【ニュースレター2021 ➊ 生前・相続法務】
遺 言
入 門 編
それは安心と明日への願い
-トラブル回避の有効策 残された相続人のために-
ニュースレター2021生前・相続法務の第1回は、遺言が何故必要なのかにつて取上げます。
遺言の書き方や法律的位置付けといった事に視点が行きがちですが、そもそも遺言という法律行為がどうして存在するのか、相続が「争族」と言われる所以は何なのか、自身が死亡すると家族に何が起きるのか、・・・相続に伴うよくある問題を挙げ、今、自身は何をしておかなければならないのかといった円満に相続を終えるための対策を相続の基礎知識を踏まえ、概説していく遺言についての入門編です。
尚、今回のニュースレターは、遺言や相続に関する入門編なので法律学の講義ではありません。必要な事は、このニュースレターをご覧になり、遺言や相続についての問題を知って頂き、法律的解決方法がある事を理解して頂くための機会です。
従って、遺言や相続についての詳細を正確に記述するというよりも、何が問題で、どうすれば解決するのかといったイメージが掴める事が目的であるため、場合分けや相続の法理論については敢えて触れませんので、予めご了承下さい。
<共同相続人に横たわる相続問題>
■遺産相続の基礎知識
●共同相続人にとっての相続とは
本来、相続は家族や受遺者の間で問題なく行われる手続きであり、大多数の相続は皆、恙無く終了していると思います。
しかし、一部に、どうしても相続人間の関係や受遺者の存在で、共同相続人だけでは相続手続きが進捗しない事があります。
例えば、共同相続人間で長い間付合いがなかったり、被相続人との同居、非同居で認識に齟齬があったり、性格の不一致で共同相続人間での話合いが難しかったり、被相続人の遺産が比較的多く、また不動産等の高額資産を複数所有している等、共同相続人間で遺産の配分の仕方に疑義が生じ易いときに相続手続きが上手く進まず支障を来たす事が多くみられます。
つまり、遺産相続の紛争は、簡単に言って、
共同相続人間での意思疎通ができないとき
に起こる問題なのです。
これが、
紛争を原因とする遺産相続問題の正体
です。
相続は、基本的に共同相続人間で進められるのが一番良い事であり、殆どの皆さんは自分達で行っていますが、中には上述したように共同相続人間でのトラブルに発展してしまう場合があります。そこで共同相続人間の紛争を回避する手段として法律的解決の重要性を認識して頂く事がとても大事になります。
共同相続人間の紛争を回避する手段
それは
法律的解決
相続は関係者間で手続きができる事であり、大多数の皆さんには関係が無いと思いますが、自身の相続に心配のある方、また共同相続人の1人として、何を気を付けておかなければならないかをこの機会に確認して頂き、是非参考にして頂ければと思います。
自身の相続に心配のある方
共同相続人の一人として気を付けておかなければならいない事
●遺産相続とは
ある人が亡くなると、その人の財産はどうなるのでしょうか。まず、亡くなられた人に相続人が存在すれば、その相続人に亡くなられた人の財産が移転されます。この移転の事を法律上「承継」といいます。
この「承継」には法律上の2つの意味があり、相続という事実(これを「法律事実」といいます。)によって当然に移転する類型を「一般承継」といい、売買契約のように契約当事者の意思を伴う行為によって(これを「法律行為」といいます。)売買契約の目的物が移転することを「特定承継」といいます。
一般承継の「一般」は特に相続の場合等に使われる法律用語ですが、その意味は亡くなられた人の財産の全てが相続人に移転するという意味で、「包括承継」ともいいます。つまり、財産には所有権や預金債権といったプラスの財産も有れば、借金というマイナスの財産もありますので、「一般」の意味はプラスの財産もマイナスの財産も相続人に当然に移転するという意味になります。
遺産相続は プラスの財産もマイナスの財産(借金等)も当然に承継する
但し、遺産分割の対象となる財産は、プラスの財産のみで、マイナスの財産は各相続人に相続分の割合に応じて当然に分割され、各共同相続人に承継される事になります。
何故なら、亡くなられた方の債権者は、単に債務者が亡くなったという事実(法律事実)だけで、その債権が自身のコントロールの及ばない範囲に移転してしまうのは、債権者にとって不足の事態になる事であり、そもそも自分が関与していない債務者の死亡という偶然の事実に対し、不利益を受ける事は不当であるからです。
