【ニュースレター2022 ➊ 民事信託法務】
民 事 信 託 法 務
事 業 承 継 目 的
事業経営型民事信託
基 礎 知 識
ー後継者に適切に経営を譲りたいー
ニュースレター2022の第1回民事信託法務は、これまでの入門編及び民事信託の利用種類を踏まえ、今回も実際の民事信託の活用事例について取上げます。
今回は、事業経営型民事信託の類型の中で、主に中小企業のオーナー経営者の方が自身の子供等に後を継いで欲しいという想いと願いを実現させるため民事信託の利用法に焦点を当てます。今回の民事信託の種類は、事業経営型民事信託で、その類型は「事業承継目的事業経営型家族民事信託」になります。
最先端の事業承継策
それは
事業承継目的事業経営型家族民事信託
会社経営は、経営者の経験と実績が重要です。更に、会社の経営権は株主の議決権によって決まります。特に中小企業のオーナー経営者は、自身が創立した会社又は現経営者の家族が創立した会社であり、通常は現経営者が株式の大部分を所有し、業務執行権と経営権を持っています。
このような中、例えば現経営者の子供に経営を譲りたいと考えている場合、一般的に次のような問題が想定されます。
第一に、現経営者が引退する場合、引退時に株式の全部を後継者に譲渡すると多額の贈与税が掛かる事。相続の場合は相続税が掛かってします。
第二に、現経営者が所有株式を所有したまま会社の代表権だけを後継者に譲り、自身は引退する場合です。この場合は、株式の譲渡による多額の贈与税は一旦回避できますが、代表者には代表者としての経営の実務経験と実績が必要であり、いきなり代表権だけを譲っても、その後の会社経営が万全にいくかは、後継の代表者自身に懸っている事になります。
第三に、現経営者の所有している株式を贈与税が非課税になる限度で少しずつ後継者に譲渡していく形です。しかし、会社の規模にもよりますが、株式数やその価格との関係で、株式の譲渡が完了するまで長期間を要する場合もあり、その間に、現経営者は、引退する事ができない制約を受けます。また、贈与税課税限度額の株式を後継者に継続的に譲渡した場合、議決権まで後継者に移転してしまうため、後継者の力量により心配もあります。
第四に、一般的な方法として、現経営者が退任する際、退職金等の慰労金を高額にし、株価を下げる方法が有りますが、所得税が掛かってしまいます。
他にもその会社の実情により、事業承継に対しては様々な問題もあるでしょう。
それでは、少なくとも今挙げた事業承継についての一般的な4つの障害に対しては、対策は無いのでしょうか。
ここで民事信託が有効性を発揮します。今回のニュースレターは、事業経営型民事信託の類型の中で、我が国で最も実績があり、多くの方々に利用されている代表的な家族間での利用形態「事業承継目的事業経営型家族民事信託」を取上げます。
民事信託の設計による今までに無い法律的解決策がココにあります。特に中小企業のオーナー経営者の皆さん、そしてそのご家族の皆さんは必見です。
尚、民事信託の概念は一般的に難解なところも有ります。この難しさを解消すべく当法務事務所では出来るだけ民事信託を体系化し、合理的な概念で整理しました。このニュースレターで使用されている民事信託についての様々な名称や法律用語は、主に一般的なものではなく、当法務事務所にて使用している用語である事を予めお断りしておきます。
それでは是非、ご覧下さい。
<CONTENTS>
■福祉型民事信託と資産管理型民事信託等
■代表的な民事信託
■事業経営型民事託の代表的設計事例
【事例】
【本件事件の法律的解決策】
■事業承継目的事業経営型家族民事信託
の設計スキーム
■事業承継目的事業経営型民事信託の発展的利用
■福祉型民事信託と資産管理型民事信託等
これまでのニュースレターで見てきましたように我が国で最も多い種類に福祉型家族民事信託がありました。この福祉型は、将来において、認知症等認知障害や精神障害、知的障害、身体障害、発達障害といった健康状態に懸念のある人を対象として、その人の資産管理及び財産承継を適切に行う事にによって、本人や家族の生活基盤を安定させ、かつ相続やその後の諸手続き等を円滑にするための資産管理及び財産承継方法として民事信託を利用する種類でした。そして、福祉型は、高齢者や障害者の権利を擁護したり、セーフティネットとして用意されている様々な法制度を補完する役割を担っていました(法制度補完効果)。
