ニュースレター2021 ❷ 福祉・相続法務
  
 
 
 
福祉のための法律実務
 
福 祉 法 務
 
入   門
 
ー 超高齢社会を支える法律実務からの取組み ー 
  
 
 
 
 ニュースレター2021の第2回福祉・相続法務は、超高齢社会の中で高齢者とそのご家族を支えるための法律実務からの取組み、すなわち福祉のための法律実務について、「福祉法務」と命名してその内容を概説していきます。
 
 今回は、「福祉法務」とは何か、これにより何が得られるのか、について概説しますので、高齢者の方は、現在困っている事、将来の心配、家族への思いや願い、そして、高齢者のご家族の皆様には、自身の不安について、有効な法律的解決策がある事を知って頂き、是非前向きに検討して頂く事をお勧めします。
 
 
 
 
「福祉法務」は
 
あなたの殆どの問題を解決できる力があります
 
 
 
 
現代社会と個人の問題
 
 
●現代社会
 
 「高齢者」とは65歳以上の人をいいます。「高齢化社会」とは、人口に占める高齢者の割合が7%を超えている状態をいいます。そして、高齢化率が14%を超えるとその国は「高齢社会」となり、更に、高齢化率が21%を超えると「超高齢社会」となるのです。
 
 内閣府の平成29年版高齢社会白書によると我が国は、2007年に高齢化率が21%を超え、「超高齢社会」となり、2016年10月現在の高齢化率は27.3%に達し、世界でも非常に高くなっています。
 
 
 厚生労働省の発表によると、現代社会は、超高齢社会になっています。認知症である高齢者は400万人とも500万人とも言われ、その懸念のある方々は400万人と推計されています。そして、内閣府の平成29年版高齢社会白書によると、団塊の世代が75歳に達する2025年には、700万人が認知症患者と推計され、その年の65歳以上の高齢者人口の約5人に1人に達すると見込まれています。
 
 
●高齢者やその家族を守る必要性
 
 超高齢社会という今まで経験した事のない社会が到来しました。人々は皆社会の中で仕事をし、生活をしています。その中で、超高齢社会では、いつも当たり前のようにしていた事が困難になる人が出てきます。それは、この国の理念である人権と関わっているのです。この社会で生きている人々には「自己決定権の尊重」という考え方を基礎に、社会生活を送っています。自分の事は自分で決める決められるという当たり前の社会です。しかし、もしこの「自己決定権の尊重」される社会で、自分の事を自分で決められなくなったらどうなるでしょうか。それは、社会生活が今まで通り送れないという事を示しています。
 
 何故、自分の事を自分で決められなくなるのか? それまで当然過ぎて考えもしていなかった事です。しかし、今、この現象が大きな問題となってこの社会に押し寄せているのです。それが「認知症」です。認知症を発症すると、それまで自分で決めて、行動に移せた事ができなくなってしまいます。日常生活で身の回りの事ができないという問題とは別に、人との関係が成立しないという事態になるという事です。それは、社会の中で、他人との関わり合いが困難になってしまう事を意味します
 
 例えば、自宅を修繕するとか、自宅を売却するとか、家族のためにお金を支出するとか、銀行口座から預金を引出すとか、といった多くの事が自分の思い通りにできなくなります。スーパーやコンビニでおかずや日用品を買う事ぐらいはできるでしょう。しかし、誰かと正式に契約をするという場合、その相手方は、自分の契約相手を知るように努め、契約が滞る事なく成立させるために準備をします。その中で、自分の契約の相手方が認知症で判断能力(意思能力)が減退している、又は喪失していると判った段階で、契約は一旦ストップしてしまいます。そして、契約が法律的に適法に行えるように対処した後に、再び契約を続行する事になるでしょう。場合によっては、契約は中止し、その契約相手は別の相手方を探す事になる可能性も十分あります。それは、認知症になっている相手と契約をした場合、後日その契約が無効になってしまう危険性があるからです。誰もそのような危険な契約を避けるものです。その他、銀行預金でも銀行の口座名義人が認知症により判断能力が無いと判った段階で、銀行はその預金口座を凍結して、預金を引出せなくしてしまいます。銀行としても、判断能力(意思能力)の無い口座名義人の預金が引出された場合、銀行の責任が問われる可能性があるので、そんな危険な口座取引きは銀行は絶対に行いません。
 
