【ニュースレター2021 ❺ 福祉・相続法務】
福 祉 ・ 相 続 法 務
福 祉 法 務
法 定 後 見 制 度
入 門
ー 超高齢社会を支える高齢者等のための最後のセーフティネット ー
ニュースレター2021の第5回福祉・相続法務は、超高齢社会を支える高齢者等のための最後のセーフティネットである法定後見制度に焦点を当てます。
聞いた事がある方も多いと思われます法定後見制度ですが、この制度は何のために制定されたのか、どのような制度なのか、そして利点、欠点は何か、何が問題なのかについてその要説を概説します。
色々な分厚い専門書や実務書が有りますが、今回のニュースレターをご覧になって頂ければ、この法定後見制度の一応の概要はご理解頂けるのではないでしょうか。
今回は、高齢者ご本人、そのご家族にとってとても大切な内容になりますので、是非ご覧下さい。
<CONTENTS>
■法定後見制度の制定
■法定後見制度
■法定後見制度の実際
■法定後見制度の問題
■法定後見制度の意義
■法定後見制度は最後のセーフティネット
■法定後見制度の制定
●我が国は超高齢社会
「高齢者」とは65歳以上の人をいいます。「高齢化社会」とは、人口に占める高齢者の割合が7%を超えている状態をいいます。そして、高齢化率が14%を超えるとその国は「高齢社会」となり、更に、高齢化率が21%を超えると「超高齢社会」となるのです。
内閣府の平成29年版高齢社会白書によると我が国は、2007年に高齢化率が21%を超え、「超高齢社会」となり、2016年10月現在の高齢化率は27.3%に達し、世界でも非常に高くなっています。現代は、総人口の4人に1人以上が高齢者という事になります。
厚生労働省の発表によると、現代社会は、超高齢社会になっています。認知症である高齢者は400万人とも500万人とも言われ、その懸念のある方々は400万人と推計されています。そして、内閣府の平成29年版高齢社会白書によると、団塊の世代が75歳に達する2025年には、700万人が認知症患者と推計され、その年の65歳以上の高齢者人口の約5人に1人に達すると見込まれています。
現代は超高齢社会
総人口の4人に1人以上が高齢者
認知症高齢者は400万人とも500万人とも
認知症になる可能性がある高齢者は400万人と推計
2025年には700万人が認知症高齢者
高齢者人口の約5人に1人に達すると見込まれる
●この社会で認知症高齢者に起こる困難
我が国は、高齢化社会でも高齢社会でもなく超高齢社会です。今まで経験した事のない社会が到来しました。人々は皆社会の中で仕事をし、生活をしています。その中で、超高齢社会では、いつも当たり前のようにしていた事が困難になる人が出てきます。それは、この国の理念である人権と関わっているのです。この社会で生きている人々には「自己決定権の尊重」という考え方を基礎に、社会生活を送っています。自分の事は自分で決める、決められるという当たり前の社会です。しかし、もしこの「自己決定権の尊重」される社会で、自分の事を自分で決められなくなったらどうなるでしょうか。それは、社会生活が今まで通り送れないという事を示しています。
何故、自分の事を自分で決められなくなるのか? それまで当然過ぎて考えもしていなかった事です。しかし、今、この現象が大きな問題となってこの社会に押し寄せているのです。それが「認知症」です。認知症を発症すると、それまで自分で決めて、行動に移せた事ができなくなってしまいます。日常生活で身の回りの事ができないという問題とは別に、人との関係が成立しないという事態になるという事です。それは、社会の中で、他人との関わり合いが困難になってしまう事を意味します。
例えば、自宅を修繕するとか、自宅を売却するとか、家族のためにお金を支出するとか、銀行口座から預金を引出すとか、といった多くの事が自分の思い通りにできなくなります。スーパーやコンビニでおかずや日用品を買う事ぐらいはできるでしょう。しかし、誰かと正式に契約をするという場合、その相手方は、自分の契約相手を知るように努め、契約が滞る事なく成立させるために準備をします。その中で、自分の契約の相手方が認知症で判断能力(意思能力)が減退している、又は喪失していると判った段階で、契約は一旦ストップしてしまいます。そして、契約が法律的に適法に行えるように対処した後に、再び契約を続行する事になるでしょう。場合によっては、契約は中止し、その契約相手は別の相手方を探す事になる可能性も十分あります。それは、認知症になっている相手と契約をした場合、後日その契約が無効になってしまうからです。誰もそのような危険な契約を避けるものです。その他、銀行預金でも銀行の口座名義人が認知症により判断能力が無いと判った段階で、銀行はその預金口座を凍結して、預金を引出せなくしてしまいます。銀行としても、判断能力(意思能力)の無い口座名義人の預金が引出された場合、銀行の責任が問われる可能性があるので、そんな危険な口座取引きは銀行は絶対に行いません。
