【ニュースレター2021 ❸ 福祉・相続法務】
福 祉 法 務
認知症と財産凍結問題対策
入 門
ー 家族と共に考える福祉型家族民事信託 ー
ニュースレター2021の第3回福祉・相続法務は、現代の最も大きな問題である認知症による財産凍結問題とその対策である民事信託についての入門編をお届けします。
現代は、超高齢社会です。本来超高齢社会は長寿社会であり、幸福な社会であるはずです。誰もが健康の期間の後に訪れる何らかの病と共に生きる高齢社会は、その病と共存する医学も進んできており、生活すること自体は支障がないように思えます。
そんな、長寿社会で、何故問題が起きるのでしょうか?
今回のニュースレターでは、日常に潜む落とし穴を解説し、その対策を皆さんと共に考える機会になればと思います。
尚、民事信託に関する様々な用語が出てきますが、民事信託自体の種類や類型に関する名称は一般的な用語ではなく、当事務所固有の使い方である事を予めご了承下さい。
■超高齢社会とその落し穴
●現代は超高齢社会
65歳以上の高齢者の占める割合が全人口の7%を超えた社会が「高齢化社会」、14%を超えた社会が「高齢社会」、21%を超えた社会が「超高齢社会」です。因みに、日本老年学会と日本老年医学会では、65歳から74歳までが準高齢者、90歳以上が超高齢者としています。
1970年の国勢調査では、65歳以上の高齢者の全人口に占める割合(高齢化率)は7.04%になり、日本は高齢化社会になったとの事です。その後、1994年の総務省統計局の人口推計によると高齢化率は14%を超え、高齢社会に入りました。そして、2007年には高齢化率は21%を超え、超高齢社会を迎えたのです。
現代は、超高齢社会である事はよく知られています。内閣府の2017年(平成29年)版高齢社会白書によると、2016年10月1日現在の高齢化率は27.3%、高齢者数は3,459万人となっていとの事です。
現在の認知症高齢者の数は、400万人とも500万人とも言われており、その予備軍は400万人ではないかと言われています。そして、内閣府の推計では、団塊の世代が75歳以上に達する2025年には、認知症高齢者が700万人になると推計されています。
日本は 既に超高齢社会
●超高齢社会の落し穴
長寿社会であるはずの現代社会で、何故問題があるのか? それは、私達の生活と法律との関係性にあります。私達は、普段、コンビニやスーパーで買い物をしたり、ラーメン屋やレストランで食事をしますが、事実上支障は感じません。
そころが、高額のお金が必要になったり、自宅を売却したりする場合は違います。契約の場合、相手方と正式な契約書を交わし、物とお金を交換して、お互いに利益を得ます。高額のお金や財産が契約の対象となった場合、契約当事者にはリスクが伴います。失敗したら、大損害になるからです。従って、契約当事者は必然的に慎重になり、相手方をよく見定めようとするのです。
更に、私達の生活関係には、法律で規定された決まり事があります。高額のお金や財産を契約の対象とする場合、その契約当事者にその契約をする意思があるのか(契約締結自由の原則)、契約の相手方に間違いはないのか(相手方選択自由の原則)、契約内容を正しく理解しているか(契約内容自由の原則)、契約方法に異論はないか(契約方式自由の原則)、といった大事な事が法律上求められるのです。
このように、高額のお金や財産を契約の対象とした場合、契約当事者のリスクと法律に規定によって、その契約当事者は拘束される事になります。契約は相手方がいて成立するものです。例え自分が良いと言っても相手方が承諾しなければ契約は成立しません。
つまり、日常の買物では、求められない制約が契約当事者には課される事になるのです。
これは、個人の意思の尊重、つまり自己決定権の尊重という基本的人権から導かれる理念ですが、全ての個人は、個人として尊重されるという人権から、その個人の意思決定は尊重されるべきものであるといった考え方です。
しかし、疑問点がここから出てきます。それでは、その個人に意思能力が無かった場合、尊重される意思も存在しないため、個人として尊重されないのではないかという疑問です。これは、あくまでも法律上の契約の話で、生命や身体の話ではありませんが、少なくても、契約の相手方は、契約の当事者として選択できない状況になってしまいます。
つまり、意思能力が減退又は喪失した人の法律的行為には厳格な制限が掛かり、必然的に契約ができない状況に陥ってしまうという事です。意思能力は日常用語でいうと判断能力と言い換えてもいいでしょう。
