占有者も貸主の言い分は理解できる立場にあるので、貸主としてはよく占有者の話を聴き、その事情に配慮した条件で最終的に退去して貰う事が最も早い解決策になるでしょう。けっした法律上の根拠を翳し(かざし)、強制的に明渡しをさせようと考えない事です。占有者との話がこじれた場合、法律問題に発展し、返って退去時期が遅れる事にもなりかねません。
 
 
▼賃貸借占有型
 
 この種類の類型は、次の通りです。
 
 〇賃貸人の事情による類型
 
 
 ▽賃貸人に建物の建替え等賃借人に建物を明渡し貰いたい事情がある場合。
 
 
 〇賃借人の事情による類型
 
 
 ▽賃借人の賃借料不払いが発生した場合。
 
 
 ▽賃借人に建物の用法遵守義務違反がある場合。
 
 
 ▽賃借人に建物の無断転貸借がる場合。
 
 
  これらの類型の法律的解決策は、次の通りです。
 
 
 〇賃貸人の事情による建物の明渡請求での法律的解決策
 
 
 ▽「更新拒絶通知」又は「解約の申入れ」
 
 適法な賃貸借契約が存在する以上、契約期間中にその契約を終了させる事は基本的にできません。従って、第一には、契約期間が満了する機会を待って建物賃貸借契約を終了させる事が必要です。この場合の契約を終了させる方法は、賃貸人から期間の満了の1年前から6カ月目までの間に賃借人に対して契約の更新をしない旨の通知をしなければなりません。この期間を過ぎると借地借家法上、建物賃貸借契約は自動的に法定更新になってしまいます。
 
 この賃貸人から賃借人への「更新拒絶通知」により、建物賃貸借契約を終了させる原因を適法に作る事ができます。
 
 例えばこの建物賃貸借契約が2年間の期間の定めであった場合、この期間の満了日の6カ月前までに更新拒絶通知を発しなかった場合は、最初の建物賃貸借契約と同一の条件で契約を更新したものとみなされます。これを「法定更新」といいます。この法定更新では、期間は定めのない契約になります。
 
 つまり、建物賃貸借契約を最初にした日から、その期間満了日まではこの建物賃貸借契約で定めた期間が有効になりますが、法定更新後は、期間の定めのみが法律上「期間の定めのない建物賃貸借」に変更されるという事です。
 
 この事がどういう意味を持つかですが、それは「この建物賃貸借契約の終了原因についての争い」に関係します。 
 
 建物賃貸借契約を賃貸人と賃借人とで締結したという事は、その内容に双方が法律上拘束されます。つまり、最初の契約から更新時期までは、基本的にこの建物賃貸借契約を賃貸人は終了させる事が法律上できませんが、法定更新の状態であれば、「契約期間」を観念できませんので、「更新拒絶」や「更新拒絶通知」も観念できない事になるのです。
 
 この法定更新された建物賃貸借契約では、どのようにすれば契約を終了させる事ができるのでしょうか。それは、賃貸人からの「解約の申入れ」という方法です。賃貸人から賃借人への建物賃貸借の解約の申入れをした場合、建物賃貸借は、法律上、解約の申入れの日から6カ月を経過する事により終了する事になっています。
 
 従って、法定更新状態の建物賃貸借契約では、賃貸人は契約を終了させたい日を念頭に、その6か月前には賃借人に対し「解約通知」を発しなければ、この建物賃貸借契約の終了原因を作る事ができないという事です。
 
 それでは、最初の建物賃貸借契約を締結した後、契約期間満了までに賃貸人と賃借人が更新契約を行った場合はどうなるのでしょうか。この場合は、その更新契約の内容で建物賃貸借契約が継続する事になります。「更新契約」なので、元の建物賃貸借契約を観念できるため、一般的には元の建物賃貸借契約と同じ内容で継続契約をする事になる事が多いと思います。
 
 但し、物価の変動等がありますので、賃借料は更新契約毎に若干増額傾向にあるのではないでしょうか。もっともこの日本は数十年デフレの状態にありますので、近傍に駅ができ、地価が上がったといった場合以外は賃借料の合理的算定から賃料に変動が無いか若しくは減額された建物賃貸借契約も多くあると思われます。
 
 この更新契約上では、最初の建物賃貸借契約と同様に「契約期間」を観念できますので、この契約を終了させるには最初の契約の終了原因と同じように「更新拒絶通知」により終了の原因を作る事になります。
 