今回は、民事信託の利用方法で、福祉型家族民事信託といった福祉施策で利用する種類の民事信託とは異なり、一般の人が様々な問題を資産管理及び財産承継といった法律的解決策で民事信託をもっと意欲的に利用する形態です。それが、資産管理型民事信託や事業経営型民事信託等です。福祉型民事信託、次いで資産管理型民事信託が最もポピュラーな種類の民事信託だといってもいいでしょう。そして、その次が今回取上げる事業経営型民事信託です。
福祉型が現行の法制度を補完する消極的資産管理及び財産承継の方法であるのに対し、資産家や中小企業経営者等が、もっと意欲的に利用し、自身が考えた通りに資産を管理し、次世代に確実に財産を承継させる等資産所有者が、現行の法制度を十分に適用しても達成できない思いや願いを実現するために利用する種類になります。資産管理型や事業経営型は、現行の法制度を超えて資産を積極的に管理し承継させる役割を担っています(法制度超越効果)。
このニュースレターでは、民事信託の種類の中で、現行の法制度では達成できない資産所有者の思いが実り、願いが叶う民事信託の最大の機能を発揮させようとする事をテーマとします。
今回のこの民事信託は、家族間での資産管理及び財産承継方法を民事信託を利用して達成しようとするものであり、その意味で民事信託の種類は事業経営型、設計は家族を主体とする民事信託の事業経営型家族民事信託になります。
この資産管理型民事信託を初めとし事業経営型民事信託等の種類から、民事信託特有の特長である法制度超越効果が本格的に発揮される事になります。
福祉型民事信託 → 法制度補完効果
事業経営型民事信託を含む
資産管理型民事信託等 → 法制度補完効果及び法制度超越効果
■代表的な民事信託
●民事信託の種類
民事信託には、様々の利用の方法があります。そこで、当法務事務所では、民事信託を利用形態別に「・・・型民事信託」と区別し、更に民事信託当事者が家族か第三者かで分け、家族が当事者となる民事信託を「家族民事信託」という名称で呼びます。そして更に、利用形態別の民事信託を類型化し、目的別に整理しました。例えば、「事業承継目的事業経営型家族民事信託」といった名称です。
それでは、まずはいくつかの代表的な民事信託の種類を具体的に挙げましょう。
▼福祉型
現在又は将来において、認知症等認知障害や精神障害、知的障害、身体障害、発達障害といった健康状態の人を対象として、その人の財産管理を適切に行う事にによって、本人や家族の生活基盤を安定させ、かつ相続やその後の諸手続き等を円滑にするための財産管理及び財産承継の方法として民事信託を利用する種類です。福祉型は、高齢者や障害者の権利を擁護したり、セーフティネットとして用意されている様々な法制度を補完する役割を担っています。
▼資産管理型
福祉型が、現行の法制度を補完する消極的財産管理方法であるのに対し、資産家や中小企業経営者等が、もっと意欲的に利用し、自身の思うように財産を管理し、次世代に確実に財産を承継さる等の所有者の現行の法制度を十分に適用しても達成できない思いや願いを実現させるために利用する種類です。資産管理型は、現在の法制度を超えて財産を管理する積極的な資産管理の役割を担っています。
▼事業経営型
事業経営型は、中小企業のオーナー経営者等が、主に株式や事業自体を信託して管理する種類になります。代表的な例は、中小企業のオーナー経営者の企業防衛や事業承継です。種類株式や特例承継税制との関係で、優位な事業承継を実現する事ができます。
▼目的実現型
目的実現型は、現在の法制度の制度的保障や法律的保護が十分ではないと感じている方ための思いや願いを実現させる目的を持った種類です。この種類の中には「ペット信託」等も含まれます。買主が亡くなった後の大切なペットのための役割を担っています。
▼遺言型
信託の設定方法は、信託法上、信託契約、遺言信託、信託宣言の3種類の信託行為のいずれかでおこないますが、この遺言信託は2番目の遺言により設定する委託者の単独行為の信託です。通常、民事信託は、委託者と受託者との契約により設定する事が一般的ですが、この遺言信託は、委託者が遺言によって受託者に信託をお願いするところに特徴があります。(勿論、受託者に指定された人は、受託者を承諾するか否かを選択できます。)。民事信託の利用方法として、財産の所有者が自身の財産をどのように管理するかを考えるところから始まりますが、遺言信託が効力を発生させる段階は、その財産の所有者が亡くなった後であり、財産の所有者の思いや願いを実現する方法としては、生前に実現させたいという希望が普通である為、特に遺言信託の利用が効果的と判断される事案の場合に選択される事が多い種類です。
