【ニュースレター2022 ❷ 民事信託法務】
民 事 信 託 法 務
企 業 防 衛 目 的
事業経営型民事信託
基 礎 知 識
ーオーナー経営者の選択 最先端の企業防衛ー
ニュースレター2022の第2回民事信託法務は、オーナー経営者の企業防衛対策としての民事信託を取上げます。民事信託の利用事例の中では、福祉・相続法務の認知症による財産凍結問題対策としての民事信託と同じアプローチからの民事信託の利用方法になります。この民事信託につきましては、
「ニュースレター2021 ❸ 福祉・相続法務 福祉法務 認知症と財産凍結問題対策 入門-家族と共に考える福祉型家族民事信託-」
「ニュースレター2021 ❻ 福祉・相続法務 福祉法務 資産凍結回避目的福祉型民事信託 基礎知識-資産凍結を回避し 自分の資産と家族の生活を守る-」
をご覧下さい。入門編は現在の民事信託の意義や必要性について、基礎知識編は具体的な設計事例をお示ししてイメージし易く解説し、いずれも初心者でも解り易く掲載していますので是非ご覧下さい。
上記の通り、福祉法務に関するニュースレターにて入門編と基礎知識編は既に掲載していますので、企業防衛目的の事業経営型民事信託の基本的な考え方である入門編は省略します。ただ、今回はこの基礎知識編の中でも入門編的な内容は掲載しますので、御安心下さい。
現代の超高齢社会の中で企業の存続を考えた時、まず浮かぶのは企業創設者が万が一精神上の障害、例えば認知症で判断能力を失った時や他の病気で入院生活を余儀なくする事になった時の自社が陥る困難な問題です。
その昔は、人間の日常を考えた時、健康であった期間に比べ、精神疾患等の生活に支障を伴う期間がさほど長くなく、あまり問題となりませんでした。しかし、今は昔と違い「健康寿命」という言葉に象徴されるように健康である期間の後に何らかの疾患を持って生活をする期間が長くなってきました。この疾患を持った期間は、人間の寿命が延び、また医学の向上で生活習慣を気を付ける事で平穏に暮らしていけるようになり、現代社会では4人に1人が高齢者となっています。これがいわゆる「高齢化社会」です。
健康であった期間の後に
何らかの疾患を持って生活する期間が長くなった
⇓
これがいわゆる
「高齢化社会」
高齢化社会は、本来大変明るい社会です。人々は、元気に働ける期間が延び、社会に関与でき、自身の自己実現ができる人生で、60歳代や70歳代も今ではまだまだ楽しく仕事ができる有意義な時代になりました。
しかし、それは喜んでばかりもいられなかったのです。身体が健康でも精神状態に支障を来たす人々が現れ始めたのです。その病は、その昔では想定できないこの時代独特の問題を惹き起こすことが判ってきました。そうです、それが「認知症問題」です。
「高齢化社会」
この時代独特の問題
それが「認知症問題」です
認知症は、誰にでも起こる精神上の障害であり、この認知症により社会生活が殆どできない状況にまで進行してしまう人も少なくありません。福祉・相続法務のニュースレター2021では、そんな認知症になった時の問題を明らかにし、その対策の重要性について解説しましたが、今回のニュースレターでは、その認知症等になった方が企業のオーナー経営者であった場合の問題です。
私達は、法律で規定された社会で、互いに問題が生じないように関係を持って社会に関与していますが、その原理は私達の憲法が根本原理とする自由主義から導かれる「個人の尊重」に立脚しています。「個人の尊重」といっても何の事か解り辛いですが、これはある言葉が省略されていると理解すると解り易いでしょう。それは「自由」や「意思」という概念です。この言葉を補って表現すると「個人の自由の尊重」、「個人の意思の尊重」というフレーズになり、何を言いたいのか、この社会は何を大切にしているのかが浮かび上がってきます。個人がどのように考え、どのように意思決定するか、国家が介入せず、その自由が保障されているという事です。
非常に優れた理念ですが、しかしそれは逆に言うと、個人が意思決定出来ない状況では、「個人の意思」というものが弱まり、又は喪失した状態をどのように考えたらいいのでしょうか。それは相手との会話や約束が果たせず、色々な場面で支障を来たす事になっていきます。勿論、法律的な行為は殆ど全く出来なくなってしまい、売買や賃貸等の契約行為や銀行口座取引き、銀行融資等は有効に行う事が出来ません。