尚、法律上、「意思能力」とは、事理を弁識する能力、すなわち、法律行為の意味や効果を理解し、利害得失(利益・不利益)の判断が適切にできる能力の事をいいます。
この判断能力を失った事による社会生活上の厳格な制限が、高齢社会での落し穴です。本人が元気なうちは、何一つ不自由でない生活を送っていたのに、突然認知症発症により、それまでの生活に支障を来たす事になるのです。
意思能力
すなわち
判断能力を失うと
社会生活が困難になってしまう
●財産凍結現象と財産凍結問題とは
例えば、家の修繕です。自宅に本人のための手摺を備付ける事もできなくなる可能性があります。ましてや、自宅の改修や売却等は殆ど不可能でしょう。その本人が、高齢者介護施設に入居する場合も、家族は本人名義の自宅を売却する事ができなくなり、デッドロックに陥る事になってしまいます。
本人名義の預金口座も、金融機関に認知症等の認知障害である事が知れると、その口座は即座に凍結になり、口座取引は不可能になってしまいす。
尚、個人が判断能力(意思能力)に支障を来たす障害の事を法律上、「精神上の障害」といいますが、これは、身体上の障害を除く全ての精神的障害を含みます(広義の概念)。つまり、認知症、精神障害、事故による脳の損傷(高次脳機能障害)、脳の疾患に起因する精神的障害等全て含みます。
このニュースレターでは、超高齢社会の現代社会で最も多く、また一般的な精神障害である認知症等の認知障害を例に記載していきます。
この本人名義の財産が、塩漬け状態になる現象が所謂「財産凍結」という現象です。
そして、ここから惹き起こされる問題が「財産凍結問題」です。この財産凍結問題とは、本人が元気なうちに本人の了解を得て本人の財産を使用できたのに、本人が認知症を発症し、判断能力(意思能力)が減退又は喪失した後は、本人の財産が凍結状態のため、家族であっても使用する事ができなくなってしまう問題です。
例えば、父親が孫のために学用品を買い揃えてあげたいと前から話していた場合、本人が認知症になっていますので、その判断ができているか判定が付かないため、一切のお金の援助が不可能になってしまうという家族が抱える現代の社会問題の事です。
財産所有者が認知症等認知障害になると
その人の財産が凍結されてしまう
■後見制度
●法定後見制度と任意後見制度とは
現在、我が国では、認知症高齢者の方が、法律社会の中でこのような不自由な生活を送る事がないよう、1999年(平成11年)に基本法である民法が改正され、法定成年後見制度(成年後見制度)が創設されました。そして、2000年(平成12年)4月1日に施行されています。ここで、このニュースレターでは、2種類の後見制度を対比する意味で、任意後見制度に対して、成年後見制度を法定後見制度と表現します。
また、この法定後見制度とは別に任意後見契約法が1999年(平成11年)に制定され、2000年(平成12年)4月1日から施行されました。任意後見契約法に基づく後見人を任意後見人といいます。
つまり、認知症高齢者の福祉を目的に現在2つの制度が存在している事になります。
一つは、法定後見制度で、もう一つは任意後見制度です。この2つの関係ですが、成年後見制度は法律に従ってその内容が決まるのに対し、任意後見制度は認知症を発症する前の高齢者本人が内容を決める事ができるという制度になっています。この意味から、成年後見制度を「法定後見制度」といい、その法定された制度との対立概念で、「任意後見制度」という言い方で区別もされています。
日本には、「法定後見制度」と「任意後見制度」が存在するという事です。
この2つの制度で我が国は来たるべき高齢社会に備えたという事になります。
それでは、この法定後見制度と任意後見制度とは、どのよう違いがあるのでしょうか。
法定後見制度は、本人が認知症になった後に、裁判所に申立て、審判により成年後見人という法定代理人が選任され、以後本人の代わりに財産管理及び身上保護を行う制度です。
任意後見制度とは、本人が認知症を発症する前に、信頼する人を自分の代理人として選定し、認知症が発症した後は、その自分が選定した人によって、自分の財産管理及び身上保護をする本人と任意後見契約の受任者との任意後見契約に基づく制度です。
法定後見制度と任意後見制度との関係は、私的自治の原則から、任意後見制度が法定後見制度に優先し、実際にも、任意後見制度を利用し、任意後見契約の締結をしなかった認知症高齢者が、自分の財産管理及び身上保護の必要性から法定後見制度を利用するという状況が多く見られています。