 
 
 
建物賃貸借契約特有の問題
 
 
 
●一時契約と継続契約
 
 契約の種類は、例えば、典型契約と非典型契約や双務契約と片務契約、有償契約と無償契約等の分類ができますが、この建物賃貸借契約は、この契約の種類の中で、特に一時契約と継続契約に分類する事ができます。この一時契約と継続契約という分類は、債務の履行が1回で終了するか一定期間継続するかに着目した区別です。この分類では、建物賃貸借契約は、継続契約に区別できます。
 
 継続契約では、解除は、将来に向かってのみ効力を有します。そこで、遡及効のある解除と区別するため、「告知」あるいは一般的に法律用語として「解約」という用語が使用されています。
 
 継続契約では、その人的関係の継続性から信義則による支配が強くなされ、相手方の合理的期待に一定の法的保護が与えられる事が多いため、この場合は解釈上、正当事由がなければ、解約や契約期間の更新拒絶が制限されます。
 
 建物賃貸借契約もこの継続契約に属するため、一般的には、この制限に服する事になります。借地借家法の制度趣旨もこの法理論(裁判例等)から導かれていると考えられます。
 
 
 
賃貸人の事情による類型→解約通知を正当化する「正当事由」
  
 さて、建物賃貸借契約で、期間の定めのある契約、期間の定めのない契約で終了原因の作り方が異なりましたが、実はここからが、借地借家法の適用のある建物賃貸借を終了させるための特有の論点になります。
 
 それは、解約通知を正当化する「正当事由」の存在が必要になるからです。再度、借地借家法の制度趣旨を思い返して下さい。借地借家法が何故制定されたのか。その理由は「建物賃借人の保護」にありました。通常の賃貸借契約関係では、更新拒絶の意思表示や解約の申入れによって一定の期間を経てその契約は終了する事になります。しかし、建物賃貸借契約は借地借家法によって賃借人が保護されていますので、「更新拒絶通知」や「解約の申入れ」のみでは建物賃貸借契約は終了しません
 
 そこで、この正当事由ですが、建物賃貸人及び建物賃借人が建物の使用を必要とする事情の他、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又建物の引渡しと引換に建物賃借人に対し財産上の給付をする旨の申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合が該当します。
 
 従って、例えば賃貸人が建物の老朽化が原因で新しく建物を立替えたいと考えた場合、その有効利用によって得られる利益とこの建物に居住していたり、店舗として営業をしている場合の賃借人の不利益との関係で、最終的には裁判所が判断する事になります。
 
 尚、実際には、例え訴訟になっていても、裁判中に賃貸人側と賃借人側との話し合いで正当事由の具体的内容が決められる事を目指す事になるでしょう。賃貸人は早く建物を明渡して欲しいと考えますし、賃借人はできるだけ使用し続けたいと考えるため、裁判手続きでは時間が掛かるからです。
 
 現実的には、借地借家法の適用のある建物賃貸借で、賃貸人側の事情による建物明渡請求事件では、正当事由として第一に「賃貸人が建物の明渡しを必要とする客観的で合理的な理由の存在」、第二に「賃貸人側の事情と賃借人側の事情との不均衡を補完するための立退料」が論点となります。
 
 つまり、賃貸人の事情で、言換えると賃借人に落ち度が無い場合、法は賃借人の保護を優先し、賃貸人にその保護を超えるだけの事由や条件を求めているという事になります
 
 尚、判例は正当事由の法律的位置付けは、解約申入れの有効要件と解しています。従って、適法に解約の申入れを行った場合、最初から正当事由の存在を主張立証しなければならないわけではありませんが、裁判上、必ず正当事由が問題となりますでの、正当事由を伴った解約の申入れをしておく事が賢明でしょう。
 
 また、立退料ですが、特に裁判手続き上は、最初から立退料の申出をする必要はなく、弁論がある程度進んだ段階で、必要なら賃貸人から立退料について申出る方が良いでしょう。これは裁判手続き上の戦術・戦略もありますが、現実問題として、立退料がいくらになるかは原告、被告双方の主張がある程度尽くされた後でなければ、合理的な算定は困難だからです。判例も解約の申入れ後に立退料の提供を申し出た場合であっても、当初の解約の申入れ時の正当事由の有無を判断する事ができるとしています。
 