 何故、このような現象になるのでしょうか。それは、人は社会生活の中で、2つの関わり合い方をします。一つは、日常生活を成り立たせるために食品や衣類等の日用品を購入する場合です。そして、も一つは、誰かと契約行為をする場合です。前者の場合も契約になりますが、日常生活では少額の金銭のやり取りが頻繁に行われる場合で、例え行き違いが生じても大きなトラブルにはなりずらいと思います。また、例え認知症になっても、その程度によりますが、日用品の買い物程度は法的にも問題視される事は少ないでしょう。しかし、後者の正式な契約行為が必要になる場合は、話が違ってきます。契約をする場合は、法律的拘束力が厳しく働く関係に入る事になるため、契約の相手方が信頼できる相手か、自分で自分の事が決められる判断能力(意思能力)があるか、契約の内容が理解できるか等が前提問題となります。
 
 つまり、自己決定の尊重」を理念とするこの社会の中で、非日常的な契約行為を行う場合、自分で意思決定ができない人の暮らしに起こる現象が社会生活の困難性の正体です
 
 
 
「自己決定の尊重」を理念とする社会の中で
 
自分で自分の意思決定ができない人に起こる現象
 
それが
 
社会生活の困難性の正体
 
 
 
●国際社会の中での障害者と権利
 
 それでは、どのような対処をすればいいのでしょうか。高齢社会は長寿社会であり、本来とても良い社会であるはずです。認知症になってからといって、その高齢者の権利を全て剥奪してしまう事は問題であると言わざるを得ません。認知症等の認知障害は、誰にでも起こり得る問題です。認知症を発症し、判断能力が減退又は喪失した人にも人権はあります。
 
 そこで、健常者と何かしらの健常者ではない人との間で、差別が起きない社会を形成しなければならないという問題意識が世界で提起されました。
 
 2006(平成18)年12月、「障害者の権利に関する条約」(通称「障害者権利条約」といいます。)が第61回国連総会で採択され、2008(平成20)年5月に発効したのです。障害者権利条約は、障害者の人権や基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進するため、障害者の権利の実現のための措置等を規定し、市民的・政治的権利、教育・保健・労働・雇用の権利、社会保障、余暇活動へのアクセス等、様々な分野における取組を締約国に対して求めています。
 
 我が国は、この条約の起草段階から積極的に参加すると共に、2007(平成19)年9月28日に署名しました。国内では、条約締結に先立ち、国内の制度改革を進め、「障害者基本法」の改正(2011(平成23)年8月)、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援する法律」の成立(2012(平成24)年6月)、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」の成立及び「障害者の雇用の促進等に関する法律」の改正(2013(平成25)年6月)等、様々な法制度等の整備が行われました。そして、2013(平成25)年10月、条約締結に向けた国会での議論が始まり、同年11月19日の衆議院本会議、12月4日の参議院本会議において、全会一致で承認され、2014(平成26)年1月20日、障害者権利条約の批准書を国連に寄託、同年2月19日に我が国についても発効したのです。
 
 
〇国際社会の変遷
 
 
2006年12月13日 
 「障害者の権利に関する条約」の第61回国連総会での採択
 ※通称「障害者権利条約」
 ※国際人権法に基づく人権条約です。
2007年9月28日
 我が国が「障害者権利条約」に署名
2008年5月3日
 「障害者権利条約」発効
2011年8月5日
 「障害者基本法」改正
2012年6月20日
 「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援する法律」成立
 ※通称「障害者総合支援法」。旧「障害者自立支援法」から名称変更
2013年6月13日 
 「障害者の雇用の促進等に関する法律」改正
 ※通称「障害者雇用促進法」
2013年6月19日
 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」成立
 ※通称「障害者差別解消法」又は「障害者差別禁止法」
2013年11月19日
 「障害者権利条約」衆議院本会議全会一致で承認
2013年12月4日
 「障害者権利条約」参議院本会議全会一致で承認
 ※障害者基本法改正や障害者差別解消法成立に伴い、国内法が条約の求める水準に達したとして条約の批准を承認
2014年1月20日
 「障害者権利条約」の批准書を国連に寄託 
2014年2月19日
 「障害者権利条約」が我が国についても発効
 