尚、現在、用語として「遺言信託」には2種類あり、1つは法律的意義、もう一つは商品のとしての意義です。通常、遺言信託といった場合、それは法律的意義の信託であり、信託銀行が顧客の遺言の作成をサポートし、かつ、その遺言の遺言執行者となるサービスとしての商品名である「遺言信託」とは、全く無関係ですので、誤解に注意をして下さい。両者の違いは、法律的意義である「遺言信託」は、信託の設定行為(法律行為)であるのに対し、サービス商品としての「遺言信託」は、単に財産所有者である遺言者の遺言作成とその執行というサービス行為であるところにあります。
▼自己型
通常の民事信託は契約で設定しますが、この信託は委託者と受託者が同一人物という特殊な方法となります。設定方法は信託宣言です。民事信託の利用方法では、実現する目的(本人の想いや願い)が少なく、我が国では殆ど利用されていません。
▼複合型
福祉型、資産管理型、事業経営型、目的実現型等の種類の民事信託を有効的に組合わせ、依頼者の目的を実現しようとする複合的民事信託です。設計形態を家族を主体とするものも含め目的別複合型家族民事信託になります。
●事業経営型民事信託の代表的類型
事業経営型民事信託とは、会社経営者が、経営権を後継者に適切に譲るための事業承継の民事信託です。
民事信託の設計形態として、委託者の家族を主体とする民事信託を家族民事信託といい、委託者、受託者、受益者が全て委託者の家族又は親族というとても信頼性の高いスキームで、委託者の希望を達成しようとするところに大きな特徴があります。
そして、この設計を事業経営型で実現するのが事業経営型家族民事信託です。事業経営型民事信託は、必ずしも家族間での設計としなければならないわけではありませんが、信託の起源は家族間で利用され、発展してきたという世界の歴史があり、我が国の民事信託の種類の中でも家族間での信託は、最も信託に適した利用方法といえるでしょう。
その事業経営型民事信託の代表的類型は次の通りです。
▼企業防衛目的事業経営型民事信託
オーナー経営者の企業防衛対策としての民事信託です。民事信託の種類の中で、認知症による財産凍結問題対策としての福祉型民事信託を事業経営型民事信託に応用したの利用になります。現代の高齢化社会の中で企業の存続を考えた時、まず浮かぶのは企業創設者が万が一精神障害、つまり認知症で判断能力を失った時の自社が陥る困難な問題です。自分を守るのは自分しかありません。最先端の企業防衛の民事信託です。
▼事業承継目的事業経営型民事信託
今回のニュースレターで取上げる民事信託です。現経営者から後継者への株式の全部譲渡の際の高額の贈与税問題や代表権委譲後の経営問題等、事業承継には障害となる問題があります。それらの問題を法律的に解決して、現経営者が安心して経営権を譲渡するための民事信託です。
▼事業承継・相続目的事業経営型民事信託
この類型は、事業承継目的事業経営型民事信託を更に発展させた類型になります。現経営者から事業承継者への経営権の承継のみならず、現経営者の死亡後の会社経営に対しての経営問題にも対策しておきたいと考える方のための民事信託です。
▼事業承継・承継者連続指定目的事業経営型民事信託
現経営者が、自身の後継者に事業を承継させるだけではなく、その後継者の後の承継をも現経営者が指定しようと希望する事を実現するする信託です。資産管理型民事信託の類型である相続人連続指定目的資産管理型民事信託(受益者連続型民事信託)のスキームを利用して、将来に亘って会社経営の安定化を図る事を目的とした信託になります。
▼法制度の補完効果
現行の法制度だけでは不十分な部分を補完して、十分な能力を発揮させる法律的効果の事です。法制度補完効果は、福祉型民事信託で発揮されます。
▼法制度の超越効果
現行の法制度を十分に適用しても限界があり、その限界を超える新たな能力を発揮させるための法律的効果の事です。法制度超越効果は、福祉型民事信託を除く資産管理型等の民事信託で発揮いされます。
●事業経営型家族民事信託
事業経営型民事信託には様々な類型があります。委託者、受託者、受益者が全て家族という構成の民事信託を特に家族民事信託と呼んでいます。そして、家族民事信託の中で、事業経営に関する事を目的にした家族民事信託を特に「事業経営型家族民事信託」と当事務所では命名しています。
■事業経営型民事託の代表的設計事例
【事 例】
●家族構成と事実関係
〇本人 A(70歳)