例えば、共同相続人が2人いて、一人が資産家であり他の1人が貧困生活であった場合、被相続人の相続財産を承継した共同相続人の協議で、その債務を貧困生活者に全て遺産分割できたならば、その債務(借金)は返済不能に陥る事になる蓋然性が高まります。このような恣意的行為は、債権者にとって不利益なるのです。
●法定相続とは
遺産財産は、予め法律によって遺産を承継する人が決まっています。この人の事を法定相続人と言います。
また、遺産相続では、予め法律によって法定相続人が承継する遺産の割合が決められています。これを法定相続分と言います。
例えば、父親(被相続人)、母親(被相続人の配偶者)、長男、長女の4人家族であるとした場合、各法定相続人の相続分は次の通りになります。
母親(配偶者) → 2分の1
子 → 2分の1
この家族には長男と長女の2人がいますので、子の相続分は等しいため長男と長女の相続分は次のようになります。
長男 → 2分の1 × 2分の1 = 4分の1
長女 → 2分の1 × 2分の1 = 4分の1
従って、父親(被相続人)の遺産は、各法定相続人に次の割合で分けられます。
母親(配偶者) → 4分の2
長男 → 4分の1
長女 → 4分の1
法定相続人の相続順位と各法定相続分は次の通りです。
【相続順位】
▼第1順位:直系卑属(子や孫、ひ孫など)
▼第2順位:直系尊属(父母や祖父母、曾祖父母など)
▼第3順位:兄弟姉妹(亡くなっている場合には甥姪)
※配偶者は常に第1順位です。
【法定相続分】
▼配偶者と子供が相続人である場合 配偶者1/2
子供(2人以上のときは全員で)1/2
▼配偶者と直系尊属が相続人である場合 配偶者2/3
直系尊属(2人以上のときは全員で)1/3
▼配偶者と兄弟姉妹が相続人である場合 配偶者3/4
兄弟姉妹(2人以上のときは全員で)1/4
しかし、ちょっと待ってください。ここで疑問になった方もいるかと思います。「分ける」といっても、それは割合であり、例えば、遺産が不動産と車、預貯金であった場合、割合的に所有する形になり、特定の共同相続人の1人に承継させる事ができないではないか、といった疑問です。不動産を母親、長男、長女の3人で所有(これを共同所有状態と言い、「共有」といいます。)する事に異論がないのであればいいですが、長男が母親と同居し、長女は結婚して家を離れるといった場合、長女は住まない家の持分を持っているより、家は母親と同居する長男に譲る代わりに、預貯金で遺産を承継したいという希望を持つのは容易に想像できる事です。
つまり、法律で決まっている承継内容(法定相続人が誰かと法定相続分は幾つか)は相続財産の相続人と各相続人が承継する遺産の割合であって、個人単位の具体的な相続財産の所有の仕方は決められていないのです。
法律上 決まっているのは
法定相続人と法定相続分だけ
具体的な遺産の所有の仕方は決められていない
それでは、どうすればハッキリと共同相続人間で、遺産を分ける事ができるのかですが、それが共同相続人間でする「遺産分割協議」です。
各遺産の所有権を共同相続人が最終的に取得するには遺産分割協議が必要
相続が開始し、法律上決められた法定相続人が法定相続分に従って遺産を承継した後、その法定相続分に従って各共同相続人間で遺産分割協議をして、最終的に共同相続人は具体的な遺産を取得する事ができるのです。
法定相続の場合 一般的に遺産分割が必要
●遺産分割とは
遺産分割とは、法定相続人が複数いる場合、一般承継された相続財産を個別具体的に各共同相続人に帰属させ、最終的に遺産共同所有状態を解消する協議です。
しかし、この遺産分割協議は、共同相続人全員が参加し、合意しなければ確定しません。遺産の多寡、また共同相続人が多い場合は、時に困難な状況になる事は想像に難くないと思います。
例えば、たった二人で意見を合せるのも非常に大変な事があります。それが、この遺産分割協議は法定相続人全員の合意が絶対的に必要になるのです。遺産分割協議書には、各共同相続人の署名と実印による押印、そしてその実印の印鑑登録証明書を添付しなければなりません。
遺産分割協議は 共同相続人全員の合意が絶対的に必要
そして、手続き上だけの問題ではなく、実際に共同相続人が全員で協議自体をする事が可能かといった問題も有ります。例えば、ある共同相続人は地方に住んでいたり、外国に居住していたりする場合です。又は、遺産相続なので、各共同相続人は既に家族がいて、その家族の意向も強く影響して、中々どの遺産を誰が取得するかといった話合いができない場合やそもそも共同相続人同士で性格の不一致等話自体が成立しない場合もあるでしょう。
