【ニュースレター2020 ❿ 民事訴訟法務】
賃貸人の究極の選択!
建物明渡し(タテアケ)の断行 民事保全法
建物明渡断行仮処分事件とは!! <後編>
今回のニュースレター2020第10回は、民事保全法上の建物明渡断行仮処分事件の<後編>です。
私達は、法律上の権利義務の社会で生きています。私的自治の社会では、法令は最低限の決まりを規定し、殆どの社会関係は、その当事者間で自由に決める事ができます。
そんな中、ある人に権利があると考えても、その向こう側の人が権利に対応した義務を果たさなかった場合は、事実上、その権利は無いものと同じ状態になってしまいます。
そして、その権利者は、自身の権利を理由に自力で義務を負っている人に、強制的に何かをさせた場合はどうなるでしょうか。それは、力の強い人、声の大きい人のなすがままに成る社会になっていしまい、相対的に弱い人々にとって不合理な社会になってしまいます。
そこで、自力救済を禁止する代わりに、我々は、権利者に公的な機関が認定した権利を公的な機関によって実現できる制度を作りました。
それが、民事執行法上の強制執行です。公的な機関とは裁判所の事です。裁判所が民事訴訟により原告が訴えた権利の存在を確認し、その裁判所によって権利のある人の請求権を実現する事ができるようになっています。
今回の民事保全法上の建物明渡断行の仮処分事件は、このような裁判所による権利の存在を確認する手続きを省略して、本案訴訟前であるので暫定的ではありますが、権利があると主張する人のために、あたかも裁判所で認められた権利の実現を強制的に行ってしまうという例外的で画期的な手続きになります。
つまり、通常、建物の明渡し事件は、民事保全法上の仮処分を申立てて、その後、訴訟を提起し、勝訴判決確定後、民事執行法上の建物明渡執行(強制執行)を行うという順序になります。しかし、今回のこの建物明渡断行仮処分は、この手続きを経ないで、暫定的ではありますが、債務者である(元)賃借人を建物から退去させ、賃貸人のために強制的に建物明渡しを実現する極めて画期的な方法なのです。
この断行仮処分を含む建物明渡し、いわゆるタテアケ事件は、司法書士の事件系法務事務所では個人経済再建法務(任意整理や過払い請求事件、個人破産事件、個人民事再生事件)に次いでポピュラーな事件対応です。
民事保全法や民事執行法については、一般的に知られている手続ではなく、専門実務書等で調べてもイメージが付きにくく、よく解らない法制度ではないでしょうか。
しかし、この民事保全法や民事執行法は法律実務ではとても大事な法律的手続きです。特に、今回は賃貸アパートのオーナーの方や不動産仲介業者の皆さんに参考になる内容になっています。
民事保全法や民事執行法は、直ぐには理解が難しい手続きになっています。今回は、このような手続きもあるという事を一つの知識として頂き、その概要を理解して下さい。
このニュースレターでは、訴訟を提起せず、事実上の強制執行が実現できる民事保全法上の建物明渡断行仮処分について、できるだけ解り易いように内容を取捨選択し、ニュースレター2020民事訴訟法務の第9回に引続き<後編>として、物語が展開していきます。前編を見た方は事例の中程にある(後編の始まり)からご覧下さい。宜しくお願いしまう。
【事例】
(前編までの事実関係の概要:賃貸アパート経営者の問題から司法書士の受任まで)
A氏は、Bに対し、A所有の建物を2016年(平成28年)10月1日に賃貸した。ところが、Bの部屋には、2020年(令和2年)の6月頃から人相の悪い人間の出入りが目立ち始め、夜遅くまで話し声や物音が聞こえると同じアパートの賃借人からクレームが届き始めた。A氏が様子を伺っていると、どうも賭博をしている可能性があるようである。Bにそれとなく聞いてみたが、とぼけるばかりで話にならない。他の賃借人の手前、夜の話し声や物音は迷惑行為であるし、このまま放置していると自身のアパートの評判も悪くなると感じていて、どうしたらよいか困っていた。
このBとの建物賃貸借契約は、賃貸借期間2年で、現在法定更新になっている。
9月のある日、A氏は、どうすればよいか思案に暮れていた。もう3カ月も経過しており、賃料は支払期限までに納めて貰っているが、隣や下の住人からのクレームが続いており、更に、心配な事は部屋の内装に改修工事を施している疑いがある事である。
3カ月程前に、隣の住人や下の住人から工事をしているような騒音が数日続き、休日は部屋にいられないという内容の苦情があったからだ。
A氏は、今回の件で警察に相談しても取合ってくれるか疑問であり、また大袈裟になると賃貸アパート経営に対する信頼を損ねる事を心配し躊躇せざるを得なかった。
このようなトラブルの解決は、経験が無い自分には中々厄介なものだと思い知らされていた。頭を悩ませながら天井を見上げたとき、書棚のファイルBOXが目に入った。A氏は、この事業を始める際、経営の研究のためによくセミナーに参加しており、何かの参考になるとその時の資料で使えそうな物をファイリングしていたのだ。
A氏は、その中に、名刺交換をした先生がいた事を思い出した。どの名刺だったか、A氏は、注意深く探し、見付けた。その名刺には司法書士と記載してあった。名刺の裏には交流セミナーで交換した日付が記入してあった。
一応名刺交換もして、挨拶は終わっているので、初対面ではないとA氏は思った。A氏は、まず司法書士がどのような仕事をしている資格者なのかについて、下調べをネットを利用して行った。何でも、不動産登記法や民事訴訟法を使い、法律問題の解決を仕事としているようであった。弁護士との違いが今一つ理解できなかったが、民事訴訟の問題は、少額の日常的トラブルを対象としているようである事は判った。
そこで、翌日A氏は、その名刺に記載の法務事務所へ電話をした。受付に出た女性は、事件の相談ではない事を確認すると、次にその司法書士はこの事務所にはいないと答えた。しかし、A氏は、確かにその司法書士と会って名刺まで交換している。そこで、受付の女性が、事務所の人間に確認したところ、数年前に退職している事が判った。A氏は、司法書士の連絡先を訪ねたが、その事務所では分からないと言われ、話は終わった。
A氏は、これでまた振出しに戻ったかと思ったが、その司法書士の氏名は、判ってるのだから、ネットで検索を掛けてみれば何か判るかもしれないと思い付き、机のパソコンで「氏名、司法書士」というキーワードで検索した。そうすると、何と最初のページにその司法書士が経営しているらしき法務事務所がヒットした。運はまだ尽きていないと希望を持った。