何故、このような現象になるのでしょうか。それは、人は社会生活の中で、2つの関わり合い方をします。一つは、日常生活を成り立たせるために食品や衣類等の日用品を購入する場合です。そして、も一つは、誰かと契約行為をする場合です。前者の場合も契約になりますが、日常生活では少額の金銭のやり取りが頻繁に行われる場合で、例え行き違いが生じても大きなトラブルにはなりずらいと思います。また、例え認知症になっても、その程度によりますが、日用品の買い物程度は法的にも問題視される事は少ないでしょう。しかし、後者の正式な契約行為が必要になる場合は、話が違ってきます。契約をする場合は、法律的拘束力が厳しく働く関係に入る事になるため、契約の相手方が信頼できる相手か、自分で自分の事が決められる判断能力(意思能力)があるか、契約の内容が理解できるか等が前提問題となります。「契約行為」は法律行為です。
つまり、「自己決定権の尊重」を理念とするこの社会の中で、非日常的な契約行為(法律行為)を行う場合、自分で意思決定ができない人の暮らしに起こる現象が社会生活の困難性の正体です。
「自己決定権の尊重」を理念とする社会の中で
自分で自分の意思決定ができない人に起こる現象
それが
社会生活の困難性の正体
●後見制度制定(禁治産制度から新たな制度へ)
このように、判断能力が減退又は喪失した高齢者等の社会生活上の困難な問題は、どのような解決策があるのでしょうか。
それは、まず高齢者本人の保護です。健常者との関係で、不利益を受けないようにする事が第一でしょう。消費者被害等から高齢者を守る事です。
次に、ただ守るだけでは人間的生活は望めません。高齢者本人が健康であったときのように、健常者と変わりなく日常生活が送れなければ本当に高齢者を守る事にはならないでしょう。
この二つの考え方が所謂高齢者の権利擁護になります。
我が国には、明治時代からある本人保護の制度がありました。それが、禁治産制度、準禁治産制度です。しかし、この制度は、簡単に言って、財産を守るための制度、すなわち、その方法として本人を社会から隔離して、その財産を守るといった発想から制定されたものでした。確かにこの事により、本人は社会から不当な侵害を受けずに済むでしょう。しかし、本人自体の生きている実感というものは得られず、更には禁治産や準禁治産になると社会から差別的扱いがされ、本人は元よりその家族にとっても居た堪れない状況に陥る事になり、とても障害の多い制度で、現代社会、とりわけ世界的価値観からしたら、到底受容できる制度ではなかったのです。
そこで、批判の強かった禁治産制度、準禁治産制度を廃止して、新たな制度を創設する必要性が出てきました。我が国では1999年の民法改正で従来の禁治産制度に代わって制定され、翌2000年4月1日に施行されたのが、民法に基づく法定後見制度(成年後見制度)と任意後見契約に関する法律に基づく任意後見制度です。
法定後見制度は、任意後見制度との対比から使われる専門用語で、正確な法律用としては成年後見制度になります。このニュースレターでは、任意後見制度との違いを明らかにするため、敢えて法定後見制度という用語を使用します。そして、法定後見制度と任意後見制度を合せて後見制度といいます。
当時、法務省において従来の制度をどのように改革すべきかという問題に停滞しがちだった後見制度制定の議論に拍車が掛かったのは、厚生労働省で議論されていた介護保険制度にあります。福祉サービスの利用に当たって、厚生労働省では行政処分である措置制度から受益者の意思決定を尊重できる契約制度へと移行が検討されていのです(これが所謂「措置から契約へ」)。この制度では、高齢者の介護サービスについては、2000年から介護保険制度の下で利用者とサービス提供事業者の間の契約によるものとされる事となりましたが、ここで認知症高齢者は契約当事者としての能力が欠如している事から契約という法律行為を支援する方策の制定が急務という背景があったのです。
そこで法務省は、成年後見関連4法案を国会に提出し、1999年12月に第146回通常国会において成立させました。その後、政省令の制定を経て2000年(平成12年)4月1日、介護保険法(1997年(平成9年)制定)と同時に成年後見制度は施行される事となったのです。こうした経緯から、介護保険制度と成年後見制度はしばしば「車の両輪」といわれる事があります。
新しい法定後見制度(成年後見制度)の基本理念とは、①自己決定権の尊重、②本人の残存能力の活用(本人の現有能力の活用)、③ノーマライゼーションになります。