 
 
 
●成年後見制度(意思決定支援法制度)
 
 世界の動きに先立ち、我が国では1999年の民法改正で従来の禁治産制度に代わって制定され、翌2000年4月1日に施行されたのが、民法に基づく法定後見制度(成年後見制度)と任意後見契約に関する法律に基づく任意後見制度です。
 
 従来の禁治産・準禁治産制度には、本人を社会から隔離し、社会との接触を断つ事で問題を解消しようとするもので、差別的である等の批判が多かった中、1995年に法務省内に成年後見問題研究会が発足して、成年後見制度導入の検討が重ねられてきました。従来の制度をどのように改革するかという問題が立ちはだかる中、制度導入時期決定の契機となったのが介護保険制度の発足です。
 
 福祉サービスの利用にあたって、厚生労働省では行政処分である措置制度から受益者の意思決定を尊重できる契約制度へと移行が検討されていました(いわゆる「措置から契約へ」)。高齢者の介護サービスについては、2000年から介護保険制度の下で利用者とサービス提供事業者の間の契約によるものとされる事となりましたが、認知症高齢者は契約当事者としての能力が欠如している事から契約という法律行為を支援する方策の制定が急務という背景があったからです。
 
 そこで、厚生労働省における介護保険法の制定準備と並行して法務省は1999年の第145回通常国会に成年後見関連4法案を提出、1999年12月に第146回通常国会において成立させました。その後、政省令の制定を経て2000年4月1日、介護保険法(1997年(平成9年)制定)と同時に成年後見制度は施行される事となったのです。こうした経緯から、介護保険制度と成年後見制度はしばしば「車の両輪」といわれる事があります。
 
 任意後見契約に関する法律の任意後見制度は、広義の成年後見制度の中に含まれるとされ、成年後見制度とは、広義には日本における意思決定支援法制度をいうとされています。
 
 
※成年後見関連4法
  
 ▼民法の一部を改正する法律案
 ▼任意後見契約に関する法律案
 ▼民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案
 ▼後見登記等に関する法律案
 
 
〇我が国の変遷
 
 
1995年
 法務省内に成年後見問題研究会発足
1999年
 第145回通常国会に成年後見関連4法案を提出
 ※介護保険法制定準備が背景(厚生労働省)
1999年12月1日
 民法に基づく法定後見制度等成年後見関連4法成立
 任意後見契約に関する任意後見制度制定
2000年4月1日
 介護保険法施行
 民法に基づく法定後見制度施行
 任意後見契約に関する任意後見制度施行
 ※介護保険制度と成年後見制度はしばしば「車の両輪」
2010年10月2日~4日
 成年後見法世界会議(横浜宣言)
2019年6月7日
 「成年後見制度適正化法」成立
 
 
 
●横浜宣言
 
 認知症や精神疾患などで判断能力(意思能力)が不十分な人を支援する成年後見制度について、法曹関係者らが話し合う世界初の「2010年成年後見法世界会議」が横浜市西区のパシフィコ横浜で開催され、同制度の適切な利用を訴える「横浜宣言」を発表して閉幕しました。同会議は2010年10月2日に開幕、4日に閉幕し16カ国から約500人が参加しました。
 
 日本に関しては、成年後見に関する市区町村長申立ての積極的な実施や後見人が本人の代わりに医療行為に同意できる権利を求めると共に、後見開始決定に伴う選挙権の剥奪等権利制限が多過ぎるとして、現行成年後見法の改正や運用改善を求めました。
 