A氏は、検索結果でヒットしたそのホームページにアクセスした。そのホームページには司法法書士 W法務事務所という名称が掲載されており、専門分野に民事訴訟法務とあった。ホームページ上部のメニューの【ご挨拶】をクリックすると、この事務所の代表の挨拶やプロフィール、所属司法書士会等が明らかにされていた。
確かにあの時の先生に間違いない、とA氏は思った。やっと見付けた、とまずはホッとした。【取扱分野】メニューを開くと、司法書士 W法務事務所の専門分野や取扱分野が掲載されており、民事訴訟分野では建物明渡請求事件も専門として取扱っているようだった。そのホームページには、【ニュースレター】というページもあり、この法務事務所が取扱っている各種の事件の種類や要説の説明がなされていた。その中に、建物明渡請求事件についてのページもあり、A氏は、興味深く閲覧していった。
色々な内容のページがアップされていて、とても短時間では閲覧できないが、自身の問題は、いわゆる賃貸アパートの用法遵守義務違反に対する法律的事案である事が何となく理解できた。気が付くと深夜になっており、今日はこれで休む事にしようと寝室に入った。
翌日、司法書士 W法務事務所の司法書士W宛に連絡を取ろうとホームページにアクセスした。そのトップページ下方には、
CONTACT
お問合せ
お問合せは
オンライン無料法律相談の
お問合せフォーム (24時間受付)
と掲載されており、トップページ上部のメニューには、【お問合せフォーム】メニューがあった。このメニューをクリックすると
【 オンライン無料法律相談 お問合せフォーム 】 (24時間受付)
- ファーストコンタクト -
A氏は、この現状を打開する必要もあり、無料であったため、事実関係を記載して、そのオンライン無料法律相談フォームで送信した。そうすると、司法書士 W法務事務所の司法書士Wから着信が入った。自動返信メールのようであった。
「初めてお問合せします。以前〇年□月△日◎▽☆◇で開催された交流セミナーで名刺交換をさせて頂いたAというものです。名刺記載の事務所へお電話しましたところ既に退職されているとの事で、お名前を元にパソコンで検索しましたら、先生の事務所が見付かりましたので、ご相談したくお問合せフォームにて送信させて頂いた次第です。宜しくお願いします。実は、私の経営している賃貸アパートでいわゆる用法遵守義務違反と思われる賃借人がおり、夜中に賭博行為を行っている様子なのです。隣や下の賃借人からは、騒音でクレームも何度もきています。証拠が無いので、問い詰める事もできず、顔を合わせた時にそれとなく聞いてみましたが、とぼけて何も話しません。いよいよ怪しくなったと感じ、また、私の賃貸アパートに悪い評判でも起きましたら、経営に支障を来たし、新しい賃借人を見付けるのも難しいくなるので困っています。ご多忙中と存じますが、法律的にどの様に対処したら良いかをご教示下さい。宜しくお願い致します。」
「司法書士 渡辺法務事務所宛にお問合せ有難う御座います。
お問合せ内容を精査し、後日ご回答致します。
しばらくお待ち下さい。
尚、このメールは自動配信メールの為、このメールに返信されても受付は出来ません事をご注意下さい。」
司法書士Wは、ベルトのスマホフォルスターの事務所用スマートホンに着信が入ったのを気が付いた。司法書士Wは、依頼者と受任事件の最後の報告でカフェで会っていた。
依頼者は、最後に一礼をして、カフェを後にした。今回の事件は、司法書士Wが、貸金の債務者に配達証明記録付内容証明郵便受任通知で催告した段階で、債務者から示談の申出があったため、大きな事件処理に発展せず、比較的短い期間で事件を完了させる事ができ、加えて報酬も比較的少なくて済んだため依頼者にとっても良かったと思っていた。
お代わりしたコーヒーも飲み終えたところで、司法書士Wは、さっきのオンライン無料相談の問合せフォームを読む事にした。
2日程経って、A氏のE-MAILの受信トレイに司法書士 W法務事務所の司法書士Wよりメールの返信があった。その返信には、簡単な挨拶と共にA氏について、以前の交流セミナーで名刺交換をしている事を覚えている事、相談の概要はオンライン無料法律相談フォームにて、問題の概要は解った事、A氏の困難な状況について司法書士Wも気持ちを共有し、早期の問題の解決が図れればとの記載がされていた。そして、司法書士Wがこの事案に対する法律判断のために必要な事項が箇条書きで記載されていた。
「お問合せ有難う御座います。司法書士 W法務事務所の司法書士Wです。
ご無沙汰しております。以前の交流セミナーにてご一緒し、名刺交換をした事は覚えております。この度は、経営されています賃貸アパートでの事案との事で、大変な状況で同情申し上げます。一日も早い解決ができますようご相談を伺います。法律問題は、その事案の本人から直接話を伺う事が大事です。ついては、当職がこの問題の解決のために必要な事項について、次の通りご質問しますので、ご回答下さい。その内容を拝見して、ご回答をさせて頂きます。宜しくお願いします。・・・」
司法書士 W法務事務所のホームページに沿って問合せはしたものの、返信が届いたので安心した。A氏は、自身の現状を少しでも改善したいと考え、司法書士Wから返信された必要事項に対し、1つ1つ箇条書きで回答をして、返信した。
数日後、司法書士Wから返信が届いた。それは基本的な建物賃貸借契約の用法遵守義務違反による解除に基づく建物明渡請求事件の対応を中心とする法律的対処方法であった。司法書士Wは、この事案についての具体的な書面や状況の確認についての情報が限られているため、限界があるものの一般的であると断りながら、できるだけ回答を行った。
A氏は、大体の自身の状況は解ったが、実際に建物を明渡して貰うためには、自分一人では知識が不足している事や日常の仕事があり、難しさを感じていた。そしてA氏は、賃貸アパート経営に関し、近隣に悪い評判が立つ事を危惧していた。できるだけ早く新たな賃借人にこの建物を賃貸したいという思いもあった。
そこでA氏は、まずこの問題について、確実に部屋を明渡して貰い、かつできるだけ早く明渡して貰うためには一番良い方法はどうしたら良いかを質問し、加えて、仮に仕事の依頼をするとしたら、自分の事案はどの程度の費用が掛かるか知りたかったので、見積りの概算も併せて依頼をする返信をした。