「個人の尊重」理念の下では
誰も代わりに対処してくれない
オーナー経営者の皆さんは、自身の事だけ考えているわけではないと思います。自身の健康状態により、会社の経営上の意思決定や売上げ、利益、経営の将来構想、従業員に対する給与の支払い、株式配当等様々な面で周りの大勢の人達に影響してしまいます。
そのような問題に対し、これまで有効な対策がありませんでした。そんな中、我が国初となる1922年(大正11年)4月20日に制定(裁可)された旧信託法が84年ぶりとなる2006年(平成18年)12月8日に大改正され、2006年12月15日に公布、翌年の2007年(平成19年)9月30日に一部の規定を除き期待を込めて施行されたのです。この法技術は、日本の将来の高齢化社会を前に欧米での利用事例を参考に日本でも立法された新信託法であり、その立法内容は、それまでの法律的常識を超える画期的なものでした。そして現在まで、徐々に国民に知られ始めています。
信託法は、様々な利用方法があります。最もポピュラーな利用方法が福祉型民事信託であり、その次が資産管理型民事信託です。そして、現代では超高齢社会を背景に企業にも民事信託の利用が進み、今回取上げる利用方法は事業経営型民事信託の中の最もポピュラーな利用方法の1つである、オーナー経営者のための問題解決策としての「民事信託」なのです。この福祉型民事信託や資産管理型民事信託、事業経営型民事信託は、民事信託として実績が多く、その分社会的な信頼性もある民事信託になります。この最先端の法技術である民事信託を利用する事により、今まで実現できなかった事が可能になる、経営者の願いが叶う画期的な法技術、それが民事信託なのです。
今、自身が病に陥る事は想像ができない事かもしれません。そうです、それは皆が感じている事だと思います。しかし、そんな時に運命の悪戯は起きます。健康が害されてからでは遅いのです。生命保険や入院保険、更に地震保険といった万が一のための、更には精神的安定のためにする対処と同じで、あなたにもしものことが起きた時の保険として、この民事信託を是非お考えになってはいかがでしょうか。けして損な事ではありません。そして何かが起きてからでは遅過ぎるのです。
今回取上げるのは、中小企業のオーナー経営者の為の企業防衛を目的にする事業経営型民事信託で、委託者の家族が受託者や受益者となる企業防衛目的事業経営型家族民事信託です。
自分を守るのは 自分しかない
尚、このニュースレターで使用される用語は様々ですが、民事信託を体系的に整理し、その全貌を明らかにすると共に個々の民事信託に視点を当て、理解し易いものにする為、特に民事信託に関して使われる用語は、当法務事務所固有の名称等であり、一般的に使用されている用語ではない事を予めお断りしておきます。
また、<発展知識>は、より深い知識に関する記載です。基礎知識に関連して記述していますので、関心の有る方だけご覧下さい。
このニュースレターでは、出来るだけ法律用語や専門用語を避け、日常用語で解説していき、一般の皆様にも解り易い内容とする事を心掛けています。本来難解な法律問題、特に民事信託を少しでも身近に感じて頂ければ幸いです。
それでは、最先端の企業防衛、民事信託の利用について要説を解説していきましょう。
<CONTENTS>
■経営者のトラップ(落とし穴)
■法定後見制度と任意後見制度
■一般的な認知症対策
■企業防衛の為の認知症対策
■任意後見制度と民事信託の併用の有効性
■民事信託法務と司法書士の親和性
■民事信託の優位性
■民事信託の意義
■事業経営型民事信託の類型
■企業防衛目的事業経営型民事信託の代表的設計事例
【事例】
【本件事件の法律的解決策】
■企業防衛目的事業経営型家族民事信託の
設計スキーム
■経営者のトラップ(落とし穴)
●経営の困難性→経営者が認知症になると契約行為が出来なくなる
中小企業の経営者は、自身の会社に個人資産を投入している事が殆どです。その経営者の個人資産、例えば不動産を担保に事業資金の融資を受ける時は、その不動産の所有者である経営者の意思決定が必要になります。
しかし、経営者自身が精神上の障害である認知症になっていた場合、金融機関は取引を停止し、有効な担保権設定契約は出来ません。