 また、国連の「障害者権利条約」とハーグ国際私法会議の「成年者の国際的保護に関する条約」の早期批准も日本政府に要望しました。
 
 こうして成年後見法世界会議(2010年10月 パシフィコ横浜)は、成年後見制度の適切な利用を訴える「横浜宣言」を発表し、締めくくられたのです。
 
 我が国では、介護保険制度が1997年に制定され、成年後見制度が1999年12月に制定、共に2000年4月1日に施行されましたが、世界では、これに遅れる事2008年5月に障害者権利条約が採択され、我が国でも2013年12月4日批准、2014年2月19日に発効しました。
 
 「横浜宣言」は、先行して制定された我が国の成年後見制度に対し、世界標準の理念とは乖離がある事を明らかにし、その改善を求める「横浜宣言」が発表されています。我が国の成年後見制度の重要なキーポイントなる会議であり宣言であると言ってもいいでしょう。
 
 
 
●超高齢社会と人権
  
 こうした時代の流れの中、成年後見制度と障害者権利条約との間に制度的乖離が見られ、抜本的な見直しを迫られました。その具体的な解決策を提案したのが「横浜宣言」でした。「横浜宣言」は、成年後見法分野における最初の国際的な宣言として、世界的にも高く評価されています。その「横浜宣言」の理念を実現しようとするのが、成年後見制度の利用の促進に関する法律 (2016年(平成28年)5月施行、通称 「成年後見利用促進法」です。この成年後見利用促進法に基づき、平成29年3月に閣議決定された成年後見制度利用促進基本計画(計画期間:平成29年度~令和3年度) では、 基本計画の中間年度(令和元年度)においては、各施策の進捗状況を踏まえ、個別の課題の整理・検討を行う事とされています。
 
 成年後見利用促進法は、既存の成年後見制度の利用を単に促進させようとするものではありません。この国の成年後見制度を障害者権利条約の理念に沿うように根本的に改めた上で、その利用の促進を図ろうとする趣旨のものです。障害者権利条約の理念とは、ノーマライゼーション自己決定権の尊重身上保護の重視であり、この理念こそが本来の障害者の権利を守る「本来の理念」という事になるのです。
 
 現在の成年後見制度の問題点の大きな一つは「自己決定権の尊重」にあります。いかにして障害者の意思を汲取り、現実の生活に生かしていくかという問題に対して、様々な議論がなされているところです。
 
 
〇障害者権利条約の理念
 
 ▽ノーマライゼーション
 
 自己決定権の尊重
 
 身上保護の重視
 
 
 
 
超高齢社会における法律実務からの取組み
 
 
 
●横浜宣言の意味
 
 障害者権利条約の理念を具現化する方法として、横浜宣言では、①社会全体で支える成年後見(地域連携ネットワーク)、②信託の活用が大きな柱になります。
 
 この横浜宣言は、障害者権利条約批准前の我が国における在るべき成年後見制度の源泉をなす重要な世界会議であり、成年後見制度利用促進法に基づき、世界の中の日本に相応しい成年後見制度の構築を目指すと共に、信託の活用の推奨を掲げました。
 
 営利を目的としない信託法の利用方法が高齢者施策と相俟って、この頃から急激に話題になり、注目を浴び始めたのが2006年(平成18年)大改正された信託法であり、その信託法に基づく「民事信託」なのです。
 
 このようにして、この国の障害者施策が明らかになり、現在に至っています。
 
 
 
 
我が国の超高齢社会を支える福祉法務の総合体系
 
 
 
●高齢者の権利擁護とそのご家族の希望の実現
 
 「横浜宣言」で世界、そして日本はより超高齢社会の中での高齢者の権利を擁護し、その家族の希望を実現する事が求められている事は前述の通りです。そこで、我が国では、様々な法律実務からの施策が用意されるようになりました。
 