数日後、司法書士Wから民事保全法上の建物明渡断行の仮処分という方法があると回答があった。そして、注意点として、この民事保全法上の建物明渡断行の仮処分は、本来、訴訟を提起し、原告(本件事件の場合は賃貸人であるA氏)が勝訴判決を得て、建物明渡の強制執行で対処するのが原則であるが、本案訴訟を提起する前に、暫定的に占有者である元賃借人を建物から強制的に退去させる手続きとなるため、必要的に債務者を呼出し、債権者と共に裁判官が審尋をしなければならない事、仮処分命令の発令判断は他の仮処分事件よりも慎重な審査がなされる事、また、本案訴訟で原告が敗訴した場合に備え、高額な保全保証金が必要になる場合がある事が記載されていた。建物明渡断行の仮処分については、他の仮処分事件と異なり、申立てられる事件数は少ないが、これは裁判所が建物明渡断行の仮処分を消極的に運用しているものではなく、申立件数自体が他の仮処分事件と比べて少ないだけで、仮処分命令の発令に際しての裁判所の判断は、他の仮処分事件と同様に事件により臨機応変になされていると考えられる旨も追記されていた。
A氏は、この日までに思案した結果、ここは司法書士Wに仕事の依頼をしようと考えていた。併せて返信された全体としての大まかな割合で算出された費用概算には、あくまでも現在の事案概要により割出したもので正式な費用概算ではないが、相談内容の範囲では大きな差は無いであろうとの注釈が付いていた。A氏は、この費用概算を見て、司法書士Wへ更に具体的な相談をしたいとの意向を示し、正式な法律相談の日程について、都合の良い日を幾つか挙げ、予約を申込んだ。
翌日、司法書士Wから初回2時間の予約を受付けた旨の返信が届いた。その返信には、予約当日にこの事案の契約書その他揃えられる必要と思われる書類、あればなんでも構わないので賃借人Bとの関係が判る資料を持参して欲しい旨記載され、また司法書士 W法務事務所のホームページの「取扱分野」ページの中の「報酬(費用)」ページ及び「よくあるご質問」ページを開き、内容を一読して欲しい旨書添えてあった。相談場所は、A氏の賃貸アパート最寄り駅付近のカフェになった。
法律相談の当日、司法書士Wは、約束の相談場所であるカフェに到着した。大通りに面した路面店のカフェに入り、2階の外がよく見える窓際の席に座った。お洒落な店内のガラス越しには人通りの激しい大きな交差点がよく見えた。今日は平日の午後だが、店内には思ったより人は多かった。その過去(むかし)と違い、働き方も変化して、現在(いま)は平日も休日も変わりのない人出の街角であった。
司法書士Wは、事情聴取ノートや相談の案件の資料を出し準備をした。コーヒーを飲み、落着いた頃、A氏が入口のドアを開けやって来た。
司法書士WはA氏に会釈をし、少し緊張気味のA氏に合図を送った。事前のメールで、A氏の予約当日の服装を確認していたので直ぐにA氏と判ったのだ。司法書士WはA氏と簡単な挨拶を交わし、椅子に座った。そして、司法書士Wはまず名刺を出し、続いて自身が司法書士である事の証明として、所属司法書士会の身分証明書を提示した。初めて見る司法書士の身分証明書を時間を掛け確認すると、A氏は初回相談料を支払い、司法書士Wは領収書をA氏に渡した。司法書士Wは、当事務所負担である事を告げ、A氏にコーヒーでいいですかと尋ね、A氏が頷くとコーヒーを注文した。
些細な雑談をしているとウエイトレスがコーヒーを運んで来た。司法書士Wは早速初回2時間の法律相談を開始した。A氏の事案については、事前のオンライン無料法律相談でそのあらましは解っていたので、事前に聴取する要点を絞り、A氏との初回面談の中では、その事実関係についてより詳しい聴取りをしていった。
ます、司法書士Wは、A氏との初回の法律相談に当たって必要書類となる
「面談時事情聴取シート」
の記入をお願いすると共に、その間に賃借人Bとの建物賃貸借契約書に目を通した。そして、更に賃借人Bの性格や親族関係、保証人の有無、仕事等A氏と賃借人Bとの関係について聴き、これまでの経緯を整理していった。賃借人Bは、その態度から実際に訴訟になった場合、部屋の用法遵守義務違反の事実を認めるが不明である事、仮に認めた場合でも部屋の内装は簡単に修繕可能で、全て弁償する等の抗弁を提出し、賃貸人との信頼関係は破壊されない旨の主張をする可能性はないか等を丹念に聴取していった。
その後、司法書士Wは、本件事案についての法律的対処の方法や見通し、注意点について説明し、A氏からの事案処理に対する質問や心配事等について丁寧に答えた。
規定の2時間の法律相談も終盤に差掛り、司法書士Wは、一応、法律的主張や相手方の反論、抗弁について考えられる内容、本件事案に必要な証拠類、具体的な法律的手続き、訴訟になった場合のリスクや今後の見通し、最後に、本件事案の事実関係に対する見解について説明し、更に建物明渡断行の仮処分事件特有の注意点についても付加えた。
司法書士Wの心象として、この建物明渡請求事案の見通しについて民事保全法上の建物明渡断行仮処分が適切であるとの印象を得た。しかし、この断行執行は、法律上のハードルが高く、保全保証金も他の仮処分事件に比べ高額であり、更に借地借家法の適用のある建物についての処理は難しく、慎重な対応が必要であると感じてた。
そこで、司法書士Wは、A氏の希望を実現するこの事案に合った法律上の方法はあり、一般的に難しい事案であるがやってみる価値はある旨をA氏に伝えた。但し、法律事件は、当初予想もつかない事実関係が出てきたり、最終的な判断は裁判所がする事、有利な証拠が有っても必ずしも仮処分決定が出される保証は無い事、特に借地借家法の適用がある建物の明渡しには相当ハードルが高い事、保全事件ではその担保(保全保証金)を失う危険性が有る事等リスクの説明もした。
A氏は、司法書士Wに本件事案の法律的解決のため、手を貸して貰えないかと聞いた。
本件事案に対する法律的問題の処理においては、解決可能性が有る(正当な権利主張であるという事)と考えた司法書士Wは、快くA氏に事前に聴取した本件事案に対する全体の事件処理を想定した2種類の費用概算を提示した。そして、司法書士Wは、この事案を事件化する事に賛成し、司法書士として2つの法律上の業務がある旨を説明した。
1つは「本人訴訟支援法務」、もう1つは「訴訟代理法務」である。
「本人訴訟支援法務」とは、一般的な法律相談の他、依頼者の意思決定の基、依頼者に代わり、依頼者から事情聴取をしながら裁判所等に提出する訴状や答弁書等の書類作成を中心に、法律専門実務家である司法書士が、いかに依頼者の権利が正当に判断されなければならないかをその書類作成に基づき、裁判手続き等を通じて支援する法律上の業務である事。そして、司法書士の「本人訴訟支援法務」は、裁判所等に提出する書類作成に関しては、取扱う事件に制限は無い事。