それは、各共同相続人にとっても、家族を守っていかなければならない事情があり、独断で決定する事は事実上困難である場合もあり理解もできます。
相続は「争続」と例えられる場合もありますが、この遺産分割協議の段階でこの争いが生じます。
「争続」の正体は遺産分割協議
遺産分割協議は時として遺産相続時の大きな障害となる
そして、この遺産分割協議が完了しなければ、各共同相続人は最終的に遺産を取得する事はできません。
遺産分割協議が完了しなければ 相続人は遺産を取得する事ができない
■遺産相続問題の解決方法
●遺言とは
遺産相続は 各共同相続人が必ず遺産分割協議をしなければならないのか
法定相続人が法律に従ってする遺産相続を法定相続といいましたが、実は、遺産相続による遺産の承継方法は、被相続人が決められます。法律上決められている法定相続は、遺言が存在しない場合の補充規定なのです。
ここで、法律の規定に従ってする遺産相続を法定相続といい、遺言によってする遺産相続を遺言相続といいます。
法律上、予め決められている遺産相続の内容に対して、何を被相続人が決められるのかですが、これは、遺言という法律上の方法で、予め決められている遺産相続の内容を被相続人がその意思により自由に変更できると理解できます。
法律上、予め決められている内容は、法定相続人と法定相続分です。そして、被相続人が自由意思により変更できるのは、法定相続分になります。更に、被相続人は、法定相続分という割合的配分方法を具体的な個々の遺産にまで分割して、個々の財産を最終的に法定相続人に分け与える事ができるのです。
また、この遺言により、法定相続人以外の者に対し、自身の遺産を贈与する事さえできます。
このある者に相続財産を遺言により贈与する事を「遺贈」といいます。遺贈をする被相続人の事を遺贈者、遺贈により相続財産を取得する者を受遺者といいます。遺贈の相手方は、法定相続人であっても構いませんが、一般的には第三者が受遺者になります。
何故このような事が可能かというと、この国は個人の意思の尊重を基本理念とする国家だからです。自身の財産をどう使おうと、その所有者の自由意思になるのです。
つまり、法定相続は、この所有者の意思が存在しない場合に、国家が第二次的に補完する財産秩序といっていいでしょう。
考えてみれば当然です。財産の所有者は自由にその財産を保存、管理、処分できる事が保障されているわけなのです。
被相続人は その相続財産を自由に分配する事ができる
遺言相続は、法律により厳格な要式行為である遺言によって果たされます。この遺言が無い場合は、法律の規定によって各法定相続人に配分される事になるのです。
つまり、遺言が無ければ、残された共同相続人(各法定相続人)間に法律の規定によって、その割合が承継されますが、各共同相続人(各法定相続人)が具体的にどの遺産を取得するかは遺産分割協議により決めなくてはならないという事になります。
因みに、被相続人が遺言をせず、法定相続人がいない場合は、最終的に国庫に帰属してしまう事になります。被相続人の不動産や預貯金等は被相続人の意思とは関係なく国庫に帰属します。従って、この意味でも遺言をする事は、とても大事な事になります。
●共同相続人とは
財産を所有していた方が亡くなると、その財産は相続財産(遺産)となり、亡くなられた方が亡くなられた瞬間に相続が開始します。そして、法定相続人が複数人存在する場合は、その相続財産は共同相続人の遺産共同所有状態の財産(これを「共有財産」といいます。)となります。相続開始後、遺産分割が終了するまでの期間の遺産(相続財産)は相続人全員(これを「共同相続人」といいます。)の共有財産となるのです。
因みに、財産の所有者が生存中であれば、その財産の所有者が亡くなられた際の現時点での法定相続人の事を「推定相続人」といいます。
遺言が存在する場合はその遺言通りに相続財産が配分(これを「分割」といいます。)され、遺言が存在しない場合は、共同相続人間の遺産分割協議により相続財産を分割します。
遺言が存在する場合は、遺言によって指定された者へ相続財産が当然に承継されますので(これを「遺産分割方法の指定」といいます。)、遺産分割は不要であり、被相続人が亡くなられた瞬間に法律上(実体法上)は相続が終了し、後は法律上(手続法上)必要になる不動産の登記、腕時計やカメラの引渡し、事実上必要になる戸籍調査や遺産目録の作成、葬儀の手配等の手続きを行い完了します。