 具体的には、認知症や要介護になった場合、財産管理は誰に任せるのか、相続人がいない場合は自分の遺産はどうするのか、高齢化した相続人に遺言の執行ができるか、相続人間での協議は調うのか、といった問題に対処する必要性があります。
 
 現代では、遺言書を作成するだけでなく、誰がその遺言を執行するのか、自分が認知症になったとき財産管理はどうするのか、相続人がいない場合の死後の手続きは誰が行うのか等の問題に法律的に対処が求められています。
 
 
  
●超高齢社会を支える先進的な法律的対策
 
 人は、健康である期間から高齢期を迎え、何かの病気と共に暮らす期間に入ります。そして、自身が亡くなった時の事を想定して、相続人のために何ができるかを考えるようになります。相続が開始したら、遺言が無い場合は共同相続人間で遺産分割協議をし、遺言がある場合は、その遺言に従って各相続人等に遺産の分割をします。
 
 このように、人の生前と死後とを安心と希望を持ってどのように暮らすかが大きなテーマになっています。そこで、「福祉法務」という考え方が発想されるようになります。それでは、福祉法務の具体的な内容についてご紹介します。
 
 
 
●生前期と死後
  
 
▼生前期
 
 〇生前整理
 
 これは、ご本人自身で行うものです。後に遺された人のために、遺品となる物品や口座情報、保険情報等第三者では判らない、また見落とす恐れのある事柄を整理し、解り易すくまとめて置く作業です。遺された人は、ご本人が何を考え、どのようにして欲しかったのか、遺品はどのようにして欲しいのかが解るようになります。まとめた結果をエンゲージメントノート(エンディングノート)に書き記しておく事も有効です。
 
 〇見守り契約
 
 高齢のため体が不自由であったり、認知症の発症が懸念される方のために信頼できる第三者との間で見守り契約を締結する方法です。定期的な連絡やIT危機の利用等により、急な健康上の変化等に的確に対応する事により大事を防ぎます。
 
  〇財産管理等委任契約(任意代理契約)
 
 高齢者が認知症の発症に備えて、信頼できる第三者との間で本人ができない財産管理を代わって行います。この財産管理方法は、一般的に委任契約公正証書になりますが、金融機関等一部の相手方には、包括的な委任契約ではなく、代理人が行う手続きに対して個々に委任状が必要になる場合も少なくありません。また公示方法が無いため、第三者との関係で必ずしも代理権の範囲が明確化しないといった問題も指摘されています。この財産管理委任契約が期待される本当の理由は、本人が認知症発症等で、財産管理ができなくなった時から、任意後見契約の発効までの財産管理の不都合を解消するところにあります。そのため、この委任契約と任意後見契約とを連携させ「移行型任意後見契約」と呼ぶ事があります。
 
 〇任意後見制度
 
 任意後見契約法という法令に基づいた公式な契約です。この契約は、本人が元気な間に家族等の信頼できる第三者との間で任意後見契約を締結し、後に認知症等の判断能力(意思能力)が減退又は喪失した段階から効力を生じさせるもので、家庭裁判所から任意後見監督人が選任され開始します。法定後見制度との違いは、あくまでも本人が任意後見人を選定できるところにあります。従って、任意後見人に家族を選定し、その家族が承諾すれば、本人が判断能力を失った後も、それまでと同様に家族が本人の身上保護と財産管理を行う事ができるのです。この制度は、本人の身上保護財産管理の2つの面で役割を果たしますが、利用方法としては財産管理というより、病院や高齢者サービス等法律的な契約が必要な本人の身上保護面でより有効に機能する制度になります。
 
 特に、後見制度では本人の財産を第三者が管理するスキームに対して、その家族が抵抗感を抱く事が多いと指摘されています。後見制度の役割は、身上保護財産管理の2大使命があります。この事を踏まえると本来的には、この任意後見制度は第一義的に本人の家族が担うべきものではないかという問題意識に基き、当事務所では本人の家族が任意後見人を受任する「家族任意後見人」を推奨しています。
 