「訴訟代理法務」とは、一般的な法律相談の他、簡易裁判所管轄で、訴額140万円以内の事件において、司法書士が依頼者の訴訟代理人として、依頼者と協議をしながら、司法書士自身が主体的に裁判手続きをする民事上における法律上の業務である事。
一般的に、「訴訟代理法務」に比べ「本人訴訟支援法務」の方が、裁判手続きに掛かる費用が低額で済み、法律問題の解決を図る事ができる事。「本人訴訟支援法務」の事件対象は、比較的複雑でない生活関係、家族関係(身分関係)、仕事関係、事故関係、迷惑行為等の不法行為関係といった日常的に生じる法律事件に有効である事。
A氏は、一頻り(ひとしきり)考えて、この事件は「訴訟代理法務」を希望した。司法書士費用(報酬)は法律問題の解決や訴訟手続きをする以上、必要になる事、新たな賃借人を見付ければ、その売上の中から報酬は賄える事、近隣の賃貸アパートに対する悪評が心配であった事、少しでも早くこの問題を解決しなければならない事、何もしなければこのまま不本意な事態が続いてしまう事がその理由であった。
司法書士Wは快く了解し、できるだけの事はすると応え、この事件を受任した。依頼者A氏と司法書士Wとの委任契約書等に双方が署名押印をした。A氏は本件事件の着手金を支払い、司法書士Wは領収書を渡し、この法律事件は正式に委任契約が成立し、効力が生じた。
そして、今後の連絡方法は、メールを基本とする事を確認した。
今回の事件ついては、司法書士Wがまず着目したのは、建物賃貸借契約上の用法遵守義務違反の事実である。この疎明方法を確かなものにする事、保全保証金が高額になる事が予想されるため、A氏にその現金の用意をして貰わなければならない事である。A氏にしてみれば、このままBに賃貸し続けるとアパート経営事態に支障が出てくる事は必至であり、この事件は民事保全法上の通常の仮処分、本案訴訟、強制執行という時間を掛けられない事件である事が特徴であると思慮した。そのため、建物明渡断行の仮処分を立案し、A氏に伝えた。A氏は納得して了解した。
それでは、司法書士WがA氏の建物明渡断行の仮処分(以下「本件事件」といいまう。)を使い、どのようにして早急にBの退去を実現し、A氏の賃貸アパートの経営に対する危険を排斥して、A氏の賃貸アパートの経営を保全したかについてその要説を概説していきます。
(後編の始まり)
<建物明渡断行の仮処分の手続きの目標>
(第1段階)
イメージとしては、第1段階は、建物明渡断行の仮処分はまず「保全命令申立ての発令要件充足」後、「建物明渡断行の仮処分命令申立書」を起案し、保全命令裁判所に「建物明渡断行仮処分を申立て」て、裁判官による「債権者面接」後、「保全保証金」を供託して、「建物明渡断行決定」を発令して貰うところまでが目標になります
(第2段階)
その後第2段階は、裁判官による「双方審尋」を行い、保全執行裁判所の執行官室に「建物明渡断行執行の申立て」をし、「執行官面談」後、対象不動産に対し明渡催告日に「公示書」及び「催告書」を貼付して、その後断行日(本執行日)に「建物明渡断行」を行うという流れになります。
<建物明渡断行の仮処分手続きの骨格>
●保全命令発令要件の充足
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●「建物明渡断行の仮処分命令申立書」起案
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●建物明渡断行の仮処分命令の申立て
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●債権者面接(裁判官面接で実施する裁判所のみ)
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●保全保証金を供託
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●保全命令裁判所で保全保証金の受入れ手続き
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●建物明渡断行の仮処分命令発令
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●裁判官による双方審尋
※債権者及び債務者が呼出され裁判官による審尋がおこなわれます。
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●「建物明渡断行執行申立書」起案
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●保全執行裁判所の執行官室に建物建物明渡断行の申立て
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●執行官面談
※本件事件の説明及び質疑応答、明渡催告日及び断行日の手続き確認及び手配をします。
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●明渡催告日
※建物明渡断行仮処分の執行の準備行為として、執行官が対象不動産に公示書及び催告書を貼付
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●断行日
※建物明渡の断行執行(強制執行)
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●建物明渡断行の仮処分の手続き完了
裁判所の受付に建物明渡断行仮処分申立書、疎明資料、印紙、郵券、付属書類等を提出し、債権者面接(裁判官面接=実施する裁判所のみ。)を行います。保全決定を得る場合、裁判官から保全保証金の金額を内示され、供託所(法務局)に保全保証金を供託し、供託所正本その他の発令に必要な書類を裁判所保全部の窓口に持参するというのが一つの基本的な流れになります。
つまり、簡単に言うと保全命令発令要件充足の後、建物明渡断行仮処分命令申立書を起案し、保全命令裁判所に建物明渡断行の仮処分命令を申立て、債権者面接(裁判官面接)、保全保証金供託後、建物明渡断行執行の命令発令をして貰います。そして、裁判所での裁判官による双方審尋後、「建物明渡断行執行申立書」を起案し、執行官室に建物明渡の断行を申立てて、執行官との面談後、催告日に執行官に公示書及び催告書を掲示して貰い、断行日に執行官に建物明渡の断行をして貰うという手続きの流れになります。