〇妻 B(65歳)
〇子供 C(35歳)※配偶者有り。子供有り。
●事案概要
Aは、株式会社Zのオーナー経営者です。一人息子も社会経験を積み、またA自身も引退後の生活をする上で、そろそろ将来の事も考えなければならないと思い始めていた。しかし、Aは株式会社Zの創業者であり、会社立上げから現在まで、人知れず経験した来た事を思うと、会社の経営の大変さは思い知らされていた。更に、一人息子に会社を譲るとしても、株式やその議決権、税金の問題等悩みも多く、また、経営を引き継いだ後に一人息子が万が一経営者として適任でなかった事が判った場合、その後の会社はどうなるのだろうか・・・といった悩みの中、中々事業承継問題は進まない状況であった。
そんな中、民事信託という方法があり、A自身の問題や課題を解決できる可能性があると聞いて、思い切って息子に事業譲渡をする事に決め、息子も承諾したのだった。Aは、会社の経営権のうち、代表権を譲りたいという事、株式の議決権は経営手腕に心配があったためAが方針や執行をしたい事、後継者の息子には株式を贈与税課税限度で定期的に譲渡しておきたい事、という希望があり、様々の法律的解決方法を検討した中で、民事信託の利用が最適であるのことが判った。そこで、今回民事信託を設計する事になった。
●背景事情
Aには、同じ中小企業のオーナー経営者である親しい友人のPがいた。Pには子供がいなく、事業承継問題を抱えていた。そんな中、M&A専門に手掛ける会社からPにオファーがあり、将来の会社の事、大切な従業員の事を考えるとPにはそんなに多くの選択肢は残されていなかった。
Pの会社は現在好調であり、問題無く経営はなされているが、この先自分がいなくなった後、この会社を維持していけるか不透明な状況であった。特に、Pの会社は、系列にも下請けにも入らない独立系の会社であり、価格競争に巻込まれない付加価値でシェアを獲得してきた信頼と実績のある会社であった。もし、近視眼的な利益だけを追求するファンド系の企業にM&Aをされた場合、この会社の信頼やノウハウ、ブランドはどうなってしまうのか、また従業員は元よりその家族を路頭に迷わす結果になってしまう危険性があると恐怖に苛まれる日々を送っていた。
そんな中、Pが倒れ、Pの会社にM&Aの話が急速に進み、ある企業の子会社になってしまったという話をAは聞いたのだった。
Aは、この話が他人事のようには思えない心境で、自身が元気なうちに早く息子に一人前になって貰いたいと願うようになった。
●Aの思いと願い
▼Aの現在の思いと悩み
[問題] Aが引退する場合、引退時に株式の全部を後継者Cに譲渡すると多額の贈与税が掛かってしまう。
[問題] Aが株式を所有したまま会社の代表権だけを後継者Cに譲り、自身は引退する場合、株式の譲渡による多額の贈与税は一旦回避できるが、代表者には代表者としての経営の実務経験と実績が必要であり、いきなり代表権だけを譲っても、その後の会社経営が万全にいくかは、後継の代表者自身に懸っている。例え、Aに代表権があるうちに、後継予定者Cにある一定の権限を委譲し、経営の一部を任せたとしても、それは会社の現代表者の監督の下、果たされるもので、A自身は代表者のままに他ならない。逆に、代表権自体を譲ってしまった後は、その後継の代表者Cは、自身の責任の執行権限で経営を行い、また行えるので、前代表者Aの監督権にも服さないし、そもそもそのような危うい代表権の移譲は避けたいと思っている。
[問題] Aの所有している株式を贈与税が非課税になる限度で少しずつ後継者に譲渡した場合、株式数やその価格との関係で、株式の譲渡が完了するまで長期間を要する。その間に、Aは、引退する事ができない制約を受ける。また、贈与税課税限度額の株式を後継者Cに継続的に譲渡した場合、議決権まで後継者Cに移転してしまうため、後継者Cの力量に心配も残る。
[問題」 何とかCに会社を承継させたとしても、その後Cが何らかの経営判断の問題で、経営者として適切でないと判った場合、その後の会社経営は一体どうなってしまうのであろうかとA氏は心配は尽きない。
▼Aの将来の願い
[願い] 贈与税課税問題を回避して、会社の経営権(株式の議決権)をAが納得いくまで自身で保有し、会社の代表権(業務執行権)を安全に移行し、後継者Cの経営、執行を見届けたい。更に、万が一後継者としてCが適任ではないと判断した場合は、何とかA氏自身が再度経営権及代表権を得て、経営者として復帰したいと願っている。
●Aの思いや願いの問題点と民事信託の有効性