●事業承継不能→自社株や事業用不動産の後継者への引継ぎが困難となる。
事業承継をするためには、経営者の所有している株式を後継者に引継がなければなりません。
しかし、この場合も経営者に認知症による判断能力が低下又は喪失していると、その株式を生前贈与する事も遺言で相続させる事や遺贈する事も出来なくなってしまいます。
●経営上の決定が不可能→役員人事等が出来なくなる
役員人事では、会社の役員には任期があります。
しかし、100%の株式を保有している経営者の判断能力の低下等により十分な意思決定も、また法律的にも株主総会で議決権を有効に行使する事が出来なくなります。つまり、会社に取締役が不存在になってします危険性があるのです。
■法定後見制度と任意後見制度
超高齢社会の中で、個人が認知症等の精神上の障害により判断能力が低下した場合、その個人は実社会の中で満足に暮らしていけない状況に陥ります。日本政府は、来るべくこの国の超高齢社会での人々の暮らしを考えたとき、この人々の生活を支障が無いように手立てを講じなければならなくなりました。
その法制度が法定後見制度と任意後見制度です。この二つの制度の違いは次の通りです。
●法定後見制度とは
法定後見制度(成年後見制度といいますが、このニュースレターでは、任意後見制度と区別する為「法定後見制度」という事にします。)は、本人が自身が認知症等になった後の意思を表示しないまま判断能力が低下した場合に、本人、配偶者、四親等内の親族等の請求により、事後的に本人の代理人(本人の判断能力の程度により、成年後見人、保佐人、補助人が選任されます。以下、「法定後見人等」といいます。現時点では成年後見人の選任が殆どなので、特に断りが無い場合は法定後見人(成年後見人)を想定して解説します。)を家庭裁判所が選任する制度です。一旦法定後見制度を利用すると基本的に途中で終了させる事が出来ず、本人の死亡により終了します。
法定後見人には、大きく分けて2つの法律上の業務があります。一つは財産管理。もう一つが身上保護です。法定後見人はこの2つの法定後見業務を本人の代理人として行うのです。
法定後見人は、選任されると、まず最初に、本人の財産や収入を把握し、医療費や税金等の決まった支出を見積もります。その上で、中長期的な見通しに立って、医療看護の計画と収支の予定を立てます。これが、法定後見人の「財産管理業務」です。
そして、家庭裁判所の管理の下、必要に応じて、本人の為に、介護サービス利用契約、診療契約、施設の入退所契約等の法律上の行為(法律行為)を行います。ここで注意が必要ですが、法定後見人は法律上の行為を本人に代わって行うのであり、介護行為や親族と同様の関係で日常的に本人に接するわけではありません。例えば、介護行為や本人に対する親族と同じ行為は「本人の代理人」には出来ない事です。あくまでも、本人が行う事を代わって行うのが法定後見制度における法定後見人なのです。
法定後見人は
介護行為や親族と同様の関係で日常的に本人に接するわけではない
介護行為や本人に対する親族と同様の行為は
「本人の代理人」には出来ない
⇓
あくまでも
本人が行う事を代わって行うのが法定後見人
法定後見人は、自身の財産を他人の財産と混在させたりしないように注意しつつ、本人のために財産を管理します。適切な管理を行うために、収入や支出についてきちんと金銭出納帳に記録し、領収書等の資料を保管しておきます。
その財産管理に基づき、日々の介護利用サービス契約や診療契約、施設の入退所契約等を行うのです。これが法定後見人の「身上保護業務」です。
代理権を用いた法律的支援が業務の中心であって、本人の介護や親族同様の関係といった事実上の業務は対象とはなりません。
ここで、法定後見人が代理する本人の事を「被後見人」といいます。
●任意後見制度とは
任意後見制度は、本人と本人が選んだ者との任意後見契約によって、本人が判断能力の低下する前に、事前に調えておく制度です。
本人の生活、療養看護及び財産管理に関して付与された一定の代理権を用いて法律上の行為(法律行為)を遂行します。
任意後見人には、任意後見契約発効時に任意後見監督人が家庭裁判所によって選任され、家庭裁判所は任意後見人を間接的に監督します。