尚、民事保全法や民事執行法上の裁判手続の具体的内容は、各々の裁判所により運用上多少異なりますので、このニュースレターはご参考として下さい、
●法律関係
建物を明渡せ!
賃貸人A → 賃借人B
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A所有の建物占有
●司法書士Wが構成した建物明渡断行仮処分戦略事実
▼賃貸人Aが賃借人Bに対し賃貸借契約に基づきA所有の建物を引渡した。
▼その後、賃借人は賃貸建物の建物賃貸借契約上の用法遵守義務に違反した。
▼賃貸人Aは賃借人Bに対し契約違反のため、用法遵守するよう配達証明記録付内容証明郵便督促状を郵送した。
▼賃借人Bからは返信は無く、用法は遵守されなかった。
▼賃貸人Aの賃借人Bに対する信頼関係は破壊された。
▼賃貸人Aは賃借人Bに対し配達証明記録付内容証明郵便解除通知書を送付した。
▼相談者A氏からの事情聴取、事実関係と書面から建物賃貸借契約書の存在、賃借人Bの態度、建物を取巻く不審な人々の存在、隣人からクレーム、数日間の工事による騒音、大型のエアコンや空気清浄器の部屋への搬入、賭博の可能性から用法遵守義務違反がある事が推認でき、建物明渡断行仮処分も可能な状況である。
▼賃貸パート経営に対する信頼の喪失の危機があり、早急な対策が必至である。
▼訴訟を提起せず、債務者Bに対し建物明渡の断行執行(強制執行)により建物の占有を債権者Aに戻せる可能性が高い。
●建物明渡断行仮処分戦略策定
①建物明渡断行の仮処分命令
②建物明渡しの保全執行(断行執行=強制退去)
③債務者Bの退去及び建物返還を達成
<建物明渡断行の仮処分手続きの流れ>
●事情聴取
※相談者A氏からの事情聴取を行う。
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●保全性
※賃貸人Aと賃借人BとはA所有の建物に関し賃貸借契約を締結しています。しかし、賃借人は契約上の建物用法遵守義務に違反しました。督促しても契約違反の状態は変わりません。このままでは、近隣に悪い評判が立ちアパート経営に対する信頼が毀損する恐れがあり、賃貸人Aの占有者(元賃借人)Bに対する建物の有効活用の保全性は十分ある。
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●保全命令発令要件の中の被保全債権の存在
※本件事件では「建物賃貸借契約の債務不履行による解除に基づく建物明渡請求権」である。賃貸借契約書も存在し、占有者(元賃借人)Bの様子や建物を取巻く不審な人々の存在から用法遵守義務の状態が判り証拠関係は整っている。
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●保全命令発令要件の中の保全の必要性の存在を確認
※用法遵守義務違反によるアパート経営の信頼毀損の危険、損害の拡大及び所有者Aの建物有効活用の必要性は明らかです。
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●建物明渡しのための仮処分命令発令の要件充足
※①被保全権利(被保全債権)の存在と保全の必要性の存在
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●建物明渡しのための建物明渡断行の仮処分申立て前の確認(本件建物賃貸借契約では転貸借契約の存在や無権原占有者の存在においても保全命令の発令に影響はないと考えられますが、一応占有者Bが居住用として使用している様子を確認します。
※①建物の賃借人Bからの転借人の存在の有無の確認
②建物の無権原での占有者の存在の有無の確認
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●保全保証金算定
※①建物明渡断行の仮処分の場合、各々の事件によって異なりますが、保全保証金の目安として一般的に不動産の評価額の賃料の24カ月分以上という基準があります。もっともこれは一つの基準であり、各事件によって相当程度の金額の増減があるでしょう。
※保全手続きは未だ訴訟での勝訴判決が確定していない段階で行います。まして、今回の建物明渡断行の仮処分は、事実上、訴訟で勝訴判決を得、民事執行法上の強制執行を省略する手続きです。賃借人Bとしては自身の正当な賃借権が適正に行使できなくなるので、生活や仕事に多大な支障を来たし財産権の大きな侵害になります。
そのため、そうした賃借人Bのために法は賃貸人Aに、もしAの主張している事実が裁判所で認められなかった場合、Bに対する損害を賠償させる仕組みを作りました。それが「担保、いわゆる保全保証金」です(このニュースレターでは、単に「担保」と言わず、「保全保証金」という用語を他の担保の概念と区別するために使用しています)。そして、この建物明渡断行の仮処分の場合、その保全保証金の額は、他の保全命令発令の際の場合と比べ高額になります。本件事件でも、債権者は保全執行をする要件として予め保全保証金を立てなければなりません。
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●建物明渡断行仮処分命令の申立て決定
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●「建物明渡断行仮処分命令申立書」起案
※印紙
※郵券
※疎明方法(疎甲号証)記載例(一般事例)
▼賃貸借契約書
▼債務者印鑑証明書
▼不動産全部事項証明書
▼賃貸料入金帳
▼解除通知内容証明郵便及び配達証明書
▼報告書
※添付書類記載例(一般事例)
▼疎甲号証写し
▼固定資産評価証明書
▼訴訟委任状
※添付書類(一般事例)
▼当事者目録
▼物件目録
▼訴訟委任状
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●「建物明渡断行仮処分命令」の申立て
※保全命令裁判所に建物明渡断行仮処分命令の申立てをします。
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●債権者面接(裁判官面接=実施する裁判所のみ)
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●裁判官より保全保証金の金額が内示
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●供託所(法務局)での供託手続き