 〇法定後見制度(成年後見制度)
 
 任意後見制度の対照的制度がこの法定後見制度です。本人が元気なうちに任意後見契約を締結しなかった場合、何らかの方法で社会生活を保障しなければならない事から身上保護及び財産管理の両面で本人を支援する制度になります。この制度も法定後見監督人の選任が必要とされる場合があり、また法定後見人自身も本人が選定した者ではないため、元気な頃の本人の考え方や家族との関係等から法定後見人に対し、家族が不信感を抱く場合もあり、制度的拡がりが見られない状況も指摘されています。その反面、法定後見人は、身上保護と財産管理の2大使命がありますが、その中で特に財産管理では、必ずしも本人の家族の意に沿わない法律的判断が求められる場合もあります。この法定後見制度自体は、元々家族とは一定の距離を保たなければならない権利擁護という厳しい基本理念を持つ制度だからです。この制度は、法制度的には本人の意思やその家族の気持ちを前提とせず、家族等からの申立てにより初めから家庭裁判所が関与する制度で、本人の判断能力(意思能力)が減退又は喪失してしまった後に、本人を守る最後のセーフティーネットという捉え方もできるでしょう。
 
 因みに、法定後見制度は、本人の判断能力が減退又は喪失した後に申し立てられる事が多いのが特徴的ですが、その理由は判断能力と社会生活との関係が明瞭に理解されていないという問題があります。つまり、本人が判断能力を失った後に、初めて事の重大性に気が付くといった状況が原因となっています。具体的には、預貯金等の引出しができなくなった時が最も多く、次いで身上保護(介護保険契約含む。)の必要性、不動産の処分相続手続きの順になっています(法務省 「申立ての動機別件数(平成30年))」)。尚、法定後見人は家庭裁判所が選任しますが、その法定後見人に選任される対象は、親族が21.1%に対し、親族以外が78.2%と圧倒的に親族以外の第三者が選任される確率が多いのが現状です(法務省 「成年後見人等の本人との関係別件数(平成31年/令和元年)」)。
 
 〇目的別福祉型家族民事信託契約
 
 今最も注目を集めている財産管理方法です。現行の法制度を補完するもので、想いを達成し、願いを叶える最先端の法技術です。大きな特徴は、現在の想いの達成と将来の願いの成就に必要な法律的問題を公的機関の関与無しに、自分と大切な家族だけで法律的に解決できる方法です。本人の意思の尊重理念に基づく家族という掛替えのない人達を守るための方法で、その意味で法定後見制度より優位であり、任意後見制度に対しては、財産管理の面で特に優れている方法と言っていいでしょう。
 
 〇遺言
 
 相続は「争続」と言われるように、家族によっては難航する場合があります。精神的に安心し、明日への願いのためにも遺言をしておく事はとても有効です。法令の改正により、不動産等登記登録が必要な財産を所有している方は、法改正により、遺言自筆証書より遺言公正証書の方を選択する事が優位になりました。
 
 〇遺言執行者の指定
 
 本人の死後の事実上の代理人を遺言で指定しておきます。大切な遺言の執行はこの遺言執行者が責任を持って行います。遺言をする場合は、必ず遺言執行者を指定しておく事が重要です。折角作成した遺言も執行する時は本人はいません。相続人の誰かが遺言執行的に手続きをする事は、他の相続人にとって不信感を招く恐れもあり、「争続」を避けたつもりが、大きな争い事に発展してしまう恐れがあるからです。
 
 〇死後事務委任契約
 
 亡くなった後の色々な手続きを「死後事務」といいます。遺言書では遺せない遺志を第三者との間で契約し、死後に契約通りの手続きを行います。
 
 ※特別の合意がある場合には、委任者の死亡によっても終了しない委任契約が認められるとする判例があります(最判(1992年)平4.9.22)。
 
 ※死後事務委任契約は 、契約の内容が不明確であるとか、実現が困難であったり、相続人の負担が重すぎる等の特段の事情がない限りは、相続人が解除できないとされています(東京高判(2009年)平21.12.21) 。
 
