【REVIEW2022 ➊ 社会

 

 

自由主義と立憲主義
 
ウクライナ侵略戦争と憲法9条 <前編>
 
― 自由を守る戦い ―
 
 
 
 
 
 
国民の為にウクライナ政府は降伏すべきだ
 
 
 
 
 2022年2月24日、ロシアがウクライナに軍事侵攻しました。世界は皆驚きました。今の時代にこんな事が起こるとは想像もしていなかったからです。ロシア政府の中には、この軍事侵攻に異議や疑問を持つ者も少なくなかったようですが、プーチン大統領率いるロシア政府は、容赦無くウクライナに軍事攻撃をし、占領した町の人々を虐殺したと国際報道機関は全世界に伝えました。ロシア政府及びロシア軍は、ロシア政府の言うところのネオナチの仕業だと言っています。
 
 この悲惨な光景を見た日本メディアのコメンテーターの一部には、
 
 
 
「何故、こんなにも犠牲が出る戦争をウクライナ政府はするのか。」
 
 
 
「あのロシアに勝てるわけが無い、早く降伏をし、一般市民の命を助けるべき
 だ。」
 
 
  
 
 等色々な意見が出されています。 
 
 何故、ウクライナ政府やウクライナ国民は、あの強大なロシアに対し、これほどまでに反抗しているのでしょうか? ロシアの言い分に従い停戦協定を一刻も早く締結し、ウクライナ国民を開放すべきではないでしょうか? この世界の中で、人間の命程大事なものは有りません。ウクライナ政府は、自分達政権の為に、国民を盾にして、これからも権力を握り続ける為にウクライナ国民の命を犠牲にしているのでしょうか?
 
 基本的人権の尊重、国民主権、平和主義を基本原理とした日本国憲法が在る現在の日本国民の中には到底理解出来ない事も少なくないのかもしれません。
 
 日本のメディアでは、このウクライナの疑問に、
 
 
 
「国を守る為に彼らは戦っているんだ。」
 
 
 
「愛する家族の為に戦っているんだ。」
 
 
 
といった答えを言うコメンテーターもいます。
 
 この侵略戦争に対するウクライナ政府と国民の思いの謎を解く為には、欧米の歴史を知らなければならないでしょう。
 
 一言で言って、彼らにとって「自由」は不変ではないという事です。
 
 中世イギリスのマグナカルタから始まった欧米の歴史は、「自由」を守る為の戦いの歴史といっても過言ではないでしょう。
 
 当時、イギリスは王制の下、一般国民は、その厳しい圧政で疲弊していました。過大な税金を押付けたり、他国と戦争を始めたり、大事な土地はその時々の国王の決定で取上げられ、家族はまともな生活さえままならない事態に陥っていたのです。そこで、イギリスの特権階級は、例え国王であっても、奪えないモノが有る守らなければならない決まりが有るはずだという考え方の下、国民の力で絶大な国王に対し、一つの法典を認めさせたのです。それが、1215年世界で最初の憲法と言われているイギリスマグナカルタです。
 
 それ以来、身分の特権から個人の人権へと理念が高まって行きました。イギリスでは人権保障の出発点となった1688年名誉革命1689年権利章典フランスでは1789年フランス革命・フランス人権宣言、そしてアメリカではイギリス政府の税金政策の横暴等が原因となって1776年イギリスからの独立を果たしたヴァージニア権利章典、そして独立宣言等世界に人権意識が高まり、拡がって行ったのです。
 
 つまり、この歴史を一言で言うと、一人の人間はそれだけで最高の価値があり、その価値は、生命、自由、財産を守る権利が有る。そして、それを「人権」と言うんだ。そして、その人権は、ヨーロッパの数々の歴史から解るように、ほっておくと誰かに奪われる危ういモノなんだという理解が有るのです。
 
 生命は、最も大事である事は当然です。生きている人間にとって最も大事なものは自由です。人間は、その自由を守る為憲法を作りました。そして、国民である個人は、それ自体では非力ですが、相互に合意する事で国家を創り、国家権力の作用を3つに分ける事で、政府、立法、司法を形成し、憲法国家権力を制限し、国民である個人の自由を保障させようとしたのです(近代的憲法)。法律国民に義務を課す法です。法律と憲法は違います。憲法によって国家権力を制限し、国民である個人の自由を保障させようとする思想原理を立憲主義(近代立憲主義)といいます。
 
 
 
法律と憲法は違う
 
憲法によって国家権力を制限し
 
国民である個人の自由を保障させようとする思想原理
 
 
立憲主義
 
 
 
 75年前、日本は大日本帝国憲法から国民主権となり、法律の留保の無い日本国憲法へと変わり、晴れて完全な自由主義国家になりました。先の戦争では300万人以上の国民が亡くなり、最後は原子爆弾まで投下されようやく終戦になりました。戦争は悲惨です。しかし、それ以上に、日本国民ほどあの戦争を通じて、自分の国家である大日本帝国に蹂躙された国民は世界の中でも少ないです。当時の日本国民は、戦争が終わって、憲法が変わった事でホッとした事でしょう。もうあんな悲惨な戦争はしたくないと日本国民全員が例外無く感じたのではないでしょうか。
 
 
 
日本国民ほど 自分の国家に蹂躙された国民は世界に少ない
 
 
 
75年前 日本は大日本帝国憲法から
 
法律の留保の無い日本国憲法へと変わり
 
晴れて完全な自由主義国家となった
 
 
 
 ここで、注意が必要な事は、日本は第二次世界大戦で敗戦国となった後、自由主義となった国であるという事です。つまり、「自由」の重さと重要性を論理的に受け入れたに過ぎず、自身で戦って勝ち取った訳ではなかったのです。「自由」は、空気や水と同じで、自然に有るものという意識が戦後の日本国民一般に漂っていて、学校教育も太古の歴史から学習しますが、近現代史をより深くは教育せず、ましてや法学や憲法史、憲法学は全くと言っていい程学びません。
 
 日本人にとって、「自由」とは何なのでしょうか? ウクライナ国民が最後の一人になっても戦い続けるという精神力は、不思議な事なのでしょうか? 
 
 もし、ウクライナがロシアに降伏した場合、ウクライナ人の自由は誰が保障してくれるのでしょうか? ロシア政府なのでしょうか? ロシア政府は、ロシア人に対する責任は負いますが、他の国民の事まで責任を負う義務はありません。何故なら、ロシア政府は、ロシア人の為の政府であり、ロシアはロシア人の為の国家だからです。
 
 「自由」、そしてその価値の根源は、個人の尊重です。我々が、現在(いま)その意思のまま生き、暮らしが出来るのも「自由」が保障されているからなのです。
 
 
 
 
 日本は、世界の先進自由主義国家の中でも最も遅く成立した国です。 そして、世界でも最も優れていると言われる日本国憲法にも、もちろん個人の尊重は規定されています。それは、生命自由幸福追求の権利として。そして、日本国憲法で最も重要な条文は13条前段に在ります。
 
 
 
 
 憲法第13条【個人の尊重・幸福追求権・公共の福祉】
 
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
※ <後編>は、7月上旬に掲載予定です。後編は、今盛んに問われている憲法9条の改正問題に焦点を当てます。本当に憲法9条は改正しなければならないのか? そもそも憲法とは何か? 「自由」とは何か? そして日本国民にとって「平和主義」とは何なのか? を解き明かします。ご期待下さい。
 

 

 

 
(2022年6月1日(水) リリース)