※事前に次の書類を準備しておきます。(一般事例)
▼供託委任状(供託用)
▼供託委任状(取戻用)※訴訟で勝訴後、保全保証金を取戻しますが、便宜上、供託用の委任状と同時に取戻用の委任状も作成しておきます。
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●供託所で供託後、「供託書正本」を受取り
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●保全命令裁判所での保全保証金受入れ手続き
※予納郵券額及び目録を併せて提出する。
※提出書類(一般事例)
▼供託書正本
▼予納郵券
▼目録類
〇当事者目録
〇物件目録
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●建物明渡断行仮処分命令発令
※この保全保証金の受入れ手続き後、仮処分命令が発令されます。
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●保全債権者(賃貸人A氏)に建物明渡断行仮処分決定正本が送達(到着)
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●保全債権者及び保全債務者(占有者=元賃借人B)に対する裁判官による双方審尋
※仮の地位を定める仮処分の方法では、他の方法と異なり、裁判官による双方審尋の手続きは必要的に行われます。
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●建物明渡断行の執行申立起案
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●債権者に保全命令決定正本送達後2週間以内に、保全執行裁判所の執行官室に必要書類を添付して建物明渡断行仮処分の執行の申立て
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●執行官面談
※執行官等と具体的な執行方法の協議を実施します。催告日及び断行日の流れや注意点等を協議し、費用の見積もりを行います。執行官面談での費用の費目には、建物内残置物の搬出・運搬費用、執行補助業者の人件費、建物内残置物の保管のための倉庫費用、開錠費用等になります。
※本件事件で、建物明渡強制執行(民事執行法)ではなく、建物明渡断行仮処分(民事保全法)であるため、占有者には建物内残置物に対する所有権があります。しかし、この建物明渡断行仮処分は、基本的に民事執行法上の建物明渡強制執行に準じて実施されます。従って、建物内残置物の無価値動産及び引取放棄動産の廃棄費用、建物内残置物の有価値動産の一定期間の保管のための倉庫費用、動産執行の目的外動産の即日売却費用等は基本的に見積りに入り、考慮されますので注意して下さい。
※この後の実際の保全執行は、この執行官等が執行日までの準備をします。勿論費用は掛かります。各々の保全事件によりますので一概には言えませんが、本件事件の明渡催告での予納金は一般的に約数万円程度ではないでしょうか。断行執行では作業員日当、遺留品運搬費用、倉庫保管費用等の費用が別途掛かります。
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●明渡催告日に公示書及び催告書貼付
※執行官は建物の見やすい場所に公示書及び催告書を貼付します。そして執行官は貼付された公示書等の写真撮影を行います。明渡催告は、執行の着手ではなく、執行着手の準備行為であり、法律上は必ずしも債権者代理人が同行しなければならないわけではありません。しかし、一般的に執行実務上、ほぼ例外なく債権者代理人に対しては動向を求められる事になると思われます。本件事件でも、司法書士Wが明渡催告日に同行し、司法書士Wも貼付された公示書等の写真撮影をしました。
※この公示書をはがした者に対しては、当然、封印破棄罪等の告発をする事になります。また、再度公示書の貼付が必要になりますが、この場合は執行官に点検執行を上申し、点検執行として再度公示書の貼付をする事になります。
※建物明渡しの保全執行分の場合、開錠技術者(施錠業者)が立会いますが、保全債権者は賃貸人であり、事前に債務者Bがカギを交換していない事を確認済みであったため、司法書士Wが保全債権者Aから合鍵を借りていました。
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●建物明渡断行日、執行官が建物明渡の断行
※債権者代理人としては、建物明渡断行の仮処分を申立てた後も、できるだけ占有者と連絡を取り、任意の退去を促す事になります。
※一般的に、不法占有者は、実際に執行官が臨場し建物明渡催告をされると、心理的圧迫により断行予定日までに自主的に退去する事が非常に多いと言われています。
※建物明渡断行日には、事前の執行官面談に基づき、目的建物内動産を搬出し、保全執行債権者の費用で執行官が用意した倉庫に本案訴訟が終結するまで一旦保管します。
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●執行終了
※執行が終了すると、保全債権者代理人は執行調書添付用の用紙に署名及び押印をします。その後、解散するのです。
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●保全債権者代理人宛に執行調書到達
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●建物明渡断行仮処分の手続き完了
(参考)民事執行法上の建物明渡強制執行における目的建物内残置物の取扱い
建物明渡強制執行(民事執行法)の場合の建物残置物の取扱いについては、建物内残置物は、価値の有無により、有価値の物、無価値の物に区別され、又、家財道具である生活必需品等の差押禁止動産か否かでその取扱いが区別されます。
この建物内残置物の取扱い方法は、建物明渡強制執行申立ての際、動産執行を同時に申立てる場合と同時に申立てを行わない場合があります。
動産執行同時申立ての場合、動産執行の目的とならない残置物を特に目的外動産といいます。従って、目的外動産の取扱いが問題となる場合は、動産執行同時申立ての場合であり、動産執行同時申立ての場合以外は、目的外動産を観念できない事に注意が必要です。