Aの想いや願いは一見都合の良いもののように見え、本当にそんな調子の良い事が現実に実現出来るのでしょうか。現にA自身の希望は、現法制度下では実現不可能なのです。
▼Aの思いの現行法上の問題点
Aは、所有株式の譲渡による贈与税を回避したいと思っているが、株式を譲渡した場合、贈与税が掛かるため、回避する事が不可能である。Aが株式を所有したまま後継者Cに代表権(業務執行権)を譲り、代表者を引退した場合、Aの監督権に服させる事は法律上は不可能となる。更に、Aの所有株式の一定数を贈与税限度額内で徐々に譲渡した場合、議決権まで後継者Cに移転するが、この議決権の移転を生じさせない事は基本的に法律上は困難である。
▼Aの願いの実現性と民事信託
Aの思いを実らせる事は現行法上は困難となるが、対策として民事信託を選択し、法制度超越効果を利用する事により、その思いは実り、願いを叶える事が可能となります。この事により、Aの思いは実り、願いを叶える事が出来ます。
〇株式の全部譲渡による多額の贈与税の回避策
株式全部のCへの譲渡ではなく、株式全部をCへ信託する。株式の譲渡と株式の信託譲渡では、法律上の効果が異なり、前者では多額の贈与税が発生せるが、後者では一切の贈与税は掛からない。
〇後継者Cへの問題の無い代表権委譲策
代表者CへのAの監督権は、信託譲渡されたCへの信託上の指図権で、CをAのコントロール下にする事が可能となる。
〇安心のAの引退
AがCを後継者として認めた段階で、民事信託を終了させ、信託譲渡された全部の株式をCへ帰属させる事により、最終的にCがAの完全な後継者として、株式会社Zの将来を託され、新経営者であるCにより会社を発展の軌道に乗せる事が可能となる。尚、全株式の帰属時点では、既に実際の株式の価値はそれまでの一定の株式の価値の移転により済んでおり、多額の贈与税も発生しない。
●初回相談から事件依頼までの流れ概要
A氏は、ホームページで検索して良さそうな法務事務所として司法書士 W法務事務所を見付けた。そこで、問合せフォームで事情を相談したところ、数日後、 司法書士 W法務事務所の司法書士Wから返信があり、一般的な回答であったが、Aの希望を叶えられる法律的方法がる事、その方法は民事信託という方法である事が記載されていた。そこで、A氏は、法律相談の料金や本件の依頼料等概要をその返信で確認した後、正式な予約を申込み、初回法律相談に臨む事になった。
A氏は都心にある高齢者倶楽部の会員であったので、その帰りに司法書士Wと会う約束にしていた。司法書士Wから、その高齢者クラブの最寄りの駅付近に高層ビルがり、その最上階のカフェを提案されたので、そこに向かった。高速エレベータで最上階に着くと、フレンチや中華といった幾つかのレストランやバーが並ぶ中、Aは指定のカフェに入った。
窓際の席には司法書士Wが既に到着していて、A氏に向かって手を挙げ、合図していた。A氏は事前のオンライン無料法律相談で、当日の服装を伝えていて、司法書士Wは直ぐにA氏と判ったのだった。A氏と司法書士Wは、互いに会釈をし、簡単な挨拶を交わすと、椅子に座った。A氏は相談料を支払い、司法書士Wは領収書を渡して、簡単な雑談の後、司法書士Wは、ここでのドリンク代はW法務事務所負担である事を告げ、A氏に飲物をオーダーするように勧めた。窓の外には、晴れ渡った青い空にうっすらとした雲が掛かり、その下には大都会のジオラマが広がっていた。
コーヒーができ上がると司法書士Wは、早速法律相談に入った。司法書士Wは、事情聴取後、解決策を提案した。A氏は、今回の法律相談は初めてであり、色々な法律用語も織り交ぜながらの司法書士Wの話に、不明点を率直に質問し、司法書士Wに実現可能か訊いてみた。司法書士Wは、Aの希望を現行制度である一般的な法律実務からの提案では、満足にいかせる事は難しいとの心象を得ていた。そこで、事業経営型の家族民事信託を提案した。司法書士WはAの家族からも話を聴かなければならないが、基本的に希望は叶えられるのではないかと回答した。そこで、A氏は、司法書士Wに自分の事案を正式に依頼した。司法書士Wは、本事案を事件化する事に賛成し、喜んで本件事件を受任した。
●Aの財産
〇自宅不動産
〇自社発行株式全部(非公開株式、株券不発行)
〇別荘
〇自家用車 3台
〇事業用車 1台
〇預貯金
〇生命保険
〇有価証券(投資用)
【本件事件の法律的解決策】
●本件事件の問題点である事業承継問題と贈与税課税回避策