つまり、認知症高齢者にとって、またその家族にとっても、認知症になった高齢者の財産が凍結された状態にある場合、主に高額な財産を対象とする契約行為が不可能になってしまうため、その窮状から逃れるための方策として、必要に迫られる場合等が最も切迫したシチュエーションとして想定されます。この場合、既に認知症を発症しており、本人には契約行為(法律行為)ができないので、家庭裁判所に申立て、その審判によって、その本人の財産管理及び身上保護のために法定後見人等を付ける事になるのです。
従って、法定後見制度は、任意後見制度の利用をしなかったが、日常を支障なく支える事が必要な方々にとって、本人のためのセーフティネットといった意義があります。
これに対し、任意後見制度は、認知症の発症に備えて、本人が予め、自分の財産の利用の仕方を決め、その内容を自分の代わりとなる任意後見人に委任する契約であり、法定後見制度と違い、自分の財産の使い道を自分で決定できる本人にとって比較的自由度のある制度という事ができるでしょう。
法定後見制度は
任意後見制度を利用しなかった人達の
最後のセーフティネット
●法定後見制度の難点
法定後見制度は、認知症高齢者の判断能力の程度によって、補助人、保佐人、成年後見人の3類型の中から、家庭裁判所が選任しますが、現在、成年後見人選任の類型が一番多くなっています。
法定後見制度の趣旨は、一言で言って、認知症の高齢者本人の財産を守り、本人の日常生活における法律関係の支障を無くす事です。そして、現在、この法定後見人には、原則としてその親族より法律専門実務等が選任されています。
つまり、高齢者の家族からしたら、今まで会った事の無い専門職資格者が、その高齢者、例えば父親の財産管理をある日から始める事になります。この制度は、高齢者本人の財産を守る制度の趣旨から、高齢者の家族とは一定の距離感を持った法律専門職がその高齢者の財産管理をする事で、真にこの制度の目的を達する事が期待できます。
しかし、その反面、家族からしたら、今まで会った事もない知らない人が、法定後見人という肩書で突然自分達の父親の財産管理をする事になり、戸惑う事も多いでしょう。
例えば、孫の小学校入学の祝いに学用品を購入する際に、父親の預金から援助して貰おうとお父さんが考えても、この法定後見人の承諾が必要であり、祖父は元気な頃に、その孫を可愛がっていて、援助を惜しまないはずだと考えても、法定後見人は承諾しない事も有り得ます。何故なら、法律上、高齢者本人とその孫は別人格だからです。法定後見人は、第一にその高齢者本人の財産を守る任務があるのです。
法定後見人は、その使命から高齢者本人の財産を減少させる行為には、その使途が本人の生活上必要な支出ではない限り基本的に承諾はしません。
このように、法定後見制度は、高齢者の家族とは一定の距離感がある事で、その場の事情に流されず、法定後見人本来の使命を果たす事ができる反面、その家族からは、事実上、法定後見制度を利用したにも関わらず、別の意味で、不自由と感ずる現状が起きてしまう事もまたあるでしょう。
更に、この法定後見制度には、この法定後見人の他に、この法定後見人を監督する法定後見監督人が選任される場合があり、認知症高齢者の家族からしたら更に制度が硬直化してしまう可能性があります。
現に、法定後見人の承諾と家族の思いとが不一致を招き、不満を持たれている方々も少なくなく、高齢者のための制度として制定された法定後見制度ですが、利用者は全体の僅かしか利用されておらず、その数も残念なことに減少傾向になっています。
法定後見制度は
本人の財産管理と身上保護が制度趣旨
認知症高齢者の財産が別の意味で凍結されてしまう可能性も
●任意後見制度の優位性
それでは、任意後見制度はどうでしょうか。この制度は、高齢者本人が認知症を発症する前に、自身が選んだ信頼できる人と任意後見契約を締結し、その契約内容も自身が決められるので、法定後見制度に比べ、格段に自由度が増します。契約の内容も、法定後見制度のようにいちいちお伺いを立てなくても、私的自治による契約自由の原則(①締結自由の原則、②相手方選択自由の原則、③内容自由の原則、④方法自由の原則)で決められるのです。
例えば、任意後見人を自身の子供にする事も可能です。
契約行為は、その契約当事者に判断能力が必要ですが、認知症を発症する前の方ですので、この任意後見契約が自由に締結できるわけです。