但し、遺言の内容が相続人に対し具体的な各相続財産の指定をしたものではなく、抽象的な相続財産の割合(これを「相続分」といいます。)を指定したに過ぎない場合、具体的な各相続財産は未だ共有状態(これを「遺産共有」といいます。)となったままですので、割合的に承継した抽象的相続財産を具体的に誰がどのように承継するのかについて決めるため、共同相続人間で更に遺産分割協議が必要になります。遺産分割協議により、共同相続人は初めて相続財産を具体的に承継する事ができるのです。この遺産分割協議の結果、ある相続財産を複数人の相続人で承継し(これを「物権共有」といいます)、共有財産とする事も可能です。
つまり、遺言が存在し、更にその遺言で具体的な相続財産の指定がなされない限り、その遺産(相続財産)の遺産分割協議が終わるまでは、相続財産を相続する複数の相続人は共同相続人となり、相続する財産は共同相続人の遺産共有財産という扱いになるのです。
●法定相続人とは
法定相続人とは、法律の規定に従って予め決められた相続財産の一定の割合の相続分を承継する人の事です。法定相続人は、相続が開始する前の段階では推定相続人と呼ばれます。相続開始後、遺産分割の前までは、法定相続人が共同相続人となります。遺産分割後は、各相続財産は各共同相続人に分割されますので、単に相続人という用語になるのです。
尚、ある法定相続人が相続放棄をした場合、その者は法定相続人には変わりありませんが、共同相続人ではなくなります。つまり、その相続については、初めから共同相続人では無い事になるのです。
因みに、相続放棄は、共同相続人が相続の開始があった事を知ったときから3カ月以内に家庭裁判所に相続放棄の申述をしなければ、相続放棄という法律上の行為は認められません。
相続は一般承継であり、不動産や車といったプラスの財産の他、借金といったマイナスの財産も全て共同相続人が承継する法律上の事実です。例えば、被相続人に多額の借金があり、所有していた不動産等の資産を上回る場合は、その相続財産を共同相続相続人に無条件で承継させる事は、死亡という偶然の事実で、その事実に何も関与していない共同相続人が不測の損害を被る事になり、その一方的に不利益を回避する機会を保障するための手続きという意義があります。
相続放棄は
相続の開始があった事を知ったときから3カ月以内に
家庭裁判所に相続放棄の申述をしなければならない
相続財産の具体的な承継の指定がされた遺言が存在する場合は、共同相続人への相続分の承継はされず、その被相続人の遺志に従って、遺産は当然に各相続人(受遺者)に分割承継されるのです。従って、この場合、共同相続人を観念できません。
但し、法定相続人には、法律で決められた相続財産の一定の取得割合(これを「遺留分」といい、遺留分を持っている法定相続人を「遺留分権利者」といいます。)があります。遺言によってもこの遺留分を侵害する事はできません。遺留分の侵害された遺言は、後日、その遺留分権利者である法定相続人から遺留分侵害の訴訟が提起される可能性があります。
従って、遺言は遺産分割を回避し、共同相続人間で争いが生じるのを防ぐためにする法律上の行為です。折角、遺言書を作成するわけですので、遺言をする場合は、この遺留分の事を念頭に置いて、遺言書を作成する必要があるといえるでしょう。
遺言は 遺留分を前提に作成する必要があります
尚、遺留分を有するのは、兄弟姉妹以外の法定相続人となります。
遺留分を主張する法定相続人(これを「遺留分侵害額請求権の権利者」といいます。)は、自己の遺留分が侵害された事を主張する事によって初めて保護される事に注意が必要です(相続が開始したら自動的に遺留分相当の遺産を取得できるのではなく、遺留分を侵害している相手に主張して初めて認められる権利なのです(権利は行使によって初めて効力を発揮します))。
因みに、この遺留分侵害額請求権は、遺留分権利者が、相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間行使しないと、時効により消滅してしまいます。 また、相続開始の時から10年間が経過した場合、遺留分侵害額請求権は除斥期間により消滅します。