任意後見人も法定後見人同様に代理権を用いた法律的支援が業務の中心であって、本人の介護や親族同様の関係といった事実上の業務は対象とはなりません。
※<発展知識> ~法定後見制度に対する福祉・行政サービスの方々の誤解~
地域の福祉・行政サービスの方々は、非常に関心を持ってこの法定後見制度に参画しており、また意欲的に支援して下さっています。しかし、法定後見制度に対する地域の福祉・行政サービスの責任者や担当者の皆さんの一部に誤解が少なく有りません。それは、法定後見人は、本人である被後見人に常に寄り添い、一人ひとりの被後見人の性格を熟知し、その人の性格や考え方と一致した態度で接し、日々の後見業務を行わなければならないという誤解です。
確かに法定後見制度は、認知症等で精神上の障害をお持ちの方に、健常者と同様の権利を保持し、この私的自治の原則に基づく自由で開かれた社会の中で、決して法律的不利益を被らないように、被後見人等を守る制度です。
しかし、それは、認知症等の精神上の障害を持った方々の親族の代わりになり、ご本人の精神的困難を解消する為の制度ではありません。
時にはご本人との意見の違いも有るでしょう。またご本人の家族との軋轢も実際少なく無い状況です。ご本人のその時々の考え方や思い、つまりご本人に対する意思決定支援や推定意思による本人の最善の利益に基づく法定後見人等の代理権限に基づく決定によって、本人に取って一番優先する法律的支援や法律的決定を行う事は、必ずしも、本人の思いと同じではない事もあるかもしれません。そして、ご本人の家族との関係でも、法定後見人の最終決定に対し、喜んでくれる方々もいれば、その反対に批判や非難をする人々もいます。
法定後見人等は、そのような状況を当然の前提として、専門資格者として憲法の理念に基づき、法令と自己の良心にのみに拘束され、誰からも支配される事無く独立して法律判断を行います。
従って、ご本人との性格の不一致やその家族との考え方と違う態度の法定後見人は、その資質が無いとの曲解に対しては注意が必要です。一部の福祉・行政サーサービスの責任者や担当者のこの曲解が、一般の方々に間違った認識をさせてしまい、法定後見制度に対する反感の原因となっている事も無いとは言えないのです。
我々法定後見制度を支える専門資格者も更に普及活動等をしていかなければなりませんが、福祉・行政サービスの責任者や担当者の皆さんは、法定後見制度を知って頂く為、一般の方々に対して、法定後見制度に対する正しい理解をして頂くよう更なる広報活動をする必要があります。
尚、「代行決定」なる言葉が現在、議論上(口頭上)で使われていますが、この「代行決定」という言葉は、法律用語では有りません。恐らく、当初この法定後見制度を研究する際、ヨーロッパ等の諸外国に亘り、学んできた事柄の一つとして、直訳されたものだと推察しますが、日本の国内法には「代行決定」という概念は存在せず、どのような行為内容の法律用語であるのか、更にどのような法律効果が生じるのかは不明です。例えば成年後見人の場合、法定後見制度における最終決定は、広範な包括代理権が付与されている成年後見人(法定後見人)が行いますので、表現するとすれば「法定後見人の代理権限に基づく決定」になります事を付け加えさせて頂きます。法律用語や制度上の概念は、正しい言葉使いで表さなければ、ボタンの掛け違った結果を招きますのでくれぐれも注意が必要です。
福祉・行政サービスの責任者や担当者の皆さんは、この法定後見制度に携わる前提として、最終決定である法定後見人等の判断には従うという心構えの基、参画して頂く事が必要です。そもそも最初から法定後見人等の判断には従う考えは無く、異論は最後迄持ち続けるという信念は、法定後見制度に対し、自身の考え方が最優先であるとするもので、法定後見制度に背く態度であり、この制度に参画する資格が無い事になります。もし自身が責任を持って最終的な法律判断をしたいという事であれば、是非、一般人に比べ、より高い専門知識を持って頂き、専門資格者として法律知識や法律実務等を修得して下さい。
福祉・行政サービスの皆さんの大部分は、法定後見制度を正しく理解されている事と思います。現在、厚生労働省の成年後見制度利用促進専門家会議が開催され、有意義な議論がされています。いわゆる「中核機関」と言われている法定後見制度支援機関は、指令塔でもなければ、評価監督機関でもありません。福祉・行政サービスの責任者や担当者の皆さんは、是非、法定後見人等と力を合わせ、ご本人である被後見人等の為により良い制度にして行って欲しいと思います。