 更にまた、建物賃貸人側の現実的対処としては、建物立替えの他、建物売却という方法も視野に入れ、借地借家法で保護された建物賃借人の賃借権はそのままにして、建物を売却するという手段もときには有効と考えられます。但し、その際はそれまで適法に賃借料を支払ってきた建物賃借人に、建物賃貸人の事情を伝え、後日トラブルにならないようにする事が誠実な態度となるでしょう。
 
 
 
賃借人の事情による類型→賃借料不払い、用法遵守義務違反、無断転貸借
  
 賃借人による賃借料不払い用法遵守衣違反無断転貸借は、そもそも契約上の債務不履行であり、法律上は借地借家法の問題ではありません
 
 契約の解除には催告解除無催告解除の2種類があります。大雑把にいって、無催告解除は契約をした目的が達成できない時、それ以外の場合には、債務の不履行が軽微でない時に催告解除が認められます。
 
 催告による解除の要件は、当事者の一方が債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をする事ができます。無催告解除は、契約の目的が達成できなくなった時点で直ちに解除をする事ができます。
 
 建物賃貸借契約での賃借料不払い、用法遵守義務違反、無断転貸借では、一般的に催告による解除により建物賃貸借契約の終了原因を作る事になります。
 
 解除の方法は、賃貸人から賃借人に対し、相当の期間を定めて賃料の支払い、用法遵守義務違反の原状回復、無断転貸借契約の解約を催告し、期間内に催告内容を履行しない時に解除するというものです。
 
 賃貸人にとっては、賃借料の不払いや用法遵守義務違反、無断転貸借はどれも看過できない事実になるでしょう。特に用法遵守義務違反で、建物内の改装が行なわれている可能性がある場合や反社会的勢力による違法な営業がなされている場合、建物の構造に変更がなされ、また価値が下がる危険性が有り、建物賃貸借契約での建物明渡請求事件の中で最も早急に対処しなければならない類型になります。
 
 
 
賃借人による信頼関係破壊の抗弁(建物賃貸借契約の信頼関係破壊の法理)
 
 それでは、債務不履行や契約違反があったなら、一般の不法行為法理に基づき契約を解除できるのでしょうか。
 
 それは違います。この建物賃貸借契約はあくまでも借地借家法の適用のある賃貸借契約です。もし、一般法で解除できるのであれば、建物賃借人の保護を貫徹する事ができなくなってしまいます。
 
 賃借人に債務の不履行や契約違反があった場合、賃貸人には解除権が発生します。そして、その解除権を行使して賃借人に建物明渡請求をしていきますが、裁判実務では、その解除原因が建物賃貸借契約を解除するに値する事実関係であったかが問われるのです。すなわち「賃借人に債務の不履行や契約違反があっても、賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊しない特段の事情がある場合には、契約の解除は認められない」とする理論が確立しています。
 
 そこで、賃借人は賃貸人に対し、賃借人の債務の不履行や契約違反に基づく解除権を行使した場合、賃借人はその事実自体は争わず、賃借人から賃貸人に対し、信頼関係不破壊の抗弁を提出して、この事実関係について争う事になります。
 
 つまり、賃貸人は、賃借人の債務の不履行や契約違反の事実だけでなく、その事実によって賃貸人と賃借人との間で信頼関係が破壊された事実を反論、又は証拠に基づき反証していく事が必要になります。
 
 従って、賃貸人は、滞納額や滞納期間という重要な要素の他にも、滞納に至った経緯や契約締結時の事情、過去の家賃支払状況、催告の有無や内容、賃借人の対応等について、信頼関係がもはや破壊されている事実(信頼関係が元に戻らない事実)やその背景事情の反論・反証を準備しておく事が必ず必要になります。
 
 
 
●建物賃借人の法律上の権利
 
 建物賃貸借契約上の建物賃借人の権利は、上述の建物賃貸人の権利の裏返しになります。
 
 建物賃借人にとって、居住のための契約である建物賃貸借契約はとても重い意義を有しています。現代の日本社会はその昔の日本と違い、富裕層と貧困層で二極分化してしまった厳しい格差社会です。その時その時々の経済事情により、賃借料も支払えなくなる可能性は今に時代誰にでも起こり得るといってもいいでしょう。しかし、特に賃料不払いは賃貸人の生活をも脅かす事態であり、正当な賃借権でなくなる可能性がある場合は、やはり問題です。
 
 そのためにも、このような境遇になる可能性が有ると思われる方は、普段から居住のための制度を調べておく事をお勧めします。公営住宅や都道府県市区町村の役所での相談、福祉の窓口での相談、生活保護制度等とても重要なセーフティーネットが用意されています。
 