法定後見制度より、任意後見制度の方が、事実上、高齢者本人やその家族にとっても利用し易い事はご理解できたのではないでしょうか。
それでは、この任意後見制度は、どのような高齢者に向いているのでしょうか。それは、この高齢者本人の認知症発症後の家族との暮らしを支援して欲しいという方々にとって優れています。
例えば、高齢者が日常生活の中で、家族のためにしてあげたいと思っている財産の支出は任意後見人の承諾を得て、利用出来ます。その他、高齢者介護制度の利用も、この任意後見人が高齢者本人の希望に基づき、適切に契約をしますので、家族は心配いらないでしょう。
但し、この任意後見制度にも、家庭裁判所の任意後見監督人という任意後見人を監督する役割の法律専門職が選任されますので、その意味で、その判断には少し時間を要する場合もあります。特に、高齢者所有の財産の利用や活用に関しては、例え任意後見人とはいえ、その責任から保守的にならざるを得ない事も想定されます。ましてや、任意後見契約締結時に想定されていない事が発生した場合は、例え任意後見監督人の同意を得ても(任意後見監督人には同意見はありません。)、高齢者本人の財産を減少させる行為をする事は困難になります。
任意後見制度は法定後見制度より優位
法定後見制度は
任意後見制度を利用しなかった人のための最後のセーフティネット
任意後見制度は
本人がその内容を自由に決められる制度
■福祉型家族民事信託
●福祉型家族民事信託とは
法定後見制度と任意後見制度を見てきました。法定後見制度は、任意後見制度の利用をせず、認知症が発症してしまった後に、後発的に利用されている我が国のセーフティーネットという意義、任意後見制度は、認知症発症前に、高齢者本人が認知症発症後の自身の財産を、できるだけ自分の希望通りに利用したいという想いと、財産管理だけでない高齢者介護制度の利用を含め、その高齢者の希望全般の契約行為を任意後見人が代わって行えるようにするという意義がありました。
それでは、任意後見制度での欠点は何でしょうか。それは、財産管理が第三者である任意後見人や任意後見監督人の関与によるという事です。任意後見人や任意後見監督人は、法定後見制度程ではありませんが、家族とは一定の距離感を持って高齢者のために独立の立場で、財産を管理する職務があります。家庭裁判所の関与は少ないものの、その裁判所が選任した任意後見監督人によって、本人の財産を管理する任意後見人は監督され、大きく財産が減少する行為に対しては、正当な理由がない限り、その支出が認められない事もあるでしょう。また、任意後見契約の内容になかった事に遭遇した場合、もはや法定後見制度へと切り替えが必要になってしまいます。
そこで、このような問題を打開する方法として、現在、福祉型家族民事信託が注目を浴びています。この福祉型家族民事信託は、法定後見人や任意後見人、任意後見監督人といった家族以外の第三者は関与せず、更に家庭裁判所も介入しない完全個人間の契約により、高齢者が認知症を発症しても、あたかも法律上は認知症を発症しない元気な状態で、高齢者の財産を高齢者本人のため、そして本人の家族に対する願いのために管理及び利用する事ができる法制度なのです。
民事信託は、基本法である民法の特別法に当たる信託法に基づき、財産所有者が、信頼できる人にその財産を託し、高齢者本人のために、財産を管理及び利用する契約です。
そして、「福祉型」とは民事信託の利用形態で、現在の法制度を補完し、利用者にとって完全な法律上の効果を生み出す種類の契約内容になります。福祉とは、「しあわせ」や「ゆたかさ」を意味する言葉で、人々に対して安定した生活ができるように社会的援助を提供するとった理念を持つ言葉です。
例えば、法定後見制度では、高齢者本人の財産を本人のためにしか利用できない制度であり、任意後見制度は、高齢者本人が決められる自由な契約ではありますが、家族ではない第三者の任意後見人が高齢者本人を代理して、更に家庭裁判所によって選任された任意後見監督人によって、任意後見人が監督される制度で、やはり家族にとっては少し重い制度のように感じられ、より良い制度が求められるでしょう。
このように、民事信託契約の「福祉型」では、財産管理に関し、高齢者やその家族にとって、現行の法制度では不十分な法律的効果を補う能力があるのが特徴的です。
「家族」民事信託とは、その名称の通り、民事信託契約を締結する当事者は家族であるという事です。従って、初めて会う第三者との関係は、この家族民事信託には登場しません。全て高齢者を中心とするご家族なので、安心感は他の制度とは比べ物にならない程強固です。また、コミュニケーションも生まれたときから一緒なので、認識に齟齬がある事はありません。