依頼者は、中小企業のオーナー経営者であり、事業承継問題と贈与税課税回避策について依頼がされた事件です。現行の法制度のみではこの問題を正面から解決する事は困難となります。
現行の制度を十分に適用しても限界があり、今回の依頼者であるA氏の思いや願いを実現させるためには、その限界を超える新たな能力を発揮させるための法律的対策が必要になります。
民事信託には、法制度補完効果と法制度超越効果の2種類の有効な効果があり、本件事件では、この2種類のうち、法制度超越効果を利用します。この事により、現行法制度では解消できない問題を依頼者の希望に従って法律的に解決する事ができます。
本件事件では、この問題を解決するために司法書士Wは事業承継目的事業経営型家族民事信託を採用する事にしたのでした。
■事業承継目的事業経営型家族民事信託の設計スキーム
●信託財産
▼株式会社Zの自社株式全部
▼一定額の金銭
本件事件の場合、自社株式全部とその経費用として一定額の金銭を信託財産とします。
●民事信託の当事者と民事信託の有効性
▼現経営者本人 A(70歳)=依頼者=委託者兼受益者
▼後継者 C(35歳)=受託者
民事信託では、必ず委託者、受託者、受益者の3者が当事者となります。委託者とは自身の資産を信頼出来る者に信託譲渡して、委託者の最愛の人を委託者の決めた信託目的に従って守る当事者となります。そして、受託者はその委託者の信頼を基に信託された資産を委託者の最愛の人の為に信託目的に従って管理・運用する者です。最後に受益者とは、委託者にとって最愛の人であり、委託者の信託財産によって守られる人の事です。
そして、民事信託にとって大切なのがある特定の信託財産です。
民事信託の依頼内容は相談者の問題により一つとして同じものはありません。司法書士Wは、A氏の相談内容をどう解決し、A氏の想いや願いをどのようなスキームで実現するかを十分な時間を掛け、また何回ものA氏との協議やA氏の関係家族との会議や個別打合せを経て研究・検討しました。
民事信託は、物を左から右に機械的に動かす法律実務ではありません。時間を掛け徐々に構築していく事が依頼者やそのご家族との信頼関係を醸成し、民事信託の設計内容への理解を深める事になります。
そして、依頼者の相談内容にもよりますが、誰が委託者であり、誰を受託者とし、誰を受益者とするかは、依頼者の想いや願いをいかにして叶えるかという最大のテーマに基づき決定します。司法書士Wは本件事件では、依頼者A氏の相談内容から次のように設計しました。
委託者は、信託財産の所有者になりますので、本件事件では自社株式全部を所有している依頼者のA氏になります。
受託者は、A氏の事業承継者となる子供のCです。A氏は自身の子供に会社の後継者となって欲しいという希望があり、Cもその期待に応えて承諾をしています。
そして、本件事件の場合、信託財産はA氏所有の株式全部とその経費となる一定の金銭です。
A氏からCへ株式の信託譲渡により、A氏と株式との所有関係が切断され、A氏の会社に対する経営権はA氏の希望の通りCへ移譲されます。今後の株式の議決権行使は、Cが行う事になり、そして代表権もA氏からCへ委譲する事になります。
ここで疑問に思われる方もいるかと思います。それは、
A氏の所有している株式を譲渡してしまうと
A氏は株式の所有権を失ってしまうのでは
という事です。しかし、それは心配いりません。民事信託の誤解はココから発生していると言っても過言ではないでしょう。
よく見て頂きたいのですが、この事例の説明で、「A氏からCへ株式を信託譲渡により、・・・」とありますね。この法律上の信託譲渡は単なる譲渡ではありません。所有権はその物を排他的・独占的に支配する権利です。一般法上、物を譲渡した場合、その物の所有権は譲渡された側に移り、誰の干渉もされる事無くその物を管理・処分出来ます。しかし、信託法上、物を「信託譲渡」した場合は、法律上、信託譲渡された者に一般法上の所有権、つまりその物を排他的・独占的に支配する権利は与えられません。受託者は、自分の好きなようにその物を管理・運用・処分する事は出来ないのです。受託者は、債務の本旨(民事信託により設計された内容という事。)である受益者の為にその物を所有しているので、信託の目的という制限が付いた所有権を取得しているに過ぎないのです。
「信託譲渡」では 受託者に一般法上の所有権は移転しない
これが民事信託の最大の特徴なのです
例えば、受託者は信託譲渡された物の所有権を取得するとはいっても、それは受益者の為に信託財産を所有しているに過ぎない為、税務上も物の所有権移転に伴った取得に掛かる税金は課税されません。