動産執行同時申立ての場合の建物内残置物の取扱いについては、目的外動産か否かで区別します。目的外動産は、無価値の動産及び差押禁止動産になります。この目的外動産に対しては、無価値の動産は建物明渡強制執行の際、廃棄処分されます。差押禁止動産は原則、目的建物から搬出して、一旦倉庫等で保管し、債務者が引取りに来ない場合は、競売り等により一括競売で売却します。この売却代金は、債務者を供託払渡人として弁済供託により供託所(法務局)に供託されます。例外としては、建物明渡強制執行の際、即日売却により債権者が買受人として買受けます。目的外動産以外の動産執行の目的となる残置物は、通常、目的建物から搬出され、申立債権者の費用で一定期間執行官室の金庫又は倉庫に保管され、その後動産執行として一括競売されます。尚、高価な目的外動産については、即日売却はできません。
動産執行同時申立てをしない場合の建物内残置物の取扱いについては、無価値の物と有価値の物に区別され、無価値の物は執行官の判断により、建物明渡強制執行の際、廃棄処分になります。有価値の物については、目的建物から搬出され、申立債権者の費用で執行官室の金庫又は一旦倉庫に一定期間保管し、債務者が引取りに来ない物は、一括売却し、売却代金は債務者を供託払渡人として弁済供託により供託所に供託されます。この場合、動産執行を申立てていないため、目的建物内の残置物は全て債務者に所有権があり、債権者が勝手に処分する事ができない事に注意が必要です。
一般的に、目的建物内に高価な残置物が存在する場合は、動産執行同時申立事件を選択し、高価な残置物が無い場合は、動産執行同時申立事件を選択しない事が多いでしょう。何故なら、動産差押えの予納金を納める必要があるため(一般的に1件3万円前後が多いと思われます。)、残置物の取扱いとの関係で動産執行同時申立てに有益性があるか疑問だからです。
従って、目的建物内残置物の取扱いについては、動産執行同時申立てか否かに係らず、無価値の動産は廃棄処分になります。差押禁止動産(動産執行同時申立事件の際の目的外動産)は、債務者に所有権があるため、一定期間保管後、債務者が引取りに来ない場合には競売り等により一括売却され、売却代金は弁済供託される事になります。動産執行同時申立事件の目的動産は、動産執行の手続きにより、一括売却され、申立債権者等に配当されます。
司法書士Wは、他の仮処分事件よりハードルが高い建物明渡断行仮処分事件について、裁判官の心証を推し量って考えたとき、「賭博行為」の疎明は難しいのではないかと思った。
そこで、司法書士Wは、訴訟判断として、建物内の無断改修を債務不履行とし、建物賃貸借契約上の用法遵守義務違反による解除に基づく建物明渡請求権とした。訴訟構成としては、建物明渡断行仮処分の申立ての際、疎明性の弱い「賭博行為」の存在の事実より、部屋の改造を前面に出し、本来の建物賃貸借契約の債務不履行の事実の存在を主張・疎明した方が明確性が増すと判断した。
この訴訟判断及び訴訟構成をA氏に説明し、了解が得られたので、急遽、当初の建物明渡断行仮処分戦略事実を変更し、建物明渡断行仮処分の申立てをしたのだった。
この判断が功を奏し、今回は何とか建物明渡断行仮処分命令の発令に至る事ができた。
こうして断行執行により、強制的にBの退去を完了した。断行当日は、Bの姿は無く、部屋の中には小物の日用品が散らかっているだけで、大きな作業にはならなかった。但し、思った通り壁には大きなダクトを通す穴が数カ所開いており、更に小さな窓も設置されていた。当日は、激しく抵抗される事も想定していたが、今回の強制執行に対しては、Bも観念したらしく、何事も無く、あっけなく終了した。
建物明渡断行の仮処分の申立てから完了まで2カ月程度で完了した。A氏から本件事件の相談があってから、建物明渡断行の仮処分の法律的戦略策定に慎重を期し、1カ月程、事実関係の精査や仮処分命令発令のための検討に費やしたが、この事件を円滑かつ間違いのないように進捗させるためには止むを得ない期間だったであろう。
司法書士Wは、改めて実感した。
法律事件は、モノを左から右に動かすといった類の機械的・事務的な作業ではなく、事実関係に対し証拠に基づき十分な確認と精査をし、そして法律構成、法律判断、証拠収集・保全、訴訟判断、訴訟構成を周到に準備し、依頼者の権利が最終的に守られ、実現させる事が重要である。事件にもよるが、そのためには、実際に具体的行動に出るまでに、数カ月、いや半年、場合によっては1年以上の期間を掛け、検討し、綿密な戦略を立てる事も避けてはならない。そして、十分に時期を待って、行動に移すときは一気呵成に実行する事だ。
週末の夜、いつものカフェで、A氏は、司法書士Wに成功報酬を支払い、お礼を言った。
「幸いあの部屋は、内装もある程度の修繕をすれば、次に貸せる状態でした。とにかくこんなに早く退去を達成できるとは思いませんでした。損害も最小限で済みました。こんな事ならもっと早く動いていれば良かったです。私は、5年程賃貸アパートの経営をしていますが、まだ経験不足である事を今回痛感しました。また何かあったら宜しくお願いします。」とA氏が聞くと、司法書士Wも「喜んで。」と応えた。
断行執行の後、Bから連絡があり、示談の申出があったため、和解が成立したのだ。Bも警察沙汰になるのを恐れたのかもしれない。本来なら、この後、Bに対し本案訴訟を提起するところだが、面倒な後始末をせずに済んだ。司法書士Wは、供託されていた保全保証金を取戻しA氏に返していた。
A氏は足取りも軽くカフェを出て行った。司法書士Wも困難な事件を解決でき、気分は良かった。A氏の後ろ姿を見送ると、司法書士Wはいつものように「本件事件完了」と記入し、本件事件ファイルを鞄に入れた。
いつものようにもう一杯コーヒーを飲むためウエイトレスに向かって手を上げた。今年もあと僅かで終わる。今年一年自分は十分な仕事をしてきたのか、司法書士Wは自身に問い掛けた。十分かどうかは、依頼者が判断する事だが、何しろ精一杯やってきた事は確かだ。
ガラス越しに雑踏が見えるのと共に司法書士Wが映り込んだ。来年は少し余裕を持って仕事ができたらと感じていた。
ベルトのスマホフォルスターの事務所用スマートフォンに着信が入った。オンライン無料法律相談か・・・。この社会は、日常の暮らしに問題が尽きないようだ。ウエイトレスが運んで来た熱いコーヒーを味わいながら目を閉じた。
銀色の街角は、華やかで、心なしか交差点を行き交う人々は楽しげに見えた。
※この【事例】は架空のものであり、実際の事件とは異なります。
いかがでしたでしょうか?