<法定後見制度の基本理念>
▼自己決定権の尊重
▼本人の残存能力の活用(本人の現有能力の活用)
▼ノーマライゼーション
任意後見契約に関する法律の任意後見制度は、広義の成年後見制度の中に含まれるとされ、成年後見制度とは、広義には日本における意思決定支援法制度をいうとされています。
●障害者権利条約の批准と発効
我が国の成年後見制度制定から遅れる事7年の2006(平成18)年12月、「障害者の権利に関する条約」(通称「障害者権利条約」といいます。)が第61回国連総会で採択され、2008(平成20)年5月に発効したのです。障害者権利条約は、障害者の人権や基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進するため、障害者の権利の実現のための措置等を規定し、市民的・政治的権利、教育・保健・労働・雇用の権利、社会保障、余暇活動へのアクセス等、様々な分野における取組を締約国に対して求めています。成年後見制度制定という制度的担保は早かったものの、我が国の成年後見制度は高齢者等に対する具体的人権意識が浅く、必ずしも国際社会から見て相応しい制度とは言えないものでした。
我が国は、この条約の起草段階から積極的に参加すると共に、2007(平成19)年9月28日に署名しました。国内では、条約締結に先立ち、国内の制度改革を進め、「障害者基本法」の改正(2011(平成23)年8月)等様々な法制度等の整備が行われました。そして、2013(平成25)年10月、条約締結に向けた国会での議論が始まり、同年11月19日の衆議院本会議、12月4日の参議院本会議において、全会一致で承認され、2014(平成26)年1月20日、障害者権利条約の批准書を国連に寄託、同年2月19日に我が国についても発効したのです。
●横浜宣言
我が国の成年後見制度と国際社会における障害者権利条約との関係で、重要な役割を果たしたのが「横浜宣言」です。認知症や精神疾患等で判断能力(意思能力)が不十分な人を支援する成年後見制度について、法曹関係者らが話し合う世界初の「2010年成年後見法世界会議」が横浜市西区のパシフィコ横浜で開催され、同制度の適切な利用を訴える「横浜宣言」を発表して閉幕しました。同会議は2010年10月2日に開幕、4日に閉幕し、16カ国から約500人が参加しました。
日本に関しては、成年後見に関する市区町村長申立ての積極的な実施や後見人が本人の代わりに医療行為に同意できる権利を求めると共に、後見開始決定に伴う選挙権の剥奪等権利制限が多過ぎるとして、現行成年後見法の改正や運用改善を求めました。
また、国連の「障害者権利条約」とハーグ国際私法会議の「成年者の国際的保護に関する条約」の早期批准も日本政府に要望しました。
こうして成年後見法世界会議(2010年10月 パシフィコ横浜)は、成年後見制度の適切な利用を訴える「横浜宣言」を発表し、締めくくられたのです。
我が国では、介護保険制度が1997年に制定され、成年後見制度が1999年(平成11年)12月に制定、共に2000年(平成12年)4月1日に施行されましたが、世界ではこれに遅れる事2008年(平成20年)5月に障害者権利条約が採択され、我が国でも2013年12月4日批准、2014年2月19日に発効しました。
「横浜宣言」は、先行して制定された我が国の成年後見制度に対し、世界標準の理念とは乖離がある事を明らかにし、その改善を求める「横浜宣言」が発表されています。我が国の成年後見制度の重要なキーポイントとなる会議であり宣言であると言ってもいいでしょう。
●障害者権利条約の理念と成年後見制度
その「横浜宣言」の理念を実現しようとするのが、成年後見制度の利用の促進に関する法律 (2016年(平成28年)5月施行、通称 「成年後見利用促進法」)です。この成年後見利用促進法に基づき、平成29年3月に閣議決定された成年後見制度利用促進基本計画(計画期間:平成29年度~令和3年度) では、 基本計画の中間年度(令和元年度)においては、各施策の進捗状況を踏まえ、個別の課題の整理・検討を行う事とされています。
成年後見利用促進法は、既存の成年後見制度の利用を単に促進させようとするものではありません。この国の成年後見制度を障害者権利条約の理念に沿うように根本的に改めた上で、その利用の促進を図ろうとする趣旨のものです。障害者権利条約の理念とは、①ノーマライゼーション、② 自己決定権の尊重、③身上保護の重視であり、この理念こそが本来の障害者の権利を守る「本来の理念」という事になるのです。
現在の成年後見制度の問題点の大きな一つは「自己決定権の尊重」にあります。いかにして障害者の意思を汲取り、現実の生活に生かしていくかという問題に対して、様々な議論がなされているところです。