●法定後見制度と任意後見制度との違い(イメージ)
法定後見制度と任意後見制度は、どちらが優先するのでしょうか。それは任意後見制度です。我が国は、個人の意思の尊重を最上位の理念としています。自身の選択が優先するのは当然の事です。
個人の意思の尊重は
この国の最高位の理念
各制度の相互間の関係ですが、法定後見制度は事後、任意後見制度は事前であり、法定後見制度は、法律によって予め定まった事項が行われるのに対し、任意後見制度は、本人と本人の選んだ任意後見受任者との間で内容を任意に決められる契約で行われる事を鑑みれば、法定後見制度は最後の社会のセーフティーネットとして機能し、任意後見制度はその前段階での契約による自由が保持され、自己決定権を尊重した国民の自立した制度というイメージであるという事が言えるでしょう。
このように法定後見制度は、高齢者が認知症発症に対する対策を講じていないときに、国家が本人の権利を擁護するものでありとても大切な制度です。しかし残念ながら、法定後見人に対する本人やそのご家族の不信感や法定後見制度自体の理解が進んでいない事もあり、現在、法定後見制度への批判が少なくない事も事実でしょう。
法定後見制度は大切な制度です。この問題については、
「ニュースレター2021 ❺ 福祉・相続法務 福祉法務 法定後見制度 入門-超高齢社会を支える高齢者等のための最後のセーフティネット-」
で詳しく掲載していますので、法定後見制度についてお知りになりたい方は是非、ご覧下さい。
■一般的な認知症対策
一般に、ある個人の判断能力が低下した場合に備えて、財産管理委任契約をする事があります。
また、既に判断能力が低下又は喪失した後では、法定後見制度の利用も想定されます。
●財産管理委任契約締結→通常(私的)の委任契約には限界がある。
例えばこの契約で、委任者を経営者、受任者を後継者等として委任契約を締結したとします。この場合、後継者が現経営者の実力を備えていれば問題ないかもしれませんが、通常は、現経営者の指導の下、会社の経営に関与する事になるのが普通かと思います。
その場合、委任者である現経営者の判断能力が低下してしまった場合、委任契約上、誰が受任者である後継者を管理する事ができるでしょうか。また、銀行取引きでは、特に高額な口座取引や融資取付けについては、必ず本人確認が要求されますので、受任者としては経営者本人の行為が必要になります。この時、その経営者に判断能力が無い状況ですと、その段階から銀行取引きは凍結されてしまいます。
●法定後見制度の利用→公的機関の関与により返って使い勝手の悪い状況に
法定後見制度は、必ず法定後見人を監督する公的機関である裁判所が関与します。そして、法定後見制度を選択せざるを得なかったご本人やそのご家族が一番後悔する事は、残念ながらこの法定後見人の存在です。
法定後見制度は、本人が判断能力が低下した後に配偶者や四親等内の親族が裁判所に申立て、裁判所が本人のために選任する本人の法定代理人です。その目的は、本人の判断能力が低下した後においても、この超高齢社会を支障なく生活していけるようにと創設されたとても有効な制度でした。
しかし、実際法定後見制度を利用してみると、「本人を守るための制度」という位置付けから、本人の財産管理がとても厳しくなり、自宅の修繕さえ、4社以上の工務店から見積もりを取り、しかも裁判所に上申書を書くよう法定後見人からその家族に依頼されたケースもあったとの事で、そのご家族は「何故、自分の住んでいる家の修繕がこんなに手間と労力が掛かるのか」と困惑していました。
法定後見制度は、家族の知らない第三者、例えば司法書士や弁護士等が法定代理人に選任され、本人の財産を慎重に管理しますが、その反面、家族からしたら第三者に自分達の財産が管理されているようで、とても息苦しい思いを感じているといった状況が少なくなく、残念ながら現在ではとても評判が悪い制度になってしまっています。
他にもそのような法定後見制度によって選任された法定後見人は専門職資格者であるので当然ですが、毎月報酬を支払わなければならない事や、また一旦法定後見制度を利用したら、その制度を終了させる事が事実上出来ない等様々な問題がこの制度には内在しています。