 また、賃貸人としても、不幸にして建物明渡事件に陥った時のために、賃借人に対する生活保障制度を調べておき、いざという時にその制度の利用を勧められる体制にしておく事で、賃借人に任意に建物から退去して貰える機会を確保する事ができます。それは、最終的には賃貸人自信を守るための方策と言っていいでしょう。実際、建物明渡事件では、その賃借人の多くが未払い賃料さえ支払えない困窮した状態に置かれているのです。 
 
 
 
  
建物賃貸人の建物明渡請求事件についての注意事項
 
 
 建物賃貸人が注意しなければならない事は、建物明渡請求事件に当たった場合、不動産仲介業者にはその交渉を依頼してはならないという事です。賃貸人としては、一番身近な相談相手である不動産仲介会社ですが、この不動産仲介会社はビジネスで賃貸人の相談に乗っている事を忘れてはなりません。
 
 つまり、不動産仲介業者は賃貸人と賃借人の双方が顧客である利益相反の立場なのです。そもそも賃貸人のために100%有利に賃借人と交渉に当たり、問題を解決できる立場ではありません。
 
 また、建物明渡請求事件は、法律上の交渉であり、不動産仲介業者が交渉に当たる事は、法令違反の疑いが強い行為となります。不動産仲介業者の中には、建物明渡の交渉に当たっては、報酬を貰わない、賃貸人の主張を代わって賃貸人に伝えに行くだけの行為といった弁解をされる方もいますが、それは間違いです。この場合の報酬の概念については、広く解されており、不動産仲介業者が関与した建物明渡事件で、新賃借人が契約に至った場合、仲介手数料を領収した者が交渉に当たった不動産仲介業者であったときは、実質的に報酬を得る原因行為に当たり、法律上は無報酬での交渉とはみなさらない可能性が高くなります。また、賃貸人の主張を賃借人に伝えに行くだけの賃貸人代行(使者)という弁解も、そもそも何故不動産仲介業者が建物明渡請求事件の賃貸人代行者(使者)になるのかが法令上不明確です。不動産仲介業者はあくまでも不動産売買等の仲介を業とする法律上の業務を行う事が仕事であり、法律事件の代行者(伝達者)の役割はそもそもありません
 
 更に、不動産仲介業者は裁判手続きに関し、法令上、手続きができません。つまり、賃借人との交渉が功を奏さない場合、報酬も貰っていないサービスでの役割であったという理由で、司法書士等の法律家に事件を引継ぐ態度になる事が考えられます。このような場合、その後司法書士等の法律実務家が建物明渡請求事件の処理に当たった場合、それまでの不動産仲介業者と賃借人との話合いが事実上の交渉スタートラインになってしまい、必ずしも賃貸人のためにはならない事態になります。この場合は、明渡時期も長期になる危険性が当然生じます。
 
 不動産仲介業者の皆さんは、賃借人が建物を明渡した後の旧賃借人や新賃借人の住居の仲介等で活躍できる機会はあります。賃貸人の方や不動産仲介業者の皆さんは、法律的問題解決の専門家である司法書士等と普段から相談関係を築き、アパート経営の危機管理を考えて頂く事が大事でしょう。
 
 
 
 
建物賃貸借契約のその他の種類
 
 
 今回は、建物賃貸借契約、つまり借地借家法上の普通借家契約を射程に概説してきましたが、借地借家法には定期建物賃貸借取壊し予定の建物の賃貸借一時使用目的の建物の賃貸借があります。お時間のある方は、借地借家法の条文でも当たってみてはいかがでしょうか。特に定期建物賃貸借は、賃借人の事情による建物明渡請求事件における有効な契約形態として利用出来る余地があります。
 
 
 
 
建物賃貸借契約の賃貸人の心構え(職業倫理)
 
 
 これまで記載してきたように、借地借家法の適用のある建物賃貸借契約は、一般法での解決の射程範囲を超える契約である事が解ります。
 
 そのため、建物明渡請求事件では、法律実務家に相談しても賃借人を退去させる事は困難と一蹴された賃貸人の方も少なくないと思います。
 
 これは、建物賃貸借契約というものは、人の生活の根幹をなす契約であり、市場経済社会での競争を原理とした単なる経済的利益の追求の世界ではなく、それ以上の意義のある契約である事からくる当然の帰結といえるのではないでしょうか。
 
 建物明渡請求事件を担当する法律専門実務家の中には、建物賃借人が保護され過ぎているという主張をされる方もいらっしゃいます。しかし、そもそも建物賃貸借契約をする以上、賃借人を保護すべき当然の責務が賃貸人にはあるという理解は成り立たないでしょうか。
 
 
 
 生活の基盤を失う恐れがある人間は、生きた心地がしないでしょう。賃貸人は、契約違反がある事を踏まえ、その時にどのように対処できるかが、建物賃貸人の本当の真価が問われる時なのではないかと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 いかがでしたでしょうか? 
 