家族民事信託とは
民事信託で結び付く当事者は本人の家族のみ
第三者が家族の財産管理に介入する事はない
この福祉型家族民事信託の登場人物につてい、具体的な例で構成すると、次のようになります。
すなわち、財産を所有している高齢の父親が委託者、その子供が受託者、その財産によって利益を得るのが元々の財産の所有者である高齢の父親という事になります。
つまり、父親の財産をその子供が管理するという構造です。子供は父親を裏切りません。そして、父親も子供のための財産を遺すのです。この関係は、第三者が介入する制度とは異なる、信頼と愛情の形がこの家族民事信託なのです。
そして、民事信託の利用方法の中で最も利用されているこの福祉型家族民事信託になります。
但し、この民事信託は、特定の財産の管理方法として有効であり、認知症であり判断能力が減退又は喪失した方の日常生活(高齢者の身上保護)については、任意後見制度を併用する事必要です。
例えば
父親の財産を子供が管理する構造
父親も子供のために財産を遺す
第三者が介入しない
信頼と愛情の形が
それが
福祉型家族民事信託
●民事信託とは
そもそも民事信託とは 一体何なのか?
そもそも民事信託とは、我が国の信託法という法律に基づき、当事者間で設計され、契約される財産管理及び財産承継方法です。
そして、信託法による信託の種類として、大きく分けて商事信託と民事信託の2つがあります。営利を目的として、ビジネスとして利用するのが商事信託です。それとは異なり、営利を目的としない利用の仕方が民事信託になります。
民事信託のコンセプトを一言で表現すると
私の財産を
信頼するあなたに託すから
私の大切な人のために
その財産を管理し
大切なあの人を守って下さい
といった財産の所有者の想いや願いを叶える法技術です。
そして、福祉型家族民事信託は、「大切なあの人」が財産の所有者になる契約類型になります。つまり、財産の所有者が、信頼できる人に自身の財産を預け、元の財産の所有者である自身のために民事信託をする類型です。この類型の契約形態を自益信託といいます。
このコンセプトを事例に当てはめると、財産の所有者である父親が委託者、財産を託される子供が受託者、受託者の財産管理によって利益を得るのが父親本人である受益者という事になります。
お解りになりましたでしょうか? ここが一番大切なポイントです。今、注目を浴びている民事信託とは営利を目的にした商事信託とは異なるという事。そして、民事信託の目的は、財産の所有者が、その財産を自身のため、家族のために活かしたいという想い、願いを叶えるための財産管理及び財産承継方法であるという事です。
民事信託とは
営利を目的とした商事信託とは異なり
財産の所有者がその財産を自身のため
家族のために活かしたいという想いや願いを実現させるための
財産管理及び財産承継方法である
●財産凍結問題の対策と民事信託の設計
それでは、財産凍結問題に対して、具体的にどのように対策したらよいのでしょうか?
まず、
①財産の所有者が認知症等で判断能力が減退又は喪失する前に対処しなければ遅いという事です。
そして、
②財産の所有者である本人が、どのような想いや願いをお持ちなのかを明確にする事です。
更に、
③本人が大切な家族のために財産管理をする方法として、民事信託を選択した場合は、司法書士が民事信託の利用のために本人の想いや願いを実現するための具体的な設計をします。
最後に、
④民事信託契約書を作成し、契約当事者と契約をして完成です。契約当事者は、委託者と受託者になり、受益者は単に利益を得るだけなので、契約当事者とはなりません。
では、①から④のステップについて、具体的に見ていきましょう。
①ですが、認知症が発症すると進行が速い場合があります。そのため、普段から財産管理の事について、関心を持って頂き、民事信託を専門分野又は取扱分野としている法務事務所の司法書士にご相談して頂く事をお勧めします。
何故なら、民事信託は、ご本人が納得して、ご家族が理解できる設計をしなければなりません。とても、物を左から右へ機械的に動かすようなものではありません。司法書士としても、ご本人からご希望をお聴きし、ご家族からもお話を聴取し、司法書士自身がどのような設計にしたら良いかを発想し、組成できる状況になる事が前提になるからです。
そのためには、ご本人は元より、そのご家族からも場合によっては時間を掛けて事情を伺わなければならない事もあります。