<障害者権利条約第12条>
障害者権利条約第12条「法律の前にひとしく認められる権利」においては、
1. 締約国は、障害者がすべての場所において法律の前に人として認められる権利を有する事を再確認する。
2. 締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者と平等に法的能力を享有する事を認める。
3. 締約国は、障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用することができるようにするための適当な措置をとる。
●横浜宣言の意味
障害者権利条約の理念を具現化する方法として、「横浜宣言」では、①社会全体で支える成年後見(地域連携ネットワーク)、②信託の活用が大きな柱になります。
この「横浜宣言」は、障害者権利条約批准前の我が国における在るべき成年後見制度の源泉をなす重要な世界会議であり、成年後見制度利用促進法に基づき、世界の中の日本に相応しい成年後見制度の構築を目指すと共に、信託の活用の推奨を掲げました。
営利を目的としない信託法の利用方法が高齢者施策と相俟って、この頃から急激に話題になり、注目を浴び始めたのが2006年(平成18年)大改正された信託法であり、その信託法に基づく「民事信託」だったのです。
このようにして、この国の障害者施策が明らかになり、現在に至っています。
■法定後見制度
●法定後見制度の変貌
2000年(平成12年)4月1日に介護保険制度が施行され、従前の「措置」から、利用者自身が介護サービスを選択して「契約」する形へと変更されました。当初、成年後見制度は、判断能力が不十分で契約できない高齢者等を支援し、補完するために導入された色彩が強いものでした。
それが、介護保険制度を補完するだけではなく、本人の財産を適正に管理し、後見人が法定代理人として遺産分割協議や自宅売却等の法的手続きを行い、消費者被害や虐待から本人を守る事等の制度でもあり、更に、障害者権利条約の理念、すなわち、ノーマライゼーション、自己決定権の尊重、身上保護の重視といった本来の理念であるべき真の本人の権利の擁護への頂へと進もうとしています。
もはや法定後見制度は、一部の法定後見人だけが従事する領域から、その地域の行政や福祉分野に精通した専門職等と共に、法定被後見人を中心とした地域社会全体で担う制度へと変貌しつつあります。
●後見制度とは
後見制度には、法定後見制度と任意後見制度の2種類があります。法定後見制度には、本人の判断能力に応じて①成年後見、②保佐、③補助の3つの類型があります。
任意後見制度は、本人の判断能力が健常なときに、本人が選定した者と任意後見契約を締結し、本人が判断能力が不十分な状態になった時に、任意後見受任者が家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申立て、任意後見契約を発効させ、任意後見受任者が任意後見人となって本人を支援する制度になります。
●法定後見制度の3類型
高齢者等の判断能力(意思能力)の程度により、次の3類型に分かれます。
▼被成年後見人
精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状況にある者。
※「精神上の障害」とは、認知症、知的障害、精神障害等、身体上の障害を除く全ての精神的障害を含む広義の概念です。
※「事理を弁識する能力」とは、自分の行為の結果について、合理的な判断をする能力(意思能力)の事。
ref. 民法第3条の2
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
※「状況にある」とは、終始意思能力を欠く状態である必要は無く、一時的に意思能力を回復する事があっても、通常は意思能力を欠く状態にあれば足ります。
▼被保佐人
精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分な者。
▼被補助人
精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な者。
●後見開始の審判の手続き
現在、法定後見制度は、その殆どが成年後見になりますので、成年後見の手続きについて記載します。
▼審判の実質的要件(審判の対象者)
本人が、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状況にある事。
▼審判の形式的要件
〇申立人
本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人、又は検察官、任意後見受任者、任意後見人、又は任意後見監督人、市町村長。