そこで、注目を浴びたのが民事信託でした。この民事信託は、そのスキーム上、裁判所等の公的機関が一切関与せず、このスキームを終了させようと考えた場合は、当事者の合意や終了事由を民事信託契約書で決めておく等柔軟に設計でき、基本的にいつでも終了させられます。そのため、本人やそのご家族にとってとても画期的な法技術なのです。
●法定後見制度の限界→経営とは親和性が無い
会社役員は成年後見人若しくは保佐人が選任されると退任しなければなりません。
法定後見制度では、常に家庭裁判所がその法定後見人の監督を行い、法定後見人は家庭裁判所の監督の下、本人にとって不利益の無い行為を行います。
しかし、例えば本人である前経営者の個人資産、例えば不動産を会社のために担保に供するといった場面では、本人所有の不動産を失う危険があり、とても法定後見人が承認するとは考えられず、更に本人とその本人が経営する会社との利益相反行為が問題となり、法定後見人は、その担保権設定契約には署名押印はしないでしょう。そもそも、担保権の設定契約は、本人の生活のために必要な行為ではないので、法定後見制度の趣旨に反するというのがその理由です。
また、会社役員は、その責任により一般人より高度な判断が求められるため、法律上、成年後見人や保佐人が選任された場合は、会社役員を退任しなければなりません。
つまり、会社創立者の判断能力が低下した場合、その地位の退任を迫られ、更に個人資産をその会社のために利用できなくなってしまう個人のロックダウンが生じる事態に陥るのです。
法定後見制度は
経営者個人のロックダウン
の危険性
勿論、会社代表者の法定代理人である法定後見人は、会社代表者に代わり経営も行います。しかし、法定後見制度により選任された法定後見人は、会社経営の専門家ではありません。会社経営をその法定後見人に委ねる事は出来ないのです。
■企業防衛の為の認知症対策
●任意後見制度の有用性
そこで、活躍するのが任意後見制度です。この制度は、本人と本人が選んだ任意後見人となる人との委任契約で行いますので、裁判所の関与は緩和され、法定後見制度のように誰が本人の代理人(法定後見人)になるかは判らないといった問題も起きません。
この任意後見人は、本人の判断能力が低下した段階から開始しますが、この委任契約が発効するタイミングは、任意後見人を監督する任意後見監督人を家庭裁判所が選任した時です。
つまり、この任意後見制度でも公的な機関である裁判所の関与はありますが、法定後見制度のように、全くそれまで知らない他人が本人の代理人になるのではなく、本人が選んだ者、例えば本人の子供等を任意後見人に出来ますので、この点、法定後見制度よりは本人やその家族にとっては格段に有用性が増すでしょう。
任意後見制度は、本人の日常の法律的な支援に適しており、本人が行う各種法律行為の代理を行う事により本人をサポートします。
任意後見制度は
個人の尊重理念に照らし
法定後見制度より優れている
●民事信託の有用性
民事信託は、必ず委託者、受託者、受益者の三者が登場します。信託スキームは様々ですが、例えば現経営者を委託者、その後継者である長男を受託者、現経営者を受益者として設計し、信託目的を会社経営、会社所有の不動産等の運用として、民事信託契約を締結します。この際、オプションとして「指図権」条項を規定しておけば、信託法上、会社の経営権は後継者である長男に移転しますが、その長男がする経営判断に現経営者が指示(命令)する事ができるので、長男が一人前の経営ができるまで、更に父親である現経営者が実権を持つ事が出来るようになります。
また、中小企業のオーナー経営者名義の個人資産を会社の債務の担保として設定する場合も、オーナー経営者に万が一の時、受託者である不動産名義人が適切に担保設定契約を行いますので、事業計画が頓挫したり、障害になる心配はありません。
このように、民事信託は会社経営上、優れた効果を発揮します。
民事信託は
現行法上の制約を補完する
画期的な法技術
■任意後見制度と民事信託の併用の有効性
任意後見制度と民事信託の特長を考慮した場合、一番適切な利用の仕方は、両方を併用するスキームです。このスキームは、現在において、一番多く利用されている形態で、その分信頼性も大変高く、最先端の対策といっていいでしょう。