従って、できるだけ早い段階で、まず、司法書士に相談するところから始めていて頂ければと思います。
②としては、民事信託で最も中心的な部分であるご本人の想いや願いを明確にされる事です。何故なら、この想いや願いを実現するために民事信託を設計するからです。逆に言うと、想いや願いがハッキリとならい場合は、民事信託の設計もできません。
しかし、民事信託がどのような設計内容なのかも知らないで、想いや願いを明確に持てと言っても、現実には難しいでしょう。そのため、この問題も、やはり司法書士に一度ご相談される事をお勧めします。
③ですが、②の段階で、何度か司法書士がご相談内容を伺わせて頂いている中で、この相談者にはどのような解決策があるかが判ってきます。そして、色々な方法を検討する中で、民事信託を選択する事がベストだと判断した場合は、ご相談者にそのご相談者特有の民事信託の設計内容の概要を説明します。その設計内容が良ければ、具体的な設計に入る事になります。
そして最後です。
④民事信託の契約書を作成しましたら、ご本人(委託者)とご家族の中での当事者となる方(受託者)が署名して完成です。
このような流れで、ご本人の財産管理及び財産承継のための民事信託が効力を生じる事になります。
当事務所では、民事信託契約が成立した後、設計した司法書士はその後一定期間、法律顧問としてご本人及びその関係ご家族の皆さんからのお問合せに対応させて頂きます。
お解りになりましたでしょうか?
まず、民事信託で一番大事な中心的な事は、本人の想いや願いという事を。そして、それを具体的に実現するための法律的方法が民事信託なのです。
民事信託は
本人と家族のための財産管理及び財産承継のための法技術
それは
時間を要するオーダーメードという事
できるだけ早く
民事信託を専門分野又は取扱分野としている司法書士に
まずは相談を
しかし、ちょっと待って下さい。財産の所有者が、受託者に財産を託す、つまり、譲渡するという事は、損をするのではないかという疑問です。
違うのです。それは誤解なのです。それでは、この疑問にもお答えします。
●「信託」の理念と民事信託の本質
信託は、中世ヨーロッパの下級市民が、領主からの財産侵害に対する対策として発祥したものです。この下級市民が考えた事は、下級市民が個人として所有している大切な財産を相続等の時、領主から取上げられないようにするためのには、そもそも自分の財産でなくせばいいという発想から生まれたのです。
この方法が後に「信託」と呼ばれる法技術として発展しました。そして、現代でもこの「信託」という方法が財産管理方法として様々な場面で利用されています。この福祉型家族民事信託でも、この発想で、大切な財産を守ろうとしているのです。
すなわち、認知症を発症する前に財産をその高齢者から分離してしまえば、その高齢者が認知症を発症し、判断能力を喪失して契約行為ができなくなっても、その高齢者が所有していた財産は既に受託者、例えば子供に移転していますので、その子供が受益者、例えば父親のために財産を管理する契約に基づき、財産が利用されれば、本人もその家族にも何の影響も無いという事です。
これが、民事信託の本質的構造になるのです。
基本法である民法でできない法律的関係を可能にするのも、この信託という発想から初めてできるようになったという事です。
現代は、超高齢社会であると言いました。その意味は、健康である期間の後に病気と共に暮らす期間があるという意味でした。この超高齢社会で、本人が財産を持ち続けると、認知症になり、判断能力が減退又は喪失した後は、その財産は自己決定権の尊重というこの国の人権の中で、法律的な取引ができなくなってしまうという事です。そして、この事により財産凍結問題が生じ、家族共々財産の管理が不能になり、デットロックに陥ってしまうのでした。
つまり、本人が財産を持ち続ける事を止め、本人から財産を分離してしまえば、自己決定権の尊重理念からも解放され、法律上は、あたかも認知症になった本人が健康であるかのような状態を創り上げる事ができるようになるのです。
家族民事信託の登場人物は、全て基本的にご家族です。財産をお持ちのあなたを裏切る事はありません。更に、不動産を受託者に移転した場合も、特別な登記が入りますので、第三者から見てもその不動産は民事信託によって移転した不動産である事が客観的に判るため、誰かが勝手に不動産を取得する事もありません。
自己決定権の尊重という理念の下で
財産所有者が判断能力を失った後は