従って、遺留分が侵害された法定相続人は、速やかに自身の権利を行使しなければなりません。1年は長いようで短いです。実際に司法書士等に相談した場合、その司法書士等が事実関係の確認等に時間も要する事を考慮した場合、速やかに対処する事が必要でしょう。
遺留分権利者は 速やかに対処する必要あり
■被相続人の遺志を実現する遺言の重要性と対処の仕方
相続問題を考える時、具体的な相続財産の帰属は、相続の開始前後で対処方法は次の通り異なります。
(相続開始前)
遺言(被相続人が自由に決められ、後日の協議等の合議は不要。)
(相続開始後)
遺産分割協議(共同相続人全員で合意が形成されなければ、原則として相続は終了しない。)
つまり、相続問題では、共同相続人(受遺者)への相続財産の分割承継を前提に、被相続人が事前に対処しておくか、共同相続人が事後に対処するかという問題になります。
一般に、相続トラブルでは、事後処理で多くの問題が生じるところにその特徴があります。
そのため、遺言の有用性、重要性が提唱されているのです。
●法定相続と遺言相続
法定相続では、相続財産が複数有り、相続人が複数存在する場合、共同相続人間で必ず遺産分割が必要になりました。しかし、遺産分割協議は、原則として共同相続人全員が協議し、全員が合意しなければ決まりません。相続人の数が多い場合や相続財産が複数又は単数であり、しかも高額の場合は、協議に時間と労力が費やされます。特に、共同相続人間で話合いができない状態の場合は、遺産分割は暗礁に乗上げ、困難な状況に陥ります。これが所謂「争続」です。
この問題を事前に回避できるのが「遺言相続」です。遺言は、被相続人が亡くなった後の関係を規定する行為のため、法律上、厳格な要式行為となっています。この遺言を遺言書として作成しておく事により、遺産分割協議をせずに、しかも相続が開始した瞬間に法律上(実体法上)、各相続人に相続財産が承継し、遺産相続が終了するとても有用性のある方法となるのです。
遺言相続は 遺産分割協議を必要としせず
直ちに遺産相続を完了する事ができる
遺言相続では、遺産分割協議を必要としないため、共同相続人間の協議はもとより、この後記載する特別受益や寄与分を考慮したみなし相続財産の算定といった問題も発生しません。特別受益も寄与分も法定相続分同様、遺言者が自身の財産を遺言で個別具体的に配分しなかった場合の法律上の補充規定になります。
遺言相続は 特別受益や寄与分でさえ考慮は不要
但し、遺留分は遺言によっても侵害する事はできない事に注意が必要です。
【法定相続型遺産相続】
財産の所有者が亡くなる
↓
法定相続人が共同相続人となる
↓
共同相続人が法定相続人としての各法定相続分に従った遺産を相続する
↓
遺産を具体的に配分し所有するため共同相続人間で遺産分割協議をする
↓
遺産分割協議を完了して各相続人は相続財産を取得する
↓
遺産相続完了
【遺言公正証書相続型遺産相続】
財産の所有者が遺言を作成する
↓
遺言者が遺言執行者を指定して遺言書の文案を作成する
↓
遺言者等関係者が公証人役場に行って遺言公正証書を作成する
↓
遺言者が亡くなる
↓
指定の遺言執行者が遺言に忠実に、そして公正中立に遺言を執行する
↓
相続人(受遺者)が相続財産を取得する
↓
遺産相続完了
■遺言自筆証書と遺言公正証書
●遺言自筆証書
通常、一般的に作成される遺言書に2種類あります。1つは遺言自筆証書、もう1つは遺言公正証書です。
遺言自筆証書は、法律上厳格な要式行為となっており、次の3つの要件を満たさなければ適法とはされません。
①遺言者が全てを自書する事
②遺言書を作成した日を記載する事
③遺言者が署名押印する事
但し、自筆証書に相続財産の全部又は一部の目録(これを「財産目録」といいます。)を添付するときは、その目録については自書する必要はありません。自書によらない財産目録を添付する場合には,遺言者は,その財産目録の各頁に署名押印をしなければならない事とされています。
その他、遺言自筆証書に財産目録を「添付」する際は、契印する事は遺言書の一体性を明らかにする観点から望ましいものであると考えられます。また、遺言自筆証書に財産目録を「添付」する場合に、自書によらない財産目録は本文が記載された遺言自筆証書とは別の用紙で作成される必要があり、本文と同一の用紙に自書によらない記載をすることはできないので注意が必要です。
遺言自筆証書の利点は手軽さにあります。紙とペン、印鑑があり、遺言の内容を理解し、判断する能力がある15歳以上なら誰でも作成できます。