●任意後見制度の有効性→第三者ではない本人の選んだ者が本人の代理人になる
任意後見制度では、本人の判断能力がまだ低下していない段階に任意後見人として本人が選んだ者と公正証書によって任意後見契約を締結する事に始まります。
そして、この任意後見制度では、どのような代理行為を任意後見人が行うかについて、予め契約内容として本人と決めておきます。そして、その範囲の行為について任意後見人は本人の為に代理人として法律上の行為を行います。
従って、本人の生活の法律的な支え、例えば、医療費や介護費用の支払い、各種行政機関の手続き等の日常的な生活場面での行為は任意後見制度を利用するのが最適です。
医療費や介護費用の支払い、各種行政機関の手続等の
日常的生活場面での行為は
任意後見制度の利用が最適
●民事信託の有効性→民事信託契約において本人の特定の資産管理等の方針を決めておけばその受託者が自律的に本人のために行為をする
民事信託は資産管理及び財産承継を目的とした本人の為の契約です。つまり、一般的に委任契約では契約上、どのような行為を行う契約かを明らかにしておかなければ後日認識の相違等で齟齬を来しますが、この民事信託は契約の中で信託目的という方針を決めておけば、後はその目的に従って委託者(本人)の為だけに受託者が行為をしますので本人に特段の関与は発生しません。
そして、本人と会社という別人格の場合も、信託財産を株式として、例えば、後継者である自分の長男を受託者としておけば、現経営者である父親の保有している株式を受託者である長男が現経営者が認知症により判断能力を失っても、後継の社長に就任する事が可能になります。
受託者(長男)は委託者(本人)の委託を受けて、会社の経営業務を問題無く遂行させる事ができるのです。
従って、本人の不動産や株式等の特定の資産は民事信託で管理するのが最適です。
経営者個人の特定の資産は
民事信託で管理する事が最適
■民事信託法務と司法書士の親和性
では何故、司法書士が民事信託を取扱分野としている事が多いのでしょうか。それは、司法書士は不動産登記法務の専門家だからです。不動産は代表的でしかも高額な重要財産であり金融資産です。民事信託を利用する方々の多くは、居住用建物や土地、または資産活用でのアパート等を所有している方が殆どです。そのため、他の弁護士や行政書士、税理士等の各専門職資格者よりも取扱いに慣れているという点があります。そのため、民事信託を取扱分野としている法律専門資格者の中では最も司法書士が多いでしょう。
●司法書士は法律専門実務家→法律専門実務家と他の専門職資格者との違い
この任意後見制度や民事信託は、人の人権に関わる問題になります。司法書士の使命は、国民の権利を擁護し、自由で公正な社会の実現に寄与する事です。つまり、人の高齢化に伴う様々な判断は、単に損得勘定やその時々の情緒といったものではなく全て人権を前提にして考えなければならないのです。
その意味で、任意後見制度や民事信託の利用の際は、憲法上の理解が深いその判断を大きく間違わない法律家の視点が最も大事になります。その意味で、法律専門資格者にご相談される事を強くお勧めします。
人権擁護を専門分野としてる予防法務系や事件系の司法書士は、法律専門資格者として、憲法の理念に基づき、法令と自身の良心にのみに拘束され、誰からも支配される事無く、依頼者の事を第一に考えて法律判断を行います。
これは、多数決や最大公約数といった決定によっても奪う事が出来ない人権を擁護する立場を、憲法の理念に基づき、誰からも支配される事無く、独立して行使出来るからです。
●司法書士の取扱分野→弁護士との違い
司法書士と弁護士では何が違うかとの疑問を持たれる方も少なくないと思います。実際、司法書士と弁護士の業務は重なり合う事が多いです。敢えて説明するとすれば、次のようになるでしょう。
特徴としては、司法書士は、日常の法律問題に関与する事が多く、弁護士は法律的紛争時にその問題の解決のために関与する事が多いと言えるでしょう。
弁護士は、一般的に法律問題に関与し、各々専門分野も持っていますが、主に、法律事件の後に登場し、依頼者の権利を擁護します。つまり、法律的紛争を前提に日常的な仕事をしている訴訟法務の法律専門資格者です