今回の事件は基本的な事件を題材にしましたが、実際も個人間の建物賃貸借契約では訴訟を適している時間が無い場合もあり、今回のニュースレターは参考になるのではないでしょうか。
尚、一般的には仮処分事件はどれもこの後、通常通り債務者に訴訟を提起していく流れになります。しかし、各々の事件により異なり一概に言えませんが、実際問題として占有者であり元賃借人自身は建物から退去させられており、また債務者は自身の正当性も証明できないので、訴訟に発展する事よりは債権者との和解で事件が終了する事の方が多いでしょう。
更に言えば、本件事件の場合、債務者に建物明渡の断行仮処分命令が発令された段階で、債務者が任意に退去する場合も少なくなく、実際に断行執行まで至る事例は多くないでしょう。
非常に込み入った内容であり、しかもイメージも付き難いと思いますが、一つひとつの手続きではなく、まず全体のイメージを掴んで頂き、その後要所要所のポイントを理解して頂くと解り易いのではないでしょうか。
一番注意が必要な事は、今回のケースでも「建物賃貸借契約書」等が存在した事です。この建物明渡断行の仮処分の場合も、必ず「証拠」が求められます。逆に言うと「証拠」さえあれば保全手続きも容易になります。
尚、今回のニューレターの趣旨により、建物明渡断行仮処分命令申立書の起案内容や添付書類、建物明渡断行執行申立書の起案内容や添付書類、保全保証金の供託に関する法律関係については省略しました。
複雑な法律上の手続きは司法書士に任せ、皆さんは契約書、明細書、領収書等の証拠を書面で作成して、保管しておく事を強くお勧めします。
今回の知識を活かして頂き、皆さんの法律的解決の一助となれば幸いです。
事案のご相談やご依頼は、民事訴訟法務を専門分野又は取扱分野としている法務事務所の司法書士ご相談下さい。
今回のこの知識を活かして頂き、皆さんの法律的解決の一助となれば幸いです。
最後は法律的解決しかありません あなたには最後の手段が残っています
※「民事訴訟法務」とは
「民事訴訟法務」とは、訴訟費用が比較的低額で、自身の権利の主張に有用な「本人訴訟支援」を原則に、依頼者の権利の実現を目的とした法律支援実務です。司法書士の「本人訴訟支援法務」は「訴訟代理法務」と異なり、裁判所等に提出する書類作成関係に関しては、取扱う事件に制限はありません。また、簡易裁判所管轄で、訴額が140万円以内であれば、「訴訟代理人」としての受任も可能です。
※「本人訴訟支援法務」と「訴訟代理法務」とは
「本人訴訟支援法務」とは、一般的な法律相談の他、依頼者の意思決定の基、依頼者に代わり、依頼者から事情聴取をしながら裁判所等に提出する訴状や答弁書等の書類作成を中心に、法律専門実務家である司法書士が、いかに依頼者の権利が正当に判断されなければならないかをその書類作成に基づき、裁判手続き等を通じて支援する法律上の業務です。そして、司法書士の「本人訴訟支援法務」は、裁判所等に提出する書類作成に関しては、取扱う事件に制限はありません。
「訴訟代理法務」とは、一般的な法律相談の他、簡易裁判所管轄で、訴額140万円以内の事件において、司法書士が依頼者の訴訟代理人として、依頼者と協議をしながら、司法書士自身が主体的に裁判手続きをする民事上における法律上の業務です。
一般的に、「訴訟代理法務」に比べ「本人訴訟支援法務」の方が、裁判手続きに掛かる費用が低額で済み、法律問題の解決を図る事ができます。「本人訴訟支援法務」の事件対象は、比較的複雑でない生活関係、家族関係(身分関係)、仕事関係、事故関係、迷惑行為等の不法行為関係といった日常的に生じる法律事件に有効です。
※「認定司法書士」とは
「認定司法書士」とは、訴訟代理資格を修得するための特別の研修を修了し、その認定試験に合格した簡裁訴訟代理等関係業務法務大臣認定司法書士の事を言います。民事における法律事件に関する訴訟代理の専門性は保証されます。
※「簡裁訴訟代理等関係業務」とは
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