財産管理がデットロックに陥る
逆転の発想でそれなら
本人から財産を切離し
自己決定権の尊重理念から解放する
■福祉型家族民事信託の事例と本質的要素
●福祉型家族民事信託の具体的事例
民事信託の当事者を具体的に考えてみましょう。
例えば、父A 母B 長男Cの3人家族の場合で、父Aは高齢で、将来認知症になった場合、自宅不動産の管理や処分が不安であり、家族のその後の事について心配になっていたとします。
ここで、父Aが民事信託を財産管理及び財産承継方法に選択したとします。この場合、民事信託の設計方法として、受託者を長男Cにして、受益者を父Aとして、民事信託契約書を作成したとします。この場合、民事信託契約書は、委託者Aと受託者Cとの契約で成立させる事ができます。
この受益者を財産の所有者とする民事信託の契約形態を自益信託といいました。つまり、父Aは財産を譲渡(信託譲渡)して、所有者から所有権を分離しましたが、民事信託契約によって、その後も父Aの財産はA自身のために信頼している自分の子供であるCによって間違いなく管理され、その利益は父Aの監督の下、父Aのために使われ続けるのです。
そして、父Aが認知症になった後も、本来なら自由な管理処分ができない塩漬状態の財産であるはずが、民事信託契約が効力を生じていますので、法律上は既に父Aの財産ではなくなっているため、財産凍結といった現象にならず、財産凍結問題はこの家族には起きません。
そして、父Aが亡くなった時は、長男Cがこの民事信託契約を終了させ、母Bと長男Cとでどのように分けるかを予め決めておく事もできます。
尚、父Aから長男Cへの財産の譲渡は、単純な譲渡ではなく信託譲渡であるため、父Aから長男Bへの財産の移転の際の贈与税は発生しません。そして、父親Aが亡くなった時に相続人である母Bと長男Cへの財産の帰属時は、贈与税より税率の低い相続税が掛かるため節税にもなるのです。
お解りになりましたでしょうか?
このように、民事信託は、財産の所有者が、その財産の管理方法及び承継方法を自由に決める事ができる画期的な法技術なのです。
●民事信託の本質と有効要件
民事信託の本質は、財産の所有者がその財産を信頼できる者に信託譲渡(所有者からの分離)して、その財産の名義人から外れ、信託譲渡された者が財産の名義人となり、その後はその譲渡人である元の財産の所有者のために、その財産を管理及び承継するというスキームになります。
このスキームから、民事信託の本質的要素とは、次の4つになるでしょう。
▼譲渡する財産が存在している事(財産の特定性)
▼財産が信託譲渡される事(信託財産の所有者からの切断性)
▼信託譲渡された財産の譲受人は、自分のためではなく、譲渡人が定めた目的に従って譲渡人のために財産を管理する事(信託の目的性)
▼譲受人は、信託財産と固有財産を分別管理する事(信託財産の分別管理性)
この4つがそのまま民事信託の有効要件となります。
そして、民事信託の主役は、委託者と受益者であり、民事信託を支える最も大事な精神的要件は、受益者と受託者の信任関係です。「信任関係」とは、信託法における受益者と受託者の信頼関係の事です。
そして、具体的には、委託者と受託者で民事信託契約を締結して、運用を始める事になります。
尚、「福祉型家族民事信託」は、当事務所で使用している用語であり、一般的な法律用語や実務用語等ではありません。
民事信託の主役は
委託者と受益者
民事信託を支える精神的要件
それは
受益者と受託者との信認関係
そして
信託は受益者のためのもの
いかがでしたでしょうか。
民事信託とは、財産をその所有者から分離し、法律上は、財産の所有者を別人格にして、財産の所有者を法律上の不利益から解放する事によって、財産を元の所有者のために管理し、利益を享受しようとする考え方をご理解頂けたでしょうか。
民事信託は、昔は中世ヨーロッパの君主から、近代では国家の財産権の侵害から個人を守るために誕生し、発達、進化してきました。そして、現代では、更に現実的な法技術として民事信託は欧米ではごく普通に利用されています。
しかし、民事信託は、現代の日本では、新しい法技術です。今回のニュースレターで興味や関心を持って頂けたら幸いです。
民事信託のご相談は、民事信託を専門分野又は取扱分野としている法務事務所の司法書士にして頂く事をお勧めします。
願いが叶う画期的な法技術 民事信託で明日への希望を
※司法書士は、法律問題全般を扱う身近な暮らしの中の法律専門実務家です。
(2021年7月1日(木) リリース)