そしてこの結果、信託財産は委託者の所有物では無くなりますので、委託者の債権者がその信託財産を差押える事はできません。そして、信託財産の所有者である受託者の債権者は、信託財産を差押える事が出来るのかという問題がありますが、この場合も受託者の債権者は受託者の信託財産を差押える事は出来ないとされています。もし受託者が破産手続き開始決定を受けて破産したとしても信託財産は破産財団に属する事はありません。これは、受託者が自己の名義で信託財産の所有権を有しているとはいっても、その実体は受益者の為に信託財産を預かっているに過ぎず、実質的に信託財産を所有しているわけではないからなのです。これが、民事信託の最大の特徴ともいえる信託譲渡の法律効果なのです。
この民事信託の最大の特徴である「信託譲渡」の法律的効果から、当然に受託者は自己固有の財産とは信託財産を区別して管理しなければならない事が導かれます。この受託者の信託財産の固有財産との区別した管理方法を民事信託上「分別管理」といいます。
このように、信託財産は委託者や受託者の債権者からの差押えを回避する事ができます。この機能を民事信託上「倒産隔離機能」といいます。
今度は受益者からの視点で解説します。受益者とは、受託者が管理運用する信託財産から利益を得る者です。受益者が信託財産から利益を得る権利を民事信託上「受益権」と言います。本件事件では、受益者をA氏にします。この事により、A氏は、自身が所有していた自社の株式による配当を受ける権利を得る事ができます。この委託者と受益者を同一人物とする信託スキームを「自益信託」といいます。自益信託で民事信託を設計すると、外形上、A氏所有の株式全部がCへと移転しているように見えますが、その実益、つまり株式から受ける利益である株式配当受領権は依然としてA氏が保有している事になるので、A氏からCへの株式全部の譲渡に贈与税は発生しない事になるのです。この民事信託上の譲渡の事を「信託譲渡」といいます。
このスキームに関連して、民事信託では信託財産に対する受益者の受益権を2つに分ける技術を使って、更に高度で有効なスキームを構築する事が出来ます。これも民事信託特有の最先端の法律的技法と言えるでしょう。すなわち、受益権を元本受益権と収益受益権に分けるのです。元本受益権の目的は、株式自体の価値の総体であり、収益受益権の目的は、毎期の株式配当受領権です。この機能を民事信託の「物件債権化機能」といいます。
これにより、信託株式の受益権を元本受益権と収益受益権に分け複層化し、将来帰属する株式自体の価値である元本受益権を贈与税の課税限度額内で段階的にA氏からCへ贈与し、Cが民事信託終了時に最終的に取得する株式の価値について贈与税を軽減させる考え方も適用の可否を検討出来る事になります。このとき、移転させる一定割合の元本受益権の財産的価値相当額の贈与があった事になりますが、移転させる一定割合の元本受益権の価格は、委託者であるA氏と受託者のCとで、その時の株価を踏まえ、移転させる一定割合の元本受益権に相当する株式数を協議の上決定する事も出来ます。この方法を採用した場合、本件事件では、A氏の経営権を子供のCへ事業承継する事が最終目的である為、民事信託終了時にCは前経営者であった父親のA氏の株式の全ての取得を完了させる事も想定して検討できます。
更に、株式会社Zの代表権である業務執行権について、現段階で移譲する事はせず、A氏が元気なうちは、A氏の経営者としての経験に基づく判断や決定に従い会社の業務執行権を経営権に基づき差配する事により、A氏の段階的事業承継を実現させる事が可能になります。そこで、この民事信託の設計段階で、Cの経営権(株式議決権)に対し、A氏に経営指図権を付与し、Cの会社経営に一定の担保を設定する事にしました。このA氏のCに対する経営指図権は、必ずA氏がいつも行使しなければならないものではなく、必要性に応じてA氏がCに対し行使すれば良いもので、例えば将来的にCが経営者として適切に経営者としての業務執行ができると判断した場合は、Cの経営判断に会社の経営を委ね、A氏は完全に引退する事ができるという設計になります。このA氏のCに対する経営権への差配権を民事信託上「指図権」といいます。
また、A氏からCへの信託財産である株式の元本受益権の一定割合の生前譲渡は、贈与税が課税されない範囲で行うようにします。このスキームにより、元本受益権と収益受益権の計算方法にもよりますが、株式の譲渡に関する限り、贈与税や相続税を回避させる事も可能性出来るでしょう。上手く行けば、相当程度の節税効果を得る事が期待出来ます。