 ※民法上死後の意思の実現については遺言の制度があるので、無制限に死後の事務に関する委任契約を認められないと解されています。
 
 ※委任できると解される死後事務の内容
 
 ①葬儀、埋葬、供養に関する事項
 
 ②生前に発生した本件後見事務にかかわる債務の弁済
 
 ③家財道具、身の回りの生活用品等の処分
 
 ④その他、任意代理事務・任意後見事務の未処理事務
 
 ⑤相続財産管理人の選任申立手続
 
 〇死後事務委任目的福祉型家族民事信託
 
 死後事務で継続的事務がある場合等に有効です。
 
 〇エンゲージメントノート(エンディングノート)
 
 一般にエンディングノートと言われているものです。当事務所では、エンゲージメントノートと名付けています。具体的な財産の配分ではない、自分の日常の想いや考え、家族に対する想いや希望、財産に関する個人的管理方法等を書留めておくものです。
 
 
▼相続開始後
 
 〇遺言執行(財産目録)
 
 生前に作成された遺言に基づいて、被相続人(本人)の信頼できる第三者が責任を持って遺言を執行します。遺言執行者は、文字通り「遺言を執行する者」ですので、遺言の存在が前提になります。遺言を作成していない場合は勿論の事、遺言で遺言執行者を指定していない場合は、基本的に遺言執行者を観念できませんので注意が必要です。
 
 〇死後委任事務の履行
 
 遺言の内容にはならない身の回りのその他の事務手続きを、生前に契約した信頼できる第三者が行います。死後委任事務の契約で依頼する相手は、できれば遺言執行者が良いでしょう。遺言執行死後事務はほぼ同時期に行うもので、遺言執行者も本人の事情を知っている事から、適切に死後委任事務を行う事が期待できます。
 
 〇死後事務委任目的福祉型家族民事信託の効力発生
 
 特定の財産がある場合、独世帯で暮らしている方の死後の葬儀、埋葬、先祖代々の墓地の管理や先祖供養等の死後事務を確実に行いたいといった希望を実現する信託です。死後事務委任契約という一般的な方法も有りますが、この場合、墓地の管理や先祖供養という継続的な死後事務があるため、スポットで機能する通常の死後事務(遺品整理等)委任契約では困難な場合があり、相続人がいない場合等遠縁の信頼できる親族等に自身の財産を信託し、その財産で目的を達成しようとするスキームになります。超高齢社会の中で今後の必要性も増すのではないかと考えられます。
 
 
 
●自分に合った解決策
 
 「福祉法務」の様々な法律的解決策は、その全てが有効な方法であり消去法で、できれば不要な物だけを取除き、その他の全てを利用して頂く事が良いでしょう。しかし、積極的に特定の解決方法を選んで利用する事も差支えありません。
 
 いずれにしても、利用する場合は、有効に役立つように選択する事が大切です。
 
 
 
 
 
 
 いかがでしたでしょうか。
 
 
 
 
 高齢になると、周りの家族やそれまで蓄えてきた財産の管理方法、遺産の扱いについて気に掛かる事も増えてくるでしょう。
 
 
 
 
 しかし、今回ご紹介したように、現在は様々な法律的解決方法が調っています。あなたのお知り合いの方も、実は法律的解決策を実践されているかもしれません。
 
 
 
 
 遺言書を作成すると、長生きすると言われています。
 
 
 
 
 この機会に、是非、「福祉法務」がある事を知って頂き、色々な想いを法律的に解決して頂ければ幸いです。
 
 
 
 
 「福祉法務」のご相談は、福祉法務を専門分野又は取扱分野としている法務事務所の司法書士にして頂く事をお勧めします。
 
 
 
 
 
 
福祉法務 それは安心と明日への願いのために
 
 
 
 
 
 
 
※司法書士は、法律問題全般を扱う身近な暮らしの中の法律専門実務家です。
 
 
 
 
(2021年6月2日(水) リリース)