欠点は、遺言書の紛失や遺言者が亡くなった後のその遺言の真実性に疑義が生じる可能性がある事です。要するに、相続は「争続」になる可能性が潜在しています。遺言者が亡くなった後に発見された遺言は本当にその被相続人が作成したものなのか、更には一番最後の、つまり最新の遺言ではないのではないか、といった疑義が生じる事が有るという事です。遺言はいつでも書換える事が可能です。また、遺言者の亡くなった後、遺言が発見されない危険性もあります。
●遺言公正証書
これに対し、遺言公正証書は、本文(案)を事前に作成しておき、公証人役場で作成する方法の遺言です。この方法では、証人2人が必要で、公証人が遺言の文案に従って作成しますので、法律上適式に作成される事が担保され、原本は公証人役場で保管され、紛失の心配もありません。 公証人に手数料が掛かりますが、遺言者自身が作成した際の法律上の不適法な遺言書の作成を回避でき安全であり、また遺言書の検認も不要である等当事務所としてもお勧めします。
尚、証人2人は、遺言者に心当たりが無い場合や遺言の内容を秘密にしておきたい場合等必要な場合は、公証人役場で紹介して頂ける場合もありますので、実際の作成場面では当事務所でも確認させて頂きます。
また、証人には、その委任の趣旨から法律上の守秘義務がある事は当然です。その趣旨を担保するため、公証人役場での遺言作成時には遺言の作成の事実や遺言の内容を口外しない事を宣誓させた上で立会いをして頂いた方が良いでしょう。因みに、公証人には法律上の守秘義務があり、また公証人を補助する書記は、職務上知り得た秘密を他に漏らさない事を宣誓した上で採用されていますので、不用意に秘密事項が漏えいする事は無いでしょう。
●遺言書検認
「遺言書検認」とは、期間制限はありませんが、遺言書の保管者は相続の開始を知った後、「遅滞なく」遺言書を家庭裁判所に提出して検認を受けなければなりません。検認は、簡単に言うと遺言書の証拠保全手続きで、遺言の内容の効力について保証するものではありません。
申立ての際は、遺言者の出生時から死亡時までの全ての戸籍全部事項証明書(除籍、改製原戸籍含む)、相続人全員の戸籍個人事項証明書及び相続人以外で遺贈を受けた受遺者の戸籍個人事項証明書を提出する必要があります。その他、事案によってはこの他にも資料の提出が必要な場合があります。
●法務局における遺言自筆証書の保管制度の制定
遺言書保管所(法務大臣が指定する法務局)にて、遺言自筆証書の保管ができるようになりました。この他、相続人等は保管の有無の調査や写しの請求、閲覧も可能になりました。この制度を利用する事により、遺言書の検認が不要になります(2020年7月10日施行 遺言書保管法制定)。
●遺言執行と遺言執行者
遺言執行とは、被相続人が遺言に記載した内容に従って、現実に法律的手続きによって相続人に帰属させる手続きの事です。この遺言執行をする役割を果たすのが遺言執行者です。
現実に、相続が開始した場合、相続人は法律上の手続きに悩まされる事なく、戸籍の取寄せ等一部の事務を除き、基本的に遺言執行者に手続きを任せておけばいい事になります。仮に、遺言はしたが、遺言執行者を指定していない場合、相続人の中の有る者が他の相続人に相続財産を承継させる事務を行いますが、相続財産の中に預貯金通帳や不動産、有価証券等が存在する場合、その遺産の承継事務が終了するまで、その相続人が管理する事になるので、他の相続人の中には不服を申立てる者も現れる可能性も有り、遺言執行者を指定しない場合は、その問題も検討しておく事が必要でしょう。
遺言執行者は、中立・公正・独立の存在で、特定の相続人や受遺者の味方をする者ではなく、あくまでも被相続人の遺言の内容(遺言者の真実の遺志)を実際に、実現する遺言執行事務を任務とする事実上の被相続人の死後の代理人です。
被相続人の事実上の死後の代理人
それが
遺言執行者
遺言者が、大切な妻や子供のために遺言書を書いていても、実はそれだけでは完全ではありません。遺言者が亡くなった後に、誰かが遺言者の遺志を実現するために行動をおこさなければ、最終的に遺言者の本懐は遂げられないのです。
遺言執行者は、一部の共同相続人の思惑によって、また遺言書の紛失等の事情によって、遺言がその内容の通りに実現されないという事態を回避するために存在しているといっても過言ではありません。