〇管轄
本人の住所地を管轄する家庭裁判所。
▼後見開始の審判の流れ
〇後見開始の審判の申立て
↓
〇審判手続き
↓
〇鑑定
↓
〇審判
↓
〇告知
↓ (2週間)
〇確定
↓
〇登記
●成年後見人の職務
▼成年後見人の権限
〇代理権
〇取消権
※成年後見人の代理権は、法律上の包括的代理権です。個々の法律行為について規定した委任状は不要です。但し、成年被後見人の身分行為(結婚、養子縁組等)については、成年後見人には代理権はありません。
※成年被後見人の行為は、取消す事ができます。但し、日用品の購入その他の日常生活に関する行為については、取消す事ができません(民法9条)。これは、成年被後見人の自己決定権を尊重するためです。
また、成年被後見人は、基本的に自身のみで完全に有効な法律行為をする事ができません。事前に成年後見人の同意があったとしても、成年後見人が事前に同意をした通りの行為を成年被後見人が単独でする事を期待できないため、成年後見人には同意見はないのです。従って、成年後見人が事前にした同意に基づいて成年被後見人がした法律行為も成年後見人は取消す事ができると解されています。
更に、自身の契約の相手が成年被後見人である事を知らなかった場合でも、成年被後見人の相手方に対し、成年後見人はその契約を有効に取消す事ができます。
更にまた、成年被後見人がした取消す事ができる法律行為は、成年被後見人にとって不利益とならない場合、成年後見人が追認する事により完全に有効な法律行為とする事ができると解されています。
▼成年後見人の事務
〇財産の管理に関する事務
成年被後見人の財産の現状を維持する行為(保存を目的とする行為)、財産の性質を変えない範囲での利用・改良を目的とする行為(管理を目的とする行為)、財産を処分する行為(財産の売却等財産権の権利変動行為)、一切の法律行為及び事実行為。具体的には、通帳記帳の方法による入出金の確認と必要な費用の支払い、本人の所有不動産の管理、本人の所有不動産等の処分、確定申告その他の税金の申告・納税、その他の各種届出。
〇身上保護(生活、療養看護)に関する法律的事務
具体的には、介護、生活維持に関する事務、住居の確保に関する事務、施設の入退所、処遇の監視・異議申立て等に関する事務、医療に関する事務、教育・リハビリに関する事務等。
介護における介助等の医療・福祉的行為は行いません。
※医療行為に関する決定・同意
医療を受けるための契約を締結する事は、当然成年後見人の権限に属しますが、医療を受ける事自体については、本人の同意が必要であり、成年後見人には、その同意を代理してする権限(医療行為の同意に関する代理権限)はありません。
但し、①本人に同意能力が無い場合に限り、かつ②病的症状の医学的解明に必要な最小限の医的侵襲行為と③当該医療契約から当然予想される危険性の少ない軽微な身体的侵襲についてのみ、成年後見人が同意する事も可能であると解されています。例えば、健康診断受診及び各種検査受信については、原則として、成年後見に同意・決定権限が認められるものと解されています。
(補足)
現在、新型コロナウイルス感染症による医療逼迫状態が大都市を中心に断続的に発生しています。特に、高齢者医療では、医療逼迫を理由に大学病院や地域の中核的な医療センターの教授や医師が重症化した高齢者に人工呼吸器の装着を断念するようその家族を説得し、同意を求める所謂「命の選別」が行われているという報道がされています。しかし、そもそも高齢者の家族に患者である高齢者に関する医療同意権は無く、同意を求める事自体法律的には無意味で、更に医師は医師法により適切な医療を提供する義務があるため、患者を死に至らしめる蓋然性が高い行為をする事は違法行為であり、家族に対しては強迫行為の他の何物でもありません。
何故、このような行為を医師が行うのでしょうか。医師は、患者の家族に医療放棄の同意を迫る事自体、法律的に無意味である事は承知しており、実は後日家族からの訴えによる訴訟に発展する事を防止するために行っていると考えられます。家族は同意書(承諾書)に署名した事により、自身の権利が消滅したと誤解するためです。しかし、例え、同意書(承諾書)に署名したとしても、家族に医療に関する同意権が無い事に法律上変わりは無く、いつでもその医師に訴訟を提起する事は可能です。患者の家族は、絶対に医療同意書等の「紙」に署名及び押印をしてはなりません。
従って、ある日突然信頼していた医師から、大切な家族に対する死刑宣告のような説明がなされても、絶対に同意(承諾)をしてはなりません。法律上、医師には適切な医療を提供する義務があり、そもそもこの世の中で、死んでいい命と生かすべき命という区別は無く、若者でも高齢者でも、男性でも女性でも、健常者でも障害者でも、誰でも平等にコップ一杯の人権が有るからです。