このように、民事信託では、財産の譲渡、課税、権限といった取扱いが、法律上、一般的な効果とは異なる新たな効果を発生させる事ができ、現行の法制度を十分に適用しても限界があり、その限界を超える新たな能力を発揮させるための法律的効果、つまり、民事信託の法制度超越効果を発揮させる事ができるのです。
●民事信託の終了
民事信託は、依頼者からの相談内容、当事者や関係者からの事情聴取、設計、締結、開始、管理処分、終了という変遷を辿り、完結します。
本件事件では、A氏の経営する会社をA氏の子供であるCへ事業承継するという問題解決とA氏の希望の実現が民事信託利用の目的でした。
A氏がCに対し、その経営手腕を認め、A氏の信託株式の全てがCへ移転した際は、当初の民事信託の目的が達成され、民事信託はその役目を終える事になります。そして、そのタイミングは委託者兼受益者A氏の判断でこの民事信託を終了させる事にしました。
この終了時は、A氏からCへの株式全部の譲渡(信託譲渡)によって、信託財産となっていた株式会社Zの株式は、残余財産帰属権利者として、受託者Cへと帰属する設計とします。
株式自体は、この段階でCの信託財産からCの固有財産へとその法律的性質を変えますが、上手く行けば既に株式の価値自体は全てA氏からCへ移転しているため、この段階での株式自体の移転には、贈与税を観念する事ができない為、課税対象とはなりません。贈与税は、その利益、つまり価値自体の移転に伴い、発生する税金であるところ、この最終段階でCが受け取った株式は、株式という標章でしかなく、その価値は民事信託期間中に段階的に既にCに全て移転しているからです。
また、民事信託は委託者と受託者との契約の締結により成立します。つまり、契約行為なので、その契約内容に解除権発生の要件を規定しておけば、その要件が存在する時はいつでも解除ができる事になります。この法律的施策を利用して、A氏が最後に懸念していた、もしCが会社の経営者として相応しくない時は、事業承継を元に戻したいという希望の基づき、A氏がこの事業承継を中止したいと決定した際は、民事信託契約を解除して、元に戻す民事信託の「現状回復機能」という画期的なスキームがあるので、心配いりません。
このようにして、A氏は、無事自社の事業承継を完了させる事に成功しました。
■事業承継目的事業経営型民事信託の発展的利用
●民事信託の当事者とその他の信託関係人
民事信託は、基本的に委託者、受託者、受益者の3者が当事者となります。しかし、民事信託の開始から終了まで相当程度の期間を要し、この3当事者だけでは、万が一何かあった際、例えば、不慮の事故等で当事者の一部が亡くなられたり、身体障害等になってしまった場合の事も想定しておく事がより安全な設計方法となります。
そのため、一般的に、受託者を第1受託者、第2受託者と、受益者を第1受益者、第2受益者といった形で、順位を付け、事故があった時のために備えておく事が賢明とも言えます。また、委託者や受益者が死亡した時にはこの民事信託を終了させる等の手当ても必要になる場合もあるでしょう。
今回の本件事件についての民事信託の設計では、基本的なスキームの要説を概説しましたが、実際に民事信託を設計する際は、将来起こり得る様々な事件、事故に耐えうる民事信託の設計をする必要がある事を付加えておきます。
※この【事例】は、全て架空の事実関係であり、実際の事件とは異なります。
いかがでしょたでしょうか。
今回は、民事信託の種類の中で、事業経営型民事信託について取上げ、類型は事業承継目的事業経営型民事信託を採用し、その信託当事者を全て依頼者の家族とする家族民事信託の設計スキームとした「事業承継目的事業経営型家族民事信託」を紹介しました。
民事信託は、特定の資産の管理・承継のための法技術です。そして、この民事信託に一つとして同じ物は無い依頼者のオーダーメイドの法技術になります。時には困難な場合もあるでしょう。しかし、この民事信託を知って頂き、自身の思いを達成させ、願いを叶える方法として知って頂き、是非民事信託を試みてはいかがでしょうか。
事業承継目的事業経営型民事信託のご相談は、民事信託法務を専門分野又は取扱分野としている法務事務所の司法書士にご相談して下さい。
願いが叶う画期的な法技術 民事信託で明日への希望を
※司法書士は、法律問題全般を扱う身近な暮らしの中の法律専門実務家です。
(2022年1月7日(金) リリース)