相続人にとっても、大切な人の死に直面し、埋葬の手配等で心身共に困憊(こんぱい)し、打ちひしがれているときに時、戸籍を揃えたり、戸籍調査をしたり、遺産目録を作成したり、金融機関や登記所に行って手続きをしたり、そのための専門家を探したりといった事実上とても困難な状況を強いられるため、その事務を代行してくれる遺言執行者の存在は大変有難いものでしょう。
遺言と遺言執行者はセットで
遺言執行者は、特別の資格は必要ありません。未成年者及び破産者を除き、誰でも就職する事ができます。但し、現実的には、遺言、遺産相続、戸籍調査、遺産目録作成、遺言執行、金融機関の払戻し手続き、登記等の一連の流れは法律上の事務の遂行となりますので、法律専門の実務家で、相続法務を専門分野としている司法書士等を指定しておく事が無難でしょう。
尚、この遺言執行者は、遺言で指定しなければならず、相続開始後に選任する事ができない事、また、その名称の通り「遺言者の遺言を執行する者」であり、遺言の存在を前提にしている事により、遺言が不存在の場合は遺言執行者を観念できませんので注意が必要です。
■登記
相続財産に不動産が含まれている場合は、その不動産を承継する相続人名義にするため相続人又は遺言執行者が単独申請による相続を原因とする所有権移転の登記が必要になります
また、遺贈がある場合、遺贈は法律上、単独行為ですが、遺贈者(被相続人)の意思表示を伴う処分行為となりますので、登記法上は遺贈者(その相続人又は遺言執行者)と受遺者との共同申請による遺贈を原因とする所有権移転の登記を申請します。
遺言により承継した財産の中に不動産がある場合は、その相続人(受遺者)は名義変更(所有権移転)の登記をしておく事を強くお勧めします。不動産は持運びできない高額な財産であり、登記制度によって管理されています。自身に登記をしておかない場合、第三者がその不動産の所有権を主張したり、また知らない間に売却されて第三者が所有権を持った不動産になっていしまう恐れがあり、大変危険な事です。
更に法改正がりました。2018年(平成30年)7月6日改正、同年7月13日公布、2019年(令和元年)7月1日施行の民法により、法定相続分を超える部分については、登記をしなければ第三者に対抗する事ができなくなりました。
これは旧法では、遺言により特定の不動産を相続させた相続人と第三者との優劣は相続人が優先していて相続関係が売買等の法律関係より優っていましたが、今回の改正では、相続関係と売買関係等の両者の関係は、どちらかが早く登記をした方が優先するという大きな法改正であり、相続が開始した場合は直ちに相続人名義に不動産の所有権移転登記、つまり相続人名義の移転登記をしなければ、法律問題においてはその相続人は不動産を取得できない事を意味しています。
従って、この改正法施行後に相続が開始した場合は、何を置いても不動産の相続登記を優先しなければならず、この場合でも遺言執行者を指定しておけば、葬儀等で多忙の相続人に代わって相続登記をするので非常に有効となります。
相続が開始した場合は
直ちに不動産の相続登記をしないと
相続人は相続不動産を取得する事ができない場合がある
■遺留分と遺留分侵害額請求
相続財産は、被相続人が遺言・贈与により処分可能な割合(これを「可譲分」(自由分)といいます。)と自由に処分ができない遺留分とに分かれます。
可譲分が遺留分を侵害する遺言がなされたとしても、直ちに遺言そのものが無効になるものではなく、遺留分を侵害された法定相続人の遺留分侵害額請求の問題になるだけです。つまり、遺留分を侵害された法定相続人が受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた共同相続人を含む。)及び受贈者、それらの包括承継人に対し遺留分侵害額請求権を行使して、遺留分権利者の権利を現実に主張していく事になります。
遺留分とは、被相続人との関係で、より近しい法定相続人が法律の規定によって予め遺産に対する権利として持っている一定の相続財産割合の事です。この法定相続人の事を「遺留分権利者」といいます。遺留分制度は、被相続人から見て他の法定相続人との関係で自身の生計上の独立性が高くなく、経済上の補完関係にある期待を保護するための制度です。
遺留分権利者は、被相続人の配偶者、子、直系尊属になります。従って、被相続人の兄弟姉妹は、被相続人と同じく既に各々独立して生計を立てていますので、遺留分は無く遺留分権利者ではありません。
遺留分権利者にとってこの遺留分は、遺言による不動産の相続を除き、遺言によっても侵害する事ができない唯一の権利であり、相続においては何よりも優先される大事な権利です。