 
 
 建物明渡請求事件では、占有態様に幾つかの種類があり、その各々の種類に実際上様々な類型が存在する事。そして、建物の占有権原が終了する際の原因にもその占有態様により色々な種類があり、最終的な解決策もその種類、類型により異なるという事です。
 
 
 
 貸主からの占有者に対する明渡しの話合いについても、中々進捗しない場合も少なくないと思います。そんなとき、司法書士からの借主宛の配達証明付内容証明郵便受任通知で急に事態が好転する事もまた少なくありません。
 
 
 
 できれば建物賃貸借の経営者の方には、普段から相談できる建物明渡請求事件を専門分野又は取扱分野としている法務事務所の司法書士を法律顧問として見付けておき、いざという時に対処ができるよう備えて頂く事をお勧めします。
 
 
  
  
 
 
 
 
 
 最後は法律的解決しかありません あなたには最後の手段が残っています
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「民事訴訟法務」とは
 
 「民事訴訟法務」とは、訴訟費用が比較的低額で、自身の権利の主張に有用な「本人訴訟支援」を原則に、依頼者の権利の実現を目的とした法律支援実務です。司法書士の「本人訴訟支援法務」「訴訟代理法務」と異なり、裁判所等に提出する書類作成関係に関しては、取扱う事件に制限はありません。また、簡易裁判所管轄で、訴額が140万円以内であれば、「訴訟代理人」としての受任も可能です。
 
 
「本人訴訟支援法務」「訴訟代理法務」とは
 
 「本人訴訟支援法務」とは、一般的な法律相談の他、依頼者の意思決定の基、依頼者に代わり、依頼者から事情聴取をしながら裁判所等に提出する訴状や答弁書等の書類作成を中心に、法律専門実務家である司法書士が、いかに依頼者の権利が正当に判断されなければならないかをその書類作成に基づき、裁判手続き等を通じて支援する法律上の業務です。そして、司法書士の「本人訴訟支援法務」は、裁判所等に提出する書類作成に関しては、取扱う事件に制限はありません。
 
 「訴訟代理法務」とは、一般的な法律相談の他、簡易裁判所管轄で、訴額140万円以内の事件において、司法書士が依頼者の訴訟代理人として、依頼者と協議をしながら、司法書士自身が主体的に裁判手続きをする民事上における法律上の業務です。
 
 一般的に、「訴訟代理法務」に比べ「本人訴訟支援法務」の方が、裁判手続きに掛かる費用が低額で済み、法律問題の解決を図る事ができます。「本人訴訟支援法務」の事件対象は、比較的複雑でない生活関係、家族関係(身分関係)、仕事関係、事故関係、迷惑行為等の不法行為関係といった日常的に生じる法律事件に有効です。
 
 
「認定司法書士」とは
 
 「認定司法書士」とは、訴訟代理資格を修得するための特別の研修を修了し、その認定試験に合格した簡裁訴訟代理等関係業務法務大臣認定司法書士の事を言います。民事における法律事件に関する訴訟代理の専門性は公式に認められています。
 
 
「簡裁訴訟代理等関係業務」とは
 
 「簡裁訴訟代理等関係業務」とは、簡易裁判所において取扱う事ができる民事事件(訴訟の目的の価格が140万円以内の事件)についての代理業務等であり、主な業務は次の通りです。
 
 民事訴訟手続き
 ②民事訴訟法上の和解の手続き
 ③民事訴訟法上の支払い督促手続き
 ④民事訴訟法上の訴え提起前における証拠保全手続き
 ⑤民事保全法上の手続き
 ⑥民事調停法上の手続き
 ⑦民事執行法上の少額訴訟債権執行手続き
 ⑧民事に関する紛争の相談、仲裁手続き、裁判外の和解手続き
 
 
 
 
 
(2021年7月2日(金) リリース)