●成年後見人の事務の終了原因
法定後見の終了原因は次の通りです。
▼絶対的終了原因(後見を必要としない状態となる場合)
〇本人の死亡(本人が失踪宣告を受けた時を含む)
〇後見開始の審判の取消し(保佐、補助又は任意後見に移行した場合を含む)
▼相対的終了原因(後見そのものは終了しない場合)
〇成年後見人の死亡(交代)
〇成年後見人の辞任(交代)
〇成年後見人の解任(交代)
〇成年後見人が欠格事由該当した場合(交代)
〇成年後見人の交代が生じて成年後見人の任務が終了した場合
●成年後見人の報酬及び経費
▼成年後見人の報酬
成年後見人に対する報酬は、家庭裁判所の審判に基づいて付与されます。1カ月2万円からで、成年被後見人の財産により3万円から6万円までで、一般的には3万円前後ではないでしょうか。
この基本報酬の他に、日常的な身上保護等に関する事務ではない特に、必要な後見事務を行った場合、別途相当額の報酬が必要になります。例えば、遺産分割協議への参加等が考えられます。
因みに、一般的に法律専門実務家等の専門資格者に対し、ある個人の財産管理等のために生じる1カ月の報酬は相当程度の額になり、1カ月3万円前後の額は破格になるでしょう。しかし、成年被後見人やそのご家族からしたら、この出費は大きい事になります。
医療や権利擁護は国民の基本的権利です。その意味では、国民皆保険と同じように「法定後見皆保険」を創設する事も必要になって来るでしょう。誰もが年を取り、誰もが社会生活が困難となる超高齢社会で、将来不安が無く、いつまでも元気で暮らせる社会が難しい理念の話しより大事な事である事は言うまでもありません。
▼成年後見人の特別報酬
一般的な日常の財産管理や身上保護とは別に、固有の問題で成年後見人が関与した場合は、基本報酬とは別に報酬が支払われます。例えば、遺産分割協議や訴訟等です。
▼成年後見事務の経費
後見事務を執行するに当たり、成年後見人が支出した通信費や交通費等の実費は、後見事務に必要であり報酬ではありません。これらの経費(費用)は、家庭裁判所の審判を得るまでもなく、当然に、本人の財産の中から支弁されます。
■法定後見制度の実際
●法定後見制度(成年後見制度)の理念
法定後見制度は、従来からの本人の保護(財産管理を中心とした本人保護)の理念に自己決定権の尊重、残存能力の活用(現有能力の活用)、ノーマライゼーションといった新しい理念を加え、調和を図るものとして2000年(平成12年)4月1日に施行されました。
●法定後見制度の利用
成年後見制度の各事件類型における利用者数は次のようになっています。
2019年(令和元年)12月末日時点での利用者数については、成年後見の割合が約76.6%、保佐の割合が約17.4%、補助の割合が約4.9%、任意後見の割合が約1.2%となっています。(最高裁判所事務総局家庭局「成年後見制度の現状」(2020年(令和2年)5月))
●法定後見制度(成年後見制度)の申立ての動機(平成30年)
第1位に預貯金等の管理・解約(42.0%)、第2位に身上保護(20.5%)、第3位に介護保険契約(9.8%)、第4位に不動産の処分(9.3%)、第5位に相続手続き(8.4%)、第6位に保険金受取り(4.0%)、訴訟手続き(2.6%)、その他(3.4%)となっています。(最高裁判所事務総局家庭局「申立て動機別件数(平成30年)」)
●法定後見等に選任される者
法定後見人等(成年後見人、保佐人、補助人)は、本人や親族等から家庭裁判所に法定後見開始の申立てを行い、家庭裁判所から法定後見開始の審判がされ、法定後見人等の選任がされて始まります。
そこで、法定後見人等には誰が選任されるかでしょうか。本人の親族、司法書士、弁護士、社会福祉士等が選ばれます。つまり、大きく分けて、親族後見人と第三者後見人に分かれます。第三者後見人のうち、司法書士、弁護士、社会福祉士を特に専門職後見人等といいます。
法定後見人等と本人との関係別件数(平成31年/令和元年)では、親族後見人が約21.8%、第三者が法定後見人が約78.2%となっています。(最高裁判所事務総局家庭局「成年後見制度の現状」(令和2年5月))。
尚、後見人等に選任されている内訳としては、親族が19.7%、親族以外が80.3%となっています。また、親族以外の内訳では、第1位に司法書士(37.9%)、第2位に弁護士(26.2%)、第3位に社会福祉士(18.4%)となっています。法定後見制度全体としては、第1位が司法書士、第2位が弁護士、第3位が親族、その他の順になっています。(最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況-令和2年1月~12月-」)