■相続と裁判
一般的に通常裁判所が権利の存在の確定に当たりますが、相続関係や身分関係が関わる特定の事件の紛争処理は、家庭裁判所が管轄します。経済事件や不法行為事件は通常裁判所、相続関係事件や身分関係(家族関係)事件は家庭裁判所の管轄というイメージです。
通常裁判所は、法的紛争の当事者に権利義務の処分が許されていますが、相続事件や婚姻関係事件等の身分関係は、当事者が自由にその関係を決める事は社会生活上も困難なため、家庭裁判所が後見的に当事者の主張(事実)や立証(証拠)を基にその権利関係を判断する事になっています。
簡単に言うと、例えば、親子関係が争われている場合、通常訴訟での経済事件のように、その親子関係の存否を弁論主義による当事者の処分に任せるわけにはいかないという事です。
従って、通常訴訟では民事調停法や民事訴訟法に基づき裁判が行われますが、身分関係事件や相続関係事件に関わる特定の事件は、非訟事件である民事訴訟法の特別法の家事事件手続法で、婚姻関係等の身分関係事件の訴訟事件は民事訴訟法の特別法である人事訴訟法に基づき裁判が行われます。
なお、家事事件とは、訴訟手続きではなく非訟事件である家事審判事件と家事調停事件の事をいいます。
また、相続関係事件で紛争が発生した場合、その全ての紛争が家事事件の対象となるものではありませんが、家事事件の対象とされている場合は、家事調停事件として裁判がなされる場合と家事審判事件として裁判がなされる事件があります。調停事件の対象とされる事件については、家事調停が不成立の場合(家事調停事件に不服申立てという手続きはありません。)は審判事件に移行する場合があります。これを調停前置主義といいます。
更に、家事審判事件での裁判所の審判に不服がある場合は、非訟事件の家事審判事件の不服申立てである即時抗告にて高等裁判所へ、更に不服のある場合は特別抗告や許可抗告で最高裁判所へ不服を申立てる事ができます。また、婚姻関係等の身分関係事件では、人事訴訟法に基づき、家庭裁判所で訴訟事件として争う事ができます。人事訴訟事件は、訴訟事件なので不服がある場合は、控訴、上告で更に争う事ができます。
このように、相続関係で争いが生じた場合、裁判手続きによってその権利関係が確定しますが、それには時間と労力、更に裁判費用といった高額のコストを覚悟しなければならなくなります。
そして、それ以上に親族間に精神的な傷が生まれてしまう結果となり、とても円満な相続とはいかない事が多いでしょう。
■遺言の有用性と遺言執行の重要性
遺言をする事により、基本的にまず遺産分割協議が必要なくなります。後日、共同相続人間での遺産に対する紛争の恐れを未然に防ぐ事ができるのです。
更に、遺言で遺言執行者を指定しておけば、被相続人の遺志である遺言の内容を公正に実現する事ができます。遺言執行者を指定しておかない場合、共同相続人の誰かが他の共同相続人の承継した相続財産についても代表して手続きをする事になりますが、必ずしも他の共同相続人の一部は、その行為を是としない場合があり、折角、被相続人が遺言を遺したのに、遺産相続手続きが暗礁に乗上げてしまう危険性もあります。
<相続の問題と対処方法>
相続時 円滑に 円満に遺産相続を終えるためには
これまで見てきましたように、相続の問題は共同相続人間の話合いの困難性あります。
そして、相続が「争続」とならないためには、遺産分割協議を省略する事です。
争続の回避策は 遺産分割協議をしない事
そのためには、遺産相続が法定相続とならない事であり、法律的解決策として遺言相続を選択する事です。
そして、遺言相続では、遺産の具体的な配分を遺言書に記述しておく事になります。
更に、必ず被相続人の事実上の死後の代理人である遺言執行者を指定しておき、その遺言書を公正証書で作成しておく事です。
相続開始後ではなく相続開始前に対処する事
すなわち
法律的解決策は
遺言公正証書で
個々の遺産について具体的分割方法を指定し
更に遺言執行者を指定する事
事前に決めておく事によって、遺言書を作成した人が亡くなった後に、親族間で紛争が起こる事も避けられます。
相続開始前の遺言により、相続を円滑、円満に終える事ができるのです。
この機会に遺言書を作成してみてはいかがですか?
遺言 それは安心と明日への願い
※司法書士は、法律問題全般を扱う身近な暮らしの中の法律専門実務家です。
(2021年4月2日(金